第1章 帝国貴族編

第1話 転生

自分はかなり変わった経験をしてきたと思っていたけれど、まさかこんなことになるとは…


私は早見鈴々香。現在小学五年生。

母親がフィンランド人で、父親が日本人だ。詳しいことは聞いていないが母親と父親はフィンランドで出会ったらしい。父親が、旅行好きだったので、多分旅行先で出会ったのだと思う。

そういうことなので、6歳までフィンランドに暮らしていたのだが、父の実家の都合で日本に住むことになったという訳だ。


もちろん私には日本語などわかるはずもなく、日本語教室に2年間通い、小3から転校した。しかし、性格のせいか、容姿のせいか友達ができないどころか常に誰かにいじめられている。最近はもう無いような物だが、そこで別の問題が起きていた。


父が突然失踪したのだ。不思議なことに、荷物なども全く持っていかずにいなくなった。今になっても意味が分からないが現実を受け入れるしかなく、普通に母子家庭として暮らしている。


…はずの私は、今までにないくらいの、よく分からない状況に置かれたいた。


ーーここ、どこなんだろう?てか、私どうなってんのかな?


私は、見た事のない天井と、全力で四肢を振るとチラと見える、いかにもやわらかそうなピンク色の肉塊に不安を煽られ、再び事の始まりを思い返す。


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「早見、係でもないのにありがとう。気をつけて帰るようにな」

「はい」


職員室に入り、先生のデスクにノートの束を置くと、もはやテンプレートのようになっている礼を言われた。

こういう時は全て私の役目となっているからだ。確か、男子も学級委員がいたはずなんだけど…


「あ、それと、なんというか意地悪をされている件についてなんだが、自分から親に言えないならこちらから電話することもできるのだが…」

「いえ、大丈夫です。親に伝えることなんて全くありませんし、私がもしいじめられていたとしても気にする性格じゃないので」


お願いだから、変な正義感働かせて親に連絡しないで欲しい。それに、いじめなんてもう減ってきてるのを知らないのだろうか。


「そうか…なんかあったら言えよ」

「…はい、では失礼します」


職員室に出ると、スっと緊張が消えた。ママには、友達がいないことすら秘密にしている。

ちなみに、今日はママの昼の仕事が休みなので、帰ったらママとゆっくりできる。早く帰ろうと、私は早足に校門を通り過ぎた。


歩道の端に植えてある名前の知らない木が、綺麗な赤色に紅葉して、風に吹かれるとゆらゆらと落ちている。生徒達が仲良い人同士で固まって歩いているのを尻目に、私はひたすら道を進んだ。


ふと、建物のガラスにうつった黒い髪の人々の中にいる、銀髪の自分を見て、勝手に仲間はずれになったような気になった。


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『ただいまー』


アパートの階段を上り、ドアを開けると、私は話す言葉をフィンランド語に戻した。ママの靴が置いてある。やった、ちゃんといる。


古くなっているからか、ギィーという音を立ててふすまが開いた。ママは私と同じで、銀髪で、目が青い。肌の色はママは真っ白で、私はかなり色白な日本人くらいなので、少し違う。


『おかえり、ルミ。学校はどうだった?』

『楽しかったよ』


『ルミ』というのは、私の日本名にする前の名前。フィンランド語で雪という意味だ。

もう何度もついている嘘に、少し胸が苦しくなる。別に、学校でのことなんて、なんとも思っていないのに。


『そう。なんかあったら言ってね』

『…うん』


何もバレていないはずなのに、感づいてくれているような気がして、私は鍵を閉めようとドアの方に視線を移した。


バァーン


突然音がして、ドアが乱暴に開かれた。そこにいたのは、血の着いた包丁を持った男。…いや、よく見ると青年というような年齢だし、しかも、隣に住んでる人だ。なぜか会うと怯えるような視線を向けてくるから覚えている。


今の青年は正気じゃない目をしていた。包丁と雰囲気に押されて、思わず後ずさる。自体が飲み込めなさすぎて、変に冷静な自分がいた。


唐突に、青年が慣れない手つきで包丁を構え、ママの方に……


『やめてーー!!』


気づいたら体が動いていた。というより無我夢中にママの前に手を伸ばしていた。


ーーあ…


全てがゆっくりだった。ゆっくり、包丁の刃がママの脇腹に向かっていく。だけど、私の手が動く速度はそれよりも遅くて、どう足掻いても届かない。ゆっくり、私の世界で唯一死んで欲しくない人に、刃ががつきさって…


人が、力を失い、倒れる音がした。


青年は、突然知らない言葉で叫ばれて驚いたのか、こちらを見ている。

さっきまで動いた体が、今は自分の物じゃないみたいだ。


私も殺されるのかな?


ぼんやりとそんなことを思っていると…


「え?」


泣きそうな表情をしていた青年の雰囲気が、急に変わった。その、得体の知れないモノは、辺りを見渡すと、こちらを向いた。


「ひぃっ」


どうしよう、いや、もうどうにもならない、なんで、なんで私がこんなことに、ママは死んだの、どうして、私が何をしたの?

