死者との対話④
カイトの右横に椅子を並べて座るヒデトシとミユキ。その表情はわずかに緊張している。対するサーモン
田沼「私の儀式には、『降霊』する者の顔写真が必要です。霊界と交信して写真のお顔と同じ人物を探し、私の体に『憑依』させます。カイトさん、アナタが『降霊』したい人物の写真を持っていますか?その方を呼び戻し、私の儀式が本物だと証明しましょう」
カイトはズボンの右ポケットからスマートフォンを取り出し、画面に1枚の写真を表示させ、サーモン田沼に見せる。
カイト「僕の祖父の写真です。名前はミツオ。祖父の魂を『降霊』してください」
田沼「わかりました」
サーモン田沼は背筋をピンと伸ばすと、両目を閉じる。そしてブツブツと言葉を口にし始めた。
田沼「リバース……リバース……生き返る……アナタの魂ここに来い……リバース……リバース……蘇る……アナタの魂いまここに……」
サーモン田沼は両のまぶたを痙攣させながら開き、白目を剥いた。
ヒデトシ「く……来るぞ……」
体を大きく震わせ、首を前後にガクガクと倒すサーモン田沼。突如、呪文と動きを止めてうなだれた。およそ10秒後、顔を上げる。黒目が元の位置に戻っていた
田沼「こ、ここは……私は……」
カイト「じいちゃん?」
田沼「……カイトか?私は一体……死んだはずだが……」
カイト「じいちゃん……自分の名前、わかる?」
田沼「……もちろんだとも。ミツオだ。私はどうして……いやそれよりカイト、大きくなったなぁ。もう大学生くらいか?」
カイト「うん、20歳になった」
田沼「そうか……お前のお父さんとお母さんはどうしてる?」
カイト「……わかりました。田沼さん、もう茶番はやめましょう。アナタの儀式はやっぱりインチキだ。」
サーモン田沼の口元が小さく引きつった。ヒデトシとミユキは目を大きく広げてカイトのほうを見る。
田沼「な、何を言ってるんだカイト。私はこうして」
カイト「僕、祖父が死んでるなんて言いましたっけ?今でもピンピンしてて、毎日タバコを吸いながらパチンコで遊んでますよ。田沼さんの儀式が本物なら、僕の祖父は生きているので霊界から『降霊』できないとすぐにわかったはずでは?」
視線を下に向け、黙り込むサーモン田沼。
田沼「……違う……キミのおじいさんは」
カイト「信じられないなら、祖父に電話しましょうか?すぐに通じると思います」
ヒデトシが動揺しながら椅子を倒して立ち上がり、サーモン田沼の真横に並ぶ。
ヒデトシ「カイトくん、先生を引っかけたのか!?騙すなんてひどいじゃないか!?」
カイト「騙しているのはお互い様です」
ヒデトシ「先生の儀式は本物だ!俺とフミエだけの思い出を言い当てたし、フミエはあの世で元気にしていると何度も伝えてくれた!」
田沼「そうだ……私の儀式は……」
カイト「コールドリーディングという占い師なんかが使う話術ですよね、田沼さん?自然な会話や仕草などから相手の情報を読み取り、さも言い当てたかのように振る舞う。現に今も田沼さんが言及したのは、僕の名前と祖父の名前、僕が大学生であることくらい。全部事前に話したことです。この情報を皮切りに、より深い情報を引き出そうとしていた。そうですよね?」
田沼「……ち、ちが」
ヒデトシ「俺だけじゃない!ミユキの同級生のことだって言い当てた!その子の魂を『憑依』させてなきゃできないことだ!」
カイト「ミユキさんの同級生が亡くなったのは40年以上前でしたよね?そんなに昔のことを細かく覚えてられますか?」
ミユキ「……たしかにその同級生との記憶はおぼろげです。クラスが同じというだけで、特別仲良しだったわけではないですし……」
カイト「それらしいことを言えば、ミユキさん自身が曖昧な記憶を補完してくれる。これも『降霊』と『憑依』をしなくてもできることです」
田沼「……」
カイト「最初に言ったとおり、僕の目的は研究です。が、残念ながら田沼さんの儀式は研究対象ではありませんでした。これでお
椅子から静かに立ち上がるカイト。直後、ヒデトシは奥歯を食いしばりながらサーモン田沼の両肩を掴み、その体を自分のほうへ向けた。そしてサーモン田沼の上半身を前後に揺さぶる。
ヒデトシ「田沼先生、フミエを呼び出してください!このガキに先生の儀式が本物だと思い知らせてやりましょう!ねぇ!?フミエは霊界で元気にやってるんでしょう!?ねぇ!?」
田沼「……」
ヒデトシ「お願いだ先生!最後に1回だけでいい!フミエがどうしているか!その口で教えてくれぇ!」
懸命に訴えかけるヒデトシの両目を見つめながら、サーモン田沼は小さく笑みを浮かべる。
田沼「………………知りませんよ。くたばったバアアがあの世で何をしてるかなんて。知りたきゃ自分で逝って確かめてください。私には死人の魂を呼び戻すなんてこと、できません」
ヒデトシはサーモン田沼の肩から手を離し、魂が抜けたような表情でその場に両膝をついた。
−−−−−−−−−−
数日後の深夜、サーモン田沼こと田沼 コウジロウが路上で刺殺された状態で発見された。遺体には42箇所の刺し傷があり、警察は強い恨みを持った者の犯行と見て捜査を進めている。しかし現在まで犯人逮捕に至っていない。
この事件は刻一刻と更新されていくテレビやインターネットの大量のニュースに埋もれ、カイトの耳に届くことはなかった。
<死者との対話-完->
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