五、正義の味方≠雪咲会

 テスト休みが終わると、あとは終業式を待つのみ。つぶやきアプリの花鳥風月のアカウントには、先日自首した痴漢・野山が捕まったという件だけ報告した。銀行強盗みたいなこともしたけど……さすがにそれは口が裂けても言えない。

 あの後、当然銀行が襲撃されたことはニュースになり、大々的に報道された。銀行強盗は多分四人。行内に押し入った三人と、逃走した車の運転手。だが、車――盗難車だったものが見つかったのはすぐ。その中になぜか盗まれた一千万も入っていて、世間はみんな何を目的にした銀行強盗だったのかと、頭を悩ませていた。

また、銀行で発砲事件も同時発生。これは銀行強盗が拳銃で発砲したのだが、なぜか先日捕まった痴漢刑事の野山のものだったから、このことも大きく報じられた。なぜ、捕まっている人間の拳銃が強盗に渡ったのか。それに警察が気づいてなかったことも。楓梨先輩の策略通り、警視総監のおじいさん、河本孝之助は辞職。そして、瑚己羽先輩の大事な育て人、順おじさんも、この銀行強盗の責任を取り、辞表を出した。これは表向きな事情ではあるが。

そして私たち花鳥風月のメンバーは、最後の登校日、いつものようにリムジンで学園に向かっていた。

「色々めでたしめでたし! って感じだよね! 痴漢も捕まって、おじさんの件も解決したし」

 瑚己羽先輩は、いつものように棒付きキャンディを舐めながら上機嫌だ。

「銀行強盗の件、警察の動きは?」

 菖先輩がコーヒーを飲みながら楓梨先輩に聞くと、にやりとした。

「うちのじいさんも辞職はしたけど、あたしのシンパが何人かいてね。そこから情報をもらってるんだけど、『犯人は女だ』ってことしかわからないみたい」

「大成功ですね!」

 私も思わず息を荒げる。それでも菖先輩は冷静だ。

「楓梨の子飼いが内部にいるなら安心だ。念には念を、な。さて、私たちも正月前の最後の登校日だ。気合いを入れろ」

「らじゃー♪」

「今日もかわいい子猫ちゃんたちが待っているからね」

「わ、私もいい加減なれないといけませんね! 頑張ります」

「ふっ、月海、期待してるよ。だが、その前に……」

 菖先輩はポットを置くと、私の髪に触れる。なんだろう? と思っていたら、花が咲くような笑顔を見せる。

「寝癖。直っていなかった。身だしなみには気をつけな。私たちは正義の味方である前に、学園の象徴でもあるんだからな」

「は、はい」

 あまりにもきれいな笑顔だったので、私は思わず頬を赤らめてしまった。それを見た楓梨先輩と瑚己羽先輩もにこっとする。

「そうそう! ボクたちは確かに元ヤンだけど~」

「今はいわゆる『みんなの憧れ』なんだからな」

 元ヤンだけど、今は正義の味方。そして表の姿は美少女の三人。そうか。先輩たちはみんな、しっかりと役割を演じているんだ。この学園の生徒が、間違った方向へ進まないように。

 車が止まると、静かに運転手さんがドアを開ける。待っていたのはたくさんの女生徒。手には花やらプレゼント。今日は二学期最後の日だから、いつもより人が多い。ひざ丈のスカートのプリーツを気にしつつ、ゆっくりと私たちは車から降りる。

「きゃー! 菖様~!」

「ごきげんよう、みなさん」

「瑚己羽先輩! お菓子をどうぞっ!」

「わぁ、ありがと! みんな」

「ふ、楓梨さん、こ、これ……」

「ラブレターかな? 嬉しいよ。ありがとう」

 相変わらず三人はすごいなと見つめていると……。

「月海様っ! その、このお花を……」

「あ、ありがとうございます」

 私まで花束をもらっちゃった。雪咲会に入って数日たったけど、そろそろファンのみんなにも認められたってことなのかな?

 最初……ううん、ちょっと前までは『ごきげんよう』って言うことすら戸惑いを感じていた。なのに今は平然と口から出る。私以外の三人は生粋のお嬢様。でも、私は一般人からお嬢様になった人間で、これから先輩たちに『お嬢様として』育てられるんだ。そして私は先輩たちを、

『正義の味方』に育て上げる。よく考えたらすごいことなんだ。

 両手にたくさんの花やプレゼントをもらうと、私たちは別れて教室へ向かった。

 普通の高校だったら、二学期最後の日は、大掃除で終わるはずだが、うちの学園は基本、生徒が掃除をすることはない。いつも業者の方がやってくれている。だから、私たちはロングホームルームが終われば解散だ。

 先生から冬休みの注意事項を聞き、通知表を受け取る。私はびくびくしながらそっと、通知表を開いた。

 うーん、現国5、古典3、数学2、地理3、化学2、英語3……。これはひどい。体育も2だし、美術も3。ろくな成績じゃない。先生からの言葉は、『十二月の期末試験は大きな進歩が見えました。このまま頑張ってください』と記されている。当然のように、私は放課後スノウドロップへ向かうよう、先輩たちに言われていた。この通知表を見せるために。現国だけはできているけど、他の成績をみたらまた頭を抱えられてしまうな。しかし、雪咲会に入って、先輩たちから勉強を教えてもらってからは、少し成績は上がったのだ。多分、『この冬はとことん勉強してもらうからな!』って言われるのではないだろうか。

 勉強は苦手だ。集中力が欠如してるというのもある。小説を書くときは、丸一日睡眠も食事もとらずに集中できるのに、なぜだろう? きっと私の能力は、小説を書くことにステータスが全振りされているのかもしれない。

 

重い気持ちでスノウドロップへの階段を下る。ドアを開けると、カランカランと音が響く。

「よう、月海。もう菖のお嬢は来てるぞ」

「ありがとうございます」

 カウンターでカップを磨いていた千種さんに挨拶をすると、いつもの奧のテーブルへと向かう。そこには静かにコーヒーを飲みながら小説を読んでいるきれいな長い黒髪の美少女、菖先輩がいた。……その『美少女』の姿が仮面だということも、もう完全にわかっている。中身は元ヤンだから。私は向かい側の席につくと、先輩も私に気づいた。

「先輩、早かったですね」

「まあな。三年だし、注意事項というよりは受験に向けてのエールを送られたという感じだ」

「何を読んでいたんですか?」

 勉強はできなくても小説は好きだ。私は興味本位で先輩がどんなジャンルの小説を読んでいるのか気になり、たずねてみた。私のあの小説の正義の味方になろうと思ったのなら、きっとアクション小説だろう。その予想は外れた。

「ラブロマンスというか、いわゆる悲恋ものだ」

「お好きなんですか?」

「いや、たまにはこういう内容のものも知識として入れておかないとな」

 私はその言葉に驚いた。私は書く側だから感じたことや面白かったこと、考えていることを書く。もちろん、キャラクターを作って、それを動かすのが楽しいというのもあるから、小説を書いているんだ。いわゆる娯楽小説。だから、あくまでも『娯楽』。そういった小説は時間の合間や趣味として読むものだと思っていた。それを『知識として』仕入れるなんて、頭の中に余裕がないとできないことだ。

