召しませ異世界転生空間3 師匠の異世界転生【短編版】

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師匠の異世界転生

異世界転生――この言葉をご存じだろうか。仏教用語の『転生』は、輪廻の中で生と死を繰り返しながらさまざまな世界をめぐることを指すが、異世界転生はそれとは少し違う。近年、何かの出来事で命を落とし、その後、中世ヨーロッパ風のRPGを思わせる異世界に送り込まれる設定の、異世界転生をテーマにしたアニメやネット小説が人気を集め、幅広い層に浸透し、認知されるようになった。

それで、なぜこんな話をしているかというと……どうやら俺も異世界に転生してしまったらしい。それも、まさかのトラックに轢かれて――


あの日はやけに蒸し暑かった。気温はそれほど高くなかったが、まとわりつくような湿気のせいで涼しいとは感じられず、夜になっても変わらなかった。

「こりゃかなわない、一杯引っかけて寝よう」と思い立ち、部屋を出たのは夜もかなり更けた頃。近所のコンビニでストロング系チューハイを買う事にした。

アパートの階段を下りながら、自分の足音がやけに響く。その時、なぜか嫌な予感が頭をよぎった。だが俺はその予感を無視して、コンビニへと歩き出した。

そして……

「うおっ!?」

青信号が点滅し始めたので、急いで渡ろうとしたその瞬間、トラックが猛スピードで突っ込んできた。……俺はそのままトラックに轢かれたのだ。


目を覚ますと、神々しい光を放つ老人が目の前に座っていた。

「おお、死んでしまうとは情けない」

開口一番、いきなりのこの言い方である。いや、確かにトラックに轢かれれば普通は死ぬけど……

「あの、ここはどこです?」

「ここか?ここは、まあ、天国や地獄みたいなものじゃな。そして、わしは一応、神をやっておる」

「なるほど……」

「で、お主は本来死ぬ予定ではなかったのでな、今回は特別にいくつかの選択肢を用意してやることにした」

「選択肢?」

「そうじゃ。まず一つ目は……記憶は消され、赤ん坊からやり直しじゃ」

「それはちょっと……」

「ふむ。まあ、そうじゃろうな。では二つ目じゃが、異世界に転生する。記憶はそのまま残るぞ」

「おお、なるほど!」

「そして三つ目は、このまま天国で暮らすことじゃな」

「それ、一見よさそうですが……」

「ああ、天国では雑用係として過ごすことになる」

「……それは勘弁です」

「そうか?

神通力で魔法やスキルもあるから、案外楽しいかもしれんぞ?」

「いや、雑用係にいくら神通力があっても……

それに、赤ん坊からやり直すのは避けたいし……」

「ふむ。では異世界転生で決まりじゃな」

「はい」

「お主には私の下で働いてもらおうかと思ったのだが……少し残念じゃな」

ゆっくりと立ち上がり、指を鳴らしてそうつぶやくと、老人はくるりとその場で一回転した。

すると、眩い光が渦を巻き、背は伸び、筋ばった手は滑らかに、長い髪が白銀に輝き出し、美しくなっていくのがわかった。

「え、まさか……!?」

俺が驚く間もなく、完全に女神の姿に変わった彼女は、透き通るような声で優雅に言い放った。

「雑用も案外悪くないと思うんだけどなぁ」

「え、いや、それなら……」と言いかけた瞬間、視界が歪み、言葉がかき消されるように、見知らぬ空間へと吸い込まれていた――。

……

……

…………

地面の石畳に何度も転がり、ようやく体が止まった。

「いたたた」

目を開けると、まるで中世ヨーロッパのような町並みが広がっていた。まるでRPGゲームのような異世界の風景だ。

「おお……本当に異世界転生したのか……」

目の前に広がる非日常的な風景を見て、思わず呟いた。その瞬間、背後から鋭い声が飛んできた。

「おい、そこのお前!」

驚いて振り向くと、見るからに柄の悪そうな男が二人立っていた。一人はリーダー格らしい大柄な男、もう一人は細身のひょろ長い男だ。大柄な男が俺を見下ろし、口元を歪ませてニヤリと笑う。

「はい?」と、思わず間抜けな声を漏らすと、男はぐいっと身を乗り出してきた。

「ちょっと顔貸せよ」

有無を言わせぬ口調に、反射的に頷いてしまう。気がつけば彼らに連れられ、人気のない路地裏に引き込まれていた。そして次の瞬間いきなり拳が飛んできた。避ける間もなく顔面に直撃し、その勢いで地面に倒れ込む。さらに追い打ちをかけるように蹴りが飛び、容赦なく打ちのめされた。

