二、花鳥風月

 先輩に言われて、私は腰を抜かす。ちょっと待て。それとこれとは話が別だ。先輩たちが私の小説みたいに正義の味方になるのは構わない。やりたきゃやってみればいい。でも、私が学園の人気者の美少女クラブ・雪咲会に入るというのは違う話だ。

「ま、待ってください! なんでそんな流れになるんですか? 私が雪咲会って……美少女でもなんでもないんですよ! ただの地味メガネがそんな、恐れ多い……!」

「そう思ってくれているのか。……ほう、私らが美少女ねぇ」

「あたしはどちらかというと、美少年扱いされるけど」

「ボクはかわいい妹ってよく言われるよ? 一年生にもね~」

 この三人、自分たちの魅力にあまり頓着ないのか? それもちょっと意外だ。あれだけ毎日生徒に囲まれているのに、自分が美形かどうかよくわかってないって……。でも、それは少し意外で笑えてきてしまう。私がお腹を抱えて笑っていると、菖先輩が頭にクエスチョンマークをつけながらたずねてきた。

「どうして月海はそんなに笑っているんだ?」

「だって、みなさんきれいなのに、自分の魅力に気づいてないんですもん! おかしいと思いませんでしたか? 女の子たちから貢物もたくさんあったのに……」

「子猫ちゃん、それ誤解!」

 楓梨先輩は私に首を振って見せる。

「そもそも『雪咲会』っていうのは、うちの学園の元ヤン集団だったんだから!」

「は?」

 その言葉に私は首をかしげるが、菖先輩も瑚己羽先輩もすまして自分の飲み物を飲んでいる。楓梨先輩の話によると、初代雪咲会……当時はレディースの主埜羽弩露斧(スノウドロップ

のヘッドだった女子生徒が会長だった。そのヘッドが超絶美人だったということで、彼女とそ

の側近のふたりが学園で崇められてしまい、それがそのうち『美少女お嬢様クラブ・雪咲会』

へと進化してしまったらしい。だから、雪咲会の本当の正体は、元ヤン、つまりレディースだ

ということだと聞き、私は耳を疑った。

「さすがにもうヤンキーじゃねぇけど、その証っつーか血脈はちゃんとこの学園に受け継がれ

てるってことだ」

 菖先輩はコーヒーカップを置くと、私をじっと見た。

「だ・か・ら! ちょっとくらいの無茶は、慣れっこなの! それに月海ちゃんが一緒にやっ

てくれるなら~、もっとすごいことができちゃうかもね!」

 瑚己羽先輩は楽しげに笑う。だけど私には関係ないってば! と大声で叫びたくてもできな

い。ここは三人のテリトリーなんだから、逃げられない。

「……だったら余計にですよ。私は元ヤンでもレディースでもないですから、雪咲会に入る意

味がありません!」

「そんなことないよ」

 ストローをチューっと吸うと、楓梨先輩はそれをグラスから取り出して、私に差し出した。

「あたしら今の雪咲会はさ、今までろくな事してきてなかった。だから……その償いっていうか……ああ、うまく言えない!」

「楓梨が言いてぇのは、要するに、新しく一般庶民のいい子ちゃんを雪咲会に入れて、組織の改編をしようっつーことだ」

 組織の改編? でも、そんなのって三人の考え方を変えるだけでいいんじゃ……。私が考えていたことは顔に出ていたらしい。菖先輩は首を振った。

「月海の意見だってわかる。なんでこんなやつらに巻き込まれてるんだってことだろ? それはやっぱり、見せてもらった小説が関係している。私らだって、意識を変えればいいことはわかってるけど……やっぱり今までの悪ガキお嬢の汚名を返上したいってこと。そのためにどうするか指示を出すのが、あんただ」

「要するに参謀?」

「雪咲会のブレインってとこ~?」

 そうか。ようやくわかった。先輩たちはやっぱり正義の味方になりたいってことだ。ただ、具体的にどうすればいいかわからない。それに、雪咲会のお嬢様たちが堂々とカチコミするというのもありえない。そのためにどうすればいいかを私に聞いているのだ。

「だから、この入会状に署名してくれないか?」

 菖先輩がカバンから出したのは、三人の名前と拇印が押された帯状の紙。たいそうな代物のように見えてしまうのは、三人とも達筆な上に筆で署名してあったからだ。

 瑚己羽先輩はいつの間にか書道道具を準備している。今、ここで決めろということ……いや、決めるんじゃない。署名することはすでに考える必要なく決定事項。三人は私に「さあ!」と言わんばかりに迫る。

「あの……雪咲会に入らないでアドバイスするんじゃダメですか?」

「そしたら堂々と四人一緒にいられない。月海も知っているだろ? 私たちの周りに、いつも他の女子がいること。あんたがいじめの標的になる可能性もあるから、それを防ぐためにも入会は必要なんだ」

 どっちにしろ、雪咲会に入ろうが入らなかろうが、話題の人物にはなってしまいそうだ。でも、三人はこのままじゃ帰してくれない……。それだったら私も、覚悟を決めようじゃないか。本当は単なる同人作家が、ここまでしなくてもいいと思う。書いた物語が起こした事件に責任を取る必要があるのか、はたはた疑問だ。『責任を取るべき』となってしまえば、殆どの小説やマンガは差し押さえられるし、読むこともできなくなるだろう。だけど、今回に関しては別。私自身、ちょっとだけ興味を持ってしまったのだ。自分の作り出したキャラクターになりきったみんなが、どこまでやれるのか。それに雪咲会に入って目立つことなんて、この先一生ない。だとしたら、これはいい経験にもなる。怖くないというと嘘になる。それよりも好奇心が勝った。

「……わかりました。先輩たちがそこまでおっしゃるなら」

「よっしゃ!」

 三人は交互にハイタッチをする。その振動で飲み物が揺れて、入会状に中身がかかりそうになったのを、私が避ける。

「コーヒーの香りがする入会状なんて、嫌でしょう?」

「へぇ、月海。あんた、なかなかじゃねぇか。私らと対等に渡り合おうとした普通の生徒は、あんたくらいだよ」

 そんなにすごいことなのかな? ただ私は三人の先輩たちの本性を知った。お嬢様の裏の顔がヤンキー。といっても、どちらも同じ人間。お嬢様のフリをしていたときは、言い知れぬオーラを身にまとっていたが、ヤンキーのオーラで今はプラマイゼロになったみたいだ。学園で出会ったときの、あの高嶺の花みたいな印象が薄れたおかげで、三人はずいぶん取っつきやすい存在に変わった。