 私もまだまだ勉強不足だなと痛感する。しかし、毎日のように小説を書き、その隙間時間に学園の勉強。さらにその間に読書――好きなジャンルならともかく、普段読み慣れていないものを読むなんて、大変でしかない。小説家を目指すなら、様々なジャンルに精通していないといけないし、他の人の作品を読んで勉強するのが当然なんだけど……私にはまだその余裕がないのが情けない。

 先輩の読書の邪魔をしたら悪いかな。私が静かに座って待っていると、千種さんがコーヒーを運んできてくれた。もうオーダーしなくても、私が頼むものはわかっている。一番安い四百円のホットコーヒーだ。砂糖とミルクは入れない。ブラックだ。カップを持つが、まだ熱くて口をつけることができない。もう一度ソーサーの上へと戻すと、カチャリと音がした。

「ん」

 菖先輩は片手で本を持ち、視線も活字を追ったまま手を出す。

「え?」

「『え?』じゃねーよ。見せるもんがあるだろ?」

 読書に夢中かと思っていたけど、きっちり覚えていたんだなと、私は諦めて通知表を渡す。お父さんに見せる時よりも緊張する。なんだかんだ言って、お父さんは私の成績が悪くても、面白い小説が書けていればそっちのほうに興味を示すから。でも、先輩はしっかり成績を見るから。

 小説に押し花でできた栞を挟むと、通知表をじっくり見つめる。怒られるだろうか。あんなひどい成績だもんな。

「……ひどい、と酷評するだけなら誰でもできるが、担任はしっかり見てるじゃないか。後半はよくなったと。これは私らの指導があったからだな」

「はい、それは本当にありがたいと思っています」

「ま、こっちもあんたにシナリオお願いしてるし、持ちつ持たれつだ。だが、あんたにはかなり期待している。シナリオ以外にもね」

 シナリオ以外に? 一体何を期待してるっていうんだろう? 菖先輩の考えはやっぱりわからない。最初からそうだ。この人はつかみどころがないというか。

 私が首を捻っていると、またカランカランと扉が開く音が聞こえた。予想通り、来たのは楓梨先輩と瑚己羽先輩だ。

 ふたりは少々慌てたような感じでスマホを手にしていた。

「菖姉! つぶやき見てた?」

「何かあったのか?」

「生徒副会長が……誘拐されたって噂!」

 誘拐? でも、今日は登校日だったはずだ。それに、下校時間が過ぎてまだ数時間。たったその短い時間で誘拐だなんて大げさすぎやしないか?

 菖先輩も同じことを考えたらしく、楓梨先輩に質問する。

「生徒副会長……皆川と言ったか。いくらうちがお嬢様学校だとしても、下校後数時間で誘拐だなんて、保護者は過保護すぎる」

「そうじゃないんだって!」

 今度声を上げたのは瑚己羽先輩。私たちが話を理解できていないことに慌てているといったところか。もどかしそうに頭を振る。

「あのね、今日皆川ちゃん、学園を休んだんだよ。ボクは皆川ちゃんと同じクラスなんだけど、先生が皆川ちゃんの居場所を知っているかって、ホームルーム中に聞いてきてさ」

「ちょっと待て。学園に話が通っているのなら、私も耳にしているはずだ」

「菖先輩、余計なお世話かもしれないけど、学園長は先輩に話をしたら絶対何かやらかすってわかってたんじゃないかな」

 楓梨先輩の言葉に、ぐっと口を結ぶ菖先輩。珍しいな、先輩が言いくるめられるなんて。でも、学園長……先輩のお父さんは、きっと娘がやんちゃだってことをよく知っているんだろう。

「それで、つぶやきとどう関係してるんですか?」

「ボクみたいな単なるクラスメイトじゃなくて、もっと近い友達たちが、つぶやきを使って皆川ちゃんのことを探し出したんだ」

「もちろん両親たちも警察に届けを出している。それはこっちでチェックした」

 ということは、本当の誘拐……? でもまだわからない。自分から失踪した可能性だってある。私は思わず菖先輩の顔を見つめる。どう判断すればいいのか、わからなかったからだ。

もし誘拐だったら、きっと花鳥風月として、誘拐犯を捕まえて皆川副会長を保護しようと言うと思う。だけど、自分から失踪した場合は……?

「誘拐と失踪、両面から捜査しなくてはいけないな。それで、その友達は花鳥風月に依頼をしてきたんだろう?」

「うん。ご両親はボクたちみたいな謎の正義の味方なんて信用しない。けど、その子たちはダイレクトメッセージをくれた。『彼女が死なないか心配だ』って」

「『死なないか心配』? どういうことだ」

 菖先輩の質問に、楓梨先輩と瑚己羽先輩は「さあ?」と返す。そこまではわかっていないのか。菖先輩は私の通知表を返すと、コーヒーカップに口をつける。

「……その友達たちは、何か知ってるのかもしれないな? 大人に言えない、皆川の事情を」

「そっか。だから花鳥風月に相談してきたんですね」

 となると、やっぱり失踪か? 誘拐だったらきっと『殺されないか心配だ』と言うはずだ。『死なないか心配だ』というのは、自殺を考えている人間にいうことだと思う。

 先輩たちもみんな、同じ考えみたいだ。

「……月海、この状況、どう思う」

「一旦その瑚己羽先輩のクラスメイト……皆川副会長のお友達の話を聞かないと。それからですね」

「瑚己羽、メッセージの返信は?」

「もっちろん! そうなると思って約束取りつけておいたよ」

「場所は冬ヶ瀬公園だ」

 菖先輩はコーヒーを飲み終えると。伝票の下に千円札を置いた。お釣りはいらないようだ。 

「千種、ロッカールームを借りるぞ」

「おい、お嬢! ここで特攻服に着替えるなら、裏口から出ろよ? ヤンキーの溜まり場だと思われたら、商売あがったりだ」

「実際そうだろ? 何を今更」

「ともかく裏口からっ!」

「ちっ」

 菖先輩、千種さんのいうことは嫌々だけど聞くんだな。芯が強い人……というとよく聞こえるけど、それはお嬢様姿のとき。普通の女子だと、ちょっと頑固な人かも。そういうところが人間臭くて、私は結構好きになってきたところなのだ。

 みんなでロッカールームに入ると、ぎゅうぎゅう詰めだ。狭い中ロッカーを開けると、白と赤、ピンクと紫の特攻服が。先輩たちは制服を脱ぐと、学ズンを履き、ブラの上からさらしを巻く。私はというと、特攻服を着るのは二回目。さらしを巻くのはいまだに慣れていない。どうしようと困っていると、楓梨先輩が私の手を取った。

