異世界転生(しない)系ニート

浅野エミイ

○第1章 とりあえず職に就く

「おい、ハジメ! いい加減仕事に就いてくれないか?」


そう文句を言うのはハジメの父・豊。

ハジメ・タナカはカラーシという世界に住む18歳の青年で……現在無職だ。

ハジメは父の言葉を無視して、自分で焼いたアップルパイをホールごと丸かじりしながら、本を読んでいた。

本のタイトルは『異世界から来たニートという戦士』。最初は真面目に読んでいたが、後半になってくだらなさすぎて読むのを止めるタイミングを探し始めていた。今がそのときだ。

本を閉じると、ハジメはわざとらしく大きなため息をついた。


「あのさ……俺、父さんには言われたくない」

「なんでだ」

「だって父さん、ニートってやつだったんだろ?」


 読んでいた本をテーブルに乗せ、わざとタイトルが目に入るようにする。それを見た父は、

ぐっと息を飲んだ。

 そう、ハジメの父は異世界から来た『ニート』と呼ばれる戦士。現在は平和だが、一時期魔王に征服されていたカラーシを救った、いわゆる『勇者様』なのだ。今のふくよかな体型からは想像もできないが。

 ハジメももちろん、小さい頃は勇者であった父を誇りに思っていた。だが、実際の父は勇者としてどうかしているとしか思えないほどのクズ人間だったのだ。

 なぜそう思ったのか?

 それはたまにこのカラーシと異世界をつなぐゲートから落ちてくる本に、父の本性と思われるものが書かれていたのだ。

 父の自伝ではないが、これは父がいた世界の『日本』という国で書かれた本だということはすぐにわかった。父の話す言葉、書く文字が日本語だったため、ハジメも幼い頃から日本語は堪能だった。しかし、それを使うことはほぼなく、結局父の書きなぐった借りたいエロ本のメモを理解するときにしか必要はなかった。そんなときに見つけたのが落ちてきた様々な本だった。

 内容は物語で、日本という国に暮らす無職でやる気のない青年が、ある日異世界にトリップするという話だ。異世界に来た青年は、なぜか特殊能力を発揮し、次々と敵を倒していく。そして村人から『魔王を倒してくれ』とお願いされ、旅に出るのだ。

 その旅、というのも読んでいてドン引きした。出会う女の子すべてに、青年は惚れられていく。そして終いには女だった魔王に見初められ、世界は平和になる――。

 こんな内容の本が、1冊や2冊ではなくたくさん落ちていた。ハジメはすべて回収すると、それを読み漁った。そして気づいてしまったのだ。

『これ、親父のことじゃね?』と――。


「父さんは確かに異世界から来た。だが、立派な勇者だぞ? だから今でもこの国の象徴的存在で、生活には困っていないだろ?」

「それは母さんが元・魔王だからじゃないの? お目付け役が必要だと思われてるんだよ」


母のフェリアは、現在妊娠中。ハジメの妹か弟が近々誕生することになっている。それを利用して、こっそりと昔作った『旅仲間』という名のハーレムに、父が通っていることも知っている。


「ともかく! お前にも妹か弟ができるんだ。無職だったら情けないだろ? なんでもいいから、職に就け!」

「……あのね、前から言いたかったんだけど」


 ハジメは立ち上がると、父の目の前に近づき、まっすぐにらむ。小柄でぽっちゃり系の体型ではあるが、やたらぎらついていて人を殺しそうな目をしている。その迫力に、思わず父は後ずさりした。


「『ハジメ』って名前、何の罰ゲーム? これ、すごく目立って、学校通ってたときめっちゃ迷惑してたんだけど」

「おかしくないだろ? ちなみに漢字だと『一』と書く。ナンバー1ってことなんだぞ?」

「カンジっていうのも、『ハジメ』って名前も、父さんの世界じゃ普通だったのかもしれないけど、ここでは変な名前でしかないんだけど。せめてウィルとかジムとか……」

「外国人か?」

「……父さんが異世界人なんだって」


 住んでいた世界が違う人間と話すのは、本当に骨が折れる。

 それになんといっても、元の世界でもニート……つまり無職で、この世界に来ても働いたことのない父に働けと言われている不条理さ。――ふざけるな。


「父さんも母さんも働いてないし、働く意味なんて俺にある? 日本じゃないけど、俺も『ニート』でいいじゃん」

「いや、よくない! なぜならここがすでに異世界だからだ」

「……は?」


 アホな父はハジメに説明を始める。要するに、自分は日本から異世界に来たから、ニートでも勇者・英雄になれたという。しかし、ここはすでに父のいう『異世界』。異世界でニートになっていたとしても、それはリアルの世界でニートになっているのと同じ。簡単に言うと、将来詰む。だから、何かしら手に職をつけておくべきだということらしい。父ばかり楽をして、息子にはそれを許さないということだ。

