○第8章 とりあえずイケメンになってみる

「……何回目、それ」

「89回目だけど、89人全員ニートって! 異世界はニートしかいないの!? どうやって生活してるんだよ! みんな働けよ!」


 近衛兵とともに、異世界の人間の引き揚げに参加していたムリークが叫ぶ。

 何度も異世界のゲートから人を引っ張り出しては見てみたが、全員が全員ニート。ここまでニートしかいない世界なんてあるんだな……。ずっとハジメは通訳をしていたが、こんな大量なニートを見たことはなかった。なんだか自分の父がまともな部類に見えてきたくらいだ。


「なんか……働きたくないんだってさ」


 さっき引き揚げた67番目の女性ニートの言葉をムリークに教えてやると、がっくりと肩を落とした。


「もうイヤ、こんな世界の住人に助けを求めるの……」

「あの、大臣。もう諦めたらどうですか? ニートはひとりで十分でしょ。これ以上増やすんですか」


ハジメが真顔でたずねると、大臣もとうとう諦めたらしい。他の手を考えると言って、イスに座ってしまった。座ったところで何か案が浮かぶわけでもないだろうに……。ハジメとムリークも疲れてしまい、その場に座り込む。


「結局のところはさぁ、勇者ユタカがどうにかして魔王フェリアを倒すしかないんだよね。多分無理だけど」

「……あ、それだ」


 ムリークがつぶやいた言葉に、ハジメは反応する。父は今まで母に頭が上がらなかった。だけど、その父が母を倒し、しっかり封印すれば……? それで母を倒したあとに元の世界へ帰ってもらえばいい! 父は以前言っていた。『たまに帰りたくなることもある』と。だったらぜひ、もとの世界に帰ってもらおう。

 今の説明を大臣にすると、怪訝な顔をした。


「ハジメくんはそういうけどね……君、お父さんとお母さん、助けようとしてない?」

「してませんよ。なんでそんな自分の首を絞めるようなことするんですか。俺はもう、

親の七光りで生きたくないですし、親はもともといなかったことにしてほしいくらいなんですから」

「……ハジメ、ドライすぎ。魔王の才能はあるよね。力はないけど」


 ムリークはぼそっと皮肉を言うが、ハジメにとってはどうでもいいことだ。ドライと言われようが、情が薄いと言われようが関係ない。


「ちょうど母さんは身重ですから、そんなに魔力も強くないと思います。封印するなら今かと」

「君、それで本当にいいの?」


 大臣に聞かれても、強くうなずくだけだ。


「あ、その代わりなんですけど……両親をどうにかしたあと、仕事の斡旋と住処の提供だけはお願いしますね」

「ちゃっかりしてるなぁ……」


 大臣は少し考えると、ムリークに指示を出した。


「諜報兵、お前はハジメくんと勇者ユタカを連れて、魔王フェリアを倒して来い! それしか手はない!」

「えぇ!? 僕が行くんですか!?」

「君はフェリアとも知り合いだろう。油断させる作戦だ」


自信なさげな顔をしているムリークに、ハジメをぐっと親指を立てる。


「大丈夫。俺だって母さんは息子だって思ってる。油断してるぞ」

「それはそうでしょ!? キミ、本当の息子だろ!? ……はぁ、もうハジメはむちゃくちゃすぎる」


 ハジメたちは鎧や剣、兜などを装備させられると、さっそく牢にいたユタカとともに城から追い出される。大臣からの命令はこうだ。


『魔王フェリアを倒すまで、街に入ることを禁ずる』。


「僕、完全に巻き込まれてるよね、これ。魔王フェリアを倒さないと、家に帰れない……」

「なんだ、君! うちのフェリアを倒すのか!?」

「倒すのは父さんだよ。なんとかして、倒して」

「む、無理だ! 父さんは母さんのことを……愛しているか」

「はいはい、そういうのどうでもいいから」


 父の告白を途中でぶった切って、スルーするハジメ。しかし、最初に武器屋をやろうとはしていたが、武器や防具がこんなに重いとは思わなかった。歩くたびにガシャガシャうるさいし、動きづらい。