 正式に署名をして、拇印を押す。それが終わると、千種さんが何かを運んできた。

「例の儀式、するんだろ?」

「わかってるじゃん、千種」

 楓梨先輩がにやりと笑う。私たちは小さな盃を手にする。中身はなんだろう……? 水っぽいけど。

「それじゃ、兄弟の盃をかわそうじゃないか。ま、本当は姉妹だけどな」

「せえの! で飲むからね?」

 瑚己羽先輩がはしゃぐ。ドキドキしながらその合図を待つ。

「せえのっ!」

 菖先輩が合図をすると、私はぐいっとそれを飲んだ。な、なんだろう? すごい甘い? い、いや、これは甘すぎっ! のどが渇いてしまった私は、冷めたコーヒーをごくごくと飲む。一杯七百円の味もわからないくらいに、まだ口の中に甘さが残っている。

「こ、これ……なんですか?」

「ん? ガムシロだ。まぁ、本当だったら、水盃だとか清酒を飲むんだがな。私ら、女子だし」

「女子だからって、関係ないですよ!」

「へぇ? 月海ちゃん、意外にもお酒だったほうがよかったとか~?」

 瑚己羽先輩がにやにやしながら私に絡む。お酒なんてダメに決まってるじゃない! まだゲホゲホ言っている私を見て、楓梨先輩も笑う。

「まあまあ。これで月海(こねこちゃん)が入会したんだ。これから色々考えないといけないよな」

「考える?」

 私がたずねると、楓梨先輩は真面目な顔でスマホを見せた。

「ほら! 人助けをするときにはやっぱ変身しないとでしょ? だからみんなおそろいの特攻服を……」

 はぁ。思わずため息が出る。天国のお母さん、私が雪咲会に入ってしまったのは、間違いだったのでしょうか?

 やっぱり失敗した、と思ったのは、翌日すぐだった。


「お、おい、月海! 何かあったのか?」

「お父さん? 朝ご飯はまだ……」

「いや、外を見なさい!」

 お父さんがあまりに慌てているのを見て、私は窓から外をのぞく。するとそこには三台のリムジンが止まっていた。ゴミを捨てに出てきた近所の奥さん方も、それを見て驚いている。

「ま、まさか……!」

 スマホがブルブルと震える。メッセだ。しかも相手は先輩方三人。全員が同じ内容だった。


『迎えに来たから、一緒に学園に行こう!』


「嘘でしょ?」

「け、警察呼ぶか?」

 慌てふためくお父さんをなだめると、朝ご飯も食べずにカバンを持って外に出る。

「ごきげんよう、月海さん」

「おはよ、月海。待たせるなよ」

「月海ちゃん、一緒に学園、行こ?」

 そういえば……と私は思い出す。この三人、いつも登校と下校が一緒だったな。時間を合わせていたみたいだった。なんでだろうかと一瞬考えたが、すぐに答えが出た。三人とも警護が必要なくらいの要人の娘である。だったら三人まとめて警護をしたほうがいい。これが第一の解。第二の解は、学園の女の子たちのことだ。バラバラに登校したら、ひとりひとり捕まってしまい、逃げられなくなる。だったら最大限三人一緒に行動したほうが安全だというもの。それはわかったけど、なんでうちに集合?

「驚かせてしまったみたいですわね。ごめんなさい、月海さん」

 猫をかぶった菖先輩が私に頭を下げる。そういう殊勝な態度をされると、昨日の本性とのギャップがすごくて戸惑ってしまうけど、慣れないと。

「どうしてこんな住宅街に集まったんですか?」

「そんなの決まってるじゃないか、子猫ちゃん」

「月海ちゃんを迎えにきたんだよ?」

 キザな言い回しの楓梨先輩と、瑚己羽先輩が説明する。私を迎えに? あ、そうか。私も一応、雪咲会の一員になったんだ。だから多分、一緒に学園に行くことになったんだろうけど……まだ学園のみんなは、私が雪咲会のメンバーになったことは知らない。だとしたらこの『ご登校』が初めてのお披露目ってわけになるの?

 途端、私は嫌な汗をかきはじめる。みんな、どう思うんだろう。地味メガネで今までぼっちだった私が、三人の美少女(元ヤン)と一緒だなんて……。あとからきっと、ネチネチ絡まれそうで面倒だなと思いつつも、菖先輩のリムジンに楓梨先輩、瑚己羽先輩とともに乗り込む。

「月海、心配するこたぁねえよ。私らががっちり守ってやるから」

「でもクラスではひとりですよ? 私だけ一年生ですから……」

「うまく立ち回るのも訓練だよ?」

 菖先輩の強い言葉と、楓梨先輩のウインクをもらったところで、私に課せられた問題は解決しない。

「だけど、キャラ付けしないとダメかもねぇ」

 いつものコーラ味の棒つきキャンディを舐めながら、瑚己羽先輩が私をじっと見つめる。キャラ付け?

「ああ。私は正統派お嬢様。楓梨は学園の王子様。瑚己羽はみんなの妹。月海は……」

 うーんと考え込んでしまう菖先輩。それはそうだ。外見で何か特筆すべきところなど、私にはない。地味系三つ編みメガネ、というくらいだ。

「メガネ取って、三つ編みを解いたら?」

「はぁ……」

瑚己羽先輩に言われた通りに髪を解ってメガネを外そうとすると……。

「あら、ちょっと待って」

 メガネを手にかけたとき、菖先輩がそれを止めた。

「ああ、いいね! 真面目系メガネ美人ってところ?」

 楓梨先輩も思いついたように声を上げる。

「なるほど! メガネキャラはいなかったもんね~。あとちょっとクール系~?」

 私がクール系メガネキャラって……。いや、待てよ。メガネはともかく、クール系はいいかもしれない。今まで私はぼっちだった。それを『クール系』ってことにしてしまえば、同じクラスの子や、同じ一年生から身を護ることもできるかもしれない。

