雪咲会の些細な裏事情
浅野エミイ
一、雪咲会
十二月――。
もうすっかり冬になり、外で息をほうっと出すと白くなる。入学して来て大分経った。さすがにこの学園のことはわかってきてはいたが、どうも解せないことが多すぎる私は、毎朝頭をかきみだしてから三つ編みにするのが日課になっていた。
今日もセーラー服のえりを正し、リボンをきちんとつける。上に着る珍しい白いブレザーに汚れはないか出かける前にちゃんとチェックしてある。制服だけ見ると、ここの学園の生徒はまるで白百合のようだ。実際よく花弁を見ると、白ではなく茶色くなっているところもあるというのにね。
「ごきげんよう、宮間さん」
「ご、ごきげんよう」
……はぁ、もうこの学園で約一年過ごしているのに、まだこの『ごきげんよう』という挨拶に慣れないのは、私がいわゆる『一般人』だからだ。
ここ、私立冬ヶ瀬学園女子高等学校は、県内トップのお嬢様学校だ。ミッション系の学校で、礼拝の時間はあるし、聖書なんかを読む授業もある。私にはまったく興味がない……と言ったら、神様に怒られるだろうか。それでもここの生徒のすごいところは、そういったつまらない授業も真剣に聞いている純粋なところかもしれない。
それに、女子高だからといって遠慮なくブラジャーやらショーツやらが飛び交う、男の存在をすっかり忘れた場所じゃない。『真のお嬢様』が通っているところだ。
この学園は、偏差値自体さほど高いところではないのだが、どういうわけか財界のトップのお嬢様たちが通っている。お金持ちというと都内の学校に通うイメージがあるけど、たまにいるのだ。通勤ラッシュが嫌だとか、痴漢にあったら危ないからって下り電車でいける学校を選ぶ人たちが。まったくもって理解不能。だったらリムジンやハイヤーで送迎でもすればいいのに、なんてひねくれた考えを持っているなんて、口が割けても言えないな。
クラスのお嬢様たちは平然と『ごきげんよう』なんていうけど、私には無理だ。高校一年の十二月にもなって慣れていないのもどうかと思うけど。
それならなんでこんな学園に入学したかって? うちのお父さんが余計な見栄を張ったのだ。私は別に公立の高校でよかったっていうのに……。なんでも私をどこに出しても恥ずかしくないような淑女にしたかったらしいがそれもどうだか。
なぜそう言うのか。この学園では、お嬢様たちの『庶民いじめ』があるからだ。庶民とバレると、お嬢様にいじめられる。多分そうやって学園内の社会的弱者をいじめてストレス発散をしているのだろう。信じられる? お母さんの手作り弁当を持ってきただけで、貧乏人扱い。どうやらお金持ちはシェフにランチを作らせているようだ。……そんなの、愛情がこもってないだけだと私は思うけどね。だけど、そのくだらないいじめを助けられない自分が歯がゆい。
私も一般庶民だけど、いじめられてはいなかった。なぜいじめから逃れているかというと、父親が作家だからだ。作家という職業は、金持ちかどうか関係なく、特殊技能として見られる。そのおかげでいじめにあうことはなかった。ただ、クラスに馴染めなくてひとりでいることが多いのは、しょうがないことだ。お金持ちのお嬢様と慣れ合って、一緒に庶民いじめをするのも嫌だし、いじめられっ子と一緒になって自分もいじめにあうか。どちらも正直遠慮したい。私はただの傍観者だ。そうであることが一番だと、自分の机で自ら作ったサンドイッチを口にする。周りには『自立するために自分で作っている』と言っているのと、親の威光のおかげでなんとか誤魔化せている。
この学園評価されるのは、『お金』と『親のステイタス』、それと『美醜』。
