○第2章 とりあえず武器を探す
「いい? 武器っていうのは石やモンスターの骨、皮を加工したものなの。だからまず、素材を手に入れて、武器を作らなきゃいけないんだけど……」
「素材?」
「あ、まずそこからね」
本当に何も知らないハジメを見て、ムリークはすでに嫌になっていた。なんでこんなやつと関わってしまったのか、自分の軽さすら恥じているくらいだ。
「素材は街以外のフィールドに出て探すしかない。モンスターを倒したりして手に入れるんだ。手に入れたら鍛冶屋にお願いして武器にしてもらう」
「鍛冶屋? ってことは、武器を作るのにお金がかかるの?」
「当たり前だよ!」
ツッコミについていけなくなりそうなムリークに対して、大物なのかバカなのかわからない、無表情のハジメ。当然金なんてない。金を手にしたことは18年間生きてきた中で、1回もない。ムリークはさすがにそのことを知らない。そんな人間がまさかいるなんて、思いもよらなかったのだ。
しかし、人の想像を2倍も3倍も超えてくるのがハジメ・タナカだ。
「でも俺、お金ないよ。鍛冶屋で武器を作ってもらえない」
「……だったらアレしかないかな」
「なに?」
「モンスターに倒された人の武器を拾って売る」
「その手があったか! それで行こう」
ムリークの頭はさらにズキズキと痛み出した。正規で武器を作ってもらうより、倒された人の武器を拾って売ることをさらっと受け入れる。完全に発想がクズだ。クズはさっさと店を閉めると、道具をあっさりと街のゴミ捨て場に捨てた。
「えぇ!? 捨てるの!?」
「だってゴミでしょ。荷物になるし」
「キミ、ゴミに6000ギガとか値段つけて売ろうとしてたの!? ゴミって自覚もあったの!?」
「ムリークは案外神経質なんだな。俺と一緒だ」
どこがだ、とツッコむこともバカらしい。金髪でチャラチャラしているように見えるムリークは、フラフラしているようで常識人。いや、常識というよりも一般人だ。ハジメはそれとまったく逆。どこにでもいそうなぽっちゃりした青年なのに、一般常識と普通の人の感覚というものを脳みその欠片ごと落としたような人間だ。そして、大雑把を通り越して何も考えていない。
ムリークはさすがにヤバいと感じ始めていた。こいつに付き合っていたら、ともかく面倒くさいことになる。店を開くときに歌ってやる、サクラにもなってくれと約束はしたが、もうこの際どうでもいい。逃げるが勝ち。関わらないのが正解。
「僕は今日も仕事があるから、フィールドにはついて行けないかな。ゴメン、ハジメ」
「……仕事? 吟遊詩人の仕事ってなんだよ。父さんの旅仲間にもいたけど、歌うだけでしょ? 普段は遊んで暮らしてるって言ってたぞ」
「くっ」
「ぶっちゃけムリークって、音楽できるニートじゃないの?」
「ニート? ニートって……勇者・ユタカと同じ伝説の職業じゃないか!」
「いや……」
その勇者・ユタカの職業は、職業じゃない。つまりニートはただの無職。褒めていないのに、ニートを知らないこの世界の人間は、勝手に憧れを持っている。ムリークもそのひとりで、ハジメの父・ユタカの職業『ニート』は、何もしなくても食事が出てくる、掃除も使用人が勝手にしてくれる、自分は毎日優雅に暮らしている貴族と同じようなイメージを持っていた。
「ニートかぁ……ってことは、僕も勇者になれるってことかなぁ!?」
ハジメは少し考えて、とても計算高く汚い答えをはじき出した。
「うん、ニートは人助けもするって言ってたから、俺の手伝いしてくれると助かる。
きっとニートに近づけるよ」
「そっかぁ!」
安直なやつだな、とハジメは顔にも声にも出さなかったが内心思った。ニートなんて卑下した言葉で呼ばれることを喜ぶカラーシの人々。きっと根はいい人たちなのだろう。ただ、現実を知らないだけで。ハジメは運が良かったのか悪かったのか、日本語を理解することができた。しかも、異世界から落ちてくる日本語で書かれていた物語を読んで、『ニート』が実際どんなものかも知った。だから父親で勇者のユタカはクズだともわかっていた。本当の勇者は、ラッキーだけでなんとなく女をたぶらかしただけの、無職なのだ。