 ハジメは歩みを止めると、鎧や兜などを全部脱いだ。


「ちょ、なにしてんの!?」

「邪魔だから。それに、今から行くの家だし」

「そりゃそうだけどさ……」

「ちょっと待ちなさいっ!!」


 ハジメたちがわたわたと装備を解いているところ、立ちふさがったのは……。


「ワンワちゃん!?」

「ふふん、うちの弟子のひとりが、王国にこっそりと出入りしてて情報に詳しくてね。知ってるのよ。国王が死んだことも、大臣がフェリア様を殺そうとしてるのも、全部ね!」

「いや違う。大臣じゃなくて、殺すのは父さん」

「はぁ!? 俺はフェリアを愛し」

「勇者ユタカを殺せるなら、尚更都合がいいわ! ワンワ、こいつ大っ嫌いだったから!」


 武闘家のワンワとその弟子は、フェリア側につくと宣言する。ムリークはひとつ不思議に思っていたことがあった。


「ねぇ、ワンワちゃん。ワンワちゃんはどうして、勇者ユタカやハジメがそんなに嫌いなの?」

「決まってるでしょ! 美しいフェリア様に見合わないからよっ! ……それに」


 ワンワは一瞬黙る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。一体ワンワはなぜ、ユタカやハジメが嫌いなのか……。その理由は……。


「ワンワのお母さんを、そこのクソ親父が奪ったからよ! 美しいフェリア様がいるっていうのに……しかもその息子がせめてイケメンだったら許せた! でもただのデブサイク!」

「デブサイク……俺、すごいな」

「ハジメ、褒められてないよ」

「俺がお嬢ちゃんのママを取ったって? どういうことだ?」


 幼い少女が涙ながらに話す内容は、案外くだらないものだった。勇者ユタカの使えるような使えないような能力のひとつは、『見た目が冴えなくても、異世界人にモテる』というもの。さすがに年齢とともにその能力は弱くなり、ワンワのような少女には効かなくなってきている。が、フェリアを倒したあとの全盛期は、一時期ファンクラブまであったほどのモテっぷりだったのだ。ワンワの母……と言っても、本当の母ではなく、自分を拾ってくれた父の妻だった人だが、ファンクラブの会長をしていたらしい。それをよく思っていなかった父と母は猛ゲンカして、結局離婚。母はもう、ファンクラブをたたんだ。しかし、もう父はいない。大体勇者なんだから、モンスター退治は勇者が行けよとも思っていた。勇者の代わりに父が行ったから、父は死んだ。少なくてもワンワはそう思っている。だからこの少女は余計にユタカを恨んでいたのだ。


「そういえば、父さんってモンスター討伐とか行かないよね。国から依頼は来なかったの?」


 泣いているワンワをムリークに任せ、嫌われている親子ふたりはこそこそと話し合う。父曰く、モンスターの討伐の仕事は来ていたらしい。しかし、忘れてはいけない。この勇者ユタカもクズである。


「俺が行く必要ないだろ。魔王は倒したんだ。モンスターみたいな雑魚は、他の人が倒してくれればいい。俺が倒さなくっても、王国からは下働きの人も派遣してもらえるし、食料だってもらえてたんだから」

「あー……それもそうか」

「納得すんな! こういう親子だから、ワンワは余計許せなかったの!」

「……でも、それとワンワちゃんが母さんに執着するのはまた別の話だよね。それはなんで?」

「え、えっとぉ……」


 さっきの勢いはどこへやら。今度はもじもじと指先をこすりあわせる。顔も赤い。


「フェリア様は同じ女として魅力的っていうか……強くて気高くて美しいじゃない! ワンワもあんな人になりたいなぁって」


 確かにフェリアは美人だし、今は身重ではあるがナイスバディだ。魔王時代は強かった上、魔族の家系だったから、ある意味お嬢様。気高く気品もある。魅力的であるのはわからなくはない。実際はハジメをボコボコにいじめたり、自分の夫を殺しかけたりはするが、何度も言う。『見た目』だけならパーフェクトだ。


「だからワンワとこのワサービ道場の一同はこれよりフェリア様の軍門に下ります!