「まだ慣れてないんだろ? 巻いてあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

 楓梨先輩は私の身体にさらしを巻きつける。同性とはいえ、楓梨先輩は見た目もカッコイイから少し緊張してしまう。できあがると、楓梨先輩はむにっと私の胸をわしづかんだ。

「きゃあっ! な、何を……」

「あはは、どのくらいかな~と思って。Bカップくらい?」

「ふうちゃんはAAカップだからうらやましいんだよねぇ~?」

 瑚己羽先輩がからかうように笑うと、今度楓梨先輩は瑚己羽先輩の胸をつかみに行った。

「そういうお前はロリっ子風なのになんでDもあるんだよ! でかすぎだろ!」

「……ふう、やめないか。ガキじゃないんだから」

「はぁい」

 菖先輩の呆れた声で、楓梨先輩の悪ふざけは終わる。胸を揉まれていた瑚己羽先輩もほっとしたような表情を見せた。

着替えが終われば今度はメイクだ。マスクをしてしまうから、すっぴんでもいいと思っていたのだけど、過去の先輩たちのどぎついメイクを見て、印象が変わった。冬ヶ瀬学園はもとからメイク禁止。それでも美少女と崇め奉られる三人の先輩たちは、素顔がきれいだった。肌は白く、きめ細かい。肌荒れやニキビもない。そんな彼女たちがマスクをしたところで、『美人だ』ということは変わらない。別にヤンキーが美人でもいいのだが、正体がバレる恐れがある。だから特にアイメイクはしっかりする。

「うーん、まだ慣れないなぁ」

「アイライン? ボクが引いてあげよっか?」

 私がお願いしますという前に、瑚己羽先輩がペンを取る。

「は~い☆上向いて~。マスカラからね!」

 瑚己羽先輩は楽しそうに私にメイクを施していく。鼻歌まで出そうな空気だ。それと同時に胸がぽよぽよと当たるのは、男子だったら嬉しかったかもしれないけど、相手は私だ。瑚己羽先輩、今は女子高だからいいけど、男子のいる場所にいたらちょっと危ない気がする。……あ、でも元ヤンだから平気か。

特攻服と同じ、紫色のラメ入りアイシャドウまで入れられ、鏡を見る。

「これが私?」

 ドアの近くに立てられている姿見に自分を映すと、まるで別人。いつも情けなく垂れ下がった眉だけど、今日はキッときつめに描かれている。それに濃いメイクにマスク、特攻服のせいで、本当のヤンキーみたい。いつもの地味な私とはまったく違う。

「準備できたか?」

「いえっさ~」

 瑚己羽先輩がゆる~く敬礼すると、楓梨先輩が背中をバシン! と叩く。

「そんな緩かったらダメだろ! きっちり締めなきゃな」

「おう。それじゃ、行くぞ? ……夜露死苦ぅっ!」

「夜露死苦ぅっ!」

 三人の先輩たちの声にびっくりする。……やっぱりばっちり決まっている。お嬢様の姿が仮なのか、こっちの姿が仮なのか。私にはまだわからない。だが、どっちの先輩たちも本気。本気と書いて、『マジ』なのは変わりないのだ。


 冬ヶ瀬公園、午後六時。ちょっと前までは痴漢が出没する場所だったが、今はもうその痴漢もいない。暗い公園に待ち合わせをお願いしたのは、私たちの正体がバレないようにするため。いくらメイクをして特攻服を着て、いつもとはまったく別人になったとしても、瑚己羽先輩たちと同じ学年の生徒なのだ。バレたらまずい。しかし暗い中、女の子たちを待たせるのは危ないから、私たちで守りながら話を聞こうと思っていた。

「いたよ、菖先輩」

「よし、準備はいいな」

 全員がうなずくと、林からがさがさと私たちは現れる。

「斬ること花散らすように!」

 楓梨先輩がビシッ! とポーズを決めると、今度は瑚己羽先輩がかわいく飛び出る。

「立ち向かう事鳥の如く!」

 私もさっきの打ち合わせ通り、決め台詞をつなげる。

「そ、その正体、風のようにつかめず!」

「月夜の晩に姿を現す正義の味方! 花鳥風月!」

 菖先輩が最後にしめると、ふたりは大きく目を見開いた。

「か、花鳥風月? ユリさんが依頼したっていう、つぶやきの?」

「ええ。だけど本当にいるなんて……」

「伊坂ユリと誉田ミノリだね?」

 楓梨先輩が確認すると、ふたりは黙ってこくんとうなずく。ベンチへ誘導し、ふたりを座らせると、私たちはその周りでヤンキー座りだ。

 ふたりはスカートの丈を短く折ることもなく、靴下も学園の校章がついた三つ折りソックスをしっかり履いている、普通の生徒だ。まぁ、一般人とお金持ちっていう違いだったら、お金持ちの部類ではあるだろうが、今はそんなこと関係ない。もう私の中でそういった括りもどうでもいいと思ってきたのだ。一般人でも雪咲会に入れた。お嬢様でも元ヤンキー。先輩たちとの出会いが、私の考え方に変化を与えてくれたのだ。

「それで? 副会長の皆川サツキがなぜ『死なないか心配』なんだ? 彼女は誘拐されたと聞いている」

「でもでも、実際はど~なの? 身代金とか、請求されてる?」

 伊坂ユリと誉田ミノリはもう一度顔を見合わせると、首を振った。

「サツキさんのご両親からはそのような話は聞いていません」

 菖先輩が楓梨先輩に目で確認をする。楓梨先輩はうなずく。警察にも身代金の話はでてきていないようだ。

「誘拐じゃ、ないんですね?」

 私が確信を込めてたずねると、ふたりはこくんとうなずいた。

「サツキさん、ずっと悩んでいたんです。その……いわゆる恋について」

「はぁ?」

 恋? 誘拐じゃなくて、恋が関係して自分から失踪したっていうの? それってまさかだけど……。

「駆け落ち、とか?」

 楓梨先輩が何気なく聞くと、ふたりは少し考えたのち、小さくうなずいた。

「か、駆け落ち~っ?」

 驚いたのは瑚己羽先輩だ。高校二年生ってことは、十六、七歳のはず。しかも『死なないか心配』ということは、心中を考えているのではないかということだろう。

「相手は誰か、知っているのか?」

 菖先輩の質問に、ふたりは押し黙る。知っているが、言えないことなのか。私はうまい具合に聞きだそうと、ふたりを油断させようとした。

「大丈夫。花鳥風月(私たち)は絶対秘密を守る。あなたたちは皆川サツキを助けたいんでしょう?」

『絶対秘密を守る』という言葉で安心したのか、伊坂ユリが静かに語りだした。

「サツキさんは、年上の男性とお付き合いをなさっていたのです。失踪するほんの少し前、私たちにだけ話すと」

「ええ。ですが、その年上の男性というのが、その……禁断の愛とでも申しますか。本当なら恋をしてはいけない相手だったらしいのです」

 禁断の愛。年上が相手なら、妻子持ちで不倫か浮気? だが、女子高生がそんな大人と知り合う可能性はあるのか? 例えば、お金持ちだからパーティーで出会うとか。私がうーんと悩んでいると、瑚己羽先輩が教えてくれた。

「皆川ちゃんのお父さんの会社は、大手保険代理店なんだ。普通、社長令嬢だったらパーティーに出たりもするけど、そこの会社は一族経営じゃないから、そういうのは一切出席していないと思う」

「まだ必要な情報が足りないな。ふたりとも、すまない。また何かあったら連絡する」

「はい……」

 菖先輩も難しい顔をしている。しょうがない。確かにこれだけじゃ何もわからない。皆川さんの身辺を探らないと。

すっかり暗くなった中、ふたりがぺこりと頭を下げて帰ろうとすると、パアッと黄色いふたつの光が私たちを照らす。

「おい! お前ら! 女子高生相手にカツアゲか!」

 げ、警官? この間の野山とは違い、しっかり制服も着ているし、ふたり一組。これは本物だ。

「ヤンキーがか弱いお嬢様から金をせびるとはな……補導だ!」

「ちぃっ、逃げるぞ」

 菖先輩が叫ぶと、私も全力疾走する。運動には自信がないから、みんなよりも早く足を出さないと!