「僕もニートなれるなら……キミの手伝いをしてもいいかな。ハジメの言う通り、吟遊詩人は歌を作って歌うくらいしか仕事ないし」
心の中でガッツポーズを作ったハジメは、地図以外の荷物がなくなるとムリークにたずねた。
「で、モンスターに負けた人の武器って、どこに落ちてるの」
さっそく出かけようとしたところ、ムリークはまず自宅に寄りたいと申し出た。ハジメが家の前で適当に時間を潰していると、リュックサックに武器をたくさん詰めたムリークが
しばらくしてから現れた。どうやら今から行く場所は、手ぶらじゃ危ないところらしい。ハジメも仕方なく、先ほど捨てた武器をゴミ捨て場から漁ってくる。どんな場所へ行くのか知らないが、ともかく命がけになるらしい。
「僕らは戦士でもなんでもないからね。せめてモンスターから身を守らないと」
「……それで、どこに行くの?」
「今から行くところは、本当に危険な場所だ。だから僕は遺書を用意してきた! だから……」
そんなにまずいところなのか。ハジメは城とその周りの悪魔の森、ここの街の周辺くらいしか知らない。フラフラしているムリークが遺書を用意するほどだ。よっぽどなのだろう。
「それじゃ、行こう。ハジメは武器を探しに! 僕はニートに近づくために!」
ニートに近づくんじゃダメだし、むしろ吟遊詩人のほうがマシだと思ったが、ともかく、ハジメとハジメにまんまとだまされたムリークは、短い旅へと出かけることになった。
街から出て数分。行きに見た、城下町まであとどのくらいか書かれた標識を通り過ぎる。今度向かうのは反対側らしい。ムリークはずんずん歩いていく。
「ここからマジで危ないから、気をつけるんだよ?」
「え」
ハジメはムリークの言葉にぽかんとした。ここから先は、悪魔の森。その奥は魔王城。城はハジメの家だし、悪魔の森は子どもの頃よく遊んだ場所だ。ここの何を怖がれと……? 何が何だかまったく分からない。
確かにモンスターやドラゴンはいるけど、母の下僕でしかないから怖がる意味がない。
「お! さっそく鉄の兜発見だよ! ラッキーだね! でも変な形だなぁ」
ムリークが手にしたのは、頭の真ん中が四角く飛び出ている兜だった。この兜には見覚えがある。
「ああ、それ。多分メリーネさんのだな」
「メリーネ!? 知り合い!?」
「うちの城で働いてくれてる人。モヒカンだから、兜のところが飛び出てるんだよね。だからすぐわかった」
「うちの……城?」
喜んでいたムリークの動きが、ぴくりと止まった。ハジメは普通に話しただけだったが、肝心のことを言い忘れていた。言い忘れたというよりも、もうすでに気づいていると思っていたから言わなかった。
「ああ、俺の家、ここの奧の魔王城だから」
「え……?」
「気づかないもんかなぁ。下の名前がタナカって、この国ではあまりないと思うんだけど」
「タナカ……あっ! ユタカ・タナカ!? キミって伝説の勇者と魔王の息子なの!?」
「あー、うん。一応」
「それがなんで武器屋やろうとしてんの!」
「えー? 父さんに仕事しろって言われたから」
あまりにも適当な返事に、ムリークはどんな魔法をかけられたときよりも混乱する。
「な、な、な、なんで勇者と魔王の息子が、こんなにフツーにフラフラしてんの!? しかも武器屋!? 仕事しろって一体……!?」
「まーいいや。初めて知り合った街の人だし、うち寄ってって。ケーキでも焼くわ」
「ケーキ!?」
(仕方ないなぁ……面倒くさ。こいつ、使えると思ったけど、失敗だったかな)
もはやムリークに何を言ってもムダ。そう思ったハジメは、ムリークの頭を躊躇なくこん棒で殴った。気絶したムリークの首根っこを持つと、そのまま魔王城へとハジメは向かう。
「ただいま」
「ハジメちゃ~ん? 今日から仕事するって言ってたんじゃないのぉ?」
庭の黒バラに水をやっていた身重の母・フェリアが、ハジメを迎える。
「あら、珍しい。お客~? それとも獲物?」
「一応お客かな」