「ちょ、ちょっと待って……!」

そして数分後、男たちは何事もなかったかのように立ち去っていった。


ぼろぼろになりながら立ち上がろうとしたその時、背後から柔らかい声が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

振り返ると、そこには驚くほど美しい女性が立っていた。長い金髪が陽光を受けて輝き、澄んだ青い瞳はどこか儚げだ。その耳が尖っているのを見て、俺は息を飲んだ。え、妖精族だ!


「あ、ありがとうございます。なんとか大丈夫です」と、興奮混じりに返答すると、彼女は安心したように微笑んだ。

「それはよかったです。私、この近くの村に住んでいて、偶然見かけたんです。助けられなくてすみません」

申し訳なさそうに肩を落とす彼女の姿に、俺は感動すら覚えた。

「いえ、助けていただけるだけで本当に」

彼女の案内で村へ向かうことにした。

道中、彼女は俺を気遣いながら、異世界での生活についていろいろと話してくれる。その穏やかな声に、俺の緊張は次第にほぐれていった。


のどかな田園風景が広がる道を歩きながら、平和な気分になりかけていたその時だった。

突然、彼女の瞳が冷たく光り、口元が鋭く歪んだ。

「さ、あんた。持ち物を全部出しな」

彼女の声は氷のように冷たく、先ほどまでの優しさの欠片もない。その豹変ぶりに一瞬何が起きたのか理解できなかった。

「え……?」

彼女は手際よく俺の腕を取ると、驚くほどの力で捻り上げた。悲鳴を上げる間もなく、俺はあっさりと地面に組み伏せられ、身包みを剥がされていた。

縄で縛られ動けない俺の前に、先ほどの不良二人組が現れた。

「姐さん、どうでした?」

リーダー格の男が、嬉しそうに彼女を見上げて尋ねる。彼女は軽く肩をすくめて答えた。

「文無しだって。期待外れ」

「あの妙な服ぐらいは売れるだろうけど」

細身の男がにやにやしながら言うと、彼女は俺を軽く蹴りつける。

「とことんついてないねぇ、あんた」

この世界が決して甘くないことを改めて思い知らされるのだった。


「全くついてない……」

呻くように呟きながら、俺は再び地面に倒れ込むことしかできなかった。


酒を買おうとして家を出たはずが、気がつけば異世界で空を眺めている。

俺は縛られた縄を解こうと必死にもがいた。ようやく近くに尖った石を見つけ、それを使ってなんとか縄を切ることに成功した。

「詰んだ……」と思いながら、ぼんやりと周囲を眺めていると、遠くの道に馬車らしきものがこちらに向かってくるのが見えた。


「おーい!」

思わず手を振って叫びながら、その方向に駆け出した。裸同然の格好をしていることなどすっかり忘れて。


結果として、現れた妖精族の、どこか切れ長の目が冷たさを感じさせる女性に、不審者として取り押さえられる羽目になった。細い腕に見えたが、不思議な力で地面に押しつけられ、身動きが取れなくなったのだ。


