第10話 妹と幼馴染、それと後輩


 まだまだ肌寒い、4月の朝の通学路。


「お兄ちゃんは私と手を繋ぐんだから、あんたは遠慮して」

「えぇえ、手は2つあるんだから、片方あたしでもいいじゃない~?」

「嫌よ! あんたと一緒だとビッチがうつるわ」

「えぇぇえぇ、あたしまだ処女なんだけどぉ」

「見た目がビッチなのよ、このビッチ!」

「うぅ、あきくぅん、はるちゃんが酷いの~」

「あ、この! どさくさに紛れてお兄ちゃんに甘えるな!」


 俺の身体を挟んで小春美冬幼馴染が言い争っている。


 ……ええっと、この状況は一体なんだ?


 片や黒髪ロングの正統派美少女の小春。

 片や茶髪ゆるふわ美少女ギャルの美冬。


 羨ましいと思うだろう?


 小春は今まで、顔を会わすたびに舌打ちしたりウザっとか言ってきていたのが急にデレデレになって距離を詰めてきた。そもそも妹だし全くもってときめかない。


 美冬は、今までトロくさそうにぽわぽわしてたのが、急に童貞が恐れるような陽キャになっていて近寄りがたく、これもひとえにときめかない。


 例えるならそう、俺にとっては人食い虎と冬眠明けの凶暴な熊が獲物を取り合ってるようにしか思えない。


 ときめきとは無縁の相手に言い寄られても困惑するだけだし、ぶっちゃけ怖い。


 贅沢とか言うな、童貞の心はセンシティブなのだ。


 一度女の子に騙された苦い経験がある俺は、警戒心を最大値まで引き上げる。


「ねぇあきくん、いいよね、腕を組むくらい?」

「ひ、ひぅっ」


 と言いながら腕を捕獲したままの美冬は、ふぅ、と俺の耳に息を吹きかける。

 まさに童貞を殺す攻撃だ。

 耐性のない俺は、簡単に精神を削られてしまう。


「ひぅ、だって。赤くなってあきくん可愛い~」


 そんな事を言いながらほっぺをつんつんしてくる。

 その度に丁寧に磨き上げられた綺麗な爪が俺の頬に沈み込む。


 ヒグマとかの爪もこんな感じなのかな?


 もうやめて! 俺の精神はもうずたぼろよ!


「やめろっつってんの!」


 小春が強引に俺と美冬の間に割って入ってきた。

 今度は小春が俺の腕を胸に挟んで、美冬にガルルルと威嚇する。その様は正に人食い虎。


 やだ、なにこれ怖い!


「はるちゃん、あきくんの独り占めはダメだよ? はるちゃんもあきくんにあれ・・、やってもらったならわかるよね……?」

「わ、わかるけど……、でもっ!」

「あきくんのあれ、はるちゃんならわかってくれるよね?」

「う、うぅぅううぅぅっ!」


 あ、あのぉ、お二人さん? あれってどれ?

 俺の知らない何があるっていうの?


「やっぱだめ、あんたにかまけてお兄ちゃんが私を相手してくれなくなったら困るもの」

「あら、あたしは別に2番目でもいいのよ?」

「それなら……うぅぅ、でもでもでも!」

「もちろんはるちゃんが1番だよ? だってはるちゃんは妹じゃない。だからあたしは2番でいいの」

「そ、そぅ? そういうことなら……」

「どうせはるちゃんは妹だから、妹以外になれないしね」

「んなっ?!」


 クスクスクスと獰猛な笑みを浮かべ、挑発的に笑う美冬。

 その様はまるで獲物を甚振ろうとする獰猛な熊そのもの。


 怖っ! なにこれ怖っ!


 返して! 純朴でのほほんとしていた、美冬を返して!

 ああなっちゃったのは俺のせいだよどちくしょおおおっ!