そんなの間違っている。むしろ、世の中で一番どうでもいいものだと私は思っているくらいだ。お金なんて、使わなくちゃ意味がない。そうなると、自然とすぐになくなってしまうものだ。そうしたらまた稼がなくてはならない。その繰り返し。だったらお金持ちとか貧乏だなんて、差別する意味がなくなる。親のステイタス? それはお金よりももっとくだらない。私たちは確かに親の庇護のもと生きているただの学生だけど、今、何ができるのか、将来何をするのかを決めるのは私自身だ。それに親は先に死んでしまうんだ。頼れるものは親の威光じゃない。自身の力だ。最後に美醜――ぶっちゃけ美人かブスかだけど、これはよく言われることじゃない? 美人でも心が歪んでいる人はいる。それこそいじめを率先してやっているお嬢様の中にだって。
そこまでわかっているのに、私にいじめられっ子を助ける力はない。弱小文芸部の一部員の私にできることは、学園のいじめを解決する正義の味方が出てくる小説を書くことだけだ。
できあがった原稿を文芸部に持っていくために席を立つ。廊下に出ると、黄色い声が聞こえた。
「きゃあ! 雪咲会のみなさんよ~!!」
その声でみんなは道をあける。
雪咲会とは、この学校に特別ある三人組の謎の美少女集団だ。生徒会とか、そういうものとは一切関係ない。
なんというか、女子高特有の美人を崇め奉る宗教みたいなものらしい。だが、雪咲会に入ると、お得なことは盛りだくさん。みんなが憧れる美少女というだけで、食堂や購買で優先してもらえる。その他、雑用は一切やらなくていい。言わなくても、他の生徒たちが勝手にやってくれる。
雪咲会は三年の竹中菖(たけなか・あやめ)、二年の河本楓梨(こうもと・ふうり)、同じく二年の鈴原瑚己羽(すずはら・ここは)の三人が今の会員だ。竹中菖先輩は黒髪ストレートがきれいな典型的な正統派お嬢様。河本楓梨先輩は、ショートヘアが似合って本当の男よりもカッコイイ。鈴原瑚己羽先輩は、ミニマムサイズで抱きしめたくなるかわいい系。しかも巨乳……というのが周りの評価だ。私にとってはどうでもいいことでしかないけど。だっておかしいでしょ? 女子高で美人のファンクラブなんて!
しかもこの雪咲会は代替わりもするようで、三年の竹中先輩が後継者を探しているとか。確かにみんな美人だし、同じ女でもきれいだ、かわいいとは思うけど……所詮親の権力とかお金でその地位を得てるんじゃないかって想像してしまう。そんなことを内心思いながら、私が原稿用紙を胸に三人のために道をあけていたときだった。
「……あら、あなた。その原稿用紙は宿題か何か? ずいぶんたくさんの量ね」
声をかけられ、唾をごくんと飲みこんだ。
今日ほど最悪な日はない。何を思ったのか、雪咲会のリーダー格・竹中先輩が私に声をかけてきたのだ。その瞬間、一斉にみんなが私をにらむ。きゃあきゃあ言われている高嶺の花が、野道の雑草に声をかけているようなものだから。何人かは私が何者かを噂するものもいる。聞きたくないけど、声が耳に入って来る。だけど、聞かれたことに反応しないと、『美人先輩を無視する最低な一年生』だというレッテルを貼られてしまう。私はのどから声を搾りだした。
「え、えっと、これは……文芸部の課題で」
「私に見せてくれないかしら? どんなものか興味があるわ」
「どれどれ? 文芸部の課題?」
「ボクは真っ黒な文字、苦手~……」
ど、どういうわけか、美少女三人に私の原稿を見られてる! これは恥ずかしいし、怖い。この三人が立ち去った後、私はボコボコにされるんじゃないだろうか……。不安のあまり今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。でも、ここで原稿を奪って逃げたら、私はこの学園に居られなくなってしまう。
しかも運悪く、原稿の内容は『女子校でのいじめ』……お嬢様が一般庶民をいじめるところの描写が盛りだくさんだ。三人だって、どうせ同じようなことをしているに決まっている。お嬢様は見た目が華やかな分、中身は腹黒なんだから。
しばらく目を通したあと、竹中先輩は私に原稿を差し出した。
「ありがとう。あなた、ずいぶん面白い物語を書くのね。気に入ったわ」
気に入ったって……どういう意味で? もしかして、次にいじめる生徒としてターゲットにしたとか?