「なんだい、あんた? こんな格好で正気かい?」

彼女は胡散臭そうに俺を睨みつけた。


「いや、違う! 違うんだ!」

慌てて事情を説明したものの、半信半疑の様子で腕を組む。


「まあいい、不審者扱いはやめといてやる。見たところ丈夫そうだし、まあまあ信用できそうだ」

彼女はそう言うとにっこりと微笑み、どこか妖しい光を瞳に宿しながらこう続けた。

「助けてほしい仕事があるんだよ。どうせ行く宛もないんだろう?」


「まあ、確かに……でも、どんな仕事だ?」

「簡単さ。ほら、この荷馬車」

彼女が指差したのは、驢馬用と思われる何やらぎっしりと重そうな荷物が積まれている荷車だった。


「これを牽くだけでいいんだ。驢馬がちょっと調子を崩してね」

「え、俺が牽くのか? いやいや、無理だろ!」

思わず手を振って否定したが、彼女はなおも微笑を崩さない。

「ふふ、拒否権なんてあるわけあるまい?」

気づけばいつの間にか彼女の荷馬車を牽いている自分に気がついた。

いざ牽き始めるとその重さたるや尋常ではない。

「ふんっ……! 重すぎるだろ、これ!」

額に汗を滲ませながら叫ぶと、彼女は歩きながら振り返る。。

「……助けてやるのに、なに訳わからないことを。

ちょっと、お黙り」

彼女はそう言うと俺の口にロバ用の轡を押し込み固定した。


こうして、俺は訳も分からぬまま妖精族の商人に荷馬車を牽かされることになった。

「ちょっとは運が向いて来たのかね、この駄種のおかげで驢馬を休ませることができる」と妖精族商人は笑い、笞をくれる。

激痛に体がビクリと跳ね上がるが、「休むな!」という怒号にただ前へ進むしかなかった。

限界まで追い詰められ足がもつれよろけると「ここまでか。まあいい」と、そのまま道の脇へ蹴り飛ばされた。

疲労と痛みで意識を失い、商人がどこへ行ったのかもわからない。


気を取り戻して空腹を抱えながら、脚を引きずって歩き出す。轡をなんとか外して手に持った。

森がだんだんと深くなってきた。日がとっぷりと暮れてきたので、この辺りで一泊することに決め、大きな木の下に腰を下ろした。そのとき、ふと見ると林檎のような果実が落ちている。果実を拾って齧りつくと、みずみずしい甘味が口の中に広がり、一気に空腹が和らぐ。

夢中で貪り食っているうちに、突然鋭い槍の先が目の前に突きつけられた。

「何を勝手に、この駄種が!」

槍を持った妖精族の女戦士が鋭い目つきで睨んでいる。長い耳に美しい顔立ちだが、凍りつくような冷徹な表情だ。

槍が腕に突き刺さり、「痛っ!」と叫ぶ間もなく再び突き刺される。

「黙れ」と冷たく一喝され、俺は再び縄で縛られてしまい、そのまま森の奥へと連れて行かれた。

案内されたのは、妖精族の集落と思われる場所だった。精巧な木造建築が規則正しく並び、どこか荘厳な雰囲気を漂わせている。周囲には輝くような緑の森が広がり、かすかに甘い花の香りが漂っていた。しかし、その美しい景色は、俺にとって何の慰めにもならない。

集落の中央、他よりも大きな建物の扉が音もなく開き、一人の女性が現れた。


年長のその女性は、まばゆいほどの美貌を持ちながら見る者を射すくめるような威圧感を放っていた。肩まで流れる銀髪は光を反射して微かに揺れ、気品と冷酷さが同時に感じられた。俺の方に視線を向けると、轡に気づき彼女の瞳には軽蔑の色が浮かぶ。