「お兄ちゃん、どっちを選ぶの?!」

「あきくん、あたしがいてもいいよね?」

「え、えーと……」


 いつの間にか俺に小春と美冬どっちと手を繋ぐかという話になっていた。


 小春は完全に興奮しきって、鼻息も荒く、フンスと俺を睨むかのように視線を送る。

 美冬は一見落ち着いてる感じで流し目を送ってくるが、その目はギラギラと充血している。


 うん、どっちも怖い。


 でもどっちかを選ぶかなんて、選ばれなかった方の反応を考えると怖すぎて出来ない。

 だから――


「み、みんな仲良く……じゃダメかな?」


 なんてヘタレた返事をしてしまうのもわかるだろう?

 そして、小春と美冬は互いの顔を見合わせた。



 ……


 …………


 ………………………………


「お、お兄ちゃんが言うから仕方なくなんだからね!」

「あたしは最初っから2番目で良いって言ってるからね~」

「はは、はははは…………」


 俺は右手に小春、左手に美冬の手を繋ぎながら歩いていた。

 話し合いの結果、腕組みでなく手を繋ぐことに落とし込んだ俺の手腕を褒めてほしい。


 だが、しかしである。


 黒髪ロングの正統派美少女の小春。

 茶髪ゆるふわ美少女ギャルの美冬。


 そんな2人の美少女に挟まれ手を繋ぎながら登校する俺が周囲にどう映るか考えてみてほしい。


「おい、あいつ1年のあの……堂々と二股かよ、死ねよ」

「もう一人の子誰だ? あんな可愛い子うちにいたっけ? くっそ、あの男死ねよ」

「何であんなモブっぽいやつが不釣り合いにレベル高い子2人侍らせてんだ死ねよ」

「2人の巨乳を独り占めとかとにかく死ねよ、死ね死ね死ね」


 …………


 無理っ!

 周囲の声とか視線とか無理っす!


「な、なぁ、もう学校着いたし離さないか?」

「その女が離したら離す」

「あらぁ、あたし達のクラスまで着いてくるのかしら?」

「んなっ、この!」

「くすくすくす」


 勘弁して!

 周囲の目だけじゃなくて、両隣の目まで怖くなってどーすんだ!

 誰か、誰か救いを……



 あっ!



「夏実ちゃん!」

「ッ! あ、あははは、先輩、おはようございます……てわけで自分はこれで!」


 こそこそと、俺を見ないように校門をくぐろうとする夏実ちゃんを発見した。


「部活の事で聞きたいことがあったんだ、ちょっといいかな? ね? ね?」

「ひ、ひぃっ!」


 強引に小春と美冬を振り切って、夏実ちゃんのところに駆け寄る。

 2人に睨まれた夏実ちゃんは堪らず悲鳴をあげた。


「(せ、先輩なんでこっち来たんすか! 恨みますよ!)」

「(す、すまん! でも助けてくれ!)」

「(どうやってですか!)」


 夏実ちゃんと2人揃ってチラリと後ろを見る。


「え、何その女。誰?」

「あきくん、それはちょっと犯罪かなぁ?」


 まるで幽鬼の如くこちらをねめつけ、ゆらりゆらりと地獄の亡者が、生者憎しと掴みかからんと迫ってきた。


「「ひ、ひいぃっ」」


 なまじ2人とも美少女だけに妙に迫力があった。

 夏実ちゃんはすっかり怯えて震えちゃっている。

 さすがに少し罪悪感も沸く。


「あーあー、あれですね、あれのことですね! 行きましょう! さぁ行きましょう先輩!」

「お、おぅ!」


 ふと我に返った夏実ちゃんに急かすように背中を押され、その場を逃げ出す俺達であった。


「あ! まてー!」

「あらぁ、あきくん逃げちゃった」


 背後からは2人の殺気が……いや、周囲からもそれに似たようなものが送られてきているな。


 ……


 ……俺の平穏を返して!

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