○第6章 とりあえず今度こそ本当に職場を探す

 街についたハジメは、地図に目をやる。自分がなれるのは、パティシエかカフェのスイーツ担当か国王直属の菓子職人だ。この中で一番簡単になれそうなのは、パティシエだろう。

菓子作りを専門にやっているのだ。人手が足りなかったら、きっとすぐに働かせてもらえるだろう。店長にわけを話せば、住処もどうにかしてくれるかもしれない。

昨日は住処を先にどうにかしようとして失敗した。でも今日は逆だ。仕事を先に探す。仕事が見つかれば、今日から働かせてもらう。その金で最初は宿屋に泊まればいい。毎日少しずつ貯金をして、部屋も借りればいいだろう。


「それに、最悪ムリークがいるしな」


 ムリーク本人がその場にいたら、泣きそうな顔で「やめてよ!」と叫びそうだ。少しはまともになったハジメではあるが、やはりクズはクズである。

 さっそく地図をたどって、この街にある唯一のパティスリー『サラサ』へ突撃する。

 『サラサ』はパブやレストランのある地区に立っていた。見た目もレンガ建てでかわいらしい。今も小さな女の子がお菓子を買って出てきたところだ。それを見たハジメは、胸を膨らませた。自分の作った菓子を、子どもたちが嬉しそうに買っていく。……悪くない。最初は自らのためだけに菓子を作っていたが、これからは人のために作るのだ。人を喜ばせるために菓子作りをするという感覚を持っていなかったハジメは、ドキドキしていた。

 『趣味を仕事にしたくない』と思っていたが、仕事としてやったとき、お客に喜んでもらったらやっぱり嬉しいのかもしれない。自己満足で十分だった世界が広がるのだ。

 そんな希望をもって、ハジメはサラサのドアを開く。そこにいたのは、白い帽子をかぶったひげの男だった。


「あの、すみません。俺、ここでパティシエとして働きたいんですけど」

「それは助か……いや! ダメだ、貴様だけはっ!!」

「は?」


 ヒゲの男はカウンターから出ると、ハジメを店から追い出して塩を撒く。ハジメは何がなんだかわからない。なぜ自分が追い出されているのか。この男に何かしたのか? しかし、思い出せない、こんな男。


「私の顔を忘れたとでもいうのか!?」

「え、あ、はい。すみません」

「『すみません』ですむか!!」


 男は激高するが、怒られる理由がまったくわからない。そもそもこの街にあまり来たことがないのに恨みを買うなんてことがあり得るのか? 首をかしげていると、ヒゲの男はその首に手刀を落とす。


「げふんっ! な、何するんですか」

「勇者の息子だかなんだか知らないが、スイーツグランプリで私のことをコケにしおって!! 貴様のせいで売上は激減だ!」

「スイーツグランプリ……ああ」


 そう言えばいた。ウェディングケーキを作っていた男がこいつだ。スイーツグランプリに出ていたってことは、当然ながら自分の腕に自信があったのだろう。それがぽっと出てきたどこの馬の骨だかわからない、しかも『勇者=審査委員長の息子』という特権付きの青年に負けたのだ。ヒゲの男は特権付きと思っているが、実際はハジメの実力である。ハジメ自身も残念なことに、無駄に偉大過ぎる親のせいで、実力も七光りだと思われてしまっている。ともかく、この一件で男に大きすぎる恨みを買ってしまったことには間違いない。


「それはそれとして……働かせてはもらえ」

「ない」

「本当に」

「ダメ」

「ちょっとだけ」

「ムリだ! さっさと私の目の前から失せろ!」


 最終的には男にケツを蹴られてしまった。せっかく身ぎれいにしてきたのに砂ぼこりがついた。シャツのほこりを払うと、仕方ないとさっさと諦め次の場所へ足を向ける。

今度の行き先はカフェだ。スイーツ担当というものがあるかわからないが、働ける場所をどうにか探さないと。しかしまたさっきのサラサのヒゲみたいに、自分に恨みを持っている人間がいるかもしれない。