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ


ナニカを中心に黒いドーム型の膜が出来上がり、当たりを包み込む。

それは、ひたすらに真っ暗でーーーーーーーー


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「早かったですね、ようこそ、私の支配領域へ」

「……え?」


真っ暗…だったはずなのに、今度は真っ白だ。よく分からないけれど、気づいたらあたりはどこまでも真っ白で、何も無い。

その中に、どこか現実離れした、1人の女性が佇んでいた。


「えっと…こんにちは。あの、私は…?えと…ここは…?母さん、は?」

「落ち着いてください。話せる限りのことを話します。納得がいかない部分もあるかもしれませんが、許してください」

「っ落ち着けるわけ……説明、聞かせてください」


急に、目の前の知らない女性に比べて、私がとてつもなく小さな存在に感じた。この人には、多分従った方がいい。


「はい。申し遅れました。私は流転の神アロモニア。まずここは、私の支配領域であり、私が一端を支配している世界の近くに展開されています。本来ならば、貴方が死んだ際に魂を回収し、私の力で強化することで世界で存在できるようにしようと考えていたのですが、ある事が原因で、その必要は無くなりました。つまり、貴方は私から簡単な説明をした後、すぐに生まれ変わる事ができます。ここまでいいですか?」

「えっとー、私は生まれ変わるっていうのはつまり…?後、神って…」


人は生まれ変わったりしない。死んだら裁きを受けることが定められている。それに、神は唯一の存在で…


しかし、目の前の女性を神ではないと否定することは何かとても良くないことな気がして、私は口をつぐんだ。


「『生まれ変わる』とは、記憶を保持したまま、新たな生を享けることを指します。また、あなたにとっての『神』が、どのような定義かは知りませんが、私は世界を支配する、一端を任されている存在のことをそう呼んでいます。あなたは、神である私がそう決めたので、特別に生まれ変わることになったのです」

「…なんで、私なんですか?」


全部が知らない概念で、考えすぎたせいか、吐き気がする。混乱しながらも、何とか一番聞きたい言葉を絞り出した。


そうだ。生まれ変わるとかよく分からないけれど、私じゃなくていいはずだ。それこそ、ママが選ばれたって…!


「貴方が選ばれた理由はたくさんあります。1番大きな理由は言うことが出来ませんが、他の理由で言うと、生まれ変わった前と後の身体特徴が似ている方がリスクが少ないことがあげられます。生まれ変わった先の世界では、黒髪や、茶色の髪が少なく、肌も色の濃い種族は少ないですし、眼が青いという特徴の種族がかなり多いのです」

「お母さんだって、銀髪だし青眼だし肌は私より白いですっ…」

「あなたの母は一番大きな理由を満たしておりません。それに、零歳児に生まれ変わるので、子供の方が身体的特徴があっているのです。納得はして頂けましたか?」

「…はい」


ママが殺されたことだって、私が殺されたことだって、何もかも納得なんてできっこない。でも、なぜだか答えは、はい、しかない気がして、私は小さく頷いた。


「では、生まれ変わりについての説明を続けます。貴方は、今零歳児の、子供の魂と融合することになるのですが、その対象はこちらで、一定の魔力を持つこどもで、一定以上の生活水準がある家庭であると絞っています」

「分かりました」


もう訳が分からないけれど、悪いことは言われていないだろう。私はこくんこくんと縦に首を振った。


「では、今から生まれ変わりをすることになります。準備はいいですか?」

「えっとー、はい」


再び頷くと、この白い空間に、自分の存在が飲み込まれていくような感覚に襲われた。


「では、幸せに生きてください」


金色の光をまとった女性は、微笑んでそういった。しかし、それはどこか苦しそうにも見えた気がした。


⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·


まあ、というのが一部始終なのだけれど…大変なのはそれからだった。


まず、ちょっと嫌なこと思い出しただけで泣く。お腹すいた気がすると泣く。排泄物は勝手に出るし、勝手に出ると泣く。

この数日間、本当に泣いてばっかりだ。


「ギャーーー」


あぁー、また始まったか。もう慣れきってしまったいる、気がついたら自分から悲鳴のような鳴き声が発せられている状況。そして…


「%*%#、#@%*_'#@##%*_」


この家に雇われているらしい、おそらく30前後の女性が、何やら話しかけながら駆け寄って来た。その人は、こちらに近寄ると、私を抱き上げ、揺らしてくる。


赤ちゃんなので、しょうがないのは分かるけれど、赤ちゃん扱いしないで欲しい。だけど、残念なことに、これでちゃんと泣き止むのだ。感謝しなきゃいけないはずなのに、あまりにも複雑な気分すぎる。

なんか雇われている人がいるのに加えて、天井がアパートとは比べ物にはならないくらい豪華だから、この赤ちゃん時代さえ乗り切れば、苦労しなさそうではあるけれど…そう、乗り切れれば…


女性が私をベッドに戻し、視界から消えた。数秒後、ドアが開いて閉まる音がしたので、他の部屋に行ったらしい。


静かになった部屋の中で、私はあの、奇妙な青年のことを思い出していた。




あいつだけは、どんなことがあっても、絶対に許さない。

そして、振りかざされた包丁と、ママが倒れる音だけは、絶対に忘れられない。




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