 瑚己羽先輩と楓梨先輩は私を守るように後ろを走る。

「ふうちゃん、ここは一旦……」

「そうだね、大人しくしてもらったほうが早いかな?」

 ふたりは一斉に止まると、警官の右腕を取った。

「せぇの、よいしょっ!」

「うがっ!」

 同時に決まった背負い投げで、警官はあおむけに倒れる。ふたりは私に親指を立ててウインクすると、一緒に公園を抜けた。

 公園の近くにはすぐ菖先輩のリムジンが止まっていて、急いで飛び乗る。勢いよくドアを閉めると、やっと安心できた。

「ここの公園で話を聞くのは失敗しましたね。痴漢事件があったから、見回りするようになっていたとは、計算外でした」

「ごめん、みんな」

 待ち合わせ場所を指定した瑚己羽先輩が手を合わせる。

「まあいい。逃げきれたんだからな」

 先輩たちはマスクを取ると、クレンジングシートを回して化粧を落とす。運転手さんから私たちの姿は見えないように、前方と後方の座席の間には黒い仕切りがある。これでとりあえず、スノウドロップまで送ってもらえれば安全だ。

 裏口から店内に入ると、すでに時間は午後七時。そろそろ喫茶店からバーに移行する時間だ。

「お嬢たちは着替えたら帰れよ? ここからは大人の時間だからな」

 千種さんがにやりと笑うと、菖先輩はイラッとしたように彼をにらむ。チームのリーダーなのに子ども扱いされたのが嫌だったのだろうか。

 私たちは着替えながら、皆川さんのことについて話し合う。

「瑚己羽、皆川サツキが誰かと親しくしているようなところは見なかったのか? メールを見てにやけていたとか」

「うーん……特には。授業も真面目に受けてたよ」

「楓梨はどうだ? 同じ学年だろう?」

「そうだな。瑚己羽の言う通り、真面目には見えたよ。すれ違う程度だったけど、彼女、副会長だったでしょ? よく顧問の坂口のところに話を聞きに来てたし、仲もよかったと思う。教師受けもあれならいいだろうな」

「坂口?」

 菖先輩はぴくりとした。今の楓梨先輩の話に、何かヒントがあったっていうのか? みんなが注目すると、少し考えてから先輩は話した。

「実は……今日、坂口も学園を休んでいたんだ」

「え?」

 これは偶然か? でも、菖先輩がいうなら間違いはないはず。学園長の娘だからというのもあるけど、終業式のときに教師はほとんど前列に立つ。それか生徒の横だ。ぐるっと見回してその姿がなかったのだ。

坂口。坂口剛史先生は、生物担当の教師で、去年赴任してきたばかりだと聞いている。年齢は確か二十代後半。季節は冬だ。風邪やインフルエンザで休んだ可能性もなくはないが、菖先輩ははっきり言った。

「電話では風邪と言っていたらしいが、根拠はないだろう。インフルエンザであるなら、後日診断書を提出することになっている。それを避けるなら『風邪』と言ったほうが無難だ」

「そうだよね。風邪……まぁ、熱が三十九度以上出ていて動けない、とかだったらさすがに休むけど、終業式に休む教師なんているのかな。ましてや担任のクラスもあるだろ? 坂口って」

 そう言えば坂口先生は三年雛菊組の担当だったっけ。少しぐらいの風邪なら、今日は絶対休めないはずだ。

「年上って言う条件に当てはまるし、教師と生徒も禁断の愛……だよね」

 瑚己羽先輩がぼそっとつぶやく。まさにその通り。正解か不正解かはわからないが、これですべてのパーツは揃った。

「一度当たってみて損はなさそうだな?」

「え、でも特攻服は脱いじゃいましたよ!」

 慌てる私の頭をがしっと押さえると、おでこをごちん! とぶつける菖先輩。

「あわあわするな。特攻服で行ったほうが、よっぽど怪しまれんだろ? 私たちには坂口の家に行く、真っ当な理由がある」

「理由?」

「雪咲会だから、だ」

 にんまりと笑う三人の先輩。よくわかってはいなかったが、私も同じように口角を上げ、笑みを作った。


「いると思う? ぐっちー」

リムジンの窓をすっと開け、アパートの部屋を確認する瑚己羽先輩。私もその横から見てみる。

坂口先生の住むメゾンユニーは、まだ新しくきれいだ。先生の部屋は二階の右から三番目って菖先輩が言っていた。明かりは見えない。

「寝てるとか?」

 瑚己羽先輩が首をかしげるが、なんとも言えない。本当に風邪だったら寝ているかもしれない。ただ、もしかしたら皆川さんと一緒にいて、明かりをつけていないのかもしれないし、そもそも部屋にいないのかもしれない。

「行ってみるしかなさそうだな」

 菖先輩がガチャリとドアを開けると、みんな次々に車を降りる。冬の夜風は冷たく、思わず身をすくめてしまう。

 エレベーターを待つのも寒いから、と、私たちは階段を使って坂口先生のいる二〇三号室の前に立ちはだかった。

 ピンポン、と菖先輩がインターフォンを押すが、反応はない。再度、音を鳴らすと、ガタガタと室内の音が響いた。

「いるな」

 ドアノブを引くと鍵はかかっていない。

「ぐっちゃーん?」

「ぐっちー!」

 瑚己羽先輩と楓梨先輩が室内へ急いで入っていくと、暗闇で倒れている先生を発見する。頭からは血だ。

 窓は開いている。そこからガタンと人が飛び降りた音がして、ベランダから一階を見下ろしたが、黒ずくめの男たちが数人、走って逃げて行っただけだ。

「どうしたんですか! 先生」

 傷口を自分の白いレースのハンカチで押さえる菖先輩に、坂口先生は息を切らせながらつぶやく。

「君たち、なんで……」

「私は父に言われたのです。坂口先生のお加減を見て来いと」

「それよりこのケガ……今の男たち?」

瑚己羽先輩がきくと、先生は笑った。

「うん、あいつらにやられた。鍵を閉め忘れたことに気づいて、かけようとしたところ入り込まれて……」

「『あいつら』って、一体何者なのです?」

 先生の頭をひざに乗せた菖先輩がたずねると、顔色が真っ青になった。

「な、なんでもない……き、君たちには関係のないことだ」

「関係ないことはありません。私は生徒ですが、あなたは冬ヶ瀬学園……父の学園の教師です。私にはあなたのことを父に報告する義務があります」

 はっきり伝えると、坂口先輩は強く拳を握り、菖先輩から視線を逸らした。

「だったら余計に話せない。生徒の君たちには……」

「それって、皆川サツキさんと先生がお付き合いしていたことと関係があるからですか?」

 核心に触れることを聞くと、菖先輩も含むみんなが私を見た。一番大人しそうで無害、成績もさほど良くはないから頭の回転も速くないと思っていた私が質問したことで、坂口先生は目を開いた。やっぱり皆川さんの失踪は、先生も絡んでいる可能性が大きいってことか。彼の表情を見て、確信した。