「この駄種が、勝手に森の果実を食べていました」

女戦士が、俺の腕を掴んだまま低い声で報告する。

その目には主人を守る忠誠と、俺に向けられた嫌悪が明確に宿っていた。


長老は少し顎を上げ、冷ややかに問いかける。

「それは木になっていたか、それとも落ちていたか?」


「わかりません。ですが、このようなものを持っている駄種が本当のことを言うはずがありません。

生っていたと考えるべきです」

こちらの言い分を一切考慮する余地を与えない。

轡をチラリとみた長老はわずかに眉を動かし、鋭い声で命じた。

「なるほど、そのとおり。

重罪を犯したこの駄種に罰を与え、森から追放しなさい」


俺の抗議も無視され、再び縄で厳重に縛られた。村の外れへ連行される間、妖精族たちの冷たい視線が背中に突き刺さる。何かを囁き合う声が嘲笑であることは明白だ。


村の外れには朽ちかけた木が立っていた。風化した樹皮が剥がれ、幹は薄暗く湿っている。その木に吊されると、鞭の音が容赦なく響き渡った。


「痛っ!」

「黙れ!」

轡が再び嵌められ声を上げることすら許され無い。


鞭打ちが終わると、俺は木に吊されたまま放置された。

その後なんとかもがくことで地面に崩れ落ちた。

湿った泥が頬に貼り付くが体を動かす気力もなく、そのままじっとしていることしかできなかった。


それでも這うようにして森の中を進んだ。手足は震え、全身に鈍い痛みが残る。

泥濘に足を取られた瞬間、疲れ切った体はそのまま泥の中へ倒れ込んだ。

ようやく抜け出した頃には体力がほとんど尽きており、指先すら動かすのが億劫になるほどだった。


森を抜けると、遠くに明かりが見えた。希望を抱きながら、ふらつく足で小さな村へ向かう。

しかし、入口で見張りの妖精族が冷たく告げた。

「貴様のような変態の入村は許可できない。

そもそも駄種に与える施しなどない」

蹴飛ばされて転がった俺に「とっとと立ち去れ。去らねばぶつぞ」と脅して来る始末だ。

無一文の俺は反論する言葉もなく、村の外れで野宿することを余儀なくされた。


朝日が昇り始める頃、ようやく後ろ手に縛られていた縄を外し、村の周囲で残飯を漁っていたところ、見張りの妖精族に出くわした。

慌てて逃げ出す俺を途中まで追いかけてきたが、なんとか逃げきった。


そんなことが立て続けに起き、妖精族を見かけるたびに怯えて逃げる生活が三日も続くと、心身ともに限界だった。


「……神様、恨みますよ……」


喉が乾いて掠れた声でつぶやいた。その声は夜の静寂に吸い込まれていき、誰にも届かないだろうと思った次の瞬間——


「はぁ~い!」


唐突に響いた澄んだ声に、目を見開く。高く、美しい響きのその声は、どこか悪戯っぽい明るさも含んでいる。


まさか……これは女神様の声か?


「ごめんなさーい! 急いで送り出しちゃったから、何も連絡できてなかったよね~」


驚いて周囲をきょろきょろと見回したが、声の主らしき姿はどこにも見えない。ただ、どこからかはっきりと声だけが響いている。


「一応直接姿を見せるのは禁止されてるから、声だけね!

それと、話し方は君のイメージに合わせて聞こえてるから~。どんな風に変換されてるか、ちょっと楽しみなんだけど!」


……この悪戯っぽい喋り方が、俺の好みだって?

その明るい声はそんな俺の戸惑いなどお構いなしに続く。


「それにしても、ちょっとトラブルあったけど、君はこの世界で存分に楽しんでね~。

君ってば実はチート級の能力を持ってるんだけどまだ承諾取れてなくてさ! OKもらえたらまた連絡するから!」


突然「ゴウン!」という重い音がして、目の前にトラックが現れた。


「代わりってわけじゃないけど、君の部屋にあったものを一通り送っておいたよ~。黒歴史がバレる心配はないから安心してね、いひひ!」


いたずらっぽい笑い声が耳に心地良く響く。だが、小型トラック一台そのものが送られてくるって思わなかった。


荷台を見上げながらため息をついたが、エンジンの音と共にその存在感を主張するトラックに、ほんの少しだけ希望が芽生えたのは事実だった。


「燃料は無限じゃないけど、日が沈むと満タンになる仕組みだから、無茶さえしなければ問題ないよ~」


声に促されるまま、運転席のドアを開ける。トラックの荷台を開けるボタンを探しつつ、エンジンをかけると、スムーズに動き出した。そして荷台の扉がゆっくりと開く。

「冷蔵庫はないけど、中身はクーラーボックスに入れておいたよ!」


その言葉に反応して荷台へ駆け寄る。カップ麺、冷凍食品、さらには酒の肴まで、実用的な食料が整然と詰められているのを見て、疲労が一気に吹き飛んだ。ペットボトルの炭酸水を手に取り、渇き切った喉に流し込む。冷たさが胃まで届き、じわりと生き返る気がした。

「じゃ、こっちの神様にも挨拶して了承得たら、一度遊びに行くね~!」

別れの挨拶も妙に軽いノリだが、不思議と腹は立たない。それどころか、なんだかんだで安心感すらある。


「あ、そうそう。私は『瀬織津姫』って呼ばれてるけど、今はちょっと『速佐須良姫』の声を借りてるんだよね~」


最後に、「てへぺろ」と言わんばかりの軽い調子でとんでもないことを言い放ち、声はそのまま消えていった。


トラックという「足」を得たおかげで、移動は格段に楽になった。さすがに道なき道を進むのは躊躇われるが、馬車の轍が残る道や広めの街道なら、安心して走行できる。

こうして、川沿いの村々から少し離れた場所にある廃村を拠点に、生活基盤を整えることにした。

なんだかんだで、トラック一台分の生活用品があるのは心強い。アウトドアが趣味というわけではないので大層なものはないが、それでもカセットコンロと調理道具が揃っていれば十分だ。さらに、そのカセットコンロの燃料も、トラックの燃料と同じように日没とともに補充されるらしく、尽きる気配がない。


