第14話 後輩の勘


 美冬とはご近所さんで、小学校に上がる前からの付き合いだ。


 うちの近所には他に同年代の子供が居なかったということもあり、よく俺や小春と一緒になって遊んでいた。


『わたしね、きょうはかくれんぼしたい。おにはおにーちゃんね』

『はやくみつけたらおやつ少しよこせよな! いーち、にー……』

『あわ、あわわ、あきくん、はるちゃん、もうかくれにいっていいの?』


 とか。


『わたしね、きょうはおままごとしたい。わたしがおかーさんでふゅーちゃんがおとーさん、おにーちゃんはぽち』

『えぇ、おれぽちかよ! どーすりゃいいんだよ!』

『あわわ、おとーさんってどうやるの? えーとえーと、おい、帰ったぞ! 今日は万馬券の大当たりだ! パチンコでスッたけどな、がはは!』

『ふゅ-ちゃん……』

『み、みふゆそれ……』

『え? え? 何かおかしい?』


 とか。


 大体いつも小春が率先して自分の意見を言い、俺がそれに乗っかり、美冬があわあわしながらついてくる。

 客観的に見ても、仲の良い幼馴染だったと思う。


 しかし歳を経るにつれ、男女の差というのを意識すると徐々に前ほどべったりじゃなくなっていった。

 学校で同性の友達が出来たというのも大きい。



『キモイからリビングでテレビ見ないでよ』



 気付けば妹とは疎遠になり、顔を合わせればこんな事を言われるような仲になっていた。


 どうしてそうなったのか心当たりは無く、『お父さんのと一緒に洗わないで!』みたいな思春期特有のそういったものだと思ってた。

 同じ学校に通っているわけだし、仲良くしたいとまでは言わない……だけれども、舌打ちされたり悪態つかれるのくらいは改善したいと思ってたんだ。


「はぁ、ん……、おにいちゃぁん……」

「……………………」


 決して、朝起きたら身体をどこか火照らせた実妹に、抱きつかれるような関係を望んだわけじゃない。


 ていうか普通に倫理的にヤバイ。

 そもそも、急に態度が変わって裏が何なのかと怖い。

 その原因を俺が覚えていないってのも問題なんだけどな!


「小春? 俺、鍵閉めてたよな?」

「もぅ、ひどいよお兄ちゃん。鍵なんて掛けちゃって」

「どうやって開けたんだ?」

「ん~~~~っ」


 答えを誤魔化すかのように身体を擦り付けてくる。

 あっ! ちょっ! そこは! やばい! 頭皮がハゲるからやめて!!

 触れてはいけない一線を死守するため、ベッドの中で不毛な攻防が繰り広げられる。


「おい、それはシャレなんねーって!」

「んっ、んっ、はぁはぁ、んっ……はにゃあぁ」


 そしていきなり身体の力が抜けたかと思うと、しな垂れかかって来た。


「あん、もうダメ……」

「だ、ダメって何が?」

「私の匂いを付けに来たハズなのに、私がおにいちゃんの匂いを付けられちゃったじゃない……ばか」

「………………」

「これじゃまるでずっとお兄ちゃんに抱きしめられてるみたい……きゃっ!」

「アッ、ハイ」


 頬を赤らめ、そんな顔は恥ずかしいから見せたくないと、俺の胸に子猫のようにぐりぐりと顔を押し付ける。

 うん、俺から見たら子猫じゃなくて虎だけど。


 たまに対応間違えると、命を狩られるような錯覚することあるし。



 どうしよう、小春の言ってることが全く理解出来ないんだが。


 とにかく、妹との関係が一変した。

 ギスギス険悪だった仲の妹が、過剰とまで言えるスキンシップ攻撃をしてくるようになったのだ。



 ホント、もう、どうしたらいいの?!









 思春期を経て仲がギクシャクした妹の一方で、幼馴染の美冬とはそれなりに良好な関係を築いていた。


『あきくん、春だから色んなお花が咲いてるね~』

『美冬の頭の中とかな』

『ふぇぇえ~?!』


 地味で眼鏡でのんびりおっとり。

 彼女が欲しいと憧れながらも、あまり異性と意識せず話せる気の置けない女友達。


 それが押隈美冬に対する俺の認識だった。


 だったのだ……


「あ~、あきくんだ」

「み、美冬」

「えいっ!」

「ちょ、こんなとこで!」


 廊下でばったり出会ったいつもはトロくさい美冬が、川を遡上する鮭を捕まえる熊さながらに俺の腕を捕獲する。


 ――おっぱいサンドイッチ。


 そう、小春のおっぱいホットドッグとは一味違う、童貞の精神をガリガリ削る攻撃だ。

 しかも癖っ毛にパーマをあて明るく髪を染めてコンタクトに変えた美冬は、蛹から蝶に変身するが如く、童貞が忌避する陽キャなゆるふわ美少女に生まれ変わった。


 俺にとっては人畜無害のテディベアが、冬眠明けの熊に変わったようなものだ。


 とにかく、そんな目立つ美少女にいちゃいちゃされると、それはもう周囲の視線が痛い。特に男子。


「な、なぁ、もうちょっと離れないか?」

「えぇえ、どうして? あたしはこのままがいいなぁ」

「どうしてって、こう、なぁ?」

「うふふっ」


 抗議してみるものの、クスクス笑って流される。

 くぅ、こいつ絶対分かってやってるな!