「……知ってるのか?」

 不安げな顔で菖先輩たちを見回す坂口先生。先輩たちは真っ直ぐ先生を見ている。無言の肯定だ。

「ああ、そうだよ。俺はサツキと付き合っていた。そして……彼女には今、子どもがいる。俺は……最低だ」

「ええっ!」

 瑚己羽先輩が大声を出すと、楓梨先輩がしーっと人差し指を立てる。話はここで終わりじゃない。子どもがいる皆川さんは、失踪してしまっているのだから。

「先生はどこに皆川副会長がいらっしゃるか、知っているのですか?」

 菖先輩がお嬢様口調でたずねると、首を左右に振る。そして後ろのポケットから、一枚の紙を取り出した。

「実は、昨日の夜、部屋にこれが置かれていたんだ……」

どうやら手紙のようだ。中にはパソコンを使い、こう書かれている。

『皆川サツキは預かった。助けてほしければ明日の夜、港南A倉庫にひとりで来ること。来なかったら迎えを寄越す』。

「それで行かなかったらこのザマか」

 楓梨先輩は、頭が血まみれの先生を白い目で見つめる。

 いくら禁断の愛で、子どもまで作ってしまったからって、その恋人を捨てて、自分の身を守ろうとしていたのは、確かに人としてどうかと思う。こんな大人に勉強を教えてもらっていたのかと思うと、がっかりもする。私がため息をついていると、菖先輩が肩をポンと叩いた。

「月海、教師と言えど、人であることは変わらない。欠点だって弱さだってある」

「でも菖姉! どうするの?」

 菖先輩はあごに手を当てて考えてから、先生の様子を見る。

「先生は皆川副会長を見捨てるおつもりだったのかしら?」

 丁寧だけど、冷たい言葉。先生はぐっと声を堪えてから、頼りなくうなずいた。

「俺はしがない教師だ。サツキとのことがバレたら、学園は当然クビになる。それどころか、サツキの両親になんて挨拶すればいいのか……」

「へぇ? 自分の保身が一番! ってことなんだぁ~☆」

 瑚己羽先輩は明るい声でひどいことを言う。しかし、その通りだ。先生は倉庫にいかなかったから、襲撃された。本当だったら強制的に連行されていたのかもしれない。

「どうする? 菖先輩」

「月海」

 先輩は私をじっと見つめる。これらの状況から、頭の中を整頓する。皆川さんのご両親は誘拐と騒いでいる。友人たちは失踪だと。坂口先生との子どもができて、それに悩んで、ということならば失踪の可能性が高いけど、それだけじゃない。だとしたら、坂口先生を呼びつけて、来なかったから襲撃した犯人は誰になる? もしかしたらこれは……。

「仮定の話をしてもいいですか?」

「な~に? 何かわかったの?」

 瑚己羽先輩が私の背中から抱きついてくる。大きな胸がぽよんとして、正直うらやましいが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「これは本当の誘拐。しかもターゲットは皆川さんだけじゃなく、坂口先生もです」

「え? 皆川さんは金持ちだから、普通の誘拐もありえない話じゃないけどさ、なんで坂口先生も?」

 楓梨先輩が不思議そうに首を捻る。菖先輩は私が言いたいことに気づいたらしく、全員の目を順番に見つめた。

「……ここは私たちの手では負えない、ということですわね」

「あっ、そっか!」

「『正義の味方』がいないとね」

 瑚己羽先輩も楓梨先輩も納得する。そうだ、ここからは雪咲会の仕事じゃない。花鳥風月の出番だ。

「とりあえず、念のため坂口先生には安全な場所にいてもらいましょう。今回の不祥事に関しては、大事になってしまいましたから、父から相当の処分は受けると思います。それは覚悟していてくださいね」

「……ああ、わかっている」

 坂口先生は菖先輩から借りた白いレースのハンカチで頭を押さえながら、肩を落とす。

 私たちはリムジンまで戻ると、坂口先生を乗せて、一度近くの警察へ向かった。楓梨先輩は警察組織の上層部は嫌っているが、末端の、毎日しっかりと仕事をしている警官は信用しているらしい。事情を説明して、警察署で保護してもらうことになると、今度はスノウドロップへと車を走らせた。

 扉を開けると、いつも通りカランコロンと音が鳴る。

「嬢ちゃん、子どもの時間はもうすぐ終わるぞ? あと五分で客も来る」

「はっ! どうだか。こんな地下の怪しげなカフェに来る客なんているのかね?」

「そんなこと言うなら、準備しておいたナンバープレートを書き換えた車、修理工場に戻してもいいんだぞ?」

「ちっ、くそマスターが」

 菖先輩は苦虫を潰したような表情で更衣室へ向かう。

「あはは、菖姉、ホントはそんなこと思ってないからね~♪」

「いつもありがとな、千種さん」

 菖先輩のフォローは、瑚己羽先輩と楓梨先輩の仕事だ。

 私たちはいつものように特攻服に身を包む。特攻服の刺繍は個人個人違うようになっている。『花吹雪 舞い散る度胸は花鳥風月』が菖先輩。『哭く美鳥 翼の広さは日本一』が瑚己羽先輩で、『風薫る その動きは疾風迅雷』が楓梨先輩。そして私は『月光海 夜空に輝くその拳』だ。

拳って……私は先輩たちみたいに強いわけじゃないんだけどな。

 そんなツッコミは無駄だと最初からわかっていたから、無言で着替える。さらしもちゃんとひとりで巻けるようになった。うん、これでよし……って、普通に慣れていたけど、私もこれでヤンキーやレディースの仲間になったのかもしれない。そう考えると、複雑な気分だ。

「よし、準備はできたな?」

 菖先輩が確認すると、全員がうなずく。また今日も店の裏口から出ると、そこには黒いバンが止まっていた。この間、銀行強盗のときに使ったものとはまた違うが、千種さんはナンバープレートを付け替えていたと言っていたから、これも盗難車なんだと思う。

