○第4章 とりあえずなんか大会に出る
閉じていた窓を開くと、朝の太陽の光が降り注ぐ。翌日――今日は『電流デスマッチ』の予選日だ。
「ムリーク! 起きて」
「ん……なに、ハジメ」
ハジメはムリークを叩き起こすと、さっそくずうずうしいことを口にする。
「お腹へった。朝ご飯は?」
遠慮のないハジメに、朝無理に起こされたため、非常に機嫌の悪かったムリークは、一度無視してもう一度寝ようとした。だが、空腹のハジメは今度、自分勝手に食糧庫を荒らし始めた。
「なんだ、チーズがあるじゃん。……これで何か作ろう」
ハジメが何かしようとしていたことに気づいていたが、眠さが勝ち、再び夢の世界に落ちていく。そのとき、温かい湯気とおいしそうな香りが鼻をかすめた。
「……何、これ」
目の前にあったのは、チーズケーキだった。
「俺、料理できないから。作れるのって菓子だけだし。朝ご飯にしようぜ」
朝からチーズケーキ……。嫌いではないけど、どうせだったらハジメにやらさないで、自分で食事を作ればよかったと後悔する。確かにチーズケーキは今まで食べたどこのパティスリーよりもおいしい出来だ。だが、これが朝ご飯代わりというのは……。やっぱりトーストと卵料理が食べたかった。というか、ケーキが作れて普通の料理ができないわけがない。
ケーキを食べながら、ムリークはハジメにたずねた。
「ハジメってさ、なんで菓子は作れるのに、料理はできないの?」
「さぁ? 普通の食事って、うちは基本料理人が作るからさ。作り方を知らないんだよね。それに知る必要も今までなかったし」
ケーキの少し焦げて苦いところを口にしながら、ちっ、と心の中で舌打ちをした。どんなにクズでもダメ人間でも、ハジメは魔王と勇者の息子なのだ。生まれながらにしてすでにズルい存在。そのかわり、できないことも多いが。
食事が終わると、ワンワの道場へ寄ることになっていた。フェリアとワンワを連れて、闘技場へ向かう予定なのだ。
「おはよう、母さん。なんだかずいぶん眠そうだね」
「まぁねぇ……ワンワちゃんはとぉってもいい子なんだけど~……私の話をいろいろ聞きたいからって、寝かせてくれなかったのぉ~」
「ワンワは最高の一晩でした! フェリア様と同じベッドで眠れましたし!」
「それより闘技場ってどこ?」
ムリークはワンワの台詞にツッコむべきか、無視してハジメの質問に答えるか迷ったが、後者を取った。野暮なことは聞く必要ない。
「闘技場は城の近くにある公園の裏だよ。今日は闘技場を半分に仕切って、もうひとつ違う大会が開かれるみたい」
「ハジメお兄ちゃん、包丁は持ってきたの?」
「うん、一応」
一番手に馴染むということで武器として選ばれた包丁ではあるが、ワンワと戦ったときもほとんど使っていない。ハジメにこの包丁を武器として使いこなせるのか、いささか問題だ。
闘技場の入口につくと、ふたつの大会の受付が開かれていた。参加者はエントリーをしないといけないらしい。
「それじゃあ私たちは先に席へ向かってましょ? 混んでるところは嫌いだわぁ~。ざわざわしてて……雷を落としたくなっちゃう!」
「フェリア様、それはあとでワンワの弟子たちに好きなだけ落としてください!」
「ワンワちゃん!?」
「ともかく俺、エントリーしてくるよ。じゃーあとでね」
ハジメはふらっと受付に向かって歩いていく。
少しばかり心配だったが、さすがに受付ぐらいひとりでできるだろう。ムリークはワンワとフェリアを連れて、客席へと移動した。
「すみません、大会の受付ってここですか?」
「……ん? 君、ここの大会を受けるのか? 受付が違うぞ。君は向かい側でエントリーしなさい」
「わかりました」
『みなさんお待たせしました! 武器使用可! なんでもありの総合格闘技・電流デスマッチ、いよいよ開戦ですっ!!』
司会者が大声で叫ぶと、勇ましい音楽とともに屈強な男たちが次々と出てくる。もちろん男性だけではない。筋肉がついた女性も大勢いる。誰もが自分の腕に十分な自信を持っていた。
「……あらぁ、おかしいわねぇ、ハジメちゃんがいないわよぉ~?」
「そういえば……あの体型だったら、目立ちそうなのに」
しかし、全員が出揃っても、ハジメの姿はなかった。
「おかしい……あ、もしかして!」
ひとつだけ心当たりがあった。ここの闘技場で開かれる試合は本日2つ。受付も2ヶ所。ということは、もうひとつの受付でエントリーして、そちらの大会に出ているということだ。
「僕、見てきますよ」
「そう? じゃ、行ってきてよ、ムリークお兄ちゃん。私はフェリア様とここで人がボロボロになるところを見てるから。ね? フェリア様」
「ムリークちゃん、面倒だから、あの愚息をここに連れて来てぇ~。ヨロピク☆」
「ヨロピク☆」
ワンワもフェリアの古い口癖を真似てウインクする。まったく、このふたりは……。ムリークは席をたつと、一度正面入り口の受付を確認しに外へ出た。
『みなさん、お待たせいたしました! カラーシ1のパティシエを決めるスイーツグランプリ! 今回の特別審査員は……勇者・ユタカ様だぁ~!』
「……へ?」
ハジメは意味がわからなかった。自分が出場する予定だったのは、どんな武器でも使用可能のなんでもありの電流デスマッチだ。しかも、特別審査員は父? スイーツグランプリってなんだ?