「キャラ付け、うまくいくかわかりませんが、やってみます」

「おお!」

 私が意外にやる気を見せ、三人の先輩方は驚いた。それもそうだよね。昨日まで難色を示していたんだから。でも、やるならちゃんとやらないと。私の残り二年ちょっとの学生生活がかかっている。

 リムジンが校門の前に止まると、さっそく花やプレゼントを持った女の子たちが待っていた。瑚己羽先輩、楓梨先輩、菖先輩が降りると、最後に私は地面に足をつけた。その瞬間、キャーキャー騒いでいた女の子たちの声が止まった。今度は黄色い歓声ではなく、私が出てきたことにより、ざわざわとした声だ。

「みなさんにお知らせがあります」

 菖先輩は声を上げて私の肩に手を置く。

「雪咲会に新たなメンバーが加わったんだよん!」

「そう、彼女は……」

 楓梨先輩が私の顔を見つめる。ごくんと唾をのむと、私は大きな声で自分の名前を言う。もう逃げられない。ここから先は、私が書いたフィクションの世界。『小説は非現実』。それを現実に変えるのだ。

「ごきげんよう、宮間月海です! よろしくお願いいたします!」

 名前を告げるとスカートの裾を持って、ぺこりと頭を下げる。あれだけ言いたくなかった『ごきげんよう』も、キャラだと思えば平然と言うことができた。私はそれが自分でもびっくりだった。

 菖先輩や楓梨先輩、瑚己羽先輩は、私の挨拶を見てにこにこ笑う。私も今日からこの雪咲会の……元ヤンお嬢様の仲間入り。悪を成敗する彼女たちの参謀になるのだ。

「宮間さんって……ご存知?」

「あっ、確かこの間の原稿用紙の?」

 二年生たちは、一年生に私の情報を聞き出そうとする。だけど、一年生の中でも影が薄かった私のことを説明するのは、難しそうだ。

 ざわざわとささやき声が聞こえていたが、菖先輩が手を二回打つとそれは止まった。みんな、雪咲会のことはよく知っている。代替えのことも。この場合、三年である菖先輩が私を指名したということになるのだ。トップの決定は絶対。どんなに不満があったとしても、ファンもそれに従わなくてはいけない。

「みなさん、これから月海のこともよろしくお願いしますね?」

「は、はいっ!」

 全員が笑顔の菖先輩に従う。これは確かに気持ちがいいかも……。今までぼっちでみんなから注目なんてされなかった。なのに今は私にみんなが頭を下げてくる。

「おい、月海。勘違いしたらダメだからな? あたしらの目標、忘れんなよ」

「そうそう! 確かにこんな風にチヤホヤされたら嬉しいかもしれないけど、ボクたちは……」

「わ、わかってます! 私たちの本当の姿は『正義の味方』です!」

 おっと、危ない。楓梨先輩と瑚己羽先輩に釘を刺されたおかげで、勘違いしそうになった自分をセーブする。

 このあと私たちは、モーゼの十戒のごとく道をあけた女の子たちから貢物をもらい、教室へと向かった。菖先輩は『美人の尊敬できる先輩』のイメージを守るためか、自分へのプレゼントは私に渡すようにファンの女の子たちに告げていた。

 クラスに着くと、予想通り。ほぼ全員が私の周りに寄ってきた。

「水臭いですわ! 宮間さんが雪咲会へ入会するだなんて……初耳でしたもの!」

「私たち、お友達でしょう? 言ってくださればよかったのに!」

 その言葉に私はうんざりした。何が友達だ。昨日まで私のことはいないようなフリをしていたのに。私を出迎えてくれたのは、一般庶民を平気でいじめる金持ちの腹黒女子ばかりだ。どうせこんなことを思っているのだろう。「どうして私じゃなくて、こんなメガネが菖先輩の目に留まったんだろう」――。きっと一生わからないと思うし、気づかせてやることも私はしない。自分で気づけ、と私は内心毒づく。

 ホームルームの時間になると、一斉に自分の席へと戻る。教師がクラスへ入ると、連絡事項を告げる。うちのクラスは数学の教師が担任だが、たまに全体の報告以外にも自分の教科についての連絡もする。私は数学が極端に嫌いだったので、この教師も好きになれなかった。ただの好みというわけでもない。この教師は特に、お嬢様たちをひいきしていたような気もしていたから。

「先日の小テストの結果だが……クラス最低点だったぞ? 宮間。お前が雪咲会に入会したって噂は聞いたが、これじゃあの会の品性も疑ってしまうなぁ?」

 名指しで怒られた私は、ついびくんと身体を震わせた。クラスのお嬢様たちは私を冷たい視線で見やる。そう言えば、菖先輩はいつも学年一位だったっけ。それに楓梨先輩も成績はよかったはず。いつも学年十位には入っていた。それだけじゃない。彼女に関しては勉強よりも運動がすごい。学年一位の俊足だ。学年十位でも、特技があればそれはプラスにしか作用しない。瑚己羽先輩は? 彼女は芸術関係が得意だと聞いたことがある。全国絵画コンテストで優勝したとも発表されていた。勉強は中の上。ふたりよりはできないが、彼女の『妹キャラ設定』を考えれば、少しできなくても問題ない。むしろかわいいと思ってもらえるのかもしれない。

 だけど自分はアウトだ。文芸部で小説を書いてはいるが、まだまだ同人の域を出ない。賞を獲ったわけでもないし、パッとした経歴はない。運動は苦手。勉強もクラス最下位。これでは面子が立たなさすぎる。

 ホームルームが終わると、私は逃げるようにスマホを持って廊下へと出た。


「メッセだ」

 スマホをチェックすると、菖先輩たちから先ほどの感想が送られてきていた。

『これでいよいよ新生雪咲会の誕生だね☆』とは瑚己羽先輩。『挨拶、ちゃんとできてたじゃん。かっこよかったよ!』これは楓梨先輩だ。菖先輩はというと……『何か問題があったら言えよ? こっちもフォローはしてやるから』と送ってきてくれていた。

「問題……」

 大きいな問題はある。ズバリ、私の頭が悪いことだ。小説バカで本ばかり読んでいるので現国や古文は得意ではあるが、その分理数系が悲惨だ。雪咲会としてはどうなんだろう? 女の子の憧れの的である会だ。その中のメンバーが、パッとしない成績。しかも得意分野もない。『クール系メガネキャラ』なのに、頭が悪い。これはもしかして……。