ハジメは自分の部屋のベッドにムリークを投げ捨てると、城のキッチンヘと向かう。
「ああ、そう言えば……」
先ほど拾った兜を思い出すと、それを持って階段を下りる。大きな扉を開くと、そこがキッチンだ。料理人はいるが、今は朝食が済んだあとで片付けも終わり、ゆっくりとしていた。
「坊ちゃん、今日も何か作るんスか~?」
「うん、何かいい果物ある?」
「ナシの砂糖漬けがありますねぇ。パイかタルトにしてくださいよ~」
「いや、普通のケーキにする。あ、それとメリーネ、兜落としてたよ」
「あざーす! ドラにエサあげるとき、取られちゃったんですよね。すんません」
ドラというのは、魔王城で飼っている黒いドラゴンだ。番犬的なものも兼ねているが、しっぽが特にうまく、よく食卓にのぼる。ドラのしっぽはトカゲと一緒なので、自然とまた生えてくるものだし、気にはしていない。そのドラの世話……主にエサやりと散歩、しっぽ切りを任せているのが料理人たちだ。中でもメリーネはドラと仲がいい。よく食われそうになっている。本当に食われてはいないので、ドラはじゃれているだけだと思われる。
キッチンの料理人たちの手伝いで、薪を使ってオーブンを温めると、手早く用意した生地を焼く。数十分待つと、いい色に焼きあがった。表面と真ん中をナイフで切り、生クリームをたっぷりぬると、砂糖漬けしたナシを挟んだ。デコレーションしてできあがりだ。
皿を7枚用意すると、ケーキをカッティングする。母の分とついでに父の分。あと、一応客であるムリークに一切れ。残りの3枚はキッチンの料理人用。料理人たちは自分たちで作れるというのにも関わらず、ハジメの作った菓子が毎日の楽しみなのだ。そして最後の一切れは自分のもの。
料理人が用意してくれた紅茶とケーキをトレイにのせると、ハジメは自分の部屋へと入った。
「なんだ、ムリーク。起きてたの」
「……まだ頭がズキズキするんだけど、僕に何かした?」
「いや? とりあえずケーキ焼いたから、食べる?」
起き上がり、ハジメの手からケーキの皿を受けとると、フォークで切り刻み口に入れる。
「なに、これ! めっちゃおいしいじゃん!」
「そう? 俺が作ったんだけど」
「はぁ!? じゃあ、武器屋やめろよ! 最初からお菓子屋さんとかケーキ屋さんやれよ!」
「趣味を仕事にするのはちょっと……」
「あのさ、言っちゃなんだけど、キミ、職選んでる場合じゃないよ?」
呆れながらもハジメの作ったケーキに舌鼓を打つムリーク。ケーキを食べ終え、紅茶をごくごく飲むと、やっとほっとしたのかため息をついた。
「マジで魔王城なんだね……。魔王のお母さんと勇者のお父さんは、今回仕事に就くことについて、なんて言ってるの?」
「だから父さんに働けって言われたから、仕事探してたんだって。それで、一番楽そうで儲けられそうで、今の生活とほぼ変わらないような仕事をやろうと思って、武器屋って答えに至ったってわけ。でも、武器屋は面倒だな」
「どんな仕事だって大変だよ!」
「吟遊詩人も? あ、でも俺楽器弾けないからなぁ」
「そういう問題じゃないんだけど……。お父さんっていうか、勇者ユタカの意見はわかったよ。だけど、魔王フェリアはなんて言ってるの? かわいいひとり息子でしょ?」
「そういや何も聞いてないな。今、妊娠中なんだよ」
「え!? 魔王に子ども!? また世界が闇に覆われるんじゃ……!」
「大丈夫でしょ。俺が生まれても何も起こってないんだから。ニュースにもならなかったし、新聞にも載らなかったって聞くよ。あまりにも普通の人間だったから」
「ああ、それもそうか」
皿をハジメに返すと、ムリークはこの後どうするか迷った。今、どういう訳か自分は魔王城にいる。街で偶然知り合ったのは、勇者と魔王の箱入り息子。仕事探しをしているといいつつも、結局は『楽して儲けたいから武器屋になりたい』。この愚直すぎるアホにこれ以上付き合う義理はないが……悪魔の森をひとりで抜けるのは恐ろしい。
