第5話 三頭政治
紀元前60年の春、ローマの政界は新たな局面を迎えていた。元老院派が勢力を伸ばし、カエサルの政治的野心を阻もうとしている中、彼は一つの決断を下した。それはローマの政治史に名を刻む「三頭政治」の構築だった。
強力な味方を求めて
「ソウジ、今回の執政官選挙に勝利するためには、強力な味方が必要だ」
カエサルは書斎で総司と向かい合って話していた。彼の表情には緊張と決意が交じり合っていた。
「そのために、ポンペイウスを取り込むつもりだ。彼の人気と軍事的な実績は計り知れない」
総司は静かに頷いた。「確かに、ポンペイウスを味方にすればお父様の勝利は確実です。ただ、彼一人では力関係が偏りすぎるのではないでしょうか?」
カエサルは少し驚いた表情を見せた。「どういうことだ?」
「もう一人、クラッススを加えて三者で均衡を図るべきです。クラッススは経済界の象徴であり、彼が持つ財力と影響力は計り知れません。さらに彼はお父様の最大の債権者でもあります。彼を加えれば、三頭政治という強固な支配体制が築けるはずです」
カエサルは考え込み、やがて微笑を浮かべた。「なるほど、お前の言う通りだ。ポンペイウスとクラッススの仲は悪いが、彼らを調停する役目を果たせば、この計画は実現可能だ」
三頭政治の誕生
こうして、カエサルは密かにポンペイウスとクラッススとの交渉を開始した。ポンペイウスには旧部下たちの票を集める代わりに、農地給付とオリエント再編案の承認を約束。クラッススには借金を返済するための利得と経済界の影響力拡大を提案した。
交渉は難航したが、カエサルの調整力と説得により、ついに三者は協定を結んだ。これが、後に「第一次三頭政治」として知られる秘密の同盟の誕生だった。
執政官選挙と市民の支持
紀元前60年の執政官選挙は、カエサルの圧勝に終わった。ポンペイウスの旧部下たちが集めた票が彼の勝利を後押ししたのだ。
総司は演説の場に立つカエサルを見つめていた。純白のトーガをまとい、市民たちに熱い言葉を投げかける彼の姿は、未来を切り開く英雄そのものだった。
「ローマの未来を共に築こう! 私は、すべての市民のために戦う執政官になる!」
その声に応えるように、市民たちの歓声が響き渡る。総司は静かに呟いた。「これが新しいローマの始まりだ」
秘密の維持
三頭政治は秘密裏に進行していた。元老院派やキケロでさえ、その存在には気づいていなかった。カエサルは巧妙に振る舞い、元老院の警戒を逸らしていた。
「昔ならローマ市民が集まって市民集会で選挙を行うのが現実的だった。しかし、領土が広がり市民権を持つ者が地中海全域に散らばる今、それは形骸化している」
カエサルは総司にそう語りかけた。
「だからこそ、今回の選挙ではポンペイウスの旧部下を動員する戦略が成功したのです」
総司は冷静に分析した。「これからは元老院派も、お父様の意図に気づき始めるでしょう。その前に新たなシステムを築く必要があります」
「その通りだ。だが、まだ時期尚早だ」
カエサルは慎重に進むことを選んだ。
キケロとの駆け引き
三頭政治の実現を知らぬまま、元老院派のスポークスマンであるキケロは、カエサルとの協力を模索していた。
キケロは親友アッティクスに手紙を書いた。
「バルブスが訪ねてきて、カエサルが私に協力を期待していると言った。彼はポンペイウスとクラッススの関係改善にも努めるつもりらしい。もしそれが実現すれば、私の老後は平穏無事に過ごせるだろう」
総司はキケロの言葉を聞いて微笑を浮かべた。「お父様、キケロ先生はお人よしですから、意外と簡単に飼いならせるのではないですか?」
「そうかもしれないが、彼は油断ならない。頭脳明晰で、元老院派の要だからな」
カエサルの目は鋭さを増していた。
兵法の知識
その夜、総司は兵法の知識をカエサルに語った。
「お父様、東洋には『孫子の兵法』という古典があります。兵は詭道なり――戦争は騙し合いである、という考えに基づいています」
カエサルは興味深げに耳を傾けた。「なるほど、戦いとは騙し合いか」
「それに対抗する考えとして、『闘戦経』という正々堂々を重視した兵法もあります。さらに未来にはクラウゼヴィッツという人物が『戦争論』を執筆し、戦争を政治の延長と考えました」
「興味深いな。だが、お前の知識をそのままこの時代に持ち込むのは難しいだろう?」
「はい。ただ、僕はお父様のために最善を尽くすつもりです」
未来への布石
カエサルの執政官としての任期が始まった。三頭政治という秘密の同盟を基盤に、彼はローマを変えるための第一歩を踏み出した。
総司はその横で静かに決意を固めていた。この時代のローマを支え、未来へと繋げる役割を果たすために。
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