「由々しき問題だぞ、おい」

「あ、菖先輩!」

「ボクもちょっとびっくりしちゃったよぉ~」

「月海、さすがに最下位はまずいな。面子が立たないよ」

 いつの間にか雪咲会のメンバーが勢ぞろいだ。一年生の教室から生徒たちが出てきて、また騒ぎになる。三人は私に小声で教えてくれた。

「つぶやきってあるだろ? あれ、チェックしてたら、あんたのクラスの生徒のひとりが『こんなバカが新しいメンバーだなんて』って書き込みしててよ」

 ネットの進化って怖い。私の成績が、あっという間に日本中……いや、もしかしたら世界中にに知られてしまうんだから。菖先輩は今朝のお披露目のことでチェックしていたら、この書き込みを見つけたようだった。

「ボクらとしても、ちょっと予想外だったよ~。だって月海ちゃん、頭よさそうだし、あの小説も面白かったし?」

 瑚己羽先輩も困り顔だ。面白い小説が書けるからと言って、勉強ができるとは限らない。が、多分、私の見かけも関係あるんだと思う。メガネをかけて、いかにも『勉強できます!』ってイメージなのだろう。中学の頃も言われたことがある。「宮間さんって、頭よさそうなのにバカだよね」と。別にお高くとまってるとか、意識高い系でもなんでもないのに。

 楓梨先輩はため息をつくと、私に言った。

「仕方ないからさ、今日の放課後はスノウドロップで勉強会な? あたしも少しは教えてあげられるし、菖先輩は学年一位だから」

「スノウドロップ……あそこのカフェですか?」

「ちょいちょい、ふうちゃん、ボクも教えられるからね?」

「そういうこった。あたしらは確かに月海に『正義の味方』になれるようにお願いした。だけど、雪咲会がみんなの憧れでいることも大事なんだよ」

 なんでだろう? 正義の味方と憧れでいることがイコール? 首をかしげると、菖先輩はにっこり笑った。

「私たちがみなさんの規範とならねばいけませんから。憧れは自分を律するきっかけにもなるのですよ」

 ああ、そうか。つまり先輩たちの表の顔に近づこうとすればするほど、人間力が磨かれるってことか。勉強や運動も努力して、本当のお嬢様に近づける。ただ、その張本人たちは元ヤンだけどね。

 ここは覚悟を決めるしかないな。それに、テストの点数が悪ければ、やっぱりお父さんにも悪い。私がうなずくと、先輩たちは自分たちのクラスへと戻る。

 不得手な勉強を克服するいいチャンスなのかもしれないと、私は前向きに考えることにした。


「宮間さん、聞きましたわよ。先ほど雪咲会の先輩たちからもお叱りがあったとか」

 教室に戻った私に声をかけてきたのは、横浜由香里という少女だった。彼女は一年生のお嬢様の中でそこそこ人気があり、雪咲会の新メンバーになるのではないかという憶測も流れていた少女だ。本人も自分が選ばれると思っていたのだろう。だが、選ばれたのは私だ。そのせいか、わかりやすく突っかかってきた。

「数学の点数が最下位だなんて、よっぽど器用なのでしょうね。私でしたら、どんなに頑張っても最下位になんてなれませんもの」

 嫌味か。まぁ昨日、雪咲会に入会した時点で、ある程度文句や嫌味や嫌がらせに合うとは思っていたので、さっそく来たか、という感じだ。

「あなた、そもそも何か特技でもおありになるのかしら? 文芸部というお話は聞きましたけど……」

「さぁ? 私にもわかりませんわ。雪咲会に入会するようにおっしゃったのは、なんといっても菖先輩ですから」

 私は教科書とノートをトントンと机の上で重ねると、横浜さんを見た。予想通り、言葉が見つからないらしい。

 昨日、嫌味などに対抗するにはどうしたらいいか考えた。そんなとき、昔趣味で読んだビジネス書に『自分より上の人間が支持をした、と言えば相手は黙る』と書いてあったことを思い出したのだ。私より上の人間……菖先輩が私の入会を決めた。私は何もしていない。この言葉は、菖先輩のファンはもちろんだけど、他に対抗してくる生徒を黙らせることにも大きな効果があるようだ。

 今まで嫌だったお嬢様の演技も、ここまで自分を偽ってしまえば面白い。学園での私は、『私』であって『私』じゃない。すべてがフィクションの中にあるから、楽しめるんだ。

 授業が始まるチャイムが鳴る。横浜さんはまだ文句を言いたそうな顔をしていたが、仕方なく席へと着いた。


「バツ、バツ、バツ! ……これは三角……いや、ダメ! バツっ!」

「えぇ、そんなぁ……」

 楓梨先輩が作ってきてくれた数学の小テストを、瑚己羽先輩が採点する。

 放課後、私は先輩たちに連れられて、またスノウドロップへ来ていた。もちろん、今朝の数学の小テストのことでだ。今日は三人がかりでみっちりと私に講義してくれるらしい。

「一回目、十点、二回目二十一点、三回目四十点。まぁ進歩は見られるけどね」

 テスト用紙を見ながら、楓梨先輩がため息をつく。それでもかれこれ二時間近くはやっている。菖先輩の教え方がうまいから、点は徐々によくなってはいるんだけど……。

「月海は今度の小テストまで、毎日ここで勉強だな」

 ついに最終宣告までされてしまった。数学二時間、毎日か。小説を書く暇がなくなっちゃうが、先輩たちは雪咲会のことがあっても、なんだかんだ言って私のためにやってくれてるんだし文句は言えないよね……。