ハジメ自身はこの森が小さい頃からの遊び場だったので何も恐れていることはないが、普通の人間からすると、ここの森は凶悪なモンスターや危険な悪魔がうようよしている場所だ。ムリークのような一般人が通り抜けるには危なすぎる。
「とりあえず、僕は帰りたいんだけ……」
「あらぁ~! ハジメの初めての人間のお友達ね! 初めましてぇ~!」
「ちょ、母さん! 何部屋に来てんの!」
「だってぇ、お友達ならご挨拶しないとぉ~。魔王のフェリアです。ヨロピク!」
「母さん、『ヨロピク』は死語……」
逃げようかどうしようかと迷っていたときに部屋へと入ってきたのは、若くて美しい
美少女だった。これが魔王・フェリア。魔王は決して年を取ることはないらしく、見た目は10代くらい。ハジメと同じくらいにムリークには見えた。しかし、その腹部は膨れている。妊娠中だというのは本当のようだ。ついでにいうと、かなりの巨乳だ。
魔王であるハジメの母親が出てきたため、ムリークは部屋を出る機会を失った。
「ど~ぉ? ダーリンから聞いたんだけどぉ、うちの愚息が仕事に就くっていうじゃなぁい?」
「……ええ、武器屋を目指していたみたいなんですけど……」
「その言い方、武器屋はダメって感じぃ~?」
「え、マジ? ムリーク」
「マジだよ! 素材集めすらできないじゃん! 武器を拾ってくることも無理じゃん! 武器屋になる要素、0だよ!」
「あらぁ、素直なお友達を持って、ハジメちゃんは幸せねぇ~」
のんきなのか、普通の人間を下に見ているからこその余裕なのか、ハジメの母、魔王・フェリアは楽しそうに話をする。息子が武器屋をやることについて、興味があるのかないのかもわからないし、仕事に就くこと自体、父であるユタカとは違いどうでもいいと思っていそうだ。少なくてもムリークはそう感じた。しかし、意外なことにフェリアはあることを提案した。
「ハジメちゃん、一度男が決めたなら、きちんと全うすることよ。ってことで、母さんが知ってるいい武器が落ちてる場所があるから、そこでちょっと拾ってきなさい。ムリークちゃんも悪いけど、うちの愚息を見張っててくれない? お願いをきいてくれたら、ちゃんとお礼するから」
魔王のお礼という言葉に、ムリークは揺らぐ。もしかしたら、自分が侵略した城をくれるかも。それか、森ひとつや街ひとつ……財宝かもしれない。それだったら話に乗っても悪くはない。だって、あの『悪魔の森』だって、ハジメの遊び場だったのだから、怖いものなんてない。
「え~、面倒だよ。やっぱ俺、仕事には……」
「ダメだよ、ハジメ! いつまでお母さんやお父さんに迷惑をかけるつもり? やっぱりちゃんと職に就くべきだよ! 僕も応援するから!」
「じゃ、決まりね。それじゃ、善は急げ。ここからどぉぞ?」
フェリアは持っていたステッキで円を描くと、戦場が見えた。確かに武器がたくさん落ちている。
「ハジメちゃん! ここの武器を拾って帰れば、大きくなくてもちゃんと武器屋は開けるわよぉ~」
「……母さんがそういうなら、しょうがないなぁ」
「じゃ、いってらっしゃい!」
「うわっ!?」
ハジメとムリークはフェリアに思い切りケツを蹴られる。フェリアの作ったゲートをあっという間にくぐると、そこは……。
「……え、な、なにここ!! 魔王がすでに侵略したところじゃないの!?」
「俺知ってる……。異世界から落ちてきた本に書いてあったけど、いわゆる『戦国時代』ってところだ」
「うおおおおおっ!!」
馬に乗った男たちが、剣を掲げ坂道を下ってくる。反対側からは弓を放っている。ハジメとムリークはそのちょうど真ん中に倒れていた。
「ちょ、ちょっと、ハジメ! どうにかしてよ! 魔王の息子でしょ!」
「俺は男だから、母さんの力は受け継いでないんだって」
「じゃあ、父親の勇者の力は!?」
「時代が違う。っていうか、父さんは自分の世界では力を使えなかったんだって」
ふたりはともかく、急いで近くの林へと身を寄せる。ふたりの世界では見たことのない武器や鎧、兜を、馬に乗っている男たちは身に着けている。確かにこの武器や防具が手に入れば、自分たちの住んでいる世界で高く売れるだろう。だが、どうやって奪う?