まずは客として、職場環境を調べよう。服のえりをわざとらしく立てるとカフェに入ることにした。


「いらっしゃいませ~。お好きな席へどうぞ!」

「席……」


 窓際の席が人気のようだが、自分には関係ない。一番厨房に近い場所を見つけると、そこに陣取る。メニューを見てみると、あった。スイーツが。


「ショートケーキに季節のタルト2種類か。それとアップルパイ……」


 軽く手を挙げると、ウェイトレスが足を止める。全部のスイーツと紅茶を頼むと、ぎょっとされた。そりゃそうだろう。4つもスイーツを頼んでいるのだから。

 頼んでいる間、厨房に目をやる。スイーツ担当は特にいないようだ。ただ厨房担当の料理人が、ランチセットの用意をしているだけ。ケーキ類は冷蔵庫から出されていた。それを見たハジメは憤慨する。冷蔵庫に入れたらぱっさぱさになってしまうだろうが! クリームもスポンジもふわふわではなく固くなるし、パイ生地だってサクサクな感触が消えてしまう。タルトも同じ。土台の生地とフルーツの歯ごたえの差がうまいというのに。

 自分の作ったできたてのスイーツとは違い、ここのカフェのものは作り置き……。

しばらくするとオーダー通りにスイーツと紅茶が来た。いきなりケーキからいったらのどが渇く。とりあえず紅茶をひとくち。


「……ん? なんだ、この味。くそまずい」


 『まずい』という言葉に、店員たちの耳がぴくりと動く。さらにショートケーキを口に含む。やっぱり次に出る言葉は同じだ。


「くそまずい。なんだこれ。このスイーツに比べたら、俺が作るものは芸術だ!」

「出て行ってもらえますかね……」


 厨房にいた若い男が腕まくりをしてハジメの前に出てくる。額には血管が浮き出ている。これは嫌な予感だ。とっとと出て行かないと殴られそうだということくらいわかる。さすがに少しは学習した。ハジメは普通の人間の怒りに鈍感だ。父は基本怒らないし、怒れない。母はわりとキレることは多いが、普通の人間の怒り方とは違う。笑顔を崩すことなく、さくっと相手を殺る。


 仕方なく会計を済ませると、店を出る。残る選択肢はただひとつ。この選択肢はなしかと迷っていたが、選りすぐりしている場合ではない、ハジメは地図を握りしめると、国の中心にあるヒプロメロース城へを見た。


「国王に会うのって、赤ちゃんのとき以来か?」


 しつこいようだがハジメは勇者と魔王の息子だ。国王としては二代目の勇者の誕生を祝わねばならないし、同時に魔王の血を引く残虐な子どもかどうかも見極めねばならない。だから国王はハジメが生まれたときに内密に魔王城を訪れていた。だが、結局は無駄足。ハジメは勇者の血を引いていないように見えたし、実際魔法が使えたり剣を出すこともできない。魔王の血も引いていなかった。ハジメはどこにでもいる普通の赤ちゃんとして生まれてきた。そのあとも毎年写真などを送ったりもしたし、国から送られてくる使用人たちが自分を監視して、国王に詳細を告げている。結果、ハジメは国にとって利益にも不利益にもならない人間として認められた。

 国王との親交はあったのだから、王家専属の菓子職人になることは悪い話ではないはずだ。それでもハジメが微妙だと思ったのは、ある種のプライドだった。今では国の象徴的存在である両親がいるのにもかかわらず、息子自ら国王の元で働くのはどうか。国王も魔王と勇者もそんなに変わらないのに、国王はのんきに菓子を食ってるなんて許せない。

 ハジメも今までそういう生活をしていたのに、ニートはダメだと言われたのだ。国王は確かに政治や外交など仕事はあるかもしれない。が、何もない日はニート同然じゃないのか?

