六、バタフライ

 冬休みはいい。こたつの中でぬくぬくしながら、みかんを食べてテレビを見る。ごろごろ最高だ。こうしていると、十二月は色々あったなと思い出す。今まで馴染めなかったお嬢様学校。そこの高嶺の花である先輩たち――雪咲会に目をつけられた私は、いつの間にか彼女たちの一員になった。しかも先輩たちの本当の正体は元ヤン。私のシナリオで、いじめっこを退学にしたり、銀行強盗のまねごとをしたり、誘拐犯――その正体は親だったけど――を捕まえたり。

 私のささやかな平和が、ヤンキー色に染まっていく。ヤンキー色じゃないか。これが私のもともとの色だったのかもしれない。だって、これらの事件は私のシナリオがあったからこそ実行できたんだから。一般人の私が、学園ではお嬢様のフリ。そして裏では夜露死苦ヤンキーなんてやってることを知ったら、お父さんは腰を抜かすかな?

「なぁ、月海」

「どうしたの? お父さん」

 一緒にテレビを見ながらみかんを食べていたお父さんが、ふと私にたずねる。

「お前……彼氏はできないのか?」

ぶっ! 飲んでいたお茶を吹きだしそうになり、我慢する。

「ちょ、ちょっと待ってよ、お父さん。なんでいきなりそんなこと聞くの?」

「だってほら、お前雪咲会って美少女の会に入ったんだろう? それならどこかで彼氏もできるんじゃないかと……」

「私に彼氏がいたら、何だっていうの?」

 まぁ、お父さんの言いたいことは何となくわかる。なぜかというと、私が『小説家の娘』だからだ。

「今度の小説、恋愛ネタで行こう! ってことに決まっちゃってさぁ」

 やっぱりな。小説家全員に当てはまることではないのかもしれないけど、少なくてもうちのお父さんは、身近な人の話を題材にすることがある。昔も小学生が出てくるSFを書く仕事があったんだけど、私は小学校の話をめちゃくちゃ詳しくたずねられて、うんざりした経験がある。そして今度は、恋愛ネタか。

「お父さん、いくら私が雪咲会に入ったからって言っても、女子高だよ? 男子との出会いなんてあるわけないじゃん」

「そうか……あ、じゃあ、女の子同士でもいいぞ。百合ってやつだろ? お姉さまとの関係はどうだ?」

 百合……なんでそんな用語を知っているんだろうか。お姉さまって、菖先輩とか楓梨先輩、瑚己羽先輩のことだよな……。うーん、三人とも個性的で魅力もあるから、きっと普通の共学に行ってたらモテたとは思うけど、中身は元ヤンだっていう地雷が埋まっている。

「百合だかどうだかは知らないけど、先輩たち三人ともいい人だよ。でも、恋愛感情はまずあり得ないかなぁ」

 お父さんには悪いけど、そう答えるしかない。というか、実際娘が百合だったら、大問題じゃないのか? そこは問題ないと思ってしまうところが危険なんだよな。うちのお父さんは。

 私が頭を痛めていると、メッセが来た。相手は菖先輩……?

『すぐスノウドロップに集合だ』

 え? 何があったっていうの? スノウドロップに集合っていうことは、きっとまた事件だ。花鳥風月に何か関係はあるのか? 私は急いでアプリを開き、花鳥風月のアカウントにパスワードを入力する。タイムラインには特におかしな文章はない。だが、ダイレクトメールに、意味深なものがあった。

『今まで那智のことが大好きでした。私たちは死んでも一緒です。さようなら』。

 まさかこれって、自殺……ううん、心中のほのめかし? 私は急いでジャンパーを羽織る。

「お、おい、もう夕方だぞ? 今から出かけるのか?」

「うん、先輩に呼び出されて。ごめん! ご飯は先に食べてて!」

 私はブーツを履くと、家を飛び出した。

 スノウドロップは現在クローズになっている。それでも関係ない。クローズになっているのは、カフェからバーに変わる時間帯だからってだけ。カフェの常連である私たち花鳥風月には関係のないことだ。

「遅くなりましたっ!」

 私がたどり着くと、先輩たちはもう集まっていて、資料に目を通していた。

「月海、これ、あんたの分だ」

 菖先輩から資料を渡されると、私はそれに目を通す。どうやら学園の生徒ファイルから持ち出したものらしく、きちんと写真も貼られている。生徒の名前は相沢春香。三年生の彼女は普通の家の娘……いわゆる一般生徒だ。もうひとりの那智という生徒は、川越那智という。彼女も三年だ。