「……ともかくこの戦いが終わるまで待つしかないなぁ」
「いつ終わるの?」
ムリークがたずねるが、ハジメは返事をしない。ハジメ自身もいつ終わるかわからないのだ。
「……夜まで待てば、何とかならないかな?」
「でもわからないよ? 夜襲をかけるかも……。っていうか、本当にハジメ、なんとかならないの?」
「俺の武器は菓子作りの腕だけだ」
「じゃあやっぱりパティシエか何かになれよ!」
「だから趣味を仕事にはしたくないの」
「そこに誰かいるのか!!」
ふたりは顔を見合わせた。やばい。この謎の世界の人間に見つかった。てっぺんが剥げている変な髪形の男がひとり、こちらに近づいてくる。もしかしたらあそこに落ちている首のように、自分たちもばっさり……。嫌な予感しかせず、ぷるぷる震えるふたり。
しかし、運が良かったのか、近づいてきた男は、その上官に呼ばれ戻って行った。
「はぁ……マジびびった」
「魔王の息子でもびびるんだ」
「そりゃそうだよ。だってここ、異世界だぞ?」
「キミの父さんも異世界から来たんじゃないの?」
「それはそうだけど、もっと平和な世界だったと思う……」
「……異世界……そうだ!」
何かを思いついたムリークは、ハジメの肩をがしっとつかんだ。
「キミの父さんは『僕たちのいる異世界』で力を使えたんでしょ? じゃあキミもこの『異世界』で力が使えるはずだ!」
「そうかなぁ?」
「試しになにかやってみて!」
「『何か』って?」
「わかんないけど、何か!」
「んな、無茶苦茶な……」
無茶苦茶といいつつも、ハジメは腕に集中し始める。勇者・ユタカは自身の力で剣を出すことができた。魔王・フェリアも腕から魔法を繰り出していた。だったら自分も何かできるのではないか……。そう思ったハジメの苦肉の策。
だが、その策はどうしようもないものだった。
ポンッ、とハジメの右手から出てきたものは、卵。もう一度仕切り直して、今度出てきたものは小麦粉、牛乳、果物。
「ケーキの材料じゃん!! なに、ここでケーキ作るの!? 何の意味があるの!?」
「ムリーク、うるさいよ。とりあえず材料があるんだし……やるしかないだろ?」
「やる?」
「作るんだよ、ケーキを」
「アホなの!?」
「あそこに民家があるから、あそこでオーブンを借りよう」
「……大丈夫かなぁ?」
ハジメは心配するムリークを引っ張り、民家へと歩いていく。
そこの家は、戦の最中だということで誰もいなかった。しかし、あるのはかまどのみ。オーブンなどない。
「どうするの?」
「かまどもオーブンも似たようなもんだろ。とりあえず使える道具でケーキを作る」
ムリークはバカだなぁと思いつつも、ハジメは手から出た材料でケーキを作り始める。しばらくボーッと待っていると、ケーキとは言えないような謎の物体ができあがった。
「これってケーキじゃないよね」
「……俺もそう思う。こんなひどいできは初めてだな」
ふたりでケーキのひどい出来を見ていたそのときだった。外で争っていた男たちが家に押し入ってきた。
「誰かおるのか! 今からこの地は、今井のものとなるっ!!」
「げ、何、あれ!?」
「わかんない、けど……あれに殺されたらヤバい」
ふたりは自然に失敗したケーキを手に持っていた。
「行くよ、ムリーク」
「やるしかいのかぁ……」
ふたりとも命がけだ。ケーキを両手に持つと、民家に入ってきた敵の顔をめがけてケーキをぶつける。
ハジメは天性の才能なのか。母譲りの好戦性なのか。的確に敵の顔面にケーキをめり込ませ、相手の口と鼻を塞いで息の根を止める。ムリークは戦いにおいては素人だ。ともかく相手の顔面に当て、目くらましするくらいが関の山だ。それをハジメがフォローする。
「っしゃぁ! とりあえず3人は殺ったな」
「殺ったって……躊躇しないの!? ……さすが魔王の息子だ」
民家へ押し入った敵を倒したと思ったふたりだが、今度は何かが燃えている匂いがしてくる。さっき焼いたケーキの香りじゃない。これは、木や藁が燃えている匂い……。この民家に火をつけられたのだ。だんだんと屋内に煙が充満してくる。火の子も飛んできている。
「敵はあそこに潜んでいるぞ!!」
外から先ほどの兵たちの声が聞こえる。これはまずい。ケーキなんかが武器じゃ、対抗できない。
「どうする!? ハジメ!」