 キーはアメリカの映画みたいに、サンバイザーのところに挟まっていた。菖先輩がエンジンをかけると、車は港南A倉庫へ向かって出発する。

「今日はちゃんと武器も用意しててくれたんだね! 千種さん」

 瑚己羽先輩が嬉しそうに後部座席を物色する。車には金属バットと角材、刀やジャックナイフが積まれている。用意ってことは、この間銀行強盗したときのバットは、自分のもの? ……変なことを考えるのはやめよう。

「でも、飛び道具がないのは怖いな。相手がどんな組織かわからないからね」

「飛び道具って……」

「ん? 拳銃だよ」

 普通に返す楓梨先輩に、私はこの間の恐怖を思い出す。楓梨先輩も拳銃を持つと本当に別人みたいになるからな。でも、確かに相手はどんな輩かわからない。坂口先生を平気で襲っているし、皆川さんだって連れ去っている。

「は~い、出ました。今港南A倉庫を借りてる人間!」

 さっきからアメを舐めながら、スマホをいじっていた瑚己羽先輩がみんなに画面を見せる。

「……菖姉、みんな。これはちぃ~っと厄介な案件になりそうだよ?」

「どういうことですか?」

 瑚己羽先輩は、私に画面を向ける。『港南A倉庫 皆川物流』。

「皆川って、サツキさんの?」

「親の会社がレンタルしてるのか? どういうことだ、楓梨」

 菖先輩が急に楓梨先輩に振り、楓梨先輩は目を丸くした。

「え、ええっ? あたし? うーん、誘拐犯は皆川さんの親にも恨みがあるとか? だから娘とその彼氏をここに閉じ込めようとしたとか」

「……ちょっと待ってください。楓梨先輩! 皆川さんの親御さんは、『身代金を渡せ』と言われてるんですか?」

「警察にはただ、誘拐されただけだと……それがどうかした?」

 私はブツブツつぶやきながら、今回の事件を整理する。子どもを身ごもった皆川サツキが誘拐された。その相手の坂口先生も襲われた。なのに、身代金は要求されていない。坂口先生が来るように言われたのは、皆川さんの親御さんの運営している会社が使っている倉庫。

 この事件、どうも普通の事件じゃない気がする。黒いもやが大きく広がって、みんなを包み込んでいる感じ。

「ともかく、犯人たちを捕まえればすべて解決するでしょ! だいじょぶ、だいじょぶ!」

 瑚己羽先輩は気にしていないようだけど、私は嫌な予感がする。

「菖先輩、お願いがあるんですけど」

「なんだ?」

「月海、菖先輩だけかー? あたしたちのことは信用してないってこと?」

 むくれる楓梨先輩だけど、これはまだ確定じゃない。しかし手は打っておいた方がいい。

「……わかった。今回の作戦だが、楓梨と瑚己羽は月海を守りながら前進。月海は皆川サツキを探せ」

「菖姉は?」

「私は待機する。万が一のためだ」

 ふたりは文句をいうかと思ったけど、菖先輩の言葉にうなずいてくれた。菖先輩の言葉は、絶対。元ヤンというのはトップの意見が絶対優勢だ。

「菖姉がそういうならね。やっぱ大将はドーン! としてたほうがいいしね!」

瑚己羽先輩は棒付きキャンディの包み紙を開けると、また新しいアメを舐め始める。

「月海、勘違いしないでね? 確かに菖先輩の意見は絶対だけど、それでもあたしらが従ってるのは、君のことも信頼してるからなんだ。そこんとこ、夜露死苦!」

「楓梨先輩……瑚己羽先輩……」

 私は胸がちょっとだけあたたかくなる。ヤンキーの仲間入りなんてどうかな、なんて正直なところ思っていた。だけど、先輩たちは私の作戦に絶大の信頼を置いてくれている。最初は『シナリオを書くだけ』とか『物語のキャラクターに扮する先輩たちが動いてくれる』っていうだけで満足していたけど、私は……私はちゃんと、仲間として認められたかったんだ。私自身、それに気づいたのはたった今。なのに、先輩たちは最初から私を仲間だって思っててくれていたんだな。

「……うっす! 先輩たち、私、まだまだ初心者ですけど……フォロー夜露死苦ーっ!」

 今までで一番大きな声を私はバンの中で上げる。先輩たちもそれを見て、にっこりと笑う。

「よし! 気合い入ったな?」

「はいっ! 行けますっ!」

「OK! Ready、Go!」

 私と瑚己羽先輩と楓梨先輩は、車を飛び出して倉庫の人が出入りするドアの横に立つ。私が手にしているのは金属バット。楓梨先輩は角材。瑚己羽先輩は刀だ。私や楓梨先輩はまだ打撃系だから、手加減すれば人を殺すことはないと思うけど……瑚己羽先輩は、運が悪ければ人の命を奪いかねない。私が心配の眼差しで先輩の手元を見ていると、刀を鞘から抜いて、刃を頬に当て、にやりとする。