覚悟しなさい! 勇者ユタカと息子ハジメ! ついでにムリークも!」


 少女の合図で、50人の弟子たちは構える。中には武器を持っているのもいるし、勝てっこない。ムリークもなんだかんだ言って兵ではあるから戦えなくはないが、腕に自信はない自分が弱くてもなんとかどうにかなりそうな職だと思って選んだのが諜報兵だったのだから。

 ワンワも最前列、真ん中で、短刀を持って今にも襲いかかりそうな感じだ。それに恐怖した父は、思い切り尻もちをつく。勇者なのにカッコ悪すぎる。


「いやいやいや! ちょっと待ってよ、お嬢ちゃん!」 

「待たないわよ。フェリア様を倒すんなら、ワンワを倒してからよ!」

「よ、要するにハジメがイケメンだったらいいってことだよな!? フェリア似の超イケメン!」

「……は?」


 ユタカ以外の全員が、ぽかんと口を開ける。ワンワとムリークはそのあと、ハジメをじーっと見つめた。どこからどう見ても、ハジメはイケメンではない。イケメンの要素もない。

身長は165cmくらいと言ったところか。ぽっちゃりで、腹はたるんでいる。筋肉らしきものはほぼなし。顔はかろうじて父似だろうということがわかるが、頬に詰め物が入っているみたいに膨らんでいる。鼻はぺちゃんこ。そんな彼のどこに魅力があるというのだ。


「イケメンになるわけないじゃない。なったところでフェリア様への忠誠心は変わらないわよ?」

「それはどうかな?」

「父さん、一体どういうことなの」


 当事者であるにも関わらず、一番何も理解していないハジメが父に問いかける。自分が母似のイケメンになったら……なんて話、夢物語か何かだろう。自分は生まれてこの方、ずっと同じ顔だし、太っているのも子ども時代からだ。イケメンだった瞬間はない。それなのに、

何を寝ぼけたことを父は言ってるんだ? 

呆れた眼差しで見つめていると、父はぐるんと息子のほうに向き、肩に手を置いた。


「知らなかったかもしれないが……実はお前が生まれてきたとき、母さんが呪いをかけたんだ」

「ふうん、そう」


 いつも通りさらっと流すハジメを見て、ツッコミ役が板についてきたムリークが大声を上げる。


「いや、そこは驚くでしょ! キミ、実の母に呪われてたんだよ!? っていうか、何の呪いか気になるでしょ!!」

「え……普通そうなの? 別に呪われてようが呪われてまいが、今生きてるんだし問題ないかと思ったんだけど」

「ともかく何の呪いなんですか、ユタカさん」


 本人が興味ないのなら仕方がない。話したくてうずうずしているように見えるユタカを見て、息子の代わりに話を聞くムリーク。話題を振られるとユタカは、ぱああっと顔をキラキラさせて話し始めた。


「これは念のためにだったんだけど、ハジメが生まれたとき、『魔力を封じて、ブサイクになる呪い』をかけたんだ! だってさ、勇者と魔王の息子で、強い魔力を持っていて、しかもイケメンだったら人生楽勝! って思っちゃうかもしれないでしょ? それはさすがにまずいと思ったんだよ。人生はそんなに甘いもんじゃない。悩んで苦しんで、必死になって生きないといけないのに!」

「いや、それ父さん、自分がそうしないのになんで息子にはそんな厳しいの」

 

どうしようもないクズだな、とワンワは呆れていた。ハジメを見たところ、どう頑張ったってイケメンにはなれそうもない。呪いって、『魔力を失い、ブサイクになる呪い』ではなくて『どうしようもない親の元に生まれた』ってことなんじゃないだろうか。


「それで、呪いを解く方法なんだが……」

「え、それ本気なの!? そんなの嘘だってわかってるもん」


 ワンワが遠慮するのも関わらず、ユタカは話を続ける。


「ハジメの呪いを解く方法は、ただひとつ! 『30歳まで異性と関係を持たないこと』だ!