「ほら、お嬢たち。ひと段落したらどうだ?」

 千種さんが気を利かせてコーヒーを運んでくれる。

「あの、追加注文はしてませんけど……」

 私が遠慮がちに言うと、千種さんは笑った。

「常連に数時間も一杯のコーヒーで粘られると面倒くさい。見ているこっちが嫌になる」

「ふん、相変らずだな、千種。私たちにサービスしてやりたかったって素直に言えばいいのに」

「サービスじゃねぇ。これは京都のぶぶ漬けと一緒だ。つまり『さっさと帰りやがれ』ってこった」

 菖先輩と千種さんのやり取りに、楓梨先輩と瑚己羽先輩は笑う。私は遠慮なく、温かいコーヒーを口にした。そのときだった。

 ぴろん、とスマホの軽快な通知音が鳴る。それに反応したのが菖先輩だった。

「……さっそく事件発生、ってところか」

 菖先輩のその言葉に、空気がぴりっとなる。事件発生? まさか……。

「菖先輩、もしかして『花鳥風月』の?」

「ああ」

 楓梨先輩の質問に、菖先輩はうなずく。

「花鳥風月って……」

「ボクら雪咲会の裏の顔、だよ」

 瑚己羽先輩は楽しそうにスマホを取り出した。楓梨先輩もだ。三人は一斉にスマホでつぶやきアプリを開く。三人は『花鳥風月』というアカウントを確認していた。これはまるで……。

「あんたの小説と同じように、つぶやきとメッセージアプリを使って学園の悪を探してるんだよ。チーム名はもちろん『花鳥風月』だ」

「それって私の小説にでてきたチーム名……!」

 菖先輩の言葉に、私は驚くと同時に興奮した。『花鳥風月』は、小説のタイトルで、物語に出てくる四人の女の子たちの名前から付けたものだ。まさか、さっそく行動に移していたなんて!

「ちなみに今の通知音はダイレクトメッセージだった」

 菖先輩がメールの内容を教えてくれる。どうやら相手は冬ヶ瀬学園の一年生。私がいつも気にしている、いわゆる一般生徒だ。

「一般生徒……」

 私はつい口に出した。これはきっと、SOSのサインだ。先輩たちも同じように受け取ったらしい。

「同じクラスのお嬢様にいじめられているらしい。いじめているやつの名前は『横浜由香里』……」

「横浜さん? わ、私のクラスです!」

 急いで私もスマホでつぶやきアプリを見る。花鳥風月をフォローしている中のひとりに、彼女の名前はあった。『maki……立石マキ』。彼女が今回の相談者だ。

 確かに立石さんは横浜さんにいじめられていた。横浜さんが登校する前に学園に来て、机を掃除。ロッカーから必要な教科書を取り出し、机の中に入れる。それが終ったら出迎え。まるでメイドみたいに扱われていた。もちろんそれだけじゃない。気に食わないことがあると、陰で暴力を振るわれていた。ずぶ濡れでトイレから出てきたところも見たことがある。ぞっとした。一歩間違えたら、私も立石さんみたいにいじめにあったかもしれない。

「……許せない」

 自然と言葉に出ていた。なんでいじめなんてするの? 自分の方が金持ちで、良家に住んでいるからって人を見下していいと思っているのか。本当にくだらない人間だ。

「月海、最初の仕事だ。立石マキを横浜由香里から救い出す。そのためのシナリオを書いてくれ」

「シナリオ?」

「あたしらがどう動けばいいか、戦略を立てて欲しいんだ。やるからには徹底的に、ね」

「ボクらの参謀でしょ? 期待してるよ!」

 三人は私に期待の眼差しを向ける。私は教科書をパタンと閉じると、さっそく真っ白な自由帳を取り出す。いつもは小説のネタ帳にしているけど、今日からは――。


 翌日。私はネタ帳に書き出した『立石マキ救出作戦』を、朝のリムジンの中で先輩たちに説明する。

「いいですか? 今回の相談者は私のクラスメイトです。ですから、私が彼女の動向を探ります」

「なんだ~、それじゃボクらの出番はなしってことぉ?」

 不満そうに頬を膨らませる瑚己羽先輩。楓梨先輩もつまらなさそうだ。そんな中、菖先輩だけは車窓の景色を見ながらつぶやいた。

「ふたりとも、月海のシナリオに従え。月海には考えがある。そうだろ?」

「はい」

 私が強くうなずくと、菖先輩は嬉しそうに微笑む。

「それでこそ雪咲会の参謀だ」

「まぁ、子猫ちゃんのお手並み拝見といったところかな?」

 楓梨先輩もニヤリと私に笑いかける。瑚己羽先輩は少しだけ残念そうだが、私のことを心配してもくれていた。

「ボクはつまらないっていうのもあるけど……月海ちゃんが心配なんだからね? ひとりで様子をうかがうなんて」

「大丈夫です。何かあったら先輩たちにすぐ連絡しますから」

 私がそういうと、やれやれと言ったように瑚己羽先輩はため息をついた。


 私たちが学園につくと、相変らず熱烈な女子たちの歓迎を受ける。リムジンを降りると同時に起こる黄色い歓声。だが、今日は一点違うところがあった。

「月海さ~ん! 今日もクールで素敵!」

 ……何、これ。横浜さんとその取り巻きが私に声をかける。どこかがおかしい。昨日、横浜さんは私に嫌味を言ってきた。なのに、今日は声援? しかも教室へ向かう途中、プレゼントまでもらった。花束だ。この花は弟切草? 私の記憶が間違いじゃなければ、夏の花だったような……。

「あなたに贈るために、取り寄せたのですわよ」

 私に贈るために取り寄せた? 余計に納得がいかない。もしかしたら……。

 私は教室に入ると、スマホで花言葉を調べる。花言葉は『敵意』、『恨み』。やっぱりね、と私は納得した。横浜さんは私が雪咲会に入ったことを快く思っていない。スマホのバックライトを消すと、横浜さんのほうを見る。横浜さんは教室に入ると、堂々と待っていた立石さんにカバンを預ける。すると、私と目が合った。ふふん、といった感じで横浜さんは私を見つめる。やっぱり彼女はブラックだ。

立石さんは暗い表情でカバンを受け取り、それを横浜さんのロッカーへ入れる。立石さんはずっと、何も語ることなく沈黙を貫く。嫌でしょう? つらいでしょう? だから私たち雪咲会……いや、花鳥風月に助けを求めてきたんだ。絶対私たちが横浜さんからの呪縛から解き放つ。でも、どうやって? 単なるいじめだからと教師に訴えても、横浜さんのほうが家は大きい。きっと親が出張ってきて『なかったこと』になる。そして最悪、一般生徒の立石さんが

学園を辞めなくてがいけなくなる。そんなの、間違っている。いじめっこがのさばる学園なんて、私は許せない!