「大丈夫だって! ボク、刀が一番しっくりくる武器なの。人を殺したりなんかはしないから、安心して」

 そう言って、ウインクする瑚己羽先輩。刀がしっくりくるっていうのも怖いけど、この間は金属バットで大暴れしていたんだよね。それを見ていたから、心配ではある。

 コンコンと、扉をノックすると、中の倉庫から足音が聞こえる。私たちは扉の両サイドに潜む。

「坂口センセイか?」

 ガタイのいい男が扉から出てきた瞬間、楓梨先輩が乱暴に腕を引っ張り自分のほうへ寄せると、口を手で塞ぐ。瑚己羽先輩がさっと刀を首に当てると、男は真っ青になった。

「ふぐっ、ふぐっ!」

「あんたはちょっとここで休んでてくれる? 悪いね」

 男に薬品を染み込ませたガーゼを嗅がせると、気を失った。腕と足をぐるぐるに縛ると、猿ぐつわをして木材の置かれている場所へ隠す。これでしばらくは見つからないだろう。

「おい、何かあったのか?」

 まずい。遠くから声が聞こえてくる。私がふたりの先輩に指示を仰ぐと、楓梨先輩も瑚己羽先輩も『突撃』の指令を出した。

 扉から入ると、声をかけてきた相手を同じように捕まえる楓梨先輩。今度はただ捕まえるだけじゃない。

「ここには何人いる?」

 ドスの効いた声でたずねたのは、瑚己羽先輩。いつもはかなり高くて甘いボイスなのに、こんな声も出るんだ。

「教え……っ! るかっ」

 大声で叫びそうになった男を、また刀を首に当てて小声に変えさせる手腕は見事だ。口を押えると、人数を指で教えるように指示する。

 ……3か。今捕まえたふたりの他に三人。私は戦力外だけど、このくらいの人数なら先輩たちの敵じゃない。

「いけるぞ! 瑚己羽」

「だね☆……じゃあ」

 ふたりは声を合わせると、武器を握りしめて倉庫全体に聴こえる声で叫んだ。

「おるぁ! 隠れてる野郎、出て来いやぁっ!」

 楓梨先輩がガンッ! と金属バットをその場に叩きつける。その音で出てきたのはふたり。捕まえたふたりは渋谷系のだるだるな私服だったのに、出てきたのはスーツの黒服。

「先輩、気をつけてください。敵ががらっと変わりました」

「わかってる。あいつらは本職だ」

「本職ってことは……」

「うん、どこかの組が絡んでるってことだね」

 組……ってことは、反社会的組織ってことか。だったらやっぱり誘拐? 身代金が要求されていなくても、組の運営にうまく協力してほしいとか、色々脅す材料はあるはずだ。

「それで、皆川さんは?」

「ん~っ!」

 奥からくぐもった声がする。女性の声だ。もしかして……。

「みんな! いたよ! 皆川ちゃん!」

 声のするほうへ向いてみると、そこには拳銃を突きつけられた皆川さんがいた。

「なんだ? ここはヤンキーどもの集会場だったのか? だとしたら失敗だな。ったく、あのおっさん、自分の倉庫の管理もできねーのかよ……」

 自分の倉庫? どういうこと……? 疑問に思っていたところ、残りのふたりが飛び出してくる。瑚己羽先輩は刀を持っているが、倉庫内は段ボールが多く置かれていてうまく振るえない。

「ちっ!」

 舌打ちする瑚己羽先輩を助太刀しようと、バットを持った楓梨先輩が飛びかかろうとする。しかし、こちらも苦戦中だ。もうひとりの男は、楓梨先輩のバットを手でとらえると、そのまま先輩を後ろ手にする。

「くっ」

 ヤバい。動けるのは私だけ。相手はふたりの先輩を取り押さえていて、皆川さんを捕えているひとりだけだが、私にそんな強さはない。体力的な強さは……。しかし、口だけだったら?

「おい、てめぇ! 『自分の倉庫』ってどーいうこったぁ!」

 私は内心ビビリながらも、声をかけた。あの、皆川さんを捕えている男が口走った『あのおっさん、自分の倉庫の管理もできねーのかよ』という言葉。私はしっかり聞いていた。この組にはバックがいる。その相手は、他の組でも、違う黒い組織でもない。もっと単純で、最も信じたくない人間たち。

「『自分の倉庫』……皆川のじじいたちの差し金だろっ!」

 根拠はさっきの言葉のみ。しかし、男たちは動揺したように見えた。ビンゴだ。何気なく特攻服のえりについているバッジに指をかけると、皆川さんを見つめる。彼女も目を見開いている。きっとこの話の顛末を知らされていないのだろう。私の推理……いや、私がこの状況をストーリーにするならば、きっと希望も救いもない話にするだろう。それを現実にする親がいるのならば、とことん軽蔑する。だから私は、皆川さんの両親を人間だとは思わない。

「皆川の嬢ちゃん! 親にまんまとだまされたようだなぁ?」

 私はずっと皆川さんに話しかけ続ける。先輩たちみたいに、ヤンキーっぽい口調で。

「あんたの両親はなぁ! ガキができちまった不良娘と、その相手の教師を抹殺しようとここに呼んだんだよ!」

 段ボールの中からちらりと見える爆薬注意の文字。皆川さんの背中には大きな土管。こちらにも発火注意とある。こんな危ないところに身体を固定されているなんて、殺すことを考えていないとできないはずだ。

 私が算出した結論。皆川さんの両親は、『誘拐された』と警察に嘘の通報をし、組に何らかの餌を与え、娘を連れ去る。そして坂口先生と一緒に『心中』と見せかけて倉庫ごと燃やす。根拠はない。こっそり耳にした言質だけだ。

 皆川さんは泣いているのか、肩をがっくりと落としている。彼女は……知らなかった? 知らなかったとしても、事実かもしれない。すべては私の推測。それが外れていれば問題ない。

だが。

カキンッ! と何かが金属のものに当たった。前を向くと、拳銃から硝煙が出ている。

「あっぶねー……」

見ると、楓梨先輩の持っていた金属バットに穴が開いている。彼女はうまく拳銃の弾を避けたのか。さすがだ。だが、危機は去っていない。ふたりの先輩は捕まっているし、皆川さんの近くにいる黒服は拳銃を持っている。さて、どうするか。私の武器は金属バット。飛び道具ではないし、それを持っていたとしても使いこなせない。せめて背後からとか、隙をついて相手を捕まえることができるなら……。もう一度えりについているバッジに指をかける。じりじりとにらみ合い続けて数分。相手の拳銃は私に向いている。じわっと、嫌な汗がふきだしてくる。瑚己羽先輩も、楓梨先輩も動けない。どうしよう、どうすれば……。

その時だった。ガシャンッ! とガラスの割れる音がする。倉庫の裏側の上部にあるガラス窓に、思い切り何かがぶつかった。その反動で、二発、パン、パンッ! と拳銃が撃たれる。が、窓を破壊した張本人は、それを見事に避けて割ったガラスを蹴破る白い特攻服。

「待たせたな! みんな」

 二階から一階へとひらりと飛び降りる。菖先輩だ。その姿に驚いた犯人たちは、瑚己羽先輩と楓梨先輩を捕えていた手を緩める。その隙にふたりは形勢逆転。楓梨先輩の金属バットは犯人の頭上に。瑚己羽先輩の刀も、男の首へと置かれる。


『斬ること花散らすように、立ち向かう事鳥の如く、その正体、風のようにつかめず、月夜の晩に姿を現す正義の味方! 花鳥風月!』


 名乗った瞬間に、皆川さんを捕えていた拳銃男の頭上に角材を振り下ろす。角材は予想外に柔らかかったらしく、ふたつにパキンと折れてしまった。

「ちっ、弱いもん用意しやがって……」

「何しやがんだ!」

 拳銃を持った男が、菖先輩にそれを向けようとしたが、先輩は折れて毛羽立った角材を相手の胸に押し付けた。

「ま、折れたら折れたで違う武器になるがな?」

 マスクをしているので表情はわからないが、多分菖先輩はにやりとしているだろう。

「くそっ……」

 男はゆっくりと拳銃を下ろすと、他のスーツの男たちに呼びかけた。

「これ以上は何の得もねぇ! 撤退するぞ!」

 それを聞いた男たちは、先輩たちを突き飛ばして逃げていく。私たちはそれをただ見ているしかない。いくら正義の味方だからと言っても、犯人を逮捕する権限はないからだ。一応、刑法では現行犯逮捕ができるという条文もあるらしいけど、私たちみたいな正体不明な人間がその法律を使うことはできない。悔しいけど、逃がすしかない。

 男たちを逃がすと、皆川さんの拘束を解く。ぐったりはしていたが、大丈夫そうだ。ケガもない。

「大丈夫ですか?」

 私がたずねると、彼女は涙を流した。

「やっぱり……父と母の差し金だったんですね」

 その涙に、私は何も答えられなくなってしまった。私の考えが合っているかどうか。それを今から確かめるのだ。

 保護した皆川さんの胸に、私がえりにつけていたバッジをつけさせる。これは、実は通信機になっていたのだ。そのため、私の声は車で待機していた菖先輩に筒抜け。助けにきてくれたタイミングもバッチリだったのは、バッジのおかげだ。