そうすれば魔力が戻り、ブサイクの呪いも解ける!」

「あのー、ユタカさん。30歳って、あと12年も待たないといけないじゃないですか。それじゃワンワちゃんに勝てませんよ?」

「そうよ。ワンワだって12年なんて待ってらんないわ。今すぐあんたらを殺す!」


 そう言って再度短刀を向けるワンワ。

 しかし慌てているのはムリークだけだ。ハジメもどこかボーッとしていて、戦いどころじゃない気がする。それどころか戦う気0だ。今度はユタカも同じ。ワンワの短刀よりも、息子にかけられた呪いの話に夢中だ。


「ちょっと! 本当に殺すわよ!!」


 先にキレたのはワンワだった。


「どうする、父さん」

「待ちたまえ! ワンワちゃんと言ったか。実はな、魔王

城の近くには、自分の年齢を自由にコントロールできる小屋があるんだよ。フェリアはそれを使って自分の年齢を若く見せているってわけだ」

「え!? フェリア様がそれを使ってる!?」

「どうかな、興味を持ってくれたかな?」


 ウインクをしてワンワを見ると、彼女は両頬に手を当て悩んでいた。


「……ワンワは……ワンワは……っ!」

「師匠!! 気を確かに!!」

「いや、待て! 場合によっては師匠の成長した姿が見られるかも」

「それは邪道だ! ロリ師匠がいいんだろ!!」


 師匠が混乱すると同時に、弟子たちも大騒ぎだ。ロリワンワがいいのか、成長したワンワがいいのかで言い争っている。

 そこに思い切り水を差したのがムリークだった。


「あの……そもそも『魔力を封じた』って、どういうことなんですか? ユタカさんの魔力は、『異世界限定で』しか使えないものなんでしょ? ハジメも同じで『異世界限定で』しか魔力を使えないんじゃ……?」

「いや、違う。俺は異世界限定だったが、ハジメはこの世界でも異世界でも能力を使えるんだ。異世界人の俺の血を引いたからな」

「意味わかんないんだけど」


 『意味がわからない』とはいいつつ、ハジメはわかろうともしていなかった。それでもユタカは説明する。ユタカは異世界から来た。ユタカのいた『異世界』では能力は使えなかったが、この世界では使えるようになった。そこまではムリークも理解していた。だけどなんでハジメは両方の世界で使えるのか? ハジメも異世界では能力を使うことができる。これは武器を拾いに行ったときにわかったことだ。異世界ではこの呪いは無効になるらしい。

だから初めて能力を使えた。だが、この世界ではまだ一度も使ったことがない。しかしユタカの話だと、この『異世界限定の能力』を持った父の血を受けることで、『この世界でも能力が使える』ようにもなるらしいのだ。


「使える力は、どの世界でも一緒なんですか?」

「わからないが、多分そうだろう」

「じゃ、意味ないね」


 もともと耳の垢程度くらいにしかなかった興味もあっさり捨てたハジメは、全員を無視して城へ帰ろうとしていた。

 だって意味がない。自分の使える能力は、手から菓子の材料が出る。それだけだ。攻撃魔法でも防御魔法でも治癒魔法でもなんでもない。使える魔法も意味がない。その上、両親をどうにかしないと街にも戻れない。街に戻れないということは、結局永久に就職できないということだ。それは困る。だが、父は母を倒そうとはしないだろうし、ワンワも邪魔してくる。それだったらもうすべてを諦めて、城で暮したほうがいいんじゃないかとすら思える。