ハジメが外をのぞくと、火をつけた弓矢を構えた騎馬隊が民家を囲っている。
「どうしようもないよ。……俺たちはここで終わりだ」
「マジで~!? 僕、まだやり残したことが山ほどあるんだよ!? もっと歌作りかったし、女の子にもモテたかったし……!」
「俺だってそうだよ。もっと家でゆっくりして、毎日適当に過ごして、菓子作って食って……そういう生活がしたかった」
「それはもうすでに堪能したんじゃなかったの!?」
「いや、ほら。もっといろんな種類の菓子、作って見たかったんだよね」
「冷静に言い返すな! どうにかして、元の世界に戻れないの!?」
「母さんに飛ばされたからなぁ……。あ、母さんが今の状態に気づいてくれたら戻れるかも?」
「そんな悠長なこと、言ってられないでしょ!」
ムリークが絶叫するとともに、矢が放たれる。木材と藁でできた燃えやすい家屋は、一気に火だるまになる。
「やばいよ、ハジメ!」
「……仕方ない。一か八かだ。ええいっ!」
ハジメは右手からムリムリムリッと生クリームを大量に出す。
「何、これ! どうするつもり!?」
「生クリームの中は冷たいでしょ? とりあえずここに隠れてやり過ごす」
「はぁっ!? 生クリームだって焼けるよ!?」
「とりあえず生クリームまみれになれ。それしか手はない」
ハジメのめちゃくちゃな指示に、仕方なく従うムリーク。ふたりは生クリームにまみれると、床下にもぐった。まだ床下の方が煙や熱さがマシなのだ。それでもだんだん屋内は熱くなってくる。武器を拾って来いと言われただけなのに、生きるか死ぬかのこの状況。いうなれば、今回はハジメの母親の無茶ブリ。異世界の戦場で、武器を取ってくるなんてこと、普通の戦場で武器を拾い集めて来るよりも難しいに決まっている。
「悪魔だな、ハジメのお母さんは」
「悪魔じゃない……魔王だ」
「そうだった」
生クリームがだんだんと溶け始めてくる。これまでか……! ふたりがそう思ったとき、
大きな光の円が描かれる。
「ちょっとぉ~、何してるの? ふたりとも。死んじゃうわよぉ?」
「母さん」
ようやくフェリアが助け舟を出してくれた。しかし彼女もやはり高貴な魔王。生クリームまみれのふたりを見て、顔をしかめる。
「ふたりとも、甘ったる~いにおい~」
「どうでもいいから。早く元の世界に戻して!」
「武器は拾えたの?」
「うっ……」
ハジメは言葉に詰まった。ムリークはなぜ、ハジメが次の言葉を話さないのか不思議だった。フェリアはにこにこ笑っているし、『助けてくれ』と言えば、きっと助けてくれる。
そう甘く思っていた。だが、フェリアの笑みは魔王の笑みでしかなかった。
「手ぶらなのん? それじゃあダメね。ひとつでもいいから、武器を取ってこないとぉ~。
武器屋さんになんて、なれないゾ☆」
光の円が、ゆっくりと消えかかる。
「くっそぉっ!!」
ハジメはただ、地面を殴ることしかできない。それを見たムリークは、本気で思った。『なんで僕、死にかけてるんだろう』と。ムリークは完全にハジメに巻き込まれているだけなのだ。ここで死んで、一番報われないのは自分だ。
「お、落ち着いて、ハジメ。武器ならなんでもいいんだ。……武器……武器……これだっ!」
「……あっつ。何、焼石?」
「さっき屋根を突き破ってきたんだ。これも武器でしょ? 城にあった石を6000ギガで売ろうとしてたんだし」
「……ああ、そうだな。母さん、武器、見つかったよ~!」
ハジメが叫ぶと、また大きな円が描かれる。
「……まぁいいわ。息子を本気で殺すのは、最大の楽しみなのに……こぉ~んなあっけなく
殺しちゃ、もったいないものね?」
「ねぇ、ハジメの母さん、めっちゃ怖くない?」
「そりゃそうだよ。魔王なんだから」
「ともかく早くこっちへ来なさい。さっさとその薄汚い生クリームまみれの身体を洗って? 汚れたままで城にいてほしくなぁ~い」
ハジメとムリークは、焼石によって命を救われた。その命の危機に追いやったのは、ハジメの母親ではあったが。
元の世界に戻ると、ふたりは一緒にバスルームにぶち込まれた。ハジメはある程度、このスパルタ教育に慣れてはいたが、ムリークはお湯をかぶりながら、涙を流していた。
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