 私はその日、ずっと横浜さんと立石さんをこっそり見ていた。横浜さんには取り巻きがいるから少し面倒くさかったけど、ふたりは常に一緒。いや、横浜さんのそばに立石さんはいさせられていると言ったほうが正しいか。移動教室の時の荷物持ち。そのくらいならまだマシだ。食事のときは同じ席に座ることすら許されない。横浜さんたちが机を合わせて食べている下で、床に座らされて食事させられる。こんな屈辱ってない。立石さんは犬でも下僕でもないんだから。

掃除の時間、私はクラスメイトに追い出されてしまった。『雪咲会の人に掃除なんてさせられない』。その言葉に私は戸惑い、困ってしまった。仕方なく中庭で読書をしようかと考えていたら、横浜さんたちがまた立石さんをトイレへと連れて行くのが見えた。こっそりとあとをつけて、ドアを開ける。すると、たわしではなく自身のハンカチを使ってトイレ掃除させられている立石さんが見えた。横浜さんたちは笑いながら、その様子を見つめている。私は自分のことではないのに、悔しくて仕方なかった。親が一流だからって、子どもの育ちがいいわけじゃない。横浜さんたちはまさにそれだ。

「立石、今日も放課後、仕事してもらうからね? よろしく」

「……はい」

 仕事? 何のことだ? もしかして横浜さんは立石さんにとんでもないことをさせているのでは……? 嫌な予感がする。鳥肌が立つくらい。私は三人の先輩たちに連絡を入れた。


「立石ちゃんと横浜ちゃんは、こんなところにいるの?」

「ええ。横浜さんは下校時間ギリギリまで取り巻きのみんなと一緒にお洒落して……それからここへ」

 私たちが合流したのは渋谷。制服を着崩した横浜さんたちは、メイクもしていて、冬ヶ瀬学園の生徒とは思えなかった。だが、制服は冬ヶ瀬のもの。冬ヶ瀬の制服は男性受けすると噂に聞いていた。それに渋谷……東埼線で一本なのだが、放課後県内から出ることは禁止されていた。

 私たちも冬ヶ瀬学園生徒だが、白いブレザーが見えなければあまり目立たないということで、上にダッフルコートを着ていた。顔もバレないようにマスク着用だ。今は冬。風邪がはやっているので目立ちはしない。それでも運が悪ければ、『学生』というだけで補導はされてしまうが。

 横浜さんと立石さん、それと取り巻きたちは、駅から少し離れた公園に移動する。

「それで、例の物は仕込んであるんだよね?」

「はい。移動教室のときにこっそりカバンに忍ばせました」

 私がそう言うと、菖先輩は親指をグッと立てる。

「だけど何が起こるんだろ~ね?」

 瑚己羽先輩は心配しつつも少し楽しそう。でも、残りのふたりは最悪のことを考えていた。

「渋谷に来るという時点でアウトだ。それなのに何をする気だ?」

「何って……菖先輩、想像ついてるでしょ?」

 私も楓梨先輩と同じ考えだった。横浜さんのスマホには、先ほどから幾度となくメールや着信がある。ということは、誰かとこの公園で待ちあわせていると考えるのが自然だ。となると、相手は想像がつく。

「男……だね」

 キャンディを舐めていたはずの瑚己羽先輩の目が鋭くなる。

「どうする? 菖先輩」

「んなの決まってるだろ? 立石マキを助けんだよ」

「だよね! 菖姉」

「ったく……しょうがないな」

 菖先輩はニヤッと笑うと、ふたりもそれに同意する。私をその場に置くと、監視を指示して三人は一度消える。

菖先輩は何を考えてるんだろう? 私は仕方なく横浜さんたちを監視する。しかし、横浜さんたちは立石さんを置いて、茂みに隠れた。しばらく様子を見ていると、立石さんに男が声をかけてきた。中年のサラリーマン。ひとりじゃない、サラリーマンの他にも、学生らしきチャラい兄ちゃんも数人。それらに囲まれても、立石さんは平然としている。すべてを諦めた顔をして。

ここまで見た私は、すぐに悟った。立石マキは、これからこの男たち全員を相手にすると。そして、その遊ばれて得た金銭は横浜さんに入るんだ。

私はすっかり頭に来ていた。立石さんが何をしたっていうの? 横浜さんは彼女に何の恨みがあるの? いや、恨みなんかない。ただ、彼女たちがいう『貧乏人』が、自分たちが遊ぶ分の金を稼いでいる。もしかして、金でもないのかもしれない。横浜さんたちの家は元から金持ち。ただ、立石さんみたいな一般生徒をいじめることで遊んでいる。その程度の認識だろう。  

だけど、立石さんはあんたたちの奴隷じゃない!

隠れていた私が耐えかねて出て行こうとしたところだった。

「待ちな!」

 出てきたのは白、赤、ピンクの特攻服にさらし、マスクの三人の女性。化粧は濃いが、私には見覚えがあった。

「男たちはそこから動くんじゃねーぞ」

「おい! 横浜ぁ! てめぇ、隠れてるんだろ? 出てこいやぁ!」

 この三人は……白の特攻服が菖先輩、赤が楓梨先輩。そしてピンクが瑚己羽先輩? 私が様子をうかがっていると、菖先輩の特攻服の刺繍が目に入る。『花吹雪 舞い散る度胸は花鳥風月』。やっぱりあの三人は……先輩たちだ!