そんな人間に自家製スイーツを食べさせてやるなんて、悔しい。自分だってできることなら政治や外交をしない国王になりたい。……要するに前みたいなニートに戻りたい。


 ヒプロメロース城の前の公園のベンチに座っていると、辺りが騒がしくなる。何ごとかと振り向くと、そこにはネクタイをしたムリークが楽器を携えて立っていた。昨日までのくたくたのシャツと格好が違う。


「あれが10000ギガの吟遊詩人だ!」

「カルヴァドス様の目に留まった!?」


 ハジメも人々の後ろからムリークを見つめる。昨日カルヴァドスに会ったことで、彼にも変化があったようだ。見た目をちょっと変えただけで、ムリークはただのチャラい兄ちゃんからイケメン王子様風のようになった。


「どんな歌を歌うんだろう?」


聴衆は今か今かとムリークが曲を弾くのを待っている。ハジメもわくわくしてきた。こんなに人がたくさんいるのだ。生半可な歌は歌えないはず。

楽器を2回コンコンと叩くと、ムリークは歌い始める。


「キミの瞳はワイン色~♪ 見つめあうだけで酔ってしまう~♪」


聴衆はぽかんとした顔をしている。ハジメは頭を抱えた。どんなに見た目が変わっても、カルヴァドスが声をかけたといっても、所詮ムリークはムリークだった。人がひとり、またひとりと去って行く。すべての歌を歌い切った頃には、ハジメしか残っていなかった。


「なんで……?」

「見た目だけしか変わってなかったからじゃない?」

「昨日はみんなが立ち止まって聴いてくれたのに!?」

「パブの近くだったから、酔っ払ってたのかもね」

「そんなぁ……」


 がっくりする友人の肩を叩くハジメ。だが、彼もムリークと同じだ。格好が違う。そのことにつっこまずにはいられない。


「そういうハジメだってその服、何? 見た目が変われば仕事が取れると思ったの?」

「まあね。でもそれじゃダメだって今わかった」

「どういうこと?」

「外見に見合う中身も必要だってこと」

「悪かったね、中身が空っぽで」

「それは俺も同じだから、怒るなよ」


 素直に自分も同類だと認めたハジメを、腕を組みながらちらりと見る。


「それで、仕事は?」

「今から王家の菓子職人の職に応募しようと思って来たんだ」

「なれそう?」

「わかんないけど、まあ仕事を見つけないとだからね」

「そっか……。それだけ?」

「え? うん」


 いつもはムリークをそのまま引きずりまわすのに、今日はその気配がない。安堵するとともに、物足りなさも感じて不思議な思いになる。もしかしたら、もうハジメとは会うことがないかもしれない。そんな気が一瞬したが、引きとめることもできない。そんな権利はないし、引きとめたところでどうする。また自分を引きずり回してくれ、なんてお願いするのか?  何度も痛い目を見たんだ。それでもハジメのバカと一緒にいたいと思うとしたら、相当なMだ。


「頑張ってね!」

「うん」


 相変わらずそっけない返事だ。ムリークはハジメの後ろ姿を見送ると、音楽と詞のセンスを磨くために家に戻った。


 ヒプロメロース城に着くと、入口を守っている兵に自分の素性と、菓子職人を募集していないかをたずねる。名を名乗ると、兵は焦った。それも当然だろう。勇者と魔王の息子が突撃してきたのだから。でも、城を攻撃しにきたわけではなさそうだ。どうやら仕事がほしいらしい。そのことが城の中にいる大臣に伝わると、大臣は国王に相談した。


「どうします? ハジメ・タナカは父や母のように強い力を持っていません。無害だとは思いますが……」

「それならいいんじゃないか?」


 国王はひげをいじりながらのんきに答えた。


「職を探しにきただけなんだろう? それに聞いたぞ。ハジメくんはスイーツグランプリで優勝したらしいじゃないか。一度その味を食べてみたい。……姫と妻には内緒でな」


 国王は大臣に耳打ちすると、ハジメを城の厨房へと招き入れた。先輩の菓子職人に挨拶すると、ハジメもさっそく与えられた白いコックの服に着替える。用意ができたら大臣がハジメに告げた。