「……はぁ、でも母さん倒さないと、母さんと父さんが死んだあと、俺、野垂れ死ぬしなぁ」


 自分はどうしたらいいんだろうと、真剣に考えるハジメ。しかしその表情はどこか間が抜けていて、本気かどうかわからない。そこへ助け船を出したのが父だった。


「だったら、とりあえず呪いを解いてみたらどうだ? それでフェリアと一緒に国を襲えばいい。俺も勇者だったが……愛する妻を殺せと言われたんだ。当然寝返る」

「寝返るんだ……」


 もうツッコむのも面倒になったムリークは、げっそりした顔でつぶやく。しかもこの勇者は、妻と息子に共同戦線を張らせて、今度は国を乗っ取るつもりだ。ムリークはハジメの能力を知っているので、あの魔力で国を制圧できるかはいささか謎ではあるが、万が一ということもある。


「ワンワちゃん。どうかな? うちの妻と一緒に、国を乗っ取らないか? 君はフェリアのファンなんだろう? これから一緒に住め……」

「やります、勇者ユタカ」

「えぇ!? やるの、ワンワちゃん!」


 これまたあっさりと寝返ったワンワに、ムリークは頭を抱えるどころか脳みそが破裂しそうな気分になった。ここにいる自分以外は、『国を襲う』という意見で一致している。こうなったら自分が守るしかない。ただの諜報兵の自分が。こっそり覚悟を決めていたムリークだったが、それをハジメに明かされてしまう。


「ムリークは国を守るつもりなの? 一応兵でしょ? ちょっと困るなぁ……」


 そう言われてもムリークだってしょうがないのだ。なにせ、自分も魔王フェリアを倒してこないと街へと帰れないのだから。今いるメンバーは全員、反逆者だ。もし自分がここでひとり戦おうとしても、負ける。ハジメやユタカはともかく、ワンワたちには勝てない。子なったら最後の手段だ。


「い、いや、僕も魔王側につくよ。ハジメの呪いを解こう」


 こうして勇者一行ではなく魔王派一行は、ユタカの言う自分の年齢を自由にコントロールできるという小屋へと向かうことになった。

 悪魔の森を抜けるのは、余裕だった。街の人間ならモンスターたちが攻撃してくるだろうが、一緒にいるのは魔王の夫と息子だ。それこそ「ちわーっす」と挨拶しにひょっこり出てくる程度。まったく怖さなんて感じない。これがこの間のようにムリークひとりだとまた違ったが。護衛のコウモリがなんとか道案内をしてくれたのだが、何回か大きなモンスターに襲われそうになった。今回はそんなことがないので、気分は楽だ。


「着いたぞ。ここだ」


 ユタカがみんなを連れてきたのは、何もない小屋だった。中にはイスしか置いていない。あとあるのは暖炉くらいだ。


「ここに『年上薪』をくべて、火をつける。そして12年分だから12分暖まれば、30歳のハジメのできあがりだ!」

「へぇ、そんな簡単にできるもんなんだね」


 魔王の謎グッズの使い方は、案外簡単なものだった。ちなみに若くなりたいときは、『年下薪』というのを使うらしい。

 全員で薪をくべると、ハジメをイスに座らせて小屋を出る。ワンワとムリークはお互い違う予想をしていた。ムリークは、こんなことで本当に若返るのか怪しいと思っていたが、ワンワはその逆。フェリアの大ファンだけあって、彼女のいうことを妄信する節がある。きっとフェリアの若さの秘訣はここにあると確信していた。