「またお話ししましょう? えっと……お名前は?」
「み、宮間月海(みやま・つくみ)です」
「月海さんね、いい名前だわ」
こうして三人は私から離れて廊下を歩いて行った。しかし、そのあとが大変だった。
「ねぇねぇ、宮間さん! 菖先輩、いい香りした?」
「河本先輩もイケメンだよねぇ~。私、河本先輩だったら、男じゃなくても彼氏にしたい!」
「鈴原先輩もかわいいよ! いつも棒つきキャンディを舐めてるの! 妹みたい~!!」
『……で、どんな話をしたの?』
クラスメイトたちは、次々と好き勝手に三人がいかにすごい存在か一通り話したあと、私に詰め寄った。やっぱり気になるだろう。
いじめられっ子ではないけど、いつもぼっちで休み時間は読書か小説を書いている私なんかが、なんで声をかけられたのか。みんなはそれを知りたいのだろうけど、私だってよくわからない。
「た、多分、原稿用紙を持っていたから気になったんじゃないかな? 一枚とかじゃなくて百二十枚だったから分厚かったし」
「百二十枚枚?」
今度は他のことでクラスメイトを刺激してしまった。原稿用紙百二十枚の小説もどきなんて、文芸部でも私くらいしかかかない。あとの部員のみんなはアニメや好きな小説の二次創作っていうのかな。そういうのを書いている。
「その小説、どんな内容なの?」
クラスメイトの言葉に、私は固まった。まさかクラスで起こっているいじめをテーマにしているなんて言えない。どうしようか考えたのち、私は「ごめん、これ提出してこないといけなかったんだ!」と行って、逃げた。
「相変わらず濃いねぇ~。宮間の書く小説は」
文芸部の部長、佐々木先輩が学園での唯一の読者だ。今は二次創作が多くなってしまったけど、佐々木先輩が一年の頃は、やっぱり私みたいに原稿用紙百枚以上とかみんなが書いていたようだ。でも、今はもう違う。
「内容はどうですか?」
「面白いと思うよ? お嬢様学校で起こるいじめ、それを成敗する四人の謎の少女たち……私は好き。これだったら新人賞に応募しても悪くないんじゃない?」
ふたりで和やかなムードで話していると、教室のドアをノックする音が聞こえた。
「少しよろしいかしら?」
「た、竹中先輩に河本先輩、鈴原先輩……?」
「ど、どうしたんですか? 竹中さん」
まずい。部長も緊張している。そんな中、三人は三人らしく部室に入ってきた。竹中先輩はおしとやかに、しずしずと。河本先輩はかっこよく。鈴原先輩は子どもみたいにはしゃいで。確かにみんな、見た目だけなら十分華やかだ。それに比べて私なんて、ぼっち上等の三つ編みメガネ。しかも影は薄い。こんな濃いメンバーと絡むことなんて、予想だにしていなかった。
「ここは文芸部ですわよね? 先ほどあなたが持っていた小説が気になって……。よかったら続きを読ませていただけませんか?」
ぎくっとした。やっぱりさっき、中身をチェックされていたんだ。私がこの学園のいじめを題材に書いてるってバレたら……もしかしてシメられる?
「あ~、私、先生に呼ばれてたんだった。宮間、ここ使ってていいから。鍵は預けておくね!」
「えっ、佐々木先輩!」
先輩は手を振って部室から出て行ってしまった。先輩のこと、慕っていたんだけど触らぬ神にたたりなしって思ってるのだろう。先輩の親は町医者だ。それでもお金持ちではあるけれど、突出しているわけではない。そのせいか、どちらかというと感覚は庶民的。だから私も先輩といると安らげた。でも今日は違う。完全に逃げられた。逃げる気持ちはわかるから、あまり文句は言わないようにしたいんだけど……こうも学園の人気女子トップス3に囲まれると、ドキドキしてしまう。恋愛的なドキドキではない。嫌な汗をかく意味での胸の高鳴りだ。
「あたしにも読ませてよ! 菖先輩に聞いて、気になってたんだよね」
河本先輩も私に小説を読ませろとせがんでくる。さらにさっきは『真っ黒い文字は苦手』と言っていた鈴原先輩までも興味津々だ。
「読みにくいのは苦手だけど、ふたりが面白いっていうから、ボクも頑張って読もうかなって!」
普通の読者だったら嬉しいことだけど……この三人に読まれるのは緊張どころじゃない。私は仕方なく待ちわびていた竹中先輩に原稿を渡す。竹中先輩を真ん中に、左右から河本先輩と鈴原先輩がのぞきこむ。
はぁ、これで終わりだ。私のぼっちではあるけど平和な学園生活は終わった。これからは毎日お嬢様にネチネチといじめられる日が続くんだ……。
「……やっぱりとても興味深いわ」
「うんうん。女子校でのいじめ……ね」
「ボクたちがいつも見ている光景だもんね」
私は大きくため息をついた。もう平和な日常は戻らない……。そう思っていたのに、竹中先輩から出た言葉は、意外なものだった。
「私たちはいじめを撲滅させたいと思っていたの」
「は……?」
私は驚いて目が点になる。いじめを……撲滅?