 ハジメは残りのアップルパイを口に詰めると、ふらりと部屋のドアへ向かう。


「どこに行くんだ、ハジメ!」

「職探し。してくりゃいいんでしょ」


 ドアを開けると窓の隙間からあたたかい日の光が入ってくる。暗い城住まいはさすがにもうごめんだな。それならば仕事を探すのも悪くはないのかも。

 職探しのきっかけは、その程度のものだった。


 家という名の城を出ると、ハジメはまずこの国を治めている王様がいる城の方面へと向かった。ハジメの家も城ではあるが、元・魔王城だ。国王が光だとすれば、魔王は闇。父のおかげ、というと嫌な感じはするが、父が母をたらしこんだおかげで世界は安定しているのだ。息子である自分は犠牲にされているとも思うが、子どもひとりと国益を考えたら、誰でも国益を取るだろう。


 小さい頃よく遊んだ悪魔の森を進むと、城下町まであとどのくらいか書かれた標識が現れる。それを確認しててくてく歩くと、特にモンスターなどにも襲われず、あっさりと街に着いた。


「……くだらないほど、にぎわってるな」


 城下町は当然ながら、ハジメの住んでいる城の周りなんかより、よっぽど活気づいている。

 しかしハジメは、商人たちのテンションの高さにうんざりしていた。モノを売るために声を上げているのはわかるが、なんというか……面倒くさい。働くことは、やっぱりだるそうだ。


 ちなみに、普段ハジメの住む城では、ある程度下働きをしてくれる人間がいて、家事などを自らやる必要はない。食べ物だって当然のように補給されている。菓子作りに関しては趣味だ。これだけ恵まれているのに、働く意味があるのか?


 ボーッとしながら歩いていると、街の隅で楽器らしきものを弾いている男がいた。何人か町娘がキャーキャー言いながら座って聴いているが、これも商売のひとつなのか?

 気になったハジメは足を止め、とりあえず曲を聴くことにしてみた。


「キミの瞳はワイン色~♪ 見つめあうだけで酔ってしまう~♪」


……こんなものが本当に流行っているのか? センスがないと思ってしまうのは、自分がおかしいから?

不思議に思いつつ、結局座って全曲聴いてしまったハジメは、完全に逃げるタイミングを失った。というか、知らなかったのだ。この男の稼ぎ方を。


「僕の歌がよかったと言ってくれる人は、ぜひこの帽子におひねりを!!」


そう言う前に、女の子たちはクモの子を散らすように逃げていった。ハジメは腰を上げ損ねた。結局、帽子の中身は空。しゅんとする男だが、今の曲に投げ銭なんて入れたくない。――よし、逃げよう。ハジメが腰を浮かせたとき、ぽんと肩を叩かれた


「キミ! ずっと聴いててくれたよね? それほどよかった? 僕の曲!」

「え、いや……」

「できればおひねりを……」

「い、急いでるんで」

「待って! じゃ、おひねりはいいから! 曲の感想だけでも教えて!!」


 ハジメは男に捕まってしまい、近くのカフェへと連行されることとなった。


 男は『ムリーク』と名乗った。一応吟遊詩人らしい。ふたりでホットミルクを頼むと、

ムリークは身を乗り出してたずねてきた。


「ねぇねぇ、最後まで聴いてくれたってことは、相当よかったんでしょ? 僕の曲!

どれが一番耳に残った?」

「えーと……」


 特になかった、詞も最悪だったとは、さすがに空気が読めないハジメでも口にはできなかった。言葉を慎重に選んで発しようとしたその前に、ムリークは勝手に話し出した。


「やっぱ『ワイン色の瞳』? 通だねぇ~!」

「え、いや俺は……」

「あ、『琥珀色の指輪』も!? あれは僕の中でも超名曲だから!」


……こいつ、話が通じない。しゃべるのを諦めたハジメは、ただ無言でホットミルクを口にする。ただ、ムリークに会ってひとつだけ収穫はあった。『吟遊詩人はナシ』ということだ。自分にセンスがあるなしに関わらず、ムリークを見て、仕事として安定しなさそうだとすぐに感じた。それだったら、まだテンション高めで声を上げてものを売っている仕事がいい。……本当は仕事もしたくはないが、やるならそっちのほうがマシだ、というだけだ。


「そう言えば、名前聞いてなかったね」


何をいまさら……どうでもいいと思ってたんだろ、どうせ。そう言いたいのを