 ユタカも話は聞いていたが、実際に見るのは初めて。この実験が成功するかどうかのキーマンであるにも関わらず、いい加減なものだ。

全員がドキドキしながら待つこと12分。


「……時間ですね」

「開けないの?」

「勝手に出て来るだろ。なんかこっちに副作用あっても怖いから」


 ユタカのクズさにはもう慣れた。ぎしっと音がすると、扉が開く。中からはすごい煙だ。


「うっ……げほっ、げほっ……すごいにおいね」

「煙突ついてないじゃないですか! これ、普通に自殺じゃないですか!?」


 ムリークは慌てて小屋の中に入り、黒い煙をかき分けて、イスに座っている男を引っ張り出した。


「ちょっと、ユタカさん! マジで息子殺す気ですか!?」

「え、でもフェリアはこれでも平気みたいだったから……」

「フェリア様は人間なんかと違って、やわじゃないのよ!」


 真っ黒こげになった人間の顔を、持っていたハンカチで拭ってやるムリークは、やはりいいやつだ。他のメンバーは好き勝手に昼ご飯を食べている。まったく、と内心つぶやきながらも拭いていると、おかしなことに気がつく。どうも頬のふくらみがない。もっとハジメは顔がふくれているというか、パンパンだったはずだ。それによく見ると身体全体の大きさも違う。煙の中から必死に引きずってきたから気づかなかったが、明らかに身長が高くなっている。


「ハジメ? 大丈夫?」


 声をかけてみても、返事はない。これは本当にまずい。急いで口を開けさせようとしたとき、ハジメと思われる黒焦げの人間はゲホゲホと大きく咳き込んだ。


「ん……ムリーク?」

「ハジメ! 大丈夫?」


 身体を起こしてワンワが持っていた水を飲ませると、ガラガラだった声が聴きとりやすくなる。


「まさか死ぬ思いをするとは思わなかった」

「それは気づいて! 僕も気づかなかったのは悪いけど、ここ煙突ないし……ん?」

「どうかした?」

「いや……その声、地声?」

「うん」


 今までのハジメの声は、少し高めだった。だけど今はしっとりとした低くて甘いボイス。ムリークが持っていたハンカチで顔を拭くと、そこから出てきたのは整った顔だった。


「嘘でしょ!? 何これ!!」

「何が嘘なの」

「……あーっ! やっぱりフェリア様の若さの秘訣はこれだったのね!」


 昼食をとっていたワンワがハジメを指さして騒ぐと、ユタカも驚いていた。


「予想以上に30代のお前ってイケメンなのな……日本にいた歌手みたいだぞ」


  ムリークは持っていた鏡をハジメに貸してやる。それを見たハジメは、自分の頬に手をやった。さすがに驚いて声も出ないのか、ずっとボーッと鏡を見つめている。


「呪われていたっていうのは本当だったんだね。スタイルも……服は焦げてるけど、細いし身長も高い。これはどんな人でもイケメンだというと思うよ」

「……30歳になるって、本当だったんだ」


 ハジメは鏡をムリークに返すと、地面に四つん這いになった。


「今思ったんだけど……18から30歳まで、一気に寿命が縮んだってことだよね……?」

「あ」


 言われてみれば、確かにそうだ。貴重な20代をふっとばして、30代。これは空しい。何の思い出も作ることなく三十路になったのだから。


「あのさ、俺、あんまり細かいことは考えないんだけど、これって30歳で童貞ってことだよね。世間的にどうなの? イケメンには確かになれたけど、これって異世界の本に書いてあった、『30歳過ぎても童貞なら、魔法使いになれる』っていう神話と一緒じゃない?」

「そんな神話があるんですか?」


ハジメとムリークに聞かれたユタカは、ゆっくりうなずいた。


「ま、まぁな! そんな話はあるけど……それとこれとは別だ! これでお前の魔力も復活したはずだ。ほら、何か魔法を使ってみろ!」


 話を誤魔化すように、ユタカは息子に魔法を使うよう促す。ハジメは渋々と右腕を前に突き出し、少し前、フェリアに戦をしている異世界の時代に吹っ飛ばされた時のように、念じる。


「……えぇいっ!!」


 気合いとともに力を放出する。すると――。


「うわあっ!?」

「みんな!?」


 ワンワの弟子たちの上に、大量の白い粉が降ってくる。ゲホゲホと咳こむものもいれば、重さに潰れそうになっているものもいる。ワンワは叫んだ。


「ハジメお兄ちゃん! うちの弟子に何食らわせたの!?」

「えーと……」


 イケメンになったハジメは、頬を指でポリポリかく。ムリークはなんとなくその白い粉の正体に気づいていた。ハジメの力は前にも見ている。出てくるのはスイーツ作りに使う材料。その中で白い粉と言えば……多分。


