死者との対話②

PM 0:01

真里孔マリアナ大学近くのカフェ店内

円卓を囲んで座るカイト、そして依頼人の女性とその父親。軽くパーマをかけたミディアムヘアの女性の名前は不二川ふじかわ ミユキ。父親は紺色の野球帽を被り、その下から白髪が覗いている。名前はヒデトシ。


カフェに現れたカイトを見て、相談相手があまりにも若いことに驚いたミユキとヒデトシだったが、カイトが遅念ちねんの代理人であることを聞き納得。相談内容を語り始めた。



ミユキ「こちらにいる私の父が、いかがわしい霊能者のような人物にハマってしまいまして」


ヒデトシ「いかがわしくなどない!サーモン田沼たぬま先生は本物だ!あの人の力で俺はフミエと会話した!霊界にいるフミエと!」


ミユキ「こんな調子でして……」


カイト「サーモン田沼さんという方が『降霊』と『憑依』の儀式を行っているのですね。フミエさんという方は……」


ミユキ「私の母です。7年前に他界しました」


カイト「なるほど。そのフミエさんの魂をサーモン田沼さんが呼び戻していると。ヒデトシさん、田沼さんがどうやって魂を呼び戻しているのか聞かせてくれますか?」


ヒデトシ「田沼先生は死んだ人の顔写真さえあれば、その人の魂を自分の体に『憑依』させられるんです。ほんの数十秒、祈りを捧げるただけでフミエの魂を呼び戻しました。本当です」


カイト「呼び戻されたのがフミエさんだったという根拠は?」


ヒデトシ「田沼先生が知るはずのない、俺とフミエだけの思い出を話してくれたんです。もちろん俺は何も教えてません。俺の右タマキンにホクロがあることも言い当てた……これもフミエしか知らないことです。フミエは『霊界で元気にやっている』と、田沼先生の体を使って事細かに教えてくれました」



左手を口元に添えるカイト。ヒデトシの話を聞く限り、サーモン田沼という人物は間違いなく『降霊』と『憑依』の儀式を行っている。しかし人間の魂を『降霊』するには代償として生きている人間の命が必要になるというのが、カイトが遅念から教わったこと。顔写真と祈りだけで儀式は成功しない。そのためサーモン田沼はインチキである可能性が高い。


この場でサーモン田沼のやり口を否定することはできるが、すっかり心酔しているヒデトシが素直に認めるとは思えないカイト。怒り狂うことも考えると、どう伝えるべきか悩ましい。


困惑した表情のカイトを見ながら、申し訳なさそうにミユキが切り出す。



ミユキ「私、そのサーモン田沼という人のことが信じられなかったので、父とは別の相談をしてみました。小学生の頃、事故死した同級生の魂を呼び出してほしいと。そしたら、たしかにその子としか思えない情報を口にしました。方法はわかりませんが、その子のことを調べ上げたのかもしれません……けど40年以上前の事故ですし、当時も地方の新聞に小さく取り上げられただけでしたから、調べても情報なんてほとんど見つからなかったと思います」


ヒデトシ「だから言ってるだろ!田沼先生のお力は本物だと!」



ミユキが助け舟を出してくれると期待したカイトだったが、むしろヒデトシの意見を裏付けるような発言だったため少し気を落とす。



ミユキ「正直なところ、サーモン田沼のやってる儀式が本物かどうかはどうでもいいんです。父にはこれ以上、彼に入れ込んでほしくないだけなんです」


ヒデトシ「イヤだ!俺はフミエとまた話がしたいんだ!アイツが生きているうちに伝えられなかったことが山ほどある!」


ミユキ「何よ今さら!母さんが生きてる間はないがしろにしてろくに口を利かなかったくせに!死ななきゃ人の大切さがわからないの!?」


ヒデトシ「……年を重ねるごとにどんな言葉を交わせば良いのかわからなくなって、フミエと会話する機会は減っていた。だが愛情の深さは結婚当初から変わっていない!死別してなお強まる一方だ!だから今こそ、田沼先生のお力が必要なんだ!田沼先生を介してなら、霊界にいるフミエに想いを伝えられる!お前も旦那を失ったらわかるさ」


ミユキ「そんなことわかりたくもない!母さんと話がしたいなら、父さんもさっさと死んだら?でも母さんと同じところに行ける自信がないから、サーモン田沼なんて胡散臭い人にすがってるんでしょ?」


ヒデトシ「……うるさい……俺はフミエと話がしたいだけだ。そのためなら金に糸目はつけん。どうせお前は、俺の遺産のことしか頭にないんだろ?少しでも多く遺産を相続したいから、金を使わせまいとしてるんだろ?魂胆は見えてる」


ミユキ「はぁ!?バカじゃないの!?」


カイト「えっと……とりあえず落ち着いてください」



カイトに制され、口論を止めるミユキとヒデトシ。想像していた以上に問題が大きく膨れ上がっていると感じたカイトは、自分だけで解決策を見つけるのは困難だと判断した。「少し席を外します」と言い残し、カイトは店の外へ出てスマートフォンで遅念に電話をかける。


もし遅念と電話がつながらなければ、自身と関係のない父子のケンカに付き合わされることになるカイト。「早く出てくれ」と祈る。


「もしもぉし」という遅念の呑気な声がスマートフォンから聞こえた。

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