第8話 ガリア戦役一年目 - 1

紀元前58年の春、ガイウス・ユリウス・カエサル率いるローマ軍は、ガリア地方へ向かう遠征の準備を整えていた。この遠征はローマの版図を広げるための壮大な挑戦であり、カエサルの軍事的、政治的野心の発露でもあった。

ローマ市では、簡素ながらも祝宴が開かれ、家族や友人たちが別れを惜しむ光景が見られた。カエサル一家も例外ではなかった。

別れの時

ユリアは夫である総司の顔を見つめていた。その表情は強い決意とわずかな不安が混じっていた。

「じゃあ行ってくるね、ユリア。5年は戻れない予定だけど…許してくれ」

総司が申し訳なさそうに言うと、ユリアは微笑んで答えた。「いいえ、ソウジ。軍人としての門出を誇りに思いますわ」

二人は互いの顔を近づけ、忠誠と愛情の象徴として口づけを交わした。この時代のローマでは、キスは夫婦間の忠誠を示す大切な儀式だった。ユリアは総司が戦地にいる間、自らを貞節に保つという強い意志を込めていた。

ユリアは父カエサルにも言葉をかけた。「お父様、どうかソウジをお願いします」

カエサルは優しい目で娘を見つめた。「心配するな、ユリア。ソウジは私の片腕だ。必ず無事に戻る」

カルプルニアもまた、夫を見送る立場として冷静な声で語った。「どうかご無事で。お早いお帰りをお待ちしております」

カエサルは家族一人ひとりと別れの挨拶を交わし、北へと進軍する騎兵部隊の先頭に立った。

軍団の結集

カエサルの下には、ラビエヌスを筆頭に、クラッススの息子やデキウス・ブルータス、クイントゥス・ペディウスなど、20代の貴族の若者たちが将官として集められていた。彼らはローマの良家の武者修行として、この遠征に参加していた。

カエサル軍は第七、第八、第九、第十軍団を基幹とし、騎兵4千、重装歩兵2万人、総勢2万4千の大規模な軍勢を擁していた。

「どうだ、ソウジ。これだけの軍勢があれば心強いだろう?」とカエサルが笑う。

「圧巻です、お父様」と総司は答えた。「ですが、予測される敵勢力を考えれば、もう少し多ければ安全だったかもしれません」

「俺たちには、数ではなく知略がある」とカエサルは自信を見せた。

総司は一瞬考え込み、言葉を紡いだ。「『孫子』にはこうあります。『将軍は国家の助け役であり、主君と親密であれば国は強くなる』と。我々もローマという主君に忠誠を尽くすべきです。そのためには元老院の反発を抑えねばなりません」

「元老院は気にするな。俺たちにはポンペイウスとクラッススがいる」

アルプスを越えて

カエサル軍はアルプスを越え、ガリアとローマ属州の境界線近くまで進軍した。彼らがローヌ河沿いに現れたことで、ガリアの部族ヘルヴェティ族に衝撃を与えた。

ヘルヴェティ族はローマ属州内の通行許可を求めて使節を送ってきたが、カエサルは回答を引き延ばし、その間に防衛策を整えた。ローヌ河南岸には高さ4.8メートル、長さ28キロメートルの防柵が築かれ、その前方には深い壕が掘られた。

この工事は、総司が前世で学んだ土木工学の知識を活かしてローマ兵に指導した結果だった。

4月15日、再び訪れたヘルヴェティ族の使節に対し、カエサルは明確に通行拒否を告げた。

「ヘルヴェティ族の数は30万とも言われています。この数が通過する保証はどこにもありません」と総司が進言すると、カエサルは頷いた。「俺の考えも同じだ。拒否だ」

混乱と進軍

通行を拒否されたヘルヴェティ族は、西へ向かう道を選ばざるを得なくなった。セクアニ族の土地を通る際、ヘドゥイ族の仲介で許可を得たものの、両者の間で衝突が発生。これがガリア全土に混乱を広げる結果となった。

やがてヘドゥイ族はローマに助けを求めてきた。

「お父様、これが出陣の合図です」と総司は言った。

カエサルは頷き、ついに進軍を決意した。「そうだ、行くぞ」

ガリアへの侵入

5月、カエサル軍はローマ属州の境界を越え、ガリアの地に入った。最初の目的地ルグドゥヌムでヘドゥイ族の代表と会い、ローマとヘドゥイ族の共闘が正式に決まった。

カエサルは軍団を前進させながらも、同盟者であるガリア人との信頼関係には注意を払った。

「敵を信じることは難しいが、政治とは信頼なくして成り立たない」とカエサルは総司に語った。

総司は頷きながら答えた。「その通りです。戦場では敵も味方も疑心暗鬼になりますが、信頼は戦略の一部です」

初年の戦いの幕開け

こうしてカエサルは、ローマとガリア双方の力を結集し、新たな戦役を開始した。彼の軍事的手腕と総司の知略が試される壮大な戦いが、今始まろうとしていた。

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