「そうそう! 見てて嫌じゃん。あたしたちもやれることはやったんだけどね。その場で注意したりさ」
「そうしたら、今度はボクたちがいないところでこっそりいじめが始まっちゃって……。参っちゃうよ~。ボクらには何もできない」
「だからあなたの小説が気になったのよ。正体を隠していじめや学園の悪と戦う謎の少女たち……」
この展開、まさか。竹中先輩、変なことを言い出さないだろうな? これはあくまでフィクションであって、本当に事件に首を突っ込んだりは……。
「私たちにできないかしら? この少女たちのように、悪を倒すことが!」
嘘でしょ? 何を言ってるの、このお嬢様たち! 冗談もほどほどにしてほしい。私の小説をもとに、正義の味方を気取るの?
「……お嬢様にできっこない」
「え?」
三人は私がぼそりとつぶやいた言葉を聞き返す。お嬢様にできっこない――。あなたたちがいじめを黙認できないからって言っても、それはほんの一握りの生徒たちのことだ。この三人が見ていないところでは、もっとひどいいじめが行われている。私はひとりでクラスの中を傍観していたからわかる。どんなにお嬢様と一般庶民の差が激しいか。『お金』と『親のステイタス』と『美醜』が、放牧された私たち羊を分けている。人に上も下もない。それなのに……学園も学園だ。黙って見ているだけだし、そんな権力者の親を持った娘たちの顔色をうかがっている。お嬢様たちにはわからない。この、昔から続く陰湿ないじめの汚さが。
「すみません、私、帰ります」
「あ、ちょっと!」
河本先輩が私の腕をつかもうとしたが、ひょいとかわす。付き合っていられない。さっきも言った通り、小説はフィクション。遊び半分で正義の味方を気取らないで。あなたたちは何もできないんだから。
「あ~、行っちゃったね」
「どうする? 菖姉」
「くくっ……気に入ったぜ、宮間月海。私たちから逃れられるとでも思ってるのか?」
クラスにカバンを取りに行くと、そのまま家に帰る。三人のことは考えないようにして、私は今晩の夕食に何を作るか思案することにした。
「どう? お父さん。新作の進捗は」
「おいおい、メシのときくらいは仕事のことを忘れさせてくれ」
ご飯と味噌汁を食べている父の前に、私はサトイモとにんじんの煮物と、てんぷらを乗せた皿を置く。
我が家は父子家庭だ。お母さんは私が小さい頃亡くなった。運がよかったのは、お父さんが在宅ワーカーだったことだ。家事をしながら小説を書くのは大変だけど、それでも私が小学校に上がるまでは一生懸命やってくれていた。今は基本、家事は私がやっている。お父さんが仕事に集中できるようにだ。私たち父娘は、友達みたいに仲がいい。それが自慢だ。友達だったら、どんな悪いことをしていても許せる。私はお父さんが大好きだ。だから、今の状況でも悪くない、むしろお父さんの力になれるならいいと、そう思っていた。
「それより月海。お前もまた書いてるのか?」
「うん、まあね」
私は食事をすべてテーブルへ乗せると、お父さんに原稿用紙を渡した。お父さんはメガネを取ると、目を細めて原稿を読む。一通り読むと、私に返す。
「面白いが、ずいぶんリアリティがあるな。まさか、冬ヶ瀬学園が舞台か?」
「う……」
そうなのだが、お父さんに変な心配をかけさせたくない。私は嘘をつくことにした。
「ううん、これは私の想像上でのお話。そんなの決まってるじゃない。こんな怖い学校なんて、行きたいとも思わないし!」
「でも……お前から学園の話をあまり聞かないからな。そりゃ、心配にもなるさ」
困ったな。ぼっちだから、せいぜいお父さんに話すことと言ったら、学園行事のことやテストの結果くらいしかない。友達なんていないから。あっ、でも今日は話すことがある。話すというよりも、相談に近いかもしれないが。
「実は……今日ね、雪咲会の先輩たちから声をかけられたんだ」
「『雪咲会』?」
「前に説明したじゃない。なんか美人生徒の私設ファンクラブみたいなのがあるって。代替え制度もあるんだけど、今日は三年と二年の先輩たちに会って……」
私はお父さんに詳しく説明するが、どうもわからないといった表情を浮かべる。確かに普通の学校にはない制度だから、ピンとこないのかもしれない。女子特有の文化だろうし。
雪咲会について説明が終わると、本題だ。