調味料一式があるのもありがたい。特に塩や醤油があるのは、まさに「神」。そこで、感謝の気持ちを込めて瀬織津姫を祀ることにした。祠は方向もよくわからないまま設置したが、気持ちが大事だろう。

とはいえ、米や酒といった贅沢品は貴重なので、在庫が減らないよう使用を控えている。主食をどう確保するかが目下の課題だ。


釣りが趣味なら役立っただろうが、生憎釣り道具はない。仕方がないので、簡易的な網を作り、罠を仕掛けて魚や小動物を捕らえている。それらを近くの村へ持ち込み、穀物と物々交換をするのが主な手段だ。幸い、通っている村はのどかで親しみやすい。村人たちも気さくに応じてくれるし、交換条件も悪くない。

もっと近い場所に別の村があるのだが……そこには妖精族の守衛がいて、どうにも足が向かない。その守衛たちは見た目こそ美しいものの、厳格さと偏見が強く、こちらを快く思っていない様子だ。

そのうえ、交換レートも非常に厳しく、その苦い経験があるため、二度と近づく気になれないのだ。


その点、今通っている村は穏やかで、妖精族もいないから余計な口出しをされる心配もない。交易もスムーズに進むし、村人たちとのやり取りも心地良い。少し話をすれば、村の子どもたちまで興味津々でこちらを見てくる。


取引を終えると、村人たちと少し雑談を交わす時間が日課になっている。

のどかな日常を共有できるこの村は、やはり自分にとってかけがえのない拠点だと実感する。



そんなある日だった。

「やっほー! 元気してた?」

突然、元気いっぱいな声と共に、ショートカットで愛らしい少女が目の前に現れた。俺が身構える間もなく、勢いよく「いえーい!」と抱きつかれる。


驚きすぎて完全にフリーズしている俺の胸元に、彼女は顔をぐりぐり押し付けながら、にっこり笑ってこう言った。

「瀬織津姫だよ!」


「あ、あのぉ……神様。これは一体?」

「この間言ってたでしょ? チートが解禁になったから、遊びに来たの!」


そういえば、トラックを送ってきた時にそんな話をしていた気もする。でも、正直、あのトラック自体がもう十分すぎるチートだと思うんだけど……。


「この世界の神様、何人かに借りがあったから協力してもらったんだよ~。まぁ、あのくそみたいな妖精女を除いてね」

最後にさらりと物騒な言葉が出た気がするが、そこは聞かなかったことにしておこう。


「いやぁ、いろいろ大変だったんだよ~」

「本当にお疲れさまでしたね」

「でしょ? だからバカンスも兼ねて、分霊をこの世界に派遣してきたってわけ!」


そう言うと、彼女は部屋の隅にある神棚を指差してケラケラ笑う。その無邪気な笑顔に、思わず俺もつられて笑ってしまう。


「それでさ、前に言葉を送った時を参考にして君好みに仕上げてみたんだよね」とウインク。

いや、確かにそうかもしれないけど……うん、実際、これは否定できない。


「まぁ、その代わりってわけじゃないけど、適当に魔物を間引いといてってお願いされてるんだけどね~」

「魔物……?」

「ほら、今食べてる乾し肉とか塩漬け肉の素材。ちょっと手強かったんじゃない?」

「あぁ、確かに。トラックで何度か轢き直したから、それなりに手強かったかも?」

「ええっ、何それ! トラックを武器にしちゃってたんだ!」


彼女はそう言うとお腹を抱えて大笑いし始めた。その楽しそうな姿につられて、俺もまた笑ってしまうのだった。

「ああ、そうそう。チートだけど、強すぎるのはダメって言われたから、そこそこのを選んどいたんだよね」

「先ずは言語能力。実は、許可取る前からこっそり使えるようにしておいたんだ」

「ああ、それで最初から言葉が通じたんですね」

「そう!でも本来の能力はね、『相手の心の声が一致してるかなんとなくわかる』って機能付きなんだ。やっとそれも解禁できたよ」

それがあれば初日の追い剥ぎが防げたかもと気づいた。結構便利かもしれない。

「で、お約束の魔力。実は転移の時点で付与してたんだけど、許可もらうまで封印されてたの」

「それで、許可はもらえたんですか?」

「どうせあのくそ妖精が文句言うと思ってね、わざと全属性Sランクって吹っ掛けたら、案の定『絶対にダメ!』ってごねだしてさ~。結局、何度も交渉して『全属性使えるけどBランクまで』ってとこで妥協したわけ」

