○第7章 とりあえず両親倒す

 国王の死体を片付けさせて、近衛兵を最低限だけ残すと、大臣は国王のイスに座った。


「ハジメくん、君は自分の親のことをどう思っている?」

「どうって……父は働かずに遊んでますし、どうしようもないと思ってます。でも、その父がいるから母は魔王としての力を使わずにいる……」

「そう。勇者が魔王を見張っているから、国は安定しているのが今だ。だが、それだと経費が無駄にかかるんだよ」

「経費?」

「最初から魔王がいなければ、魔王城に人を送ったり、勇者にデカい顔をさせたりしなくて済む。要するに……魔王を倒したほうが、国のためだということだ」

「……母さんを倒すんですか? はぁ、そりゃ無理ですよ。多分」


 ハジメはため息をつきながら首を振る。取り押さえられているにも関わらず、まだまだ余裕だ。


「俺ですら、本気でキレてる母さんを見たことないんですよ? それでもたまに、大きな天災が起こったりするでしょ? あれ、母さんの力ですから。父さんとケンカすると、いつもあーなるから……」

「ふふふっ、今までは確かに勝てなかったかもしれない。だが、我々は異世界の勇者を再び呼び出す転生のゲートを作り出すことに成功したんだよ!」


異世界のゲートは魔王城にもあるが、そこのゲートは小さいので、本や雑貨くらいしか落ちてこない。だが、国王の城で、異世界の勇者が呼び出せるなら……父の存在もいらなくなる。新しい勇者が、今度こそ魔王を倒し、この世に平安をもたらすのだ。

 父が勇者でなくなれば、それこそお役御免だ。もうあの城では暮らせない。母と、母の腹に入る子どもの命も危ない。


「そのゲートを、新しく国王になった私が今開けよう!」

「え……大臣が国王になるの?」

「……な、なんだ。貴様、文句でもあるのか?」

「いや、だって普通は国王の娘が女王にならないのかなって」

「ふっ、ふはははは! 王女も王妃も今は牢屋だ! 貴様がこの城を訪ねてきた瞬間に思いついた計画が、見事うまくいったということだ!」

「……ザル計画じゃん」

「ハジメ、本当のことだけど、せっかく大臣が喜んでるんだからそこは勘弁してあげてよ」


 よく聞きなれた声に振り向くと、そこにはどういうわけかムリークがいた。


「……ムリーク? なんでこんなところにいるの」

「彼は吟遊詩人なんかじゃないんだよ」


 大臣の言葉が飲み込めず、首をかしげているとムリークは自分から正体を明かした。


「僕は国の諜報兵だ。吟遊詩人のフリをして、街の動向をうかがっていた。そんなときに出会ったのが、このポンコツ箱入り無職ってこと」

「ポンコツ箱入り無職って……俺のこと?」

「キミ以外いないでしょ」

「ムリークから詳細は聞いている。魔王フェリアは現在妊娠中だとな。勇者・ユタカは旅の仲間のところに入り浸って、ただれた生活を送っているとか。どちらも倒すには好都合だ」

「……そうですね。いっそのこと倒してもらった方がいいのかも」

「え……?」


 大臣とムリークが驚いた顔をする。ハジメはもううんざりしていた。生まれてこの方、この両親のもとに生まれてよかったと思ったことはない。確かに生活面の保障はあったし、かなり贅沢な暮らしをさせてもらったと思う。が、それは正直大人になったときに困っただけだ。甘やかされるほど人はダメになる。父もそうだ。勇者時代はそれなりに国のためや仲間のために戦ったのかもしれないが、今は単なるただ飯食い。母も母だ。こんなハズレくじみたいな父を夫に選んでしまった。勇者と魔王のカップルが平和をもたらす? そんなのは異世界から送られてくる本だけにしてくれよ。その夫婦の間に生まれた息子は、父の力を引いていても、この世界では完全に無意味。母の強い力は手に入れることすらできない。こんな環境で育ったら、ろくな大人になりはしない。自分がいい例だ。情がないわけではないが、自分の人生にこれから与えるだろう両親の影響を考えると、さっさと倒してもらった方がいいかもしれない。そうじゃなければ一生自分は魔王城から出ることができない。両親が死んだあとは、無職で仕事にもありつけないかもしれない。どこに行っても『勇者ユタカと魔王フェリアの息子』と言われる苦しさ。自分は勇者ユタカでも魔王フェリアも関係ない、ただひとりの人間、『ハジメ・タナカ』だ。