「それでね、さっき見せた小説を先輩たちにも見られた……っていうか、読まれたの。そしたら『私たちもやりたい!』なんてことを言い出しちゃって……」
「はは、どんなに美人か知らないが、意外と子どもっぽいんだな。その先輩たちも」
お父さんはえび天を食べながら、他人事のように笑う。だがそれは、この小説がフィクションで、いじめなんか起こっていないと思っているから。実際問題なのは、本当にいじめがあって、それを失くすために彼女たちが正義の味方をやりたいと言いだしたことなのだ。
「お父さんだったらどうする? 例えば……あの強盗の話! フィクションなのに、『自分たちもできる!』って真似されたら困るでしょ? 物語はそう、いつも……」
「『非現実(フィクション)』な。確かにそれは困った話だ。小説の中で主人公が強盗するのはいいけど、それを実際にやってしまったらなぁ……」
そうなのだ。『物語はいつも非現実』。そうでなければ、世の中はどうなる? 犯罪は多発し、どの男女も恋愛しまくり、異次元に少年は飛ばされる。それは絶対あり得ないことだ。だから『非現実』。誰もがわかっていることなのに、あの三人はそう思っていないらしい。よく考えてみたら、彼女たちが『自分たちもやりたい』と思ってしまう気持ちもわからなくはない。きっと純粋培養で生きてきた彼女たちだ。世の中のことを知らない箱入りお嬢様。だから自分たちもフィクションな出来事でもやれてしまうと勘違いしてしまう。私の小説がそれだけリアリティがあるってことなのかもしれない……と自画自賛したいところだけど、この場合は厄介なだけだ。
とりあえず夕食を済ませると洗い物をして、私は自室へと戻る。学園での宿題を終らせようと頑張るが、どうにもついていけてない。教えてくれるような友達もいない。
「小説ならすらすら書けるのになぁ……」
私は宿題だった数学の公式に三時間以上頭を悩ませて、結局あきらめた。明日は当たりませんように。そう願うばかりだった。
翌日――。
校門の前がやけに騒がしい。なんだろう? と思っていたら、雪咲会の三人がそこに立っていた。なんでこんなところにいるわけ? 昨日、私は三人を置いて帰ってしまった。まさかその復讐?
そっと遠巻きに三人を眺める。近くにはファンの女の子たちがたくさん。相変わらずのモテ振りに驚いていると、竹中先輩と目が合った。ヤバい。
「あっ! 宮間さん」
名前を呼ばれると、一斉に女の子たちがこちらを振り向く。多くの蛇ににらまれたかえる状態だ。女の子たちは左右に分かれて道を作る。そこを三人の先輩たちが通り、私の目の前に立つ。
「ごきげんよう。昨日はありがとう。小説を読ませてくださって」
「い、いえ」
「あれ、めっちゃスリリングで面白かったよ!」
「ボクも全部読んだ~! すっごく楽しかった!」
河本先輩と鈴原先輩も興奮したように話す。……やっぱり考えは変わっていないのだろうか。あの小説のように、正義の味方になりたいって気持ちは。
「宮間さん、それで……よかったら放課後、お話ししませんこと?」
「お、お話……ですか?」
「あたしたち行きつけのカフェがあるんだ。そこで小説についてのこととか、子猫ちゃんのこととか話したいし?」
楓梨先輩が私のあごをちょんと指で上げると、「きゃあ~っ!」という黄色い声が上がる。子猫ちゃん……ああ、私のことか。
「ねぇねぇ、いいでしょ~? 月海ちゃぁ~ん」
鈴本先輩に至っては、もはや私を名前呼び。ここまでされたら逃げられないというか、断れない。ファンの女の子たちが、私を見ている。なんでこんな地味メガネが、雪咲会行きつけのカフェに誘われているんだ。そんな眼差しがざくざく身体に刺さる。
「……わかりました。放課後、ですね」
「ええ。楽しみにしていますわ」
竹中先輩は笑顔でそう告げると、ふたりを連れて校舎へと入っていく。雪咲会とファンの女の子たちが消えたあとも、何人かの生徒が残っている。それは私に色々質問しようと考えていた子だ。
「宮間さん! あの、よかったら明日、雪咲会とどんな話をしたのか教えてくれないかしら?」
「あ、あと行きつけのカフェも……。あの三人、いつもどこでお茶してるのかわからないのよね。色んなカフェを探してみたのだけど……」
あーもう、知るわけないでしょ! 私はそんな彼女たちの声が聞こえなかったフリをして、クラスへとずんずん歩いて行った。
