人形憑依(全3話)
人形憑依①
授業終了を告げるチャイムが鳴った。ホワイトボードイレーザーで、ボードに書かれた文字をきれいに消していく
遅念「ということで、『降霊』した魂を生き物以外の物体に『憑依』させることは可能です。しかし生き物の魂を動かない物に『憑依』させるメリットはほとんどない、というのが今日のテーマでした。課題のレポートは次回のゼミまでに提出してねぇ」
片付けを終えた学生から教室を後にしていく。遅念は教卓の目の前の座席で荷物をまとめているマドカに声をかけた。
遅念「マドカさん、この後30分くらい時間ある?」
マドカ「ありますけど……まさか性的な接待をしろなんて言うんじゃ」
遅念「僕はそこまで堕ちちゃいないよぉ。憑依事案の対応をお願いしたくてね。この後クライアントと僕の研究室で会うことになってて、同席してほしいんだ」
マドカ「……わかりました。私一人ですか?」
遅念「うん。今回お願いしたいのは前の病院の件みたいな『降霊』と『憑依』の儀式の調査ではなくて、僕の知り合いとクライアントとの間を取り持ってもらうことなんだ。人手を割くようなお願いじゃないでしょ?」
マドカ「たしかに。でもなんで私なんですか?先生の知り合いなら、先生が間に入ったほうが話が早いんじゃ」
遅念「その人から嫌われてるんだよねぇ、僕。顔を合わせるといつもケンカになっちゃうんだ。でもマドカさんなら上手く立ち回れると思ってね」
マドカ「……
−−−−−−−−−−−
遅念の研究室
オフィスチェアに腰掛ける遅念。向かい合うようにパイプ椅子に座るマドカ。その右隣にはクライアントである女性・
縦ロールが年齢に対しやや不釣り合いな印象こそあるものの、どこにでもいそうな女性だと思ったマドカ。しかしある一点がマドカに強い違和感を覚えさせた。サナエは、赤いドレスを着てツバの広い帽子を被った女の子のフランス人形を大事そうに両腕で抱えている。
遅念「改めて今回の依頼についてお話いただけますか?」
サナエ「遅念先生の評判はうかがっております。幽霊の『憑依』に関する研究の権威だと」
遅念「権威だなんて、そんなぁ。まぁ事実ですが」
明らかな社交辞令を真に受けて笑顔を浮かべる遅念に呆れるマドカ。サナエはフランス人形を小刻みに動かし、裏声で「すごい先生、すごい先生」と腹話術をする。その様子を見てマドカは眉間にしわを寄せた。
サナエ「先生には亡くなった私の娘の魂をこの人形に『憑依』させてほしいのです。『憑依』について研究している先生ならきっとできるはず」
笑顔から無表情に戻り、左手であごひげを触る遅念。サナエはまたフランス人形を使い「お願いします」と裏声で腹話術をする。
遅念「僕を頼っていただいたことには感謝します。しかし結論として、サナエさんのご依頼にお応えはできません」
サナエは目を細め、遅念をにらみつける。サナエが纏う雰囲気が変わったのを隣にいたマドカは察した。
サナエ「なぜです?人形には魂を『憑依』させられないと?」
遅念「いいえ、可能です。人形に人間の魂が『憑依』したという事例は世界中で確認されています。問題は死んだ人間の魂を『降霊』することです。代償に生きている人間の命をたくさん必要とします。それでも成功率はごくわずか。現実的ではありません」
サナエ「可能性が1%でもあるならば実践してください。お金はいくらでもお支払いしますし、代償となる人間は何人でも用意します」
遅念「そうはいきません。私自身が人間を犠牲にした『降霊』と『憑依』の儀式を行うのは御免です。失敗したら明日食べるご飯がまずくなるじゃないですか」
マドカは心の中で「責任を負いたくないだけかよ」と遅念を軽く罵る。一方で遅念の言い分には共感した。死者の魂を呼び出す儀式をすることは、大勢の人間を殺すようなもの。そんなことを自分の手でしたくないと思うのは、マドカも同じ気持ちである。
遅念に否定されてもサナエは食い下がらない。
サナエ「お願いします!私の娘……チヒロをもう一度この手で抱きしめたいんです!まだ5歳にも満たないうちに死んだ……かわいそうな娘を……」
マドカ「あの……失礼でなければ、娘さんに何があったのか聞かせてくださいませんか?」
サナエ「……ほんの数分、目を離した間のことでした。鍵がかかっていなかった窓を開けたチヒロはベランダに出て、エアコンの室外機の上に乗ったようです……そして足を滑らせ、頭から庭に落ちて死にました」
マドカ「……」
遅念「……娘さんの魂を呼び戻すとして、なぜ人形に『憑依』させようと思ったのですか?」
サナエ「人形なら体が朽ちることはありません。永遠にその形を保てる。それにもし壊れたとしても直せるでしょう?人形にチヒロの魂を入れることができれば、私はチヒロとずっと一緒にいられます。それが理由です」
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