憑依事案②

シゲミとトシキが、マサヒトの部屋を訪れた日から2日後

PM 4:28

授業を終えたシゲミとトシキは、東京都内にある私立真里孔マリアナ大学へと足を運んだ。キャンパス内の最奥、ぽつんと離れて建つ校舎の中に入り、階段で4階まで上がる。廊下を進み、左手の壁沿いにある3つ目の扉の前で足を止めたシゲミ。シゲミに合わせてトシキも止まる。



シゲミ「ここよ。悪霊による『憑依』の専門家の研究室」



扉を3回ノックするシゲミ。中から男性の低い声で「どうぞぉ」と聞こえた。シゲミが扉を開ける。シゲミの背中越しに研究室の中を覗くトシキ。高校の教室の半分ほどの縦に細長い部屋。両脇に本棚が並び、その上には怪しげな呪具じゅぐらしきものが散乱している。


研究室の奥にあるデスクの向こう側、黒いオフィスチェアに座りラップトップPCで作業している男性が一人。髪はボサボサで無精ひげを生やしているが、くっきりとした目鼻立ちをしたソース顔のイケオジ。青いワイシャツを第2ボタンまで開けておしゃれに着こなしている。


シゲミとトシキは研究室に入り、男性のほうへと歩み寄る。男性はラップトップPCを閉じ、2人に視線を移した。



シゲミ「紹介するわ。遅念ちねん 准教授よ」


遅念「文学部人文科学科の遅念です。キミがトシキくんだね。シゲミちゃんから聞いているよ。どうぞよろしくぅ」



遅念は立ち上がりながら、黒いズボンの左ポケットから金属製の名刺入れを取り出し、名刺を1枚トシキに渡した。ぎこちなく両手で受け取るトシキ。



遅念「シゲミちゃんが連絡をくれるのは、3年ぶりくらいじゃないかい?お母さんとおばあさんは元気にしてる?」


シゲミ「ええ。元気過ぎるくらい」


トシキ「シゲミちゃん、遅念さんとはどういう……」


シゲミ「遅念さんは、母の大学時代の同級生。今はウチの家族とパートナーシップを結んでる。マサヒトさんのような『憑依』に悩む人からの相談がウチに来たとき、遅念さんを紹介してるの」


遅念「そういう相談を、僕は『憑依事案ひょういじあん』と呼んでいる」


シゲミ「その『憑依事案』を今までに何百件も解決してる人だから、信頼していいよ」


トシキ「よろしくお願いします!」


遅念「早速、詳細を聞かせてもらえるかなぁ?」



遅念は部屋の隅に畳んだまま立てかけられていたパイプ椅子をデスクの前に運び、2人に座るよう促す。パイプ椅子に腰掛けたシゲミとトシキは、マサヒトの様子についてわかっていることを全て遅念に伝えた。



遅念「なるほど。シゲミちゃんの見立て通り、マサヒトくんに起きているのは悪霊が『憑依』したことによる心身不良で間違いなさそうだねぇ」


トシキ「つまりボクの従兄弟は、悪い幽霊に取り憑かれてしまったってことですか?」


遅念「うん。でもそこら辺をさまよっている悪霊に取り憑かれたというよりは、人為的に悪霊を『憑依』させられてしまった感じかなぁ。正確なことは、マサヒトくんの様子を見てみないとわからないけどねぇ」


トシキ「人為的……?」


遅念「人を苦しめる、あるいは殺すため故意に『憑依』を引き起こす儀式がこの世にはいくつも存在している。マサヒトくんはその儀式のターゲットになったのかもしれない」



遅念は右手で自分のあごひげを触る。



遅念「広義には『呪い』と呼ばれる行為の一つでねぇ。すでに成仏した悪霊をあの世から呼び寄せる『降霊』と、呼び出した悪霊を人に取り憑かせる『憑依』、この2つの儀式を行ってターゲットを苦しめる」


トシキ「儀式って、藁人形に釘を打ち付けるうし刻参こくまいりみたいなものですか?」


遅念「研究者によって考え方は違うけど、僕は丑の刻参りも『降霊』と『憑依』を同時に行う儀式の一つだと思ってるよぉ。マサヒトくんの場合は、丑の刻参りほど手の込んだ儀式をされたわけではない思うけどねぇ」


シゲミ「ちなみに遅念さんは、『憑依』を使った呪殺じゅさつもできる」


トシキ「えぇ!?」


遅念「元々僕は殺し屋みたいなものでねぇ。悪霊を他人に『憑依』させて殺す方法を先に学んだんだ。でも『憑依』の儀式って素人でも見よう見まねでできちゃうから、呪殺の依頼だけじゃ収入が安定しなくって。で、逆に『憑依』の解き方を研究して仕事にすることにした。『憑依』で誰かを呪殺したい人がいるなら、『憑依』から逃れたい人も多いと思ったんだよねぇ」


トシキ「はぁ……すごい世界だ。興味深い」



椅子から立ち上がる遅念。



遅念「とにかく、マサヒトくんの家に行こうか。僕が車を出すよ」


シゲミ「いいえ、結構よ。電車で行きましょう」


トシキ「お言葉に甘えないの?ボク、車の中で遅念さんの話をもっとゆっくり聞きたいんだけど」


シゲミ「この人、超がつくほど時間にルーズなの。車を運転させたら、マサヒトさんの家に着くのはたぶん明日の昼よ」


遅念「ははは、自分でも参っちゃうよぉ。時間通りに出勤することもできないから、この研究室が僕の家になってるほどひどくてねぇ」

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