第3話 妹と素直と幼馴染の反応


 2年前、俺は失恋した。


 相手は誰にでも優しく、誰からも人気のある同じ学年の女子。

 よくある、優しくしてくれるから俺に気があるんじゃねぇの? という勘違いが原因だった。

 当時絶賛中二病真っ最中だったというのもある。


『大橋君とはそういうんじゃないから。ごめんね? 勘違いさせちゃったかな?』


 ショックで中二病が完治した瞬間だった。

 そしてしばらく引きこもりにもなった。


『身の程知らず』


 小春にはそう追い討ちをかけられた。


『あ、あきくんにはね、ええっとね、地味な子が似合うと思うの』


 美冬の慰めは慰めになってなかった。


 あっるぇ、言葉違うけど小春も美冬も同じこと言ってない?



 それはともかく。

 この一件で俺は少し臆病になった。

 特に、何がしか好意的に接してくる女子を警戒するようになった。


 あの時、あの子・・・の言葉が無かったら未だ女性不信なままかもしれない。


 確か、その言葉は――



『――――――』











 そんな俺の忘れたい過去はともかく。


 本日は土曜日、うちは私立の中高一貫校なので中等部も高等部も普通に半日授業だ。

 妹の豹変デレっぷりに困惑しているものの、登校しないわけにはいかない。


「ね、お兄ちゃん、手繋いでいい……?」


 小春が上目遣いで恐る恐る聞いてくる。


「お、おぅ」


 それに対して、こちらも恐る恐る返事をする。

 なんだか滑稽だ。


 さすがに妹とこんな事になるなんて、想像したことなんてない。

 後、これも妹の策略の一環じゃないのかという線を捨て切れていない。


 だって小春とこんな風に手を繋いだ記憶なんて、幼稚園まで遡っても無いんだぞ?

 強引に服とか引っ張られた記憶ならあるけれど。


 それなのに、こう、指と指まで絡ませあって、俗に言う恋人つなぎをするなんて昨日の俺には想像も付かなかっただろう?

 可愛い子猫にジャレつかれるみたいで嬉しいんじゃって?


 とんでもない!


 可愛い子猫じゃなくて、これ人食い虎だよ!


 あ、小春さん、手は少しひんやりしてるんですね?

 思ったより柔らかいというか何というか……


「お兄ちゃんの手、あったかいんだね」

「そ、そうか?」


 なにか大切で暖かいものに触れて頬を染めながら言う小春。

 だが俺の心中は色々な意味で冷や汗ものである。

 手から変な汗かいてないかも気になります。


 考えろ!

 考えるんだ、俺!


 どうしてこの状況になったのか?

 どういう着地点が理想なのか?

 くっそ、妹だけどこう懐かれるとちょっとは可愛いな!

 人食い虎には変わらないけど!


『おい、あの子って高等部1年の』

『隣の奴誰だよ、手握ってるぞ』

『え? 彼氏? 嘘だろあんな冴えない奴』

『脅されてるんじゃないのか?』


 …………


 はい、無理。

 考えるとか以前に、俺の豆腐メンタルでは周囲の視線やひそひそ声に耐えられないっ!


「な、なぁ」

「…………」

「お、おいって」

「…………」

「……小春」

「なぁに、お兄ちゃん?」

「いや、その……」


 なぁ、とかおい、とかだとあからさまにそっぽ向いていたのに、名前で呼ぶと一転笑顔を綻ばせてこっちを向く。

 どうやら名前で呼ばないとダメというのは継続中らしい。

 なんだかちょっとめんどくさい。これが可愛い彼女だったらなぁ……


 見た目だけなら小春も十分美少女なのだが、如何いかんせん妹だ。

 贅沢者と言われてもいい、少しほっこりしたりはするが、ときめかない。

 むしろこんな事されて周囲の目が……は! そうか!



 まさかこうやって俺の精神を削るのが小春の目的だと言うのか?!



 おのれ小春、なんたる策士! くそ、俺は――


「えいっ!」

「おふおれおわぁあっ!」


 何か考えに耽っていた俺をよそに、小春は急に俺の腕を取って胸に抱き寄せてきた。

 右腕が小春の胸に挟まれている状態だ。




 まさにおっぱいホットドッグ。




 先に言い訳しておこう。


 俺は特に胸に興味はない。

 身近に凶悪なものをぶら下げている小春幼馴染美冬で見慣れた結果、おっぱい不感症になっているんじゃないかと思えるレベルで興味を持ったことが無かった。


「お兄ちゃん、赤くなってるよ?」

「し、仕方ないだろ!」


 お前も赤くなっていているだろうとか、恥ずかしいなら止めろよとか色々言いたいことはあった。



 ――真理――



 その一端を垣間見た気がした。

 見るのと触れるのとでは全然違う。

 俺は今まで食わず嫌いだったのかもしれない――って違う!!!


 くぅ、なんだってんだよ、もう!


 小春に振り回されっぱなしじゃないか!

 いや、昨日までもある意味振り回されていたじゃないか!


 よし、考えても仕方ない。わからないなら聞けばいいんだ。


「な、なぁ小春。その、なんだ。どうして昨日と今日で感じが違うんだ?」

「私ね、生まれ変わったの。素直になることにしたの」


 秘めていた思いを告白するかのように、恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言った。

 そして小春はより一層ぎゅっと俺の右腕を抱きしめ、愛おしそうに頬ずりまでしてくる。



 や、やめてくれ! 



 当然ながら周囲の目が痛い。美少女だけにその行為の威力はばつぐんだ。

 素直って何かな? 俺の精神を削る攻撃魔法の事かな?


「おはよ~、あきく……んぅッ?!」

「み、美冬」


 【素直】という単語の意味を俺の脳内辞書に新しくアップデートしていたら、語尾が悲鳴に近い挨拶をしてきた幼馴染に出会った。

 そこまで驚く光景だろうか?


 ……


 昨日まで蛇蝎の如く俺を嫌い、通学路であっても舌打ちしていた小春が、恋人繋ぎした腕を抱き寄せ甘えるように頭を擦り付けているのだ。


 なるほど、確かに何があったか気になって仕方がないだろう。

 なにより俺が一番気になっている。

 心の中では悲鳴を上げっぱなしだ。


「は、はるちゃん、あきくんと仲直りしたのかなぁ……?」

「…………ふんっ!」

「お、おい小春」



 困惑しつつも、仲がいいことはいい事だよねと話しかけてくれる美冬。

 それに対して小春は、昨日までの俺への態度と同じ敵意MAX状態であからさまに顔を背ける。


 あっるえぇええぇぇ?


 お前が嫌いなのって俺だけじゃなかったの? 美冬もなの?


「いこ、お兄ちゃん!」

「ちょ、ちょっと小春」

「あ、あきくん?! はるちゃん?!」


 繋いだ腕を引っ張るようにして先を急ぐ小春。

 ぽかんとしている美冬に一度だけ振り返り、『んべーっ!』なんて子供っぽい行動をしたりする。

 一体全体どうしちゃったの?!


 そして、傍目にイチャイチャしているようにしか見えない俺たちは、登校中非常によく目立っていた。

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