餓狼でペットな後輩

第12話 追い込み猟


 夏実ちゃんと2人、早朝の校舎裏で息を整える。

 すぐに校舎に入らず、小春と美冬から逃げてきたのだ。


「ホント、何なんですか先輩! 殺されるかと思いましたよ!」

「ごめんってば、夏美ちゃん」

「うぅぅ~、貸し1つですからね!」

「わかった、わかったってば」

「わぷっ、もぅぅ~っ!」


 わしゃわしゃと頭を強引に撫でる。

 髪が乱れると上目遣いで抗議してくるが、小柄な夏実ちゃんのこと、迫力がなくていっそ可愛らしい。


 はぁ、子犬みたいで癒されるなぁ。


「まったく……先輩、一体何をしたんですか? 尋常じゃなかったですよ、あれ!」

「い、いやぁ、それが俺にも……」

「……うわぁ」

「待って! そんな犯罪者見るような目で見ないで!」


 俺は始業ギリギリまで、ジト目の夏実ちゃんに責められたのであった。


 はい、現実逃避です。


「……先輩は」

「ん、何か言った?」

「いえ、何でもないです」




  ◇  ◇  ◇  ◇




 夏実ちゃんをダシに使い、なんとか登校中の事はやり過ごせたと思っていた。


 しかし、こっそり登校した教室でも問題が起こっていたのだ。


「あの子誰? あんな子うちのクラスに居たっけ?」

「俺にはわかる、あの乳は押隈さんだ」

「うそでしょ?! あの子一昨日まで地味眼鏡だったじゃん!」

「押隈さん……だよね? 一体どうしたの、あれ?」


 そう、美冬の様変わりだ。


 今誰かが言った様に、地味眼鏡って言葉がよく似合う感じだった。

 それが休み明け急にリア充なゆるふわ美少女にイメチェンしたら、そりゃあもう教室の話題になるのは当然だ。


「押隈さん、心境の変化か何か??」

「ん~ちょっとね、思うところがあって。どうかな、似合うかな?」

「うん、ちょー似合う! 可愛い!」

「てかみふゆっち変わりすぎじゃない?! 一体どこの美容院とか行ったの?!」

「駅前の評判のとこだよ~」

「あそこ結構お高いとこじゃない?」

「うふふ、奮発しちゃった」


 友達とそんな事を話しながら、俺に流し目を送る美冬。

 あ、はい。目敏い人は俺への視線を気付いていますね。めっさ見られてるもの。

 俺はあははと乾いた笑い声を上げるしかできない。


 ていうか美冬さん、こっち歩いてきますね。

 おいおいおい、ちょっと待て! 何をするつもりだ!


「あきくん、あきくんはどう思う? あたし可愛い?」

「ちょっ、なっ、やめっ!」


 俺の座っている背後に回ったかと思うと、頭に胸を押し付け――いや、胸を乗せながら、誘うかの様に首に手を回してきた。


 美冬のことはよく知っている。記憶を辿れば、一緒の幼稚園に通っていたのも覚えている。

 もちろん、その胸が小5から膨らみ始め成長していった過程も見てきた。

 もしかしたら美冬の事は、美冬の両親以上に知っているかもしれない。



 ――おっぱいヘルメット――



 だがこれは知らなかった。

 まず第一に感じたのは重量感。これほどの質量があり、そして柔らかいものなんて、俺は他に知らない。

 もし今頭上を攻撃されたとしても、それを柔らかく包み込むかのように吸収するだろう。

 そんな母性を感じさせるものが、俺の頭上に乗っかっていた。


 そんな状態になっている俺達に、教室のあちこちから「きゃーっ!」とか「やっぱりーっ!」という女子の黄色い声と、「見せつけんじゃねえ!」とか「大橋死ねよ!」という怨嗟の声が聞こえてくる。


 なんていうか外堀を埋められている? 違うな……追い込みを掛けられている小動物の気持ちだ。

 クスクスと、一昨日までと性格が違う美冬幼馴染の含み笑いは、困惑以上に恐怖を感じてしまう。

 このまま首をコキャッて捻られるとかないよね?!



 ダーンッ!



 そんな事を考えていると、教室に響き渡る位の音を立てて扉が開かれた。

 周囲の目も一斉にそっちに向かう。


「あーっ! やっぱり発情してたこの女! まったく油断ならないんだから!」

「やーん!」

「小春!」


 ヅカヅカと肩を怒らせながら入ってきた小春が、強引に俺から美冬を引き剥がす。


「え、誰あの子?」

「1年で噂になってる子じゃない?」

「なにあれめっちゃ可愛いんですけど!」

「押隈さんと知り合い? 大橋なにやってんの?」



 …………



 最悪だ。


 教室内のざわつきが一層激しくなる。

 こちらを注目する視線も増える、ていうか他クラスから覗きに来ているやつもいるな?!


 ていうか小春がなんで上級生の教室ここに? お前の教室とは結構距離あるよ?


「大丈夫、お兄ちゃん? 変なことされなかった?」

「ちょっ! なっ! やめっ!」

「は、はるちゃん!」


 小春はそんな事を言いながら俺の膝の上に横から腰掛け、甘えるように首に手を回してくる。


 現在進行形で、あなたに変な事されていますね?


 いくら仲が良くても、決して年頃の兄妹じゃやらないような体勢だ。

 ……このまま首筋に噛み付いたりしないよね?


 相手が小春なだけに、変な想像をしてしまう。


 俺の悲鳴と教室で沸き起こる悲鳴は同時だった。


「なに、大橋の奴ってば二股してんの?」

「みふゆっち可哀想……」

「死ねっ! 今すぐもがれて死ねっ!」

「学園三大巨乳のうち2つに手を出すとか許せん!」


 先ほど割と好意的に騒いでいた女子達の声が、罵倒一辺倒に変わる。

 男子は言わずもがな、周囲一帯敵だらけだ。


 ていうか学園三大巨乳って何?!


「はるちゃん、いつもあきくんと一緒なんだから学校に居るときくらいは譲ってよ~」

「うわっぷ!」

「あぁーっ!」


 美冬はそんな事を言いながら、俺の頭に顎を乗っけながら抱き付いてきた。

 小春の反対側に抱きつく感じだ。頭の方におっぱいが押し付けられているのがわかる。


「最初からあたしは2番目でも良いって言ってるじゃない~?」

「そういって、あんたはいつも一番いいとこ持ってくんだから!」

「そうだったかしら?」

「そうよ!」


 そして、俺の頭を挟んで修羅場を展開する小春と美冬。

 傍から見れば巨乳の美少女2人が俺を取り合っているようにも見えるだろう。


 だが俺の心境的には、人食い虎と冬眠明けの熊が眼前で獲物を取るなと威嚇しあっているようにしか思えない。


 あれ、どうしてかな?

 夢にまで見たシチュエーションだというのに、目から汗が止まらない。


 何より、周囲から聞こえる罵声と冷たい視線に耐えられない!


「お、俺トイレ行きたいから!」

「きゃっ!」

「やんっ!」


 強引に2人を引き剥がすと、これまでの人生で最高速の逃げ足を発揮して、男子トイレに避難した。


 うぅぅ、一体2人共どうしてしまったっていうんだ。





 結局この日、休み時間毎にやってくる小春と美冬の衝突を避ける為、毎回トイレに立てこもることになった。


 ――そして、初めて便所飯を食うことになった。


 ははっ、今日の弁当ってば塩気が利き過ぎてるんじゃないかな?

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