人形憑依②

フランス人形に死んだ娘・チヒロの魂を『憑依』させたい言うサナエの動機を聞き、困惑するマドカ。幼い娘を失ったサナエの悲しみは、マドカには想像できないほど深いだろう。二度と失いたくないと考えるのもうなずける。だからといって娘の魂を人形に入れるなんてことに思いに至るものだろうか、と。


マドカが次の言葉を探している間に、遅念ちねんが口を開く。



遅念「人形は人間を模して作られています。しかし物に過ぎません。人間の魂を『憑依』させたとしても、骨も筋肉も神経もありませんから、自力では動けないでしょう。それでもチヒロさんの魂を『憑依』させたいと思いますか?」


サナエ「ええ。チヒロの面倒はすべて私が見ます。動けなくてもチヒロには不便な思いはさせません。私がチヒロの手足になります」



視線を下に落とし考え込む遅念。サナエは遅念を急かすようにまくしたてる。



サナエ「ここまで聞いても何もしてくれないんですか!?チヒロに慈悲の一つも抱きませんか!?だとしたらアナタは人の感情を持たない悪魔だ!私の心の傷をえぐって希望を奪っただけの外道!アナタに依頼したのが間違いでした!」



サナエの表情は怒りに満ちている。その手元で微笑むフランス人形と、不気味なコントラストが生まれていた。



遅念「もちろん、サナエさんとチヒロさんの無念はお察しします。私もできる限りのことはやりたい。ですが……その行動が、それこそサナエさんの希望を奪うことにならないかと懸念しているのです」


サナエ「上手くいかなかったとしても、何もしないより遙かにマシ!どんな些細なことでも、チヒロのためにやってあげたいのです!」



遅念はマドカに視線を向ける。



遅念「マドカさん、さっき教室で話した僕の知り合いに連絡を入れるから、サナエさんと引き合わせてくれるかな?」



首を大きく縦に振るマドカ。



サナエ「あの、マドカさんはどういう……」


遅念「僕の助手みたいなものです。まだ学生ですが」


サナエ「遅念先生は何もしてくれないのですか?」


遅念「恥ずかしながら、紹介する知り合いというのが僕と折り合いが悪くて。僕が出向くとむしろ協力してくれないと思うんです。なのでマドカさんに行ってもらいます」


サナエ「……その知り合いの方は信用できるのでしょうか?」


遅念「死者の魂の『降霊』と『憑依』について、僕より熱心に研究している学者です。彼なら別の解決方法を見つけられるかもしれません」



遅念の話に納得し、怒りで歪んでいたサナエの表情が緩む。遅念の知り合いにアポイントが取れたら後日連絡することを約束し、サナエは研究室を後にした。研究室を出て扉を閉める直前、サナエはフランス人形にお辞儀をさせ、腹話術で「ありがとう」と一言。


扉が閉まると同時にため息を吐く遅念。マドカも釣られて大きく息を吐く。サナエの気持ちは痛いほど理解できたが、彼女の鬼気迫る言動に対し2人は心底緊張していた。



マドカ「先生、今日のゼミで人間の魂を物にも『憑依』させられる話をしたのって、サナエさんの件があったからですか?」


遅念「うん。マドカさんへの事前説明になると思ってね。まぁ、いつかはゼミで取り扱おうと考えてたテーマだから、前倒ししただけさ」



−−−−−−−−−−



3日後 PM 1:57

東京都内にある滑浪なめろう駅東口改札前

遅念の知り合いだという学者の到着を待つマドカとサナエ。時間にルーズな遅念の知り合いなら、その学者も当たり前のように何十分も遅刻してくるだろうと考えていたマドカ。しかし3分後、待ち合わせ時間ピッタリにくだんの学者が改札を抜けてやって来た。遅念よりは社会性がありそうな人物だと思い、マドカはほっとする。


白髪交じりの黒髪を七三分けにし、鯖のように輝く銀色のスーツを着た男性。背が高く細身で、年齢は遅念と同じ40代前半といったところ。赤いキャリーケースを転がしている。



マドカ「初めまして。真里孔マリアナ大 文学部2年のマドカです。遅念先生の代理として来ました。こちらは依頼人のサナエさん」


サナエ「よろしくどうぞ」



続けてサナエは、手に持っているフランス人形の頭を前に倒し、腹話術で「よろしくね」とあいさつした。学者は2人と1体に向かって軽く会釈をする。



火我ひが狩部カリブ大 超心理学部教授の火我と申します」



マドカ「超心理学部……」


火我「不思議かい?それもそのはず。我が大学の超心理学部は日本で唯一、心霊現象や超能力に特化して研究しているだからね。3カ月前に新設されたばかりで、教授は私しかいないし、在籍している学生はまだ1人もいないが、今後拡大していくだろう」



マドカは火我が閑職に追いやられたのだと察した。



火我「遅念教授とは同じ分野の学者として昔から知り合いだが……彼の理論は私と相反する。特に死者の魂を『降霊』『憑依』する儀式に関してね。どちらの理論が学会で高く評価されているかは、私と遅念の肩書きを比べれば一目瞭然。私は教授、彼は教授」


マドカ「遅念先生は、死者の魂を『降霊』するには代償として生きている人間の命が必要だと考えています」



火我は呆れたように目をつむり、鼻から息を吐く。



火我「その理論にこだわり続けている遅念は、私からすると頭が固い。常識を疑い、新しい可能性を探ることこそ研究者の役割だ」


マドカ「……たしかに」


火我「その点、私はより小さな代償で死者の魂を『降霊』させる儀式を日々研究している。最終的にノーコストで『降霊』を実現するのが目標だ。今日はその成果の一端をお見せできるだろう」



火我の自信満々な発言が鼻についたマドカだが、遅念以外に『降霊』と『憑依』を研究している学者の理論を見聞きできるのは、自身が成長する良い機会だとも感じた。



サナエ「火我先生、私の娘をこの世に呼び戻してください」


火我「お任せを。遅念などという二流はさじを投げたようですが、真の一流であるこの火我が必ずや成功させてみせます」

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