憑依事案③

PM 6:11

マサヒトは部屋にやって来たシゲミ、トシキ、遅念ちねんを中に入れる。2日前にシゲミが訪れたときより、さらに痩せ細り、衰弱していた。何かにつかまっていないと真っ直ぐ立つことすらできないほどフラフラである。


マサヒトはベッドの布団の中に入り、苦しそうに目を閉じた。枕元にひざまずき、マサヒトの様子を見る遅念。



遅念「マサヒトくんに『憑依』した悪霊はそれほど強いものじゃない。すぐに追い払えるよぉ」



遅念はズボンの右ポケットからスマートフォンと無線イヤホンを取り出した。そしてイヤホンをマサヒトの両耳に装着し、スマートフォンで音楽を再生する。



遅念「とあるアイドルの曲、除霊効果があるんだ。10分も聞いていれば大抵の悪霊を追い払える。彼女がメジャーデビューしてから、僕も仕事がやりやすくなったよぉ。質の高い音楽や絵画のような人の心を前向きにする芸術作品は、悪霊からすると毒みたいなものなんだ。もうしばらくしたらマサヒトくんに『憑依』した悪霊は完全に成仏し、体調は元に戻るだろう」


トシキ「じゃあもう解決ですか?」


遅念「いや、これは応急処置。もっと根本的な原因を探して解消しないといけない。そのためには専門的な知識が必要になるから、僕の出番ってわけ」


シゲミ「たしかに、マサヒトさんに曲を聴かせるだけなら遅念さんがここに来る必要はないものね」


遅念「そういうこと。トシキくん、マサヒトくんはこの部屋に住み始めてから体調を崩したんだったよねぇ?」


トシキ「そう聞いてます」


遅念「なら、この部屋に『憑依』を引き起こす儀式の道具が隠されている可能性が高い。言い換えるなら、住人を呪う罠」


トシキ「罠?」


遅念「『憑依』を引き起こす儀式は大きく2種類に分けられるんだ。特定のターゲットを狙うものと、不特定多数を狙うもの。前者はターゲットの体の一部など必要な道具が増えるし儀式の工程が複雑になる分、より強力な悪霊を呼び出せる。後者は簡素な儀式で、一定の条件下でなら誰に対しても『憑依』を引き起こせるけど、呼び出せる悪霊の力は弱い」


トシキ「……わかるような、わからないような」


遅念「マサヒトくんの体から放たれている邪気は微弱だし、症状も衰弱するだけで済んでいることから、『憑依』していたのは弱い悪霊。つまり後者の『不特定多数を狙う簡素な儀式』にかかってしまったんだろうねぇ。誰かがマサヒトくんに恨みを持って悪霊を『憑依』させたというよりは、イタズラ感覚で仕掛けられた罠にかかっちゃった感じかなぁ」


トシキ「じゃあその罠がこの部屋に……?」


遅念「十中八九。今マサヒトくんに取り憑いている悪霊を駆除しても、罠が残り続ていたらまた『憑依』されてしまうかもしれない。シゲミちゃん、トシキくん、罠を探すのを手伝ってくれるかい?狭い部屋だから、3人で探せばすぐに見つかるはず」


シゲミ「罠って具体的にどんなものなの?」


遅念「一概には言えないけど、よくあるのは紙や木でできた御札。他には人形や衣類が使われることも多いかなぁ。とにかく怪しい物を見つけたらすぐに報告して。絶対に触っちゃダメ。『儀式の道具に触った人物に悪霊を憑依させる儀式』が重ねて施されてる場合があるからねぇ」



シゲミたちはベッドの下や本棚の裏などを捜索する。キッチンの下にある棚を漁っていたトシキが「あっ」と声を上げた。



トシキ「遅念さん!これかもしれません!」



トシキが棚から離れ、代わりに遅念が棚の奥へと上半身を入れる。その様子を背後から眺めるシゲミ。



トシキ「パイプの裏です!」



トシキの言葉に従って、遅念はシンクにつながる排水口のパイプの裏に顔を回す。赤い文字がびっしりと書かれた長方形の紙が、パイプ裏の壁面に1枚貼られていた。

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