「それにしても、こうあきくんの腕を抱かされていると、お前は俺のものだぞって支配されてるみたい……ふふっ」

「え、えぇえ」


 顔を火照らせ、ぐにぐにと俺の腕を自分の胸でもてあそびながらそんな事をのたまう。


 俺はむしろ逆に、冬眠する熊の巣穴に監禁されるかのような錯覚すらあるんだが。




 どうしよう、美冬幼馴染との認識にかなりの齟齬があるんだけど!


 とにかく、幼馴染との関係が一変した。


 急にキャラチェンした幼馴染が、過剰にベタベタするようになってきたのだ。

 おそらく原因は俺にあるのだろうけれど、何をしたか覚えていないだけに心が痛い。

 本当に痛い。


 返して! 昔の美冬を返して!!

 犯人俺だけど、ちくしょおおっ!







 そんな悩ましい小春と美冬2人だけど、一緒になると更にややこしいことになる。


「ああぁぁあっ、このっ! またお兄ちゃんに発情してる!」

「やぁん!」

「小春!」


 どこで嗅ぎつけたか、小春がやってきては俺と美冬を引き剥がす。


 俺を挟んでぎゃいぎゃい対峙する様は、まるで飢えた虎と熊が獲物を取り合ってるみたいだ。


 最近『まな板の鯉』ということわざの理解度が深まったと思う。

 決してこれは俺の望んだ状況じゃない。


 そんな俺の内情とは別に、これが世間様にどう映るか想像して欲しい。


「見ろよ、あいつまた……」

「1年の大橋さんの彼氏、二股とかサイテー。はっきりすればいいのに」

「押隈さん、あんなに頑張って自分を変えたのに……大橋は地獄に落ちろ」

「同じ男としてあんなゲスにだけはなりたくねぇな」


 2人の巨乳美少女に言い寄られているというか二股かけているクソ野郎。

 もしくは浮気がバレても堂々と浮気しているド腐れ外道。


 これもう俺の評判とか地に墜ちきってるんじゃないかな?

 うん、泣きたい。


 俺だって彼女とかに憧れる健全な男子高校生だ。

 こうね、ドキドキしながらね、なんていうかね――


「お兄ちゃん、断っ然、私だよね!!」

「あきくん、あたしを選んでくれるよね?!」

「う、うわぁ!」


 ど、ドキドキした。


 2人とも目を血走らせ、殺気にも似た空気を発している。

 こんなドキドキは求めてないんだけど!


「み、皆で仲良く、ね?」

「むぅぅ」

「あきくんがそう言うならぁ」


 小春が率先して何かを取っ掛かり、俺が宥めすかし、美冬があららと受け流す。

 なんだか幼い頃と似たような構図な気がしないでもない。


 あっるぇぇえ?




  ◇  ◇  ◇  ◇




 そして、部活での俺の立場も急変した。


「大橋は見せ付けやがって死ね!」

「大橋はデレデレしやがって死ね!」

「大橋は二股かけた外道なので死ね!」

「はい次、大橋限定乱取り稽古もう一本いくぞー!」


「「「「うーーっす!」」」」


「ひ、ひいいいいいっ!」


 小春と美冬の件は部活にも影響が出ていたのだ。

 先輩後輩問わず投げられた。それはもう投げられた。遠慮と躊躇はどこか皆置いてきたらしい。


「裏切者である大橋に鉄槌を下すのは我々の使命である!」

「「「「うぉおおおおぉおぉおっ!!」」」」


 そして獅子先輩はニヤニヤしながら扇動していた。

 なんていうか、うん。俺も逆の立場なら同じ事をしていたと思う。


 あとデレデレだけはしていないから。本当に。そこだけは断固抗議するするから。



「部活に来たらこうなるってのはわかってたでしょ、先輩」

「夏実ちゃん……それはそうだけど、うん、こっちの方がマシっていうか」

「まぁ、わからなくもないっすけど」

「だろう?!」

「でもまぁ、今の状況がイヤだっていうなら、そう長く続かないと思うっすよ」

「……え?」

「多分すけど……しばらく何もしなければ元のお二人に戻ると思うっす」

「……マジで?」

「勘、ですけどね」



 そしてしばらくして、夏実ちゃんの勘は現実になった。

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