「女が! レディースだかなんだか知らねぇけど、俺たちの邪魔をするのか? だったらお前らも奴隷にしてやるよ!」

 男たちは先輩たちに襲いかかる。しかし先輩たちも修羅場をくぐったヤンキーたちだ。マスクで表情はわからないが、余裕で倒していく。

「へっへん♪ その程度の男やリーマンなんて、ボクらの相手じゃないね!」

 右ストレートを繰り出した男の腕をひょいと避けると、それをつかんで思い切り投げ飛ばす。小柄な瑚己羽先輩とは思えない大技だ。

「そうそう! かわいい女の子がいじめられているのを見ているだけなんて、あたしの趣味じゃないよ!」

楓梨先輩はふたり同時に襲いかかってきた男たちをひらりとかわし、相打ちにさせるとさらに三人目の男のえりもとを手にして頭突きする。

「すべては神のお導き! てめぇらには天罰を与える!」

 楓梨先輩と瑚己羽先輩が倒した男たちを、思い切り踏みつける。三人は男たちを軽くのめすと、その先に隠れていた横浜さんたちに呼びかけた。

「横浜ぁ! 隠れてるんだろ! わかってんだぞ! 出て来い!」

 菖先輩が叫ぶと、がさごそと草むらに隠れていた横浜さんたちが移動し始めたのがわかった。これは逃げるつもりだ。

 私は先輩たちに手を振る。

「こっちですっ!」

「お~っけぇ~っ! 今行くよ~ん!」

 瑚己羽先輩が猛ダッシュして、横浜さんやその取り巻きを捕まえる。菖先輩は男たちを、コードをまとめるときに使うプラスチックの道具で腕をきつく縛り、その場に座らせる。

 楓梨先輩も瑚己羽先輩と合流して、女子たちも拘束する。

「あ、あんたら! な、何者なのよ!」

「あたしたち?」

「へぇ? 知りたいんだぁ」

「教えてやるよ。私たちは……」


『斬ること花散らすように、立ち向かう事鳥の如く、その正体、風のようにつかめず、月夜の晩に姿を現す正義の味方! 花鳥風月!』


……決め台詞まで私の小説と一緒だ。

それはともかく。先輩たちはさっそくスマホで男たちの写真を撮る。横浜さんたちもだ。

「ちょっと! 私たちは何もしてない! 写真なんて、肖像権の侵害だわ!」

「へぇ? これを聞いても?」

 瑚己羽先輩は横浜さんのカバンから、ボイスレコーダーを取り出す。これは私が先ほど忍ばせておいたものだ。さっそく再生ボタンを押してみる。

『立石、今日のお客は六人だから。ああ、間違っても妊娠なんてしないでよ? ま、したところで私たちには関係ないけど。あと報酬はちゃんと終わったあと渡してね』

「これは彼女に無理やり援助交際をさせていた証拠だよな」

 楓梨先輩がつぶやくと、横浜さんたちは顔色を変える。

「これをあんたらの学園や家に送ったら……どうなることになる?」

 菖先輩は低い声で、横浜さんの顔をじっと見つめる。横浜さんはびくびくしながら、菖先輩たちに懇願する。

「そ、それだけはやめて! 学園を辞めることになっちゃう!」

「え~? 何言ってるのかなぁ? 学園の方も、こんな問題児を置いておきたくないんじゃない?」

 瑚己羽先輩もくすくす笑いながら、横浜さんたちを追いつめていく。悪魔だ。

「あんたたち、彼女の苦しみをわかってないよね。もしあたしらがここにいる男たちの相手をあんたらにしろって言ったら……どうする?」

 楓梨先輩の冷たい言葉に、さらに震える。

私は何を今更、と思っていた。横浜さんたちは何をびびってるの? 怖くてできないくせに、それを立石さんにやらせていたんだ。怯える資格さえない。

「さて、野郎どもはサツに送ってやるか。クソ女どもは……」

 三人の先輩たちは腕を組むと鋭い眼差しを送る。私は先輩たちの言葉に怯える横浜さんたちを見つめる。立石さんは、その場から逃げて行った。


 リムジンを降りてクラスへ向かう。今日も先輩たちは変わりなかった。

「昨日はひっさびさにエキサイティングな夜だったね!」

 今日は棒付きチョコを食べている瑚己羽先輩。昨日の興奮が冷めやらないようで、テンションも高い。

「ああ、あたしも血が騒いだよ。ま、相手はへなちょこだったからケンカ自体は少し物足りなかったけどね」

「楓梨。私らはケンカをする集団じゃねえんだ。あくまでも『正義の味方』なんだからな?」

 菖先輩が注意すると、「は~い」とのんきに注意を受け入れる。

 菖先輩は昨日、渋谷から帰ってきたあと、そのまま学園に戻ったらしい。リムジンの中で着替えて、ノート型パソコンでボイスレコーダーの音声と撮った画像を、学園長と、教師たち全員にファイルをメールに添付し送り、印刷した画像を生徒にも目が触れる掲示板に張り付けた。

 あとは朝の放送を待てと言っていた。私のシナリオ通りだったら、先輩たちは……。

 横浜さんも立石さんも、今日は登校してきている。横浜さんは青ざめているが、立石さんは冷静に見えた。

昨日の夜の花鳥風月のつぶやき。

『援交をさせていた女狐たちを成敗!』

 顔は目のところに黒いラインを入れてあったが、写真も添付してあった。立石さんもそれは見たはずだ。だから今日は、横浜さんを恐れることなく、机を拭いたり、カバンを運んだりしなかったのだ。

 横浜さんはなぜ休まなかったのか。休めなかったんだ。自分の悪事が学園側にバレていないかチェックしないといけなかったのだろう。彼女は、掲示板に貼られていた写真を仲間とともに破き、はがしていた。だけど早くに登校した教師には見られているはずだ。

 ホームルーム前の予鈴が鳴ったあと、ガサゴソと音が校内に響いた。ピッと小さな音がしてから流れたのは、横浜さんたちの声。立石さんの名前はカットされているが、横浜さんたちが誰かに援助交際を強要していたことは間違いのない事実だとわかる。

「横浜さんはいらっしゃるかしら?」

 クラスに顔を出したのは、お嬢様モードの菖先輩たちだった。

「雪咲会のみなさんがなぜ?」

「もしかして、先ほどの放送のことかしら?」

 クラスメイトたちがざわつくのを、楓梨先輩が鎮める。

「月海ちゃんもこっち、こっち!」

 瑚己羽先輩に呼ばれると、雪咲会全員集合だ。

「……先ほどの放送、しかと聞かせていただきましたわ」

「サイテーだよね! 同じ学園、同じクラスの仲間にあんなことさせるなんて!」

「冬ヶ瀬学園の生徒として、相応しくないな」

「あっ……あ」

 横浜さんは立ち上がると、私たち四人から逃げようと、震えながら後ずさっていく。

 立石さんは正反対。冷たい視線で横浜さんを見やる。彼女に感情というものがないようにも見えるが、『感情を持っていたら心が潰れてしまう』状態だったんだと思う。逃げ場なんてない。だから目に見えない、ネットの自称・正義の味方、花鳥風月に助けを求めたんだ。