「ハジメ、なんでここにいるんだ!?」
「父さんこそ。ハーレムのみんなを連れて……」
「ハーレムのみんなと言っても、彼女たちもこの国の勇者みたいなもんだからな。しかもスイーツ大好物だし」
「その、スイーツってなに」
「いや、お前、スイーツ作りに来たんじゃないのか?」
やっぱり意味がわからない。電流デスマッチがいきなりスイーツグランプリに変わった? ……まあそれでもいいか、とあっさりとハジメは受け入れた。ハジメは環境に適応することができる、といえば聞こえはいいが、実際は流され過ぎる上に全く考えないのでなるようになるだろうくらいにしか思っていないのだ。
それに、電流デスマッチは痛そうだ。それなら好きに菓子作りをしていた方が楽しい。
「うん、とりあえず菓子作るわー」
『なんとっ! ダークホース!! 勇者・ユタカの息子、ハジメ様も参戦だぁ~っ!!』
「げ、やっぱり……」
入口でもうひとつの試合内容を確認したムリークは確信していた。ハジメの武器は万能包丁のセットだ。菓子作りではあまり使わないとはいえ、これを持った太めの青年が、まさか電流デスマッチに出るとは、受付にいた人間も思わないだろう。当然、スイーツグランプリ側の受付に回されたハジメは、今会場に立っていた。
そしてさらに偶然、父とそのハーレムの女性たち……いや、言い方を変えよう。父とともに魔王フェリアを倒すために一緒に戦っていた女性の勇者たちもこの場にいたということだ。
「ねぇ、どんなお菓子を作ってもいいの」
「あ、ああ……好きに作れよ」
「わかった」
『おーっと! どうやらユタカ様はハジメ様が出場することを知らなかったようだ! そもそもハジメ様はお菓子を作ることができるのか~!?』
ハジメを見つけたら、フェリアとワンワに連れて来いと言われていたが、ムリークは普通に客のフリをして席に座った。はっきり言って、ハジメがどちらの試合に向いているのかというと、スイーツグランプリのほうが絶対に向いている。電流デスマッチで、もし運よく勝ちのぼってしまったら、『勇者、魔王の息子』の上にさらに『電流デスマッチ勝者』の冠がつく。そうなったら最強だ。本当に名前だけで恐怖の大王になってしまうだろう。いくら本当は強くなくても。自分を見て、街の人や最悪国王などが怖がってしまったら……フェリアの若い頃みたいな恐怖政治が始まる! ……かもしれない。
『それでは調理開始!』
ほら貝の音が鳴り響くと、ハジメは辺りを見回す。
「うーん、そーだなぁ……あれにするか」
他の選手が手早く材料を取っていく中、のんびりと卵や生クリーム、小麦粉などに手を伸ばしていく。鼻歌まで出てくる始末だ。しかし、材料の調達が終わってからは、手際がとてもよい。オーブンを温めながら、卵白を砂糖、アーモンドプードルを混ぜる。いくつかに分けて着色料をつけると、ペーパーを敷いた紙の上に乗せ、焼く。その間、砂糖を溶かしてスプーンで繊細な絵を描くハジメ。それとまた新たにクリームやガナッシュを作る。
『ハジメ様、これはマカロンかぁ~!?』
「えーと、これと……」
またハジメは何か生地を作ると、搾り袋に入れて少しずつ鉄板に乗せるとそれもオーブンに入れる。同時にホイップを作り、グレープフルーツを絞る。
『あと10分だ! 他の選手のスイーツもおいしそうだ!!』
司会はそう言うが、他の出場者は普通の街のおばちゃんが大きなクッキーを作っているくらいだし、街一番のパティシエと名高いひげの男が作っているのは、大きなウェディングケーキ。生クリームを花のように飾りつけて、かなり大がかりだ。だが、それだけと言えばそれだけ。
そんな中やはり目を引いたのがハジメの作ったマカロンタワーだった。色とりどりのマカロンが山のように積まれ、周りについたアメが光っている。その横にはアメでできた蝶。もう一品は、ブルーのゼリーの上に置かれた、スワン型のシュークリームだ。
終了の合図が響くと、誰もがハジメの作ったスイーツの周りに集まった。
「すごいわねぇ……このブルーのゼリーって、グレープフルーツの味がするじゃない」
「着色してるのか? それにしてもよくもこんな細工を……」
「おい、ユタカ! あーんしろ!」
「お前はこれでガマンしとけ!」
父とそのハーレムの女性たちは、ハジメの作った芸術品だけをべた褒めする。それもそうだ。他の出場者がかすむほどの出来だったのだ。他の出場者、特に街一番のパティシエは、白いナプキンのすそを噛んでいた。