「国王からの命令です。スイーツグランプリで作ったマカロンタワーが食べたいので作ってほしいと」

「わかりました」


 ハジメはすぐに菓子作りを始める。卵を割って、卵黄と卵白を分ける。それをオーブンで焼き、クリームやガナッシュを挟んでアメできれいにコーティングすれば、あっという間にできあがりだ。

 できあがったマカロンタワーをカートに乗せ、ハジメは国王の前へと出る。


「ハジメくん! ずいぶん久しぶりだな。元気だったか?」

「はい」

「おい、ハジメくん! 国王の前だ。帽子を取ってひざまずきなさい!」


大臣が注意しても、ハジメはなぜそんなことをしないといけないのかわからなかった。父は国王にひざまずくことはしていたが、母は魔王で国王と同じかそれより偉い。その息子である自分もひざまずかないといけないのか?

しばし考えたのち、ハジメは言われた通り帽子を取って、国王にひざまずいた。親の子とはここでは関係ない。自分と国王は雇用関係にあるのだから、雇用主にひざまずくのは当たり前かと思ったのだ。


「噂は聞いていたよ。スイーツグランプリで優勝したとな。わしはマカロンを食べたことがなくてなぁ……。国王がスイーツを食べる姿は、国民に見せるべきではないと妻と娘がうるさくて……だからやっと! やっと、初めてマカロンとやらを食べられるときがきたのだ!」

「……はぁ」


 国王のマカロンについての思いなんて心底どうでもいい。ハジメは国王の嬉しそうな顔を見て、微妙な感覚を抱いていた。これから作るスイーツは、全部このおっさんの命令で作るのか……。俺はこのおっさんの笑顔しか見ることができなくなるのか……。おっさんがスイーツを食べているところを見ても、嬉しくもなんともない。まだ城の料理人たちに食べさせていたときの方が楽しかった。


『坊ちゃん! これ、超うめぇっす!』

『坊ちゃんの菓子作りの腕は最高だなぁ~』


こう褒められるのと、


『ハジメくん、今日の菓子もなかなか美味だった。明日も頼むよ』。


 なんといえばいいのだろう。趣味で作ってめちゃくちゃ褒められるのと、仕事で作って評価を得ることの差とでもいうのだろうか。実際、ハジメは評価なんてどうでもよかった。ただ、褒められたいだけだったのだから。

 国王に褒められることは、国民の最高の栄誉だと大臣たちは思うのだろうが、国民とは違う人間である自分としては、栄誉でもなんでもない。

 そんなことをもやもや考えているうちに、国王はマカロンのひとつに手を付けた。大きな口を開けると、それをぱくりとひとくち。


「おお! これがマカロン……なかなかうま……うっ!? ぐっ……ぐはっ!?」

「国王!?」


大臣や近衛兵が国王のそばへと駆け寄る。ハジメも何があったのかわからず、国王のそばへと寄ろうとしたが、それを兵たちが止めた。


「これは……死んでいる……」

「え!? なんで!?」


先ほどまでは国王に褒められていたというのに、今は兵たちに腕をつかまれ、頭も下げさせられている。ハジメは珍しく混乱していた。自分はただ、言われた通りにマカロンを作っただけだ。毒なんて入れていない。それを食べた国王は死んだ。ハジメが疑われるのは当然だし、ハジメ以外の人間が毒を入れることは不可能。

大臣は国王の死体を運ぶように指示すると、ハジメの近くへ寄った。


「ハジメくん、ご苦労様でした。これで厄介な魔王や勇者も片付けることができます」

「……どういうことだ?」

「国王はアーモンドやナッツのアレルギーを持っています」


 その言葉で、ハジメははめられたことに気づく。マカロンにはアーモンドプードルが使われている。それでアレルギー症状を起こした国王は、倒れたんだ。大臣は国王のアレルギーを知っていた。マカロンにそれが含まれることも。でもそれをあえて利用したんだ。スイーツグランプリで優勝したマカロンタワーと言えば、ぜひそれを食べてみたいと思っただろう。しかも国王はさほどスイーツに詳しくない。それにアーモンドプードルが使われていることも知らずに……。

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