菖先輩は、皆川さんにそれをつけると静かに言った。

「これからあんたはもっと傷つくかもしれない。だけど、私たちはずっとあんたの味方だから」

「……はい」

 運転席に移動すると、車が発進する。帰ってくるはずのない皆川さんが、親の元へ戻るのだ。


「お父さん、お母さん、ただいま」

「……サツキ? お前、なんで……」

「お父さん、出迎えることはないわ」

 皆川さんの母親の声が無線機を通して車内に響く。

「どうして戻ってこられたのかしら。はぁ、いい迷惑。あなたには多額の生命保険もかかっていたのに」

「お母さん……」

「悔しいだろうね、皆川ちゃん」

 キャンディを舐め終えて、棒をぽいっと捨てた瑚己羽先輩が、悲しそうにつぶやく。

あのあと、楓梨先輩のコネクションと皆川さんの説明で、親御さんの仕事についての詳細を聞いた。皆川物流はすでに赤字状態。それでも両親……特に母親は、生活レベルを落とそうとしない。毎週芝居に出かけ、社交ダンスの個人レッスンとスポーツジム。娘はお金持ち女子高に入学させ、勉強もしっかりさせていた。父親はそんな母親に愛想を尽かし、愛人と毎晩ディナーを楽しむ。そんなふたりが、皆川サツキは嫌になっていた。

そのときに話を聞いてくれていたのが、坂口先生だ。ふたりが教師と生徒以上の関係、つまり男女関係になるには遅くなかった。坂口先生の気持ちはわからないが、皆川さんを助けに行かなかったことから、本気ではなかったか、自分の身の方が心配だったということだろう。皆川さんは三人の大人たちから裏切られた。しかも両親からは、金を手に入れるために殺されそうになった。両親は反社会勢力に甘いアメまで与えて。

「本当に最低だな」

 楓梨先輩も苛立つように爪を噛む。それを菖先輩が注意する。

「楓梨、爪を噛むな。私たちは爪の先までお嬢様でいないといけないんだ。『清廉潔白』を意識しろといつも言っている」

「わかってるけど!」

 楓梨先輩が怒る気持ちはわかる。これがもし自分だったら……。私だったら、家に帰れない。こんな話、冗談にもならない! そのまま逃げて、本当に失踪してしまうか、それとも……。

皆川さんは強い。自分の両親にもこうして立ち向かっているんだから。

「お母さん、お父さん。私、これから警察に行きます。あなたたちがやったことは、親子とはいえ、犯罪です」

「勝手に通報でもなんでもしなさいよ。あんたは若い教師と心中しようとして、失敗した。それだけだもの。証拠はないわ」

「……助けてくれた人たちならいるわ」

「な、なんだと?」

 皆川さんの父親が震えた声でたずねると、皆川さんはぽそっとつぶやいた。

「花鳥風月……」


「あれからどうなったんですか?」

 冬休みに入った私は、スノウドロップに呼びつけられていた。呼びつけられ……といっても

私自身も皆川さんの件は結末が知りたかった。

 今日の雪咲会のみんなは当然私服。相変わらず個人個人の魅力を引きだした、オシャレな格

好だ。私はパーカーにコート。お洒落でも何でもない。

 華やかなメンバーに私は一瞬物怖じするが、いつも通りに出迎えてくれるみんなに、自然と

心はほぐれた。

「おっそいよ~! 月海ちゃん」

「冬休み、暇だっただろ?」

 瑚己羽先輩と楓梨先輩は、いつもと同じクリームソーダとアイスコーヒー。ふたりとも冷た

いものをチョイスしているから、身体が冷えないか心配だけど、どちらも気にせず自分の選ぶ

ものを変えてはいなかった。菖先輩もだ。七百円のコーヒーの湯気と香りが漂っている。

「あんたも知りたかっただろ? 皆川サツキのその後」

 何度も言うが、私たちは今冬休みだ。皆川さんと学園で会うことはない。事件を解決した日もしばらく盗聴していたけど、皆川さんは母親と父親に言いたいだけ言われるだけで自分の部屋へと入ってしまった。

そんな彼女のその後。皆川さんは身重だ。両親にも、教師の彼氏にも捨てられたのに。

「月海ちゃん、心配しないでって。ここはふうちゃんと菖姉が一肌脱いでくれたんだから」

「え? どういうことですか?」

「皆川さんの両親は、誘拐の首謀者として捕まったんだ。あのふたり、証拠を山ほど残していたからね。自分の会社の倉庫を使ったりとか、組へ賄賂を渡したりとかね」

「坂口にも学園を辞めてもらった。生徒に手を出すなんて言語道断だ。これがまだ両想いで、皆川サツキを守っていたなら別だったがな」

「で、でもそれじゃ皆川さんは救われないじゃないですか! ただひとりになってしまって」

 私がテーブルをガタンと叩いても、みんなは動じない。皆川さんひとりでこれから生まれてくる赤ちゃんの面倒を見ないといけないって言うの? しかも手助けも援助もなく。

 いつものようにコーヒーカップから口を離すと、菖先輩は微笑した。

「だから、私はNPO団体を紹介した。若くしてひとりで子どもを産み、育てなくてはいけない女子学生のための組織だ。そこである程度は面倒を見てもらえる」

「そ、そうなんですか?」

「うん、これしか手もなかったしね~」

 瑚己羽先輩もアイスがついたチェリーを舐めながら同意する。楓梨先輩もだ。

「でも、皆川さんはある意味被害者ですよ? 高校も卒業できないなんて……」

「心配するな。そこは私が父に言っておいた。月海がいうように完璧にではないが、彼女は被害者だ。だから……」

「菖姉が学園長に子どもを産んだら復学できるようにって、言ってくれたんだよね~!」

「さすが菖先輩だよ。あたしだったら、そこまで考えは回らない」

 千種さんが私にいつものコーヒーを運んできてくれる。そうか、皆川さんはみんなから裏切られたけど、復学はできるのか。それを聞いた私は、ほんの少しだけ安心した。

 皆川さんの件は安心したけれど、問題はそれだけじゃなかった。

「そうそう! その話も大事だったけど、聞いたよ、月海ちゃん! 成績悪かったって」

「後半の巻き返しはあったとか」

 げ。成績表は菖先輩にしか見せていない。ということは、彼女がふたりに教えたってことだ。私の成績を知ったふたりは、早速バッグから参考書をどっさりと取り出す。

「はい、これはボクが二年の時に使ってた本!」

「あたしのもあるから、冬休み中に予習復習しておいて、三学期のテストは上位ランクを目指そう!」

「え~……」

「シナリオが必要ないときは、しっかり知性を磨かないとな? 雪咲会の面子が立たん」

 さすが菖先輩。厳しくいらっしゃる……。こうしてこの日は、夕方までじっくりと私はふたりの先輩たちから講義を受けるハメになった。そんな私たちの姿を、菖先輩は読書しながら優雅に見つめる。しかし、次の事件は私たちを待ってはくれなかった――。

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