「それ、身体に害はないと思う。ただの小麦粉だから」

「はぁっ!?」


 弟子たちをひとりずつ助けていたワンワは、粉を指先に乗せると、ぺろりと舐めてみる。


「……うん、これただの粉だ」

「一体どういうことだ!? ハジメ、説明しなさい!」


 声を上げたのはユタカだった。そりゃそうだ。フェリアとともに王国を支配するのに使おうと思っていた息子の力。なのに、その力の実態はよくわからない。ハジメは同じくらい身長になったムリークと顔を見合わせると、お互い大きくため息をつく。


「ユタカさん。ハジメの能力は……召喚魔法かと思うんですけど、ちょっと特殊なんですよ」

「君はハジメの能力を知っているのか?」

「ええ、前に一緒に異世界に飛ばされたときに見たので」


 ハジメの代わりにムリークが説明する。ハジメの説明じゃ、多分適当になるだろうから。

きっと「俺の力は、お菓子の材料が手から出るものだ」という、こいつ何言ってるんだというものになっていたと簡単に予想できる。だからわかりやすく、ムリークがかみ砕いてユタカに伝える。


「召喚魔法なら、モンスターとか、ドラゴンとかか!?」

「いえ……生き物じゃないんです。いや、卵は生き物……か?」

「卵?」

「つまりですね……ハジメの力は」

「何もないところで菓子を作ることができる」

「……何言ってるんだ?」


 ムリークはまた小さくため息をつく。そうなるとわかっていたから、今こうやって自分が順序立ててわかりやすく説明してたのに、ハジメのひとことですべて終わった。それでもまだ間に合うかと思い、もう一度言い直す。


「ハジメの力は、お菓子の材料を召喚できるんです」

「……それ、戦いに関係ないじゃないか!」

「まあね」

「『まあね』じゃねぇよ!」


 勇者ユタカは混乱しているのか、自分より身長の高くなったイケメン息子・ハジメの服に手をかけ、身体を揺らす。打倒王国を考えていた父が慌てるのは予想していたが、もうひとりの反逆者であるワンワは、やたら静かだった。


「ワンワちゃん、どうしたの?」


 ムリークが声をかけると、ワンワは顔を真っ赤にした。


「し、知らないわよ! ほ、本当にフェリア様にのイケメンに変身したからって……!」


 そのひとことは、どんな言葉よりもよくワンワの心情を表していた。要するに、本当にイケメンが出てきたことによって、完全に魔王側についたということだ。

 ――これは完璧に王国に牙をむくことになりそうだ。今の王国の状況はまずい。多分大臣

はハジメが国王を暗殺したと大々的に触れ回っているだろう。そして今、捕えている姫や王妃の代わりに自分が実権を握っている。街にいる兵や、賞金稼ぎたち全員に、魔王フェリアとハジメ、ついでに勇者ユタカの命を狙わせているに違いない。最悪自分の命と、気づかれていたら裏切ったワンワと弟子たちの命も……。

 街に戻ることもできない。国王側に戻ることなんて、ここまで来てできやしない。逃げられもしない。どっちに転んでも、殺される。こうなったら最後までハジメ側にいるしかないのか……?

 不安と迷いに挟まれて、胸が苦しくなっていたとき、大きな雷が城に落ちた。悪魔の森にいたカラスたちが、一斉に街へと飛んでいく。空は真っ暗になり、どす黒い雨が落ちてくる。

ムリークが感じた悪い予感は、多分当たりだ。雨の中だというのに、フェリアの使いのコウモリが、ユタカのそばに飛んでくる。


「みんな、城に急ぐぞ!」

「どうしたの、父さん」

「フェリアの……俺たちの子どもが生まれた!」

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