第4話 妹の偏愛 ☆大橋小春視点


『おにいちゃん、今日は公園のすなばであそぼ?』

『おう、ついでにみふゆも誘ってこ!』

『わぁ、おにいちゃんだいすき!』


 私の記憶はいつもお兄ちゃんと一緒にあった。

 遊ぶ時はいつも一緒。

 いつも引っ付いてあっちへちょこちょこ、こっちへふらふら。

 何をするにしても一緒で、随分仲の良い兄妹だったと思う。



 私がいつも何をしたいかとか言って、時には困らせることも多々あったけどね。


『わたし、大きくなったらおにいちゃんとケッコンするー!』

『そ、それは、うん……どうだろう?』

『む~~~~っ、するの!!』

『お、大きくなったら考えような?』


 何も知らない幼い頃。 

 この時はまだ無邪気にお兄ちゃんに甘えることが出来ていたと思う。







『今日は友達と遊ぶから、女は連れてけないぞ。そういうるーるみたいだからな』

『…………あ』


 小学校も学年が上がっていくにつれ、一緒にいる時間はどんどんと減っていった。

 男子は男子同士、女子は女子同士で遊ぶのがアタリマエになっていったのだ。


 いつの頃からだろう?


 どんどん私は素直になれなくなっていった。


 元から余り素直な性格じゃなかったのかもしれない。

 どちらかといえば教室では孤立気味だった。

 お兄ちゃんだけがわたしを受け入れてくれていた。


 同じくらいだった背丈はどんどん引き離されて、その代わりにあたしの胸はどんどん膨らんでいく。

 それが何だか悔しくって、煩わしくって。


 胸があるからお兄ちゃんが遊んでくれない。

 胸があるからお兄ちゃんと一緒にいられない。


 だから、この胸がウザかった。

 夏場は汗で蒸れてクサかった。

 周囲の視線がキモかった。

 何より邪魔だった。


 胸が大きくなっていくにつれ重い何かが心に圧し掛かり、縛り付けられ、身動きが取れなくなる。

 それらを振り払うように、自分じゃない自分を演じて、そしてどんどん自分がわからなくなっていった。



「邪魔」



 リビングにいるお兄ちゃんにそんな事言うつもりじゃなかった。


 馬鹿馬鹿! 私の馬鹿!


 昔みたいに並んで一緒にテレビ見たり、あれこれ番組がどうこうとかおしゃべりしたり、近くにお兄ちゃんを感じたりしたいのに!



 いつしか、自分の心とは裏腹に素直になれないどころか悪態と受け取られても仕方が無いような言葉ばかり吐き出すようになっていた。


 ああ、憂鬱だ。

 きっとまたお兄ちゃんに悪く思われたかもしれない。泣きそう。











 それからしばらくしたある日、帰宅した瞬間ドアを開けると独特の匂いが広がった。


 お兄ちゃんの汗の匂いだ。


 体育や部活のあった日のみ嗅げる芳醇な香りだ!

 脱衣所に行けば体操服か柔道着おたからがあるかも。


 会話をしなくなった分、匂いに敏感になったかもしれない。


 残り香なら変に気負わず純粋に楽しめることが出来るし。

 あ、そういえば枕の兄香力が無くなりそうだっけ。

 そろそろ枕の中身をまた交換しとかなきゃ。

 まるでお兄ちゃんに膝枕してもらってる様に感じるんだよね。きゃっ!


 …………うん、わかってる。


 ほんのちょっぴり自分が変なことくらいわかってる。

 もし定期的に枕の中身を交換していたり、お風呂入る前に洗濯物の匂いを嗅いだりしたり、毎朝先に家を出るお兄ちゃんの部屋で深呼吸したりしてることがバレたりなんかしたら、ほんのちょっぴり、少しだけ変な目で見られるかもしれないという自覚はある。

 だけど、たまにお兄ちゃんのお箸を舐めたり、お兄ちゃんの使用済みのシャツを持ち帰って楽しんだりするのも、最近こんなでも構ってくれないお兄ちゃんが悪いんだからね?

 楽しんだ後はちゃんと洗って返してるし、裏地に目立たないようにわたしの名前を書いてるから、お兄ちゃんがそれを着ているときはわたしを抱いているのも同じだし、多少の事は許してあげてもいい。


 2年前にちょお~っと他の女に目移りしたけど、それくらいなら許してあげてるわたしって理解のある良い妹だよね♪



 よ、よぉし、今は目の前のお兄ちゃんだ。大丈夫、兄香力の事とかばれない様にいつもの顔に…………って、自然となっちゃうし…………あーもう、物理的にも精神的にも胸が重いしイライラする!



「げ、クサいのいた」



 クサくないし、くさいのはよく汗疹あせもが出来ちゃう私の胸だけど、上手く誤魔化せたかなというか、え、なに、お兄ちゃん?