「月海。ひとつあなたに質問しますわ。横浜さんはいじめの加害者だったのかしら」

 私の目をまっすぐ見据える。試されているんだ。私にも正義の心があるのかどうか。

 私は立石さんに目をやると、はっきりと言った。

「はい。彼女はこのクラスのある生徒をいじめていましたわ。私は怖くて……先輩たちに告げてしまえば、今度は私がいじめられるのではないかと思い、助けることもできませんでした。本当に……本当にごめんなさい。彼女が心も身体も傷ついているのを知っていたのに。私も彼女らと同罪ですわ」

 私が謝罪すると、次から次へと生徒が立石さんに謝り始める。こんな謝罪の言葉なんて、彼女には届かないだろう。彼女はそれほど心を病んでしまっているのだから。

「雪咲会として勧告します! 横浜由香里他、一年百合組でいじめを行っていた生徒は、自主退学をするように!」

「あ、ちなみにボクらの言うことは、生徒会の言葉でも学園長の言葉でもないから、従わなくてもいいんだからね?」

「だけど、あたしらはあんたたちをこの学園の生徒とは認めない」

 三人の先輩たちがバシッと決める。私は……。

「私と同じように、自分がいじめられるのが怖くて、横浜さんたちを止められなかった人は……これから二度とこんな不幸が起こらないように、絶対にもう見て見ぬ振りなんてしないと誓ってください。それと、立石さん」

 立石さんは名前を呼ばれてこちらを向いた。無表情の白い顔のまま、黒い目だけがぎょろりと私を見る。

「……頼ってくれて、ありがとう」

 私がささやくと、立石さんはびっくりしたような顔をする。彼女が花鳥風月に助けを求めてくれたから、横浜さんたちからのいじめをやめさせることができたんだ。私が花鳥風月のメンバーだと気づいたかどうかはわからない。

 立石さんはふいっと私から視線を背けた。もう私も同じ間違いはしない。楓梨先輩は私の肩を抱く。瑚己羽先輩も私の手をぎゅっと握ってくれる。菖先輩は穏やかに微笑む。この先輩たちが、私に勇気をくれたから、今度は私が――。

 ホームルームが始まる時間になったと同時に、先生は横浜さんたちに学園長室へ行くように告げた。雪咲会は自主退学を勧告したけど、学園長に呼び出されたってことは、きっと退学は決定だ。自業自得。彼女らはそれだけのことをしたのだ。ホームルームを終えても、横浜さんたちが教室に戻ってくることはなかった。


「……で、今日の小テストはどうだったんだ?」

 スノウドロップでゆったりとコーヒーを飲んでいたときだった。うっ、触れられたくないところだ。花鳥風月としての仕事を終えたあとだったから、てっきりみんな忘れていたと思ったけど、菖先輩はしっかり覚えていた。

「あ、そうそう! ボクらがみっちり教えたんだし、百点……は無理でも、八割はいったでしょ?」

「君には手こずらされたからなぁ。これでまた赤点だったら、あたしの努力は無駄だったってことになっちゃうよ」

いつも通りクリームソーダを飲んでいる瑚己羽先輩と、アイスコーヒーをオーダーしていた楓梨先輩がずいっと身を乗り出す。ふたりは私がカバンからテストを取り出すのを待っている。

「こ、これです」

 取り出した用紙には、赤いペンで六十点と書かれている。それを見たふたりは大きくため息をつく。

「君はもう少し勉強しないとダメだね」

「月海ちゃん、期末大丈夫?」

 正直数学以外、化学や日本史も苦手だ。それを告げるとまた大きなため息が聞こえる。

「なあに、その分私たちが頑張って教えりゃいいんだろ? 月海にはまたシナリオを書いてもらわないといけないかもしれない。だったらお互いがお互いのためにフォローしあうしかねぇ」

 ゆったりとコーヒーの香りを楽しんでいた菖先輩が、しれっと言ってのける。要するに私は、また事件があったらシナリオを書いて、勉強もみっちりしなくちゃいけないってことか。私までため息が漏れてしまう。

「がっくりするな。それよりあんたにプレゼントがあるんだ」

「え?」

 カバンの中からガサゴソとビニール袋の音がする。菖先輩が取り出したものは……。

「と、特攻服? しかも紫って」

「あんたも雪咲会……いや、花鳥風月のメンバーなんだからな」

「そうそう! 月海ちゃん、さっそく着てみてよ~!」

 瑚己羽先輩は菖先輩から特攻服を奪うと、私に押しつける。

「あたしも子猫ちゃんの艶姿、見てみたいよ」

 楓梨先輩の無駄なかっこよさにドキリとするが、相手は女の人だ。まぁ、だから彼女は『冬ヶ瀬学園のプリンス』なんて呼ばれているんだけど。

「みなさんが言うなら……」

 特攻服なんて、一生縁がないものだと思っていた。それなのに、高校一年になった今、それを手にしている上、『着てみろ』といわれるだなんて。

 ブレザーを脱ぐと、私はセーラー服の上から特攻服を着てみる。サイズはぴったり……なのかな。袖の部分は問題ないし、丈の長さもこんなものなのだろうか。

「あとはさらしの巻き方も教えてやらねぇとな」

「勉強以外にも、月海には色々勉強してもらわないと」

「あ~楽しみ! 月海ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

 『正義の味方』を目指す、元・レディースのお嬢様三人。私はもしかして、三人のおもちゃになってしまったのだろうか? ちょっと嫌な予感がするけど、三人はご機嫌だ。

 その様子を見ていたのが、千種さん。

「お嬢たち。あんまり後輩で遊ぶなよ?」

 やっぱり遊んでいるように見えるのか……。千種さんはカウンターに頬杖をついて、にやにや笑っている。

 私はすっかり先輩たちに馴染んでいた。そう思っていたのは、本当の彼女たちを知らなか

ただけなのに。

 菖先輩にごちそうになっている七百円のコーヒー。確かにいつも飲んでいる缶コーヒーなんかより、コクがあってスッと飲める。それとセットになっているいちごのタルト。お嬢様たちのお茶会は口の悪ささえ気にしなければ華やかだ。

 そんなとき、元気いっぱいの瑚己羽先輩が、密かに悩みを抱えていることに、私たちは気づいていなかった。

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