「この相沢さんがダイレクトメールで心中をほのめかしていた生徒ですか?」

「ああ、多分そうだ。アカウント名は相沢と関係ないように見えるが、この『ハルかぶり』という名前……彼女のあだ名だったからな」

 三年生だから、菖先輩も知っている生徒なのか。普段のお嬢様状態の先輩なら、顔広そうだもんな。

「でも、『ハルかぶり』って何?」

 クリームソーダのクリーム部分をスプーンですくっていた瑚己羽先輩がたずねると、菖先輩は難しそうな顔をして答えた。

「彼女はシンデレラと一緒。『灰かぶり』っていうだろ? だからこのアカウント名も、クラスのいじめっこが無理につけたんだ」

「ちょっと菖先輩っ! いじめを見て見ぬふりしてたってこと?」

 楓梨先輩が持っていた資料をぐっと握り、そこがしわになる。菖先輩は首を振った。

「無論、私も声をかけた。だが……難しいところだったのは、彼女自身が『いじめられていない』と否定していたんだ。相沢の周りのいじめっこも首を振っていた。それに彼女には、それを支える友達……いや、親友がいたんだ。ま、今回のことで親友かどうかもわからなくなってしまったが」

 親友かどうかもわからなくなったって、もしかして。もう一度私は、相沢春香の資料と、ダイレクトメールを見てみる。『今まで那智のことが大好きでした。私たちは死んでも一緒です』。

 私が菖先輩を見つめると、こくんとうなずく。

「え? え? ちょっとよくわかんないよー!」

「菖先輩と月海はわかっても、こっちは把握できてないんだってば!」

 ふたりが怒るので、菖蒲先輩の代わりに私が説明する。

「この、ダイレクトメールに書かれている『那智』っていう名前の生徒、もしかしたら相沢春香の彼女だったんだと思います」

「へ?」

「彼女?」

 二年のふたりの先輩は、目を点にする。そりゃそうだ。私たちはふたりが同性愛者だったと言ってるんだから、あまりにも突飛だ。

「だが、気になるのは花鳥風月にダイレクトメールを送ってきたことだ。ただ、心中をする気だったなら、その場に遺書を残すだけだろう。だけど、こちらにメールを送ってきたということは……」

「止めて欲しいってこと?」

 アイスを食べ終えた瑚己羽先輩が、首を傾げる。

「複雑だな。心中したいのに、止めて欲しいなんて」

 楓梨先輩も納得のいかない顔でアイスコーヒーの氷をかき混ぜる。

「それでこっちが川越那智の生徒ファイルだ」

 もう一部私たちにコピーした紙を渡す菖先輩。川越那智は、社長令嬢か。もしかしたら身分違いの恋だったとか? ただでさえ同性愛なんて、周りに否定される。しかも相手は社長令嬢と一般のサラリーマンの家の生徒だ。難関は多い。だから現実に絶望して? だからと言って、心中なんて……。

「今回の私たちの任務は、ふたりを死なせないことだ」

 菖先輩ははっきりとそういうが、私たちはどうすればいいのかわからないでいる。ふたりが心中するのなら、その場所を探さなくてはいけない。だけど、どうやって探す? 相手に発信機でもついていれば話は早い。だが、そんなものは当然ついていないし、探しようがないのだ。

それは瑚己羽先輩も楓梨先輩も同じ意見だった。なのに、菖先輩は私のほうを見る。これはもしかして……。

「月海、シナリオの発注だ。心中を止める内容の物語、一筆書いてくれ」

「さ、さすがに無理ですよ! ヒントが少なすぎます!」

 私は首をぶんぶん振るが、菖先輩はまた優雅にコーヒーを飲む。そしてソーサーをテーブルに置くと、にやりと笑った。

「心中する場所がわからなくても、心中しようとする人間がどこに行こうとするかは想像がつくだろう?」

 そうか。私がもし、心中する恋人同士の話を書くとしたら、どこを舞台にするか考えろってことか。一か八かの博打だけど、これは私の小説書きとしての勘が求められている。

 私はメガネをもう一度かけなおすと、ネタ帳を取り出す。そこにシャーペンで場所を書き出していく。まずはふたりが出会った場所。例えば学園。次はデートしたところ。海とか山とか、自然の多いところかもしれない。街中で心中はないだろう。人目がありすぎる。電車に飛び込む? そんな派手に心中するだろうか。ふたりの関係はあくまでも秘密だったと思われる。同じ学年だった菖先輩も知らなかったようだし。