「小春」

「な、なによ」


 ジュースかなにかをグイっと一気飲みしたかと思うと、急に低い声で私の名前を呼んだ。

 名前を呼ばれるのなんて随分久しぶりじゃないかな? なんだかドキドキしちゃう。


「ちょっと来い」

「な、なに? 離して!」


 強引に私の手を掴んだかと思うとぐいぐいとお兄ちゃんの部屋へと連れていかれる。

 ほんと、離してよ! 顔が赤くなっちゃってるし、手とか変な汗かいて恥ずかしいし!


「小春、お前は歪んでいる」

「きゃっ!」


 強引にベッドの上に突き飛ばされた。

 え、なに? 何がどうなってるの?


「力を抜け」

「えっ、ちょっ」


 強引にうつ伏せにされたと思ったら、私の肩に手を置かれたかと思えば……


「ぁああああああああああんっ!!」

「くっ、きついっ」


 思いっきり揉みしだかれた。

 肩を。

 言葉では到底表せられない痛みと快感が私を襲った。


「ぃやっ! ぁんっ! そこっ! いぃいいぃぃぃいいっ!」

「くそっ、頑固と言うか素直じゃないな、普段の小春そのままだっ」

「ぃゃん、そんな……あっあっあっあっ」

「んっ、くっ、ふっ!」


 一揉みごとに、身体が軽くなっていくのがわかる。

 まるで生まれ変わっていくかのようだ。

 なにこれなにこれ?

 おにいちゃん、一体どういう魔法を使ったの?!


「肩だけじゃないな、腰も背中も足も……小春、脱げ」

「…………え?」

「聞こえなかったか? いいから脱げ。筋肉が見えにくい」

「うそっ、ほんきっ?! ぁやああああんっ!!!」


 ………………………………


 ……………………


 …………


「ん、んう…………?」


 いつの間にか寝てしまったらしい。

 しかしまだ夢の中なのか、まるで天国にいるかのようだった。


 まず、鼻腔いっぱいに広がる兄香。

 それだけでも素晴らしいというのに、身体が自分のものじゃないくらい軽い!


 今までのわたしは何だったんだろう!


「…………」

「…………」


 目を開けるとお兄ちゃんと目が合った。


 あ、やばい。ドキドキする。

 今までだったら、憎まれ口を叩いていたかもしれない。


 だけどわたしは生まれ変わったのだ。


「お、おはょ、おにいちゃん……」


 うわぁ! うわぁ!

 お兄ちゃん、なんて呼んだの何年振りだろう?

 上手く言えたかな? 声変じゃなかったよね?


 恥ずかしくてぐりぐり顔を押し付けたりしちゃう。


 さよなら、昨日までのわたし。


 ようこそ、生まれ変わったわたし。




  ◇  ◇  ◇  ◇




 お兄ちゃんと一緒に登校とか何年振りだろう?


 頭もふわふわ、胸もふわふわ、足取りもふわふわ、まるで夢心地。

 もしかして、本当に夢を見てるんじゃないかな?


 夢ならもうちょっと欲張りになってもいいよね?


 よ、よぉし、深呼吸だ。

 大丈夫。シミュレーションなら何度もやった。

 頑張るのよ小春、きっと上手くいく。


「ね、お兄ちゃん、手繋いでいい……?」


 言っちゃった! 言っちゃった!

 きゃーきゃー、どうしよう?!

 もし断られたら立ち直れる自信が無い。







 その時はお兄ちゃんを刺してわたしも死ぬ。







「お、おぅ」


 …………


 いけない、幸せすぎて一瞬意識が飛びかけた。


 やっぱダメとか言われる前に、すかさず手を取り指を絡める。

 どうしよう、この手今日洗える気がしない。


 じんわりと伝わってくるお兄ちゃんの手がわたしを蕩けさせてくる。


 んもぅ、わたしをめろんめろんにさせてどうする気なのかな?

 さっきからお兄ちゃんと話しているけれど、夢心地過ぎて頭に入ってこない。


 いつまでもこんな時間続けばいいのに――


「おはよ~、あきく……んぅッ?!」

「み、美冬」


 だというのに、急に現実に引き戻された。

 心が急に冷え込んでいくのがわかる。


「は、はるちゃん、あきくんと仲直りしたのかなぁ……?」

「…………ふんっ!」

「お、おい小春」


 押隈美冬。

 わたしとお兄ちゃんの幼馴染。


 いつも、ちゃっかりとお兄ちゃんの隣に納まる油断ならない女。


「いこ、お兄ちゃん!」

「ちょ、ちょっと小春」

「あ、あきくん?! はるちゃん?!」



 お兄ちゃんは渡さないんだから!

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