放課後。私は竹中先輩たちに連れていかれ、あるビルの地下にあるカフェにいた。地下なので、外は見えない。しかし壁にはステンドグラスがあり、きらきら光っている。聴こえてくる音楽は、ジャズのレコードだ。ずいぶんレトロな雰囲気なお店に、私たちは来ていた。ここなら他の生徒たちは気づかないだろう。若者に人気な大通りのカフェというよりも、本当にコーヒーを楽しむために老夫婦が来るような、そんな隠れ家的な店だから。
竹中先輩は一杯七百円のホットを、河本先輩はアイスコーヒーを、鈴原先輩はクリームソーダをオーダーする。もうみんな頼むのは決まっていたらしく、メニューは見ていない。
私もオーダーするように勧められたが、コーヒー一杯最低でも四百円か。なかなか普通の学生にはキツイ出費だ。私が一番安いコーヒーを頼もうとしたら、竹中先輩は自分と同じものを頼んでしまった。困った私が顔を見ると、「今日は私がごちそうしますわ」と笑われてしまった。財布事情がバレていて、私は赤面する。
「千種さん、私たちの新しい仲間よ」
「ふん、お嬢たちの……な。ま、うちのこと、ひいきにしてくれよ」
カウンターにいたオーナーと思しき『千種』という男の人は、見た目三十代くらいだろうか。先輩たちを『お嬢』と呼んでいた。
「千種は、あたしたちの仲間なんだ!」
「あ~、千種~! ボクのクリームソーダは、アイス大盛りだよ?」
「はいはい」
楓梨先輩や瑚己羽先輩とのやり取りを見ていると、本当に仲がいいんだということがわかる。それと同時に嫌な予感も。行きつけのカフェを知ってしまった。マスターとも顔見知りになった。ということは、もうこの三人の仲間になることから逃げられないというわけで……。でも、仲間って何をするつもりなんだ?
「さぁて、学外ですし、そろそろ本音で話しましょうか。月海」
「えっ……」
黒くて長い髪を指で梳くと、竹中先輩はにやりと笑う。
「月海、私たちはやるよ。正義の味方。あんたが書いた小説のね」
先ほどまでのお嬢様言葉はどこへやら。目つきも鋭く変わる。他のふたりもだ。
「月海が思ってるより、あたしたちはすごいからね? バックが違う。知ってるでしょ? みんなの親」
「竹中先輩は……」
「菖でいい」
「あ、菖先輩が学園長の娘だってことは知っています。でも、河本先輩と鈴原先輩は……」
「ボクらも瑚己羽と楓梨でいいよ。ボクはちなみにデカイ銀行の頭取の孫。楓梨は警視総監の孫ね」
そ、そうだったんだ……。そこまでは知らなかったけど、私はため息をついてしまった。やっぱりこの三人はダメだ。一般人、庶民のことを理解していない。
千種さんが、私たちがオーダーをしたものを持ってテーブルに来る。他の客はいない。ここは見たところ夜バーになるみたいで、その間はお客がほとんど来ないみたいだ。
ため息をついた私を、三人はにらむ。
「何がそんなに不満なんだ?」
「菖先輩……いえ、楓梨先輩も瑚己羽先輩も知らないんですよ。庶民のことを。やっぱりあなたたちはお嬢様すぎる」
「確かに私たちはお嬢かもしれねぇ。だけどな、好きでそういう生まれになったわけじゃねえし、それなりの過去だって経験してるんだ」
「過去……?」
「ああ、キミ月海ちゃんって言ったっけ? 実はこの三人……中学の頃、『親が金持ち』っていうことでグレてね」
飲み物を運んできた千種さんが、軽く補足する。
「そーいうこと。人は見かけによらない。ズバリそうだと思わない?」
アイスコーヒーのストローを私に向ける楓梨先輩。
「ただの『お嬢』じゃないんだよ~ん」
クリームソーダのチェリーの、バニラがついた部分を舌で触れながら私を見つめる瑚己羽先輩。
私自身が自分によく言いきかせてたじゃない。人は『美醜じゃない』って。それと同じだ。いくらお嬢様に見えているからって、元ヤンだなんてわからない。でも、そうだったら……。現実は小説より奇なり。そういうのなら、私はこの事実を受け止めないといけない。
「ふふっ、先輩たちは小説なんかよりもすごいヒロインになれるかもしれませんね?」
私が笑うと、ようやく先輩たちも笑顔になる。
「じゃ、月海にも入ってもらおうか? 雪咲会に」
「……はい?」
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