ねこ族からの相談

 異世界栄養士の朝は早い。こじんまりとした庭へ出て、地平線にやっと顔をのぞかせた太陽に向かって、背伸びとストレッチ体操や深呼吸をしていると庭の端っこで魔力の気配を感じ、声をかけた。


「おはよう」

 

 私の声かけに驚き、いかにも恐る恐るといった動きで茂みから出てくるのは、どうみても「ねこ族」だった。

「おはようございます。あのー? こちらで合っていますでしょうか。ルーンブレスさんのおうちですか?」


 おや、これはまた珍しいこともあるもんだ。私を「異世界栄養士」という役職名で呼ばずに名前で尋ねて来るとは、と、今度は私が驚く。

「そうだよ。相談しに来たのかい?」


 よかった、たどり着けた! と喜ぶ。その証拠に長いシッポが横に揺れていた。なんとなく見たねこ族の顔にも笑顔が浮かんでいる。


「さぁ、さぁ。中へお入り。ついておいで。秋とはいえ朝と夜は寒いから風邪を召さぬうちに」


 玄関の引き戸を開け中へと招き入れる。それから長い廊下を歩いて、いつも使っている客間がある離(はな)れへと案内した。歩きながら相談事を聞いた。どこにでもいる「食べ物に関する好き嫌いの子ども」についてだ。


 ねこ族は主に肉食だ。魚介類が主食。生魚中心ではあるが、生魚特有の生臭さが嫌いな子どももいて困っているようだ。焼いても、煮ても、蒸しても主食である魚を食べたがらない子も増え始め、肉食に偏り、スマートな体型を維持できなくなってきている仲間もいて、助けを求めてきたという。客間に通すと、私は定位置の椅子(いす)に腰かける。ねこ族には向かい合った形でやはり椅子に腰かけてもらった。


「生臭さがあってこその自然からの恵みなのに!」

 と憤るねこ族をたしなめ、私は話しだす。


「その生臭さですが、それを和らげる方法もありますよ」


「にゃ!?」

「そ、そんにゃ、方法があるんですか?」


 かなり驚いたようだ。

 驚いた時の第一声は猫特有のものだ。耳とシッポがピンと立ち、目が真(ま)ん丸になる様子に「かわいい」と思ってしまう。ああ、これで頭と耳の付け根を撫でまわしたくなる衝動が沸き起こってくる。それらをこらえつつ、私は話を続けることに集中した。


「香る草と書く『香草(ハーブ)』をご存知ですか? それと、もうひとつ。人間族が作っている調味料『醤油(しょうゆ)』を使うと生臭さは和らぐし、場合によっては消えます。香草は刻んだり、すりおろしたりして使います。魚を焼く時に、魚の内臓に詰めたり、魚の表面にはすりおろしたものを塗りたくるのです。そうしたのちに香草ごと焼くと生臭さが消え、スパイシーな香りがして、魚の身も少しだけやわらかくなります。食べる時は、どかしてくださいね」


 ねこ族は肉球の形をしたノートにメモを取りながら「はい、先生。きいてもいいですか?」と言った。私は頷(うなず)く。

「おすすめの香草ってありますか。教えて欲しいです」


「ローズマリィーですね。この香草は葉っぱを乾燥させて、塩と胡椒(こしょう)に混ぜておくと使いやすくていいですよ。魚だけではなく、肉にも使えます。乾燥したものがないときには、茎ごと刻んで使います。あとは、そうだなぁ。レモングラスかな。葉っぱで手を切ることが多いので生では取り扱い注意です。この香草はレモンの香りがするので、食材の臭みを和らげるし、お茶にしたら風邪の引き始めに効くんですよ。すりつぶして使う香草は生姜(しょうが)ですね。臭みを消すのと、肉質をやわらかくする効果がありますよ。他には身体を内側から温めてくれるので、病気の予防にも使えますね」


 なるほど、なるほど、と頷きながらもメモを取るねこ族。


「続きは朝ごはんの後にでも」

 そういや朝食を食べていないことに気が付き、そう提案すると賛同してくれた。

 助かった、これでお腹の虫の鳴き声を聞かれなくて済むというものだ。


 朝食は人間族がいう「和食」にしてみた。赤紫色の小豆(あずき)入り雑穀米(ざっこくまい)に、豆腐入りの味噌汁だ。おかずは、冷凍の術をかけ凍らせておいた「魚の香草(ハーブ)蒸し」を温(あたた)める。飲み物は緑茶である。漬物は梅干し。


 ねこ族は興味津々といった感じで、特におかずの「魚の香草蒸し」を見ている。そこで一つひらめいたので提案してみた。

「物は試しだ。少し食べてみるかい? 魚の香草蒸しをさ」


 ぱぁ、と笑顔になり、シッポも横にぶんぶん揺れている。その様子に少し笑ってしまったが、小分けにしてあったもう一つを温め、皿によそおう。


「お箸(はし)は使えるかい?」

「はい。使えます」


 朝食を食べ終えてから、続きを再開する。


「おいしかったかい?」


 ねこ族は満足げな様子だった。その証拠にしっぽが揺れていた。何とも分かりやすいな、と思いながらも食後のお茶を出す。お茶は「特製ほうじ茶」だ。真っ白い湯飲(ゆの)み茶わんに紅茶色がゆれている。香ばしい匂いがするのだが、さてさて、「ねこ族」の多くは猫舌だろうから、ぬるめにいれてはみたが飲めるかな。


「香ばしい匂いがします。お茶ですか? これ」


「ほうじ茶、と呼ばれているお茶だよ。脂っこいものを食べた後の口の中をさわやかにしてくれる。熱いから気をつけて」


「にゃっ。熱い! でもおいしー」



 結局、ねこ族は昼食の少し前までいた。

 庭の端っこにある移動魔法が封じてある「長距離移動用」で一族の元へ帰っていった。

 ねこ族には「魚料理あれこれ冊子 (ねこ族用)」をお土産に持たせておいた。

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