ムリークはこの結果を見て、心底思った。なんだ、このハジメの無駄な能力は。確かに菓子作りはうまいと知っていた。だが、ここまで芸術的なセンスで作り上げるとは……。完全に武器屋や武闘家なんて向いていない。
「なんてアホなんだ……」
思わずムリークはつぶやく。そのとき肩を叩かれ振り返ると、ワンワとフェリアがいた。
「ムリークお兄ちゃん、ずっと帰ってこないと思ったら、何してるの? こんなところで」
「い、いや、ちょっと……」
ワンワはともかく、フェリアに見つかったのはヤバいと感じた。最初はハジメが電流デスマッチに出るよりもこっちのスイーツグランプリのほうに出た方が平和だと思ったからだったが、こちらの審査員は勇者・ユタカ。ここまではまあいい。お互い知らなかっただけですむかもしれない。問題なのはユタカと一緒のメンバーだ。つまり、ユタカが女性に囲まれている。彼女らが勇者の旅の一行とは知っていたが、見事に女性ばかり。レンジャーも僧侶も剣士も武闘家も魔術師も全部女。
「あ、あの、フェリア様……?」
「ユ~タ~カ~ちゃぁ~ん……!?」
フェリアの周りに鬼火がぽつぽつと灯る。
「げ、フェリア! なんでここに!?」
逃げ腰の父を、客席から母が乱入してふん捕まえる。父と一緒にいたハーレムの女性たちは、さすがに間を開けた。フェリアの嫉妬の怖さをよく知っているからだ。
「ハーレムの女の子たちはどぉ~でもいいわぁ~……その分すべての責任をユタカちゃんに背負ってもらうんだからねぇ~?」
「ひ、ひ、ひ、ひいっ!!」
ハジメもさすがに焦る。今まで何回も夫婦ゲンカを見てき。ふたりの戦いは最初、魔王対勇者として戦ったとき以外はずっと母の連戦連勝だ。父が勝ったところを生まれてから見たことがない。負けた父は、悪魔の森に一晩宙釣りにされたり、血を抜かれたり、ドラに襲わせられたり……。ともかく命の危機にあっている。今回はどんな目にあうのやら……。
しかし、フェリアはため息をつくと、にっこり笑った。
「今回は『勇者一行』として呼ばれたんでしょ~? それならまぁ、仕方ないわぁ~。
私は話を聞いてなかったけど~」
「ご、ごめんなさい……」
「だから、ここは責任を取ってくれますか?」
いつもの語尾を伸ばす話し方ではなく、しっかりとした口調で言い放つフェリア。責任とは一体……。ごくりと唾を飲むハジメに指を向けると、『責任』について告げた。
「このお菓子……ハジメちゃんが作ったんでしょ? あなたはこのスイーツグランプリ、誰を優勝にするつもり?」
「それは……」
客席や司会を見回す父・ユタカ。そのあと、他の出場者の作品に目をやる。
「ユタカ! ハジメしかいないよ……これは」
「私もそう思いますわ」
「ボクも!」
勇者一行の意見は一致。この6名がハジメを押すとなると、他の審査員もうなずく。味も見た目も、ハジメが一番だ。司会者が腕を上げる。
『優勝者、ハジメ・タナカ!!』
大きな拍手をみんなから浴びせられ、何がなんだかわからないハジメ。電流デスマッチがスイーツグランプリに変わって、適応したのはいい。だが、まさか優勝するなんて思いもしないだろう。しかも自由なものを作っていいと言われたので、なんとなーく好きなものを作ってみたら褒められた。……なぜだ?
「あのさ、これ優勝したらなんなの?」
「え……」
その場にいた全員がぽかんとする。本当にアホだ。ハジメもアホではあるが、スイーツグランプリで優勝したとなると『スイーツグランプリ優勝者』という冠がつくことはわかる。
でも、目指していたのは『総合デスマッチ優勝者』だ。これが『スイーツグランプリ優勝者』になったってことは……。
「どういうこと?」
「……まぁ、このグランプリに優勝したってことだから、パティシエになるか王家専属の菓子職人になるって手が……」
「うわぁ、すごい嫌そうな顔してるな……」
客席から見ていたムリークは、何度も聞いていた。『趣味を仕事にするのは嫌だ』というハジメの言葉を。だが、ここまで来たらもう逃げられない。
「わかったよ……菓子作るの、仕事にすればいいんでしょ。……はぁ、最悪」
優勝したにも関わらず、めちゃくちゃ嫌そうな顔でトロフィーを持つハジメ。
これでいよいよニートを脱却することが決定的になった。
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