「菖先輩、ふたりの親御さんたちはどこに行ったか、知らないの?」

 楓梨先輩の質問に、菖先輩が答える。

「ああ、それは先ほど電話したんだが……ちょっと出かけるような小さいカバンに普段着で出て行ったらしい」

「それなら学園に入る可能性が高いかもしれない。山や海に行くには、心中目的でもさすがにラフな格好で行くのはおかしい。それに、自殺の名所へ軽装で行くと、逆に近隣住民や見回りの警察に怪しまれるからな」

 楓梨先輩はそう推理する。確かに一理ある。警察に保護されたら、心中どころじゃなくなる。

「とりあえず、学園に行ってみようよ! 菖姉、警備員さんに連絡は?」

「今取っている。とりあえず、花鳥風月、緊急出動だ!」

「おい、お嬢たち! コーヒー代!」

 カウンターで千種さんが叫ぶが、それどころじゃない。

「悪い、今日の分はツケといてくれ!」

 菖先輩がそう声をかけると、やれやれといった表情で片手を挙げた。


 いつも通り裏口から出ると、リムジンに乗る。どこの世界にリムジンに乗るヤンキーがいるんだ、というツッコミはこの際置いといて。

「菖先輩、警備員からの連絡は?」

「それが……どこにも生徒はいないようなんだ。隠れている可能性がある」

 私は移動中、川越那智について調べていた。川越那智と思しき人物が花鳥風月のアカウントをフォローしているかどうかわからない。だったら相沢春香のアカウントから探し出したほうが手っ取り早い。ここ数日の相沢春香の動向をつぶやきから読み解く。やっぱりというか、何というか。部屋の掃除をした。日記を全部処分した。制服はもう着ることはないだろう。このようなつぶやきがいくつも見つかる。まるで自殺を意識しているような。その中に『Nacchi』という人物からのリプライがあった。『大丈夫、私も一緒だよ。十二月二十二日、学園で決行』。……これが川越那智のアカウントだ。今度は川越那智のアカウントを探っていく。

「……菖先輩、これはただの心中事件じゃなさそうですよ」

 私がそう言うと、リムジンは静かに学園の前に止まった。


「ねぇねぇ、菖姉~。警備員さんは~?」

「校舎内を探してもらったが、相沢春香らしい人物は見つからなかった。もし隠れているのなら、油断させて捕まえようと思ってな」

「それに、川越那智のつぶやきでは『学園で決行』とありました。多分ふたりはここに来ます」

「あたしたち四人で見つけられるかな?」

私は楓梨先輩の謎に、学園で心中するなら何か所かに絞れると答えた。まずは化学室。ガスが引いてあるから、一酸化炭素中毒で死ぬならここだ。しかし、菖先輩は首を振った。長期の休みに入ると、ガスは一旦止められるらしい。化学部は冬休みに特に活動もないからだとのことだ。それ以外に考えられるところ。手っ取り早くふたり一緒に死ねる場所。それは……。

「ここです」

 屋上の入口のドアの前に、私は立った。何も手の込んだことをしなくても、屋上から飛び降りればすぐ死ねる。すべての鍵を持っていた菖先輩が扉を開けるが、そこには誰もいない。

「おかしいね。あたしも死ぬならここかと思ったけど……」

「あっ! ちょっと待って! 七号館の屋上、誰かいる!」

「確かにいるが……ふたりじゃない。三人いるな。どういうことだ?」

「ともかく七号館に急ぎましょうっ!」

 私たちは急いで階段を駆け下りる。この隙に、相沢春香が飛び降りないか……いや、屋上から突き落とされないか。私はそれが心配だった。

 七号館屋上は、ご丁寧に鍵まで閉められていた。それを開けると、三人の人物が待っていた。ひとりは相沢春香。もうひとりは相沢の彼女の川越那智。そして、見知らぬ二十代くらいの男がその場に立っていた。