「大臣、いいですよ、倒しちゃって。俺もこれで自由になれる」

「キミ、本当にクズの極みだね……親までもそんな扱いだなんて」


 ムリークが呆れるけど、どうでもいい。俺は、俺だけの人生を生きていきたいんだ。親の影響を一切受けず、自分を自分と認められるような場所で。


「それで? どうやって倒すんです。父も一応は勇者ですし、なんだかんだ言って、仲間がいます。母に関しては魔力は計り知れませんし……」

「勇者ユタカの仲間はもう捕えてある」

「え、そうなの?」


 ムリークはハジメに鍵を見せた。


「ホストクラブにいたところを一網打尽にした。ちょろかったよ」

「やっぱり父さんひとりをチヤホヤなんて、したくなかったんだろうなぁ……腹も出てきたし、イケメンでもないし。みんな幻覚を見てたってやっと気づいたのかな」

「ハジメ……その通りだったんだけど、あんまり親父さんのこと言ってやるなよ……」


 思わずムリークがフォローするくらい、ハジメの暴言は止まらなかった。仲間がいなくなった勇者ユタカを捕まえるのもたやすいことだったようだ。ムリークの報告では、昔持っていた自分の手から伝説の剣を出す力がなくなってしまったとのことだ。


「なので、普通のおっさんとして捕まえました」

「……でもさ、勇者の父さんまで捕まえたら、母さんはどうするの?」


 ハジメの問いに答えたのは、大臣だった。


「そこでこのゲートの出番だ。……行くぞ」


 ムリークも、この場所にいる兵たちも、ハジメもごくりと唾を飲み込む。異世界から新しく勇者を呼び出すのだ。どんな人間が出てくるのだろう。もしかしたら人間ではなく、モンスターかもしれない。このゲートというのは不安定なものだ。必ず勇者が出てくるという保証は何もなかった。

 近衛兵がゲートに手を突っ込んで、中をかきまわす。すると……。


「大臣! 腕のようなものを捕まえました! 人です!」

「よし、勇者かもしれない! 引き揚げろ!」


 兵たちがずるりと異世界のゲートから引きずり出したのは、髪の長い……男? 黄ばんだTシャツに、黒い短パン。ひげもすね毛も生えっぱなしで、手には何か機械を持っている。手のひらサイズに収まる、無線だろうか。


「………あ」


 男は小さく言葉を発する。


「お前は……勇者なのか?」


大臣が問いかけるが、男はぽかんとしたまましゃべらない。もしかしたら言葉が通じないのだろうか。


「この人も父さんと同じ『日本』から来たんなら、俺、通訳できますよ」

「なんだそれ……。なんで敵に通訳頼まないといけないんだよ」

「いや、それでいい!」

「大臣!?」


 ムリークのツッコミよりも、国益を重視した結果だろう。ハジメは大臣に『とりあえず嘘はつかない』と宣誓すると、男に話しかけた。


「あの、俺の言葉わかる?」

「………」

「日本から来たの?」

「………」


「ああ、これはあれだ」

「何か分かったのか!?」


 ハジメにたずねる大臣だが、わかったことはたったひとつ。この男は座ったまま失神

しているということだ。きっといきなり異世界に来てしまったことで、驚いて話もできないのだろう。これで埒があかない。ハジメは仕方なく異世界に突然来てしまった日本人を、驚かさないように使う、ある言葉を試すことにしてみた。


『ここはあなたのいた世界とは違う異世界です。あなたは勇者に選ばれたのです』


 この言葉は、魔王城に落ちてきた本で知ったものだ。大抵の異世界人は、この言葉を聞いて自分が勇者だとあっさり受け入れる。なぜだかわからないが。


「お……俺が、勇者?」

「な、何かしゃべったぞ!!」


 異世界から来た新しい勇者は、ようやく言葉を話した。この作戦は成功したようだ。ハジメは大臣に男の様子を告げる。


「自分が勇者だということは理解したみたいですよ。ただなぁ……問題があるかも」

「あぁ……そうだな」


 ハジメとムリークは互いの顔を見合わせる。いくら強い勇者でも、勇者であるだけじゃいけないのだ。


「勇者様、あなたの、元の世界での職業は?」

「お、俺は……働いてないっていうか、部屋にいたらいきなりここへ……!」

「働いていないということは、『ニート』ということでよろしいですか?」


 男は少し考えたのち、立ち上がって腰に手を当てた。


「ああ、ニートだ! ニート様だよ! お前たち、この世界の人間は知らないかもしれないが、俺の世界で『ニート』と言えば、最高に強い称号……戦士の職業なのだ! ははははは!」

「……チェンジで」

「チェンジしたほうがいいですよ、大臣」


 ハジメとムリークは大臣に向けて、手を交差し、ばってんマークを作る。


「え……『ニート』って、勇者ユタカと同じ職業だろう? 強いんじゃないのか?」

「それ、今の父さんを見ても同じこと言えます?」

「あっ……」


 大臣も国を支えているエリート。さすがにハジメほどバカではない。ニートだった勇者の行く末は、単なる国のお荷物だ。『勇者』というだけで、みんなが頭を垂れる。無料で様々なものが手に入る。好きなことをして、毎日自由に遊びほうけて過ごしている。それだったら、きちんと仕事ができる勇者がいい。そのほうが、魔王を倒したあとでも国のために働いてくれそうだ。

ニートだと高笑いした異世界の男は、またゲートに戻された。やり直しだ。

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