憑依事案④

シンクの真下にある棚の中に貼られた御札をじっくりと観察する遅念ちねん



遅念「ビンゴだよぉ、トシキくん。この御札が『憑依』を引き起こす儀式の道具だ」


トシキ「たくさん文字が書かれてますけど、何て書いてあるんですか?日本語じゃなさそうですが……」


遅念「古くからまじないに使われる言語の一種。訳すと……キッチンの水道を流れる水を飲んだり触ったりした者に悪霊を『憑依』させるって感じの内容だねぇ」


シゲミ「悪質ね」


遅念「うん。水道水なんて生活してれば絶対に使うからなぁ。そこに『憑依』の儀式、つまり罠を仕掛けるっていうのはイタズラの域を超えている」



遅念は素手で御札を剥がし、棚から上半身を外に出した。



トシキ「触っても大丈夫なんですか?」


遅念「慎重にやるなら、もう2〜3ステップ踏む必要があるんだけどねぇ。ただ御札を貼ってるだけの単純な儀式で、平気そうだから剥がしちゃった。はははは」



御札をビリビリに破り、胸ポケットにしまう遅念。



シゲミ「ね?この人ルーズでしょ?」


トシキ「たしかに。それにしても、誰がこんなことを……」


遅念「犯人を見つける意味は無いだろうねぇ。この部屋に以前暮らしていた人が仕掛けたんだと思うけど、それが誰かわかったとして、マサヒトくんの体に起きた症状と御札の因果関係を科学的に証明できない。これが憑依事案の厄介なところさ」


トシキ「じゃあ犯人はわからずじまいか……なんかスッキリしないなぁ」


遅念「僕が憑依事案として対応できるのは『憑依』した悪霊の駆除と、その原因である儀式の特定および除去まで。犯人を見つけて罪を償わせたければ警察や弁護士の力が必要になるかなぁ。それでもできるかどうかは疑問だけど」



キッチンからマサヒトのベッドの近くに移動する遅念。マサヒトは眠りについており、蒼白だった顔色には血の気が戻っていた。遅念はマサヒトの耳からイヤホンを外し、ズボンのポケットに入れる。



遅念「とりあえずこれでマサヒトくんは心配ない。でも本人が不安に感じるのなら、引っ越しするよう伝えてくれるかな?」


トシキ「……はい!ありがとうございました!」


シゲミ「遅念さんに任せて正解だった。さすがは『呪詛じゅそゼミ』の先生ね」


遅念「その言い方はやめてほしいなぁ。印象悪いじゃない?」


シゲミ「学生たちの間では『呪詛ゼミ』で通ってると聞いたけど?」


遅念「ウチのゼミ生たちがそう呼んでて、学内で定着しちゃったんだよねぇ。僕はあまり気に入ってないんだけどなぁ」



−−−−−−−−−−



翌日 PM 1:21

私立真里孔マリアナ大学

遅念が扉を開けて教室に入る。座席には学生がおよそ20名。遅念はホワイトボード前の教卓の上に書類を置く。



男子学生「先生、今日は20分遅れなんて、めっちゃ早いっすね」


遅念「実は昨日、憑依事案を解決してねぇ。その話をみんなにしたくてウズウズして早く来ちゃったんだ」


女子学生「めっちゃ聞きた〜い!人、死にました?」


遅念「そんなに物騒ではなかったよぉ。実際に僕がどうやって儀式を除去したか話すから、その内容を踏まえてより最適だと思われる解決方法を各自考察してレポートにまとめてねぇ。2000字以上で、来週のゼミのときに提出してくれるかな?」



学生たちは「めんどくさい」「課題を出すなら話さなくていい」と一斉に文句をたれる。



遅念「気持ちはわかるけど、悪い話ばかりじゃないさ。キミたちにはこれから『憑依』に関する知識をつけ、僕のところに来る憑依事案の一部を代わりに対応してもらいたい。1件対応してくれれば報酬として、キミたちが今やっているバイト1年分のお金を払うよぉ」



文句であふれていた教室は一転、学生たちの歓声に包まれた。



<憑依事案-完->

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