そう言って、女神様はピースサインをしてウィンクする。

「でも、俺、魔法の使い方なんてわからないんですけど」

「大丈夫大丈夫、感覚でなんとかなるってば。魔法なんて生活にも便利に使えるからね~」

「確かに、日常生活には便利そうですね」

そう言って女神様は近くの石に腰を下ろし、まるで家のようにくつろぎ出した。俺も紅茶くらい出すか、とトラックからティーバッグを取り出し、カップにお湯を注いで数回上下させる。


「それからね、肉体強化系のスキルは案の定くそ妖精族が譲らなかったけど、その代わりに『鑑定スキル』をねじ込んだよ。あの妖精族は気づいてないんだろうけど、地球の人間ってこっちの人間より意外とフィジカル強いんだよね~」

女神様は俺が渡したカップをふうふうと冷まし、意外と美味しいね、と言いながら紅茶を啜る。


「これはマジで分けわからな過ぎて、聞いて驚くと思うけど、この世界に君を送り込んだ時、知らない間に嫌な『呪い』をかけられてたんだよ。

こっちの生物が君を全員嫌悪するっていうひどい呪いをね」

先程解禁された言語能力が発動して、女神様が本気で怒っているのがわかる。

「でも、ちゃんと解除しておいたから。

人間への影響は早めに解けたんだけど、あのくそ妖精がしらばっくれたせいで他の生物にも手こずったけど、どうにか間に合わせたんだよ!」

「その……妖精族の女神ってどんな神様ですか?」

「ああ、聞かせてあげる。

普通この世界の生物って、番を持つ男神と女神が見守ってるのよ。でも妖精族だけは女神が一人で管轄してるんだ」

「あ、それでこの世界の妖精族って女性だけなんですね」

女神様は、うんうんと頷く。

「で、とにかく君のことが大嫌いみたいでさ!

他の神様たちが同意しても、一人だけ『ダメダメダメ!』って駄々こねるの。まったく!」

「……俺が妖精族絡みでいろいろあったのって、もしかして」

「そ、全部あのくそ女神のせい!」

女神様は怒りの余韻でカップを少し強めに置いたかと思うと、ふっと優しい目で俺を見つめた。

「でもね、君は気にしなくていいよ。私がついてるから、どんなことがあっても助けに来るからね」

女神様の言葉には、何か親しみがこもっていて、思わず気持ちが軽くなった。

「女神様って、異世界転生してきた俺のために、いろいろ苦労してくれたんですね」

「そうなんだよ、これでも結構忙しいんだ。もうぶっちぎって他の神に丸投げしようかなって思ったくらい!」

女神様はそう言って笑う。

「あ!でも安心してね。この女神召喚って言う一番のチート能力授けたんだから」

「ありがとうございます」

俺は女神様の気持ちに感謝した。そして、この異世界での新しい生活に希望が湧いてきた。

でも……何か忘れているような気がする。

「あの……ところで、女神様」

「ん?」

「俺って、これからどうすればいいんですか?

魔物を間引くって話がありましたけど、なんか片手間にって感じでしたし。

何か使命があるんですよね?」

女神様は、はっとした顔をすると、急にあたふたし始めた。

「え?

あ!

いや、そのね……別にないの!」

俺は思わずずっこけそうになる。

「だってさ!君みならほっといたって大丈夫でしょ!だから好きにしてていいよ」

いやいやいやいや、それはないだろう。

「じゃ、じゃあ俺ってこれからどうすればいいんですか?」

「あ、それはね……

いっそお高くとまってる妖精族を退治して回っても良いんじゃ無い?」

女神様はそう言うと、満面の笑みで親指を立ててウインクをした。

「え?それって大丈夫です?妖精の女神様が怒って天罰下すとか……」

「ないない!大丈夫だって」

俺は女神様の言葉を信じていいのか不安になる。でも、もうこの異世界で生きていかなければならないんだ。

「わかりました……女神様、いろいろありがとうございました」

俺が女神様に深々と頭を下げると、彼女は満面の笑みになった。

「じゃあね! また来るよ!」

そう言うと、一瞬のうちに目の前から消えてしまった。


こうして俺は、妖精にいたぶられる立場から、妖精を狩る側に変わったのであった。

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