「ちょ、ちょっとあんたたち……何者? レディース?」

 川越那智の手に見えるのは、バタフライナイフだ。向けられているのは相沢春香。やっぱり。川越那智は相沢春香を殺そうとしている。

「レディースだがなんだか知らねえけど、俺が相手になってやるよ」

 男はパキパキと拳を鳴らす。すぐに戦闘態勢に入ったのは、瑚己羽先輩だった。

「ボクらは正義の味方、花鳥風月。相沢ちゃんからメールをもらってね」

「なっ! 春香、なんでそんなことを!」

「……私、本当は死にたくないっ……でも、那智がこうしないと、ふたりが幸せになる道はないって!」

「……そう。川越さんは相沢さんの恋心を利用し、だまして、彼女の親御さんをクビにしようとしたんですね」

「えっ……?」

 相沢さんは寝耳に水といった感じで、目を見開き、フェンスに背中をつく。私は先ほど菖先輩にもらった生徒ファイルの印刷したものを取り出す。

「川越さん。一見だけだとわかりませんが、相沢さんのお父さんは川越商社の末端子会社に勤務していますね。そこでは主に輸出入を管理しているとか」

 三人の先輩たちも、じっと目の前のふたりの女子生徒と男を見据える。これがただの心中事件じゃないとわかった私は、瑚己羽先輩にお願いして、スマホでふたりの親についても調べてもらった。

「相沢ちゃんのお父さんは知らない間に、川越ちゃんのお父さんに、犯罪の片棒を担がされていた」

「この間、海から浜に覚せい剤が漂着した事件があったよね?」

 そうたずねたのは、楓梨先輩だ。

「まだ捜査中ではあるけど、どうやら日本の大手商社が関わっている可能性があるって、警察内部は大騒ぎしてるよ」

「だから、この心中話も嘘。川越は死ぬ気なんて全くない。ま、そこの男が本命……ってところじゃないか?」

 冷たくとどめを刺したのが、菖先輩だった。その瞬間、男が瑚己羽先輩に向かって殴りかかってくる。瑚己羽先輩はにやりと笑うと、すっと身体をかわす。まるで闘牛をひらりとかわすマタドールみたいだ。男のバックにつくと自分の背中と相手の背中を合わせ、首を腕でしめて、てこの原理で投げ飛ばす。男は反動でフェンスに身体を打ちつけた。

「浩二! あんたらぁ!」

「不慣れなバタフライナイフなんて持ってたら、逆にケガしちゃうよ? お嬢さん」

 お腹に突き刺さる前に、指先二本でナイフの経路を簡単にずらす楓梨先輩。驚いた川越那智の手首をつかむと、ご用だ。

「……これでもまだ、川越那智を愛していると言えるか?」

 相沢春香はくたっとしゃがみこんで、ガタガタと震えている。怯える気持ちはわかる。好きだった相手には本命がいた。しかも自分の親をクビにさせるために自分に近づき、恋愛感情を持たせたのだ。川越はかなりの悪女だ。

「私は、私は……」

「行くよ、みんな」

「え? でも相沢さんは?」

「自分で結論は出すさ」

 菖先輩はそう言って、屋上から出ていく。川越那智と男は、瑚己羽先輩と楓梨先輩に引きずられていく。このまま警察に置いて行くらしい。それと事の顛末を録音していたレコーダーとともに。いつの間にか知らなかったけど、菖先輩が録音していたようだ。私たちもまたスノウドロップへ帰ると、着替えを終えてまた裏口から出ていく。さすがに夜はお酒も出す店だから、学生の私たちが出てくるとまずいのだ。

 翌日、私はスノウドロップへ向かっていた。呼び出されてはいなかったが、みんなここにいる。そんな気がしたから。

 扉を開けると、千種さんがこちらを見た。あごをくいっとすると、そこには先輩たちがすでに集結している。

「月海も来たか」

「そりゃ来ますよ! 相沢さんが心配だったから」

 そう言う私に、瑚己羽先輩がスマホのつぶやきアプリを見せる。

「ほら、これ見て!」

私も先輩の隣に座り、スマホの画面に目をやる。その画面にはダイレクトメールが届いていた。

『みなさんのおかげで、命を粗末にしなくてすみました。父も母も、川越に騙されたことを知り、家族で警察に向かっています。これからどうなるかはわかりませんが、私は家族とともに一生懸命生きていくことにします。本当にありがとう』。

「よかったぁ……」

 私はほっと胸をなでおろす。すると、楓梨先輩も私が安心するようなことを教えてくれた。

「今回はすべて川越の親の会社が諸悪の根源だ。確かに相沢の両親も罪を犯したかもしれないけど、知らなかったんだから、情状酌量の余地はある。ともかく相沢さんは大丈夫だと思うよ」

