面会(全2話)

面会①

PM 1:35

東京拘置所 面会室

濃紺スーツに身を包み、パイプ椅子に座る遅念ちねん。ガラス板を挟んだ向こう側には、パイプ椅子にふんぞり返って座り貧乏揺すりをする男が一人。肩まである脂ぎった髪に、薄汚れた灰色のスウェットを着ている。


男の名前は侵島おかじま ヨウタ。33歳。強盗殺人の容疑で逮捕・拘留されている。民家に押し入り、住人である家族4人を殺害し、金品を盗んだ。他にも同様の犯行に複数件及んでいる。


侵島の左隣には、会話の内容をメモする男性刑務官。


遅念が侵島と面会している理由は、侵島の担当弁護士から依頼があったため。侵島は犯行動機について「自分の意思でやったことではない。殺人鬼の魂が取り憑いて自分の体を操った」の一点張り。そこで本当に殺人鬼の魂が『憑依』したことによる犯行だったのかどうか、専門家の視点で判断するために遅念が呼ばれたのだ。



遅念「真里孔マリアナ大学准教授の遅念です。侵島さんの犯行当時の状況を伺いたくやって来ました」


侵島「弁護士から聞いてるよ。俺が取り憑かれてたって証明してくれるんだろ?」


遅念「……最初にお伝えすると、現状アナタが『憑依』されていたという確証はありません。これから行う聴取で判断します。なので今はまだ私を、アナタの証言を担保する人間だとは考えないでください。聴取の結果、『憑依』されていなかったと判断する可能性もあります。それから仮に僕が『憑依』されていたと判断しても、僕の意見を判決にどの程度考慮するかは裁判官次第ということもお忘れなく」


侵島「俺に悪霊が取り憑いていたと裁判官が認めれば、無罪になる可能性もある。そうだろ?」


遅念「僕は法律の専門家ではないので詳しくはわかりませんが、心神喪失が認められたことで減刑になった事例はあるそうですね」


侵島「だったら俺の意見は変わらないし、事実俺は自分の意思でやってない。俺に取り憑いた悪霊がやらせたんだ」


遅念「……アナタは多額の借金を抱えていたようですが、その返済のために強盗殺人をやったわけではない、ということでいいですね?」


侵島「ああ。借金返済のために仕事はちゃんとやっていた。強盗殺人なんてやるつもり微塵もなかったよ」


遅念「……わかりました。そして、アナタに取り憑いた悪霊は『ディエゴ・ロドリゲス』と名乗ったそうですね?」


侵島「そう言っていた」


遅念「ディエゴ・ロドリゲス。80年ほど前にブラジルで大量殺人を行い獄中死した男性。幼い子供や女性を狙う悪逆非道さから世界的に有名な大犯罪者です。インターネットで少し調べるだけであらゆる情報が見つかりました」


侵島「そう、ソイツだ。間違いない」


遅念「アナタに取り憑いたディエゴは何か言ってませんでしたか?例えば、何か食べたいものがあるとか」


侵島「……たしか、とにかく肉が食いたいと言ってたっけな。血に飢えたピューマみたいに」



左手でアゴに生えたひげを触り、眉間にしわを寄せる遅念。



遅念「肉……情報によるとディエゴはビーガンだったそうですが」


侵島「あっ……そ、そうだ、肉には絶対にサンチュを巻けと言ってたな。肉単体では食べられないらしい。いま思い出した」


遅念「……なるほど。他にはありませんか?そうだなぁ……趣味。ディエゴは何かやりたいことがあると言ってませんでしたか?」


侵島「とにかく殺人がしたかったらしい。殺して殺して殺しまくりたいと言っていたよ」



遅念はアゴを触っていた左手を頭へ運び、後頭部をかく。



遅念「殺人……ディエゴは殺人よりもスポーツが好きで、日夜サッカーに明け暮れていたらしいのですが」


侵島「あっ……そうサッカーだ、サッカーがやりたいと言っていた。殺人……サッツー……サッカー、みたいな。現にディエゴは俺の体を使って殺人をした後、殺した人間の首を切断し、頭でリフティングをしていたよ」


遅念 「……そうですかぁ。今はどうです?ディエゴはアナタに何か言ってませんか?」


侵島「今は静かなもんだ。まるで嵐が去った後みたいにな。ブタ箱にぶち込まれて反省したんだろう」



遅念は頭をかいていた左手で首の後ろを押さえる。



遅念「静か、ですか……ディエゴは大のおしゃべり好きで、投獄されてからも看守や同室の囚人としゃべりまくっていたそうですが」


侵島「あっ……いや静かっていうのは『比較的静か』って意味だ。捕まる前は眠れなくなるくらい話しかけられた。天気の話とか仕事の話とか、どこの美容院に行ってるのかとか、本当にいろんな話題を振られたよ」


遅念「……ありがとうございます。アナタの状況は大体理解できました。僕の見解をお伝えしますねぇ」

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