 ふたりの報告を聞くと、菖先輩はコーヒーの香りをかぎながらにっこりと笑った。

「川越那智は自殺教唆。運が悪ければ殺人未遂。川越の親も何らかの罪には問われる。冬ヶ瀬学園からは雪咲会から退学のお願いをするよ」

 雪咲会はたった四人しかいないが、その権力は大きい。いくら実際に退学に追いやることができるんだから。

 これで一件落着、と思ったところだった。どさ、どさ、とテーブルに何冊も本が置かれる。これは……。

「は~い☆月海ちゃんのための参・考・書!」

「事件がひとつ片付いたんだから、今度は勉強だね。月海にはちゃんと学力もつけてもらわないと!」

「そ、そんなぁ~! 事件も解決。クリスマスも近くて、楽しみだったのに……

 そうだ、クリスマスだ。自分で言っておいて気づく。先輩たちはお嬢様だし、きっと大きなクリスマスパーティーに出席するんだろうな。私が華やかなパーティーを想像していたら、菖先輩は眉間に深いしわを寄せ、瑚己羽先輩はぷうっと頬を膨らませ、楓梨先輩は頭を抱えたりする。私、何か地雷を踏んだのか?

「あの、みなさんクリスマスパーティーは……?」

「ああ、お嬢たちはパーティー出禁になってるからね」

 答えたのは先輩たちではなく、千種さんだった。千種さんが言うには、小さい頃の先輩たちは親に連れられて様々なパーティーに出席していたらしい。だが、問題はグレたあとだ。なんでも、やさぐれていたときなんかは特攻服に濃いメイクでぶっこんだこともあったようだ。その後、周りのフォローで『ヤンキーが何か勘違いして特攻してきた』ということにしたようだが、怒ったのは親御さんたちだ。それからパーティー関係は全部、出禁になったという。

「でも、他に予定はないんですか? 先輩たちおきれいだから、彼氏とデートとか!」

「彼氏?」

「デート?」

「月海の目は節穴か?」

 三人はぐいっと私に詰め寄る。しかも表情はいつもの優しくて温和なお嬢様ではない。ヤンキー面だ。ヤバい、今のは完璧に地雷だ。これは私も言って失敗したと思った。だが、千種さんは大笑いだ。

「あはは、お嬢たちに彼氏なんている訳ないだろ! お嬢様モードの時は高嶺の花だし、ヤンキーモードだったら余計に声なんてかけられない。寄ってくる男なんぞ、いるわけがない」

「うるせぇぞ、千種!」

 菖先輩が声を荒げると、千種さんは両手を挙げた。

「まぁ、つまり、あたしたちにクリスマスパーティーは無縁ってことだよ」

 楓梨先輩が諦めたように笑う。瑚己羽先輩もキャンディを舐めながらがっくりする。

「ケーキとかスイーツとかごちそう、食べたかったなぁ~……」

「そういう月海はどう過ごすんだ? お父さんと一緒か?」

菖先輩の問いかけに、私は少し間を挟んで答えた。

「えーと……実は、父の本を出している出版社のパーティーがあって、それに出席する予定なんです」

「パーティー……?」

「へぇ」

「ふぅん……」

 やっぱりこの回答はまずかったか。私は完全にしらっとしている先輩たちに、仕方なくひとつ提案をした。

「先輩たちもよかったら来ますか? もちろんお嬢様モードで、ですけど」

 誘ってみると、瑚己羽先輩が手をずばっと挙げた。

「行く行く~! ケーキにおいしいご飯♪」

「せっかくのお誘いなんだ。断ったら子猫ちゃんに悪いよね。あたしも行くよ」

「ふう、それなら私はふたりの見張りをしないといけないな? 先輩として」

 菖先輩……素直に行きたいなら行きたいって言ってくれればいいのに。でも、そんなところも彼女らしい。どうせ私もひとりでパーティーなんてつまらなかった。いつもお父さんと一緒に挨拶回りするのも面倒だし、それに……私がいないときがいいこともあるしね。

 私はお父さんに了解をもらうために、スマホでメッセを送る。すると、『あの美少女の会の先輩たちかい? ぜひ連れてきなさい!』と返信がすぐに来た。お父さん、相変らずミーハーなんだから……。そんな素直で優しいお父さんを、私は本当に尊敬しているし、愛してもいる。だけど……。ううん、今の私はこれで満足。お父さんのために家事をやったりするのも楽しいし。問題はない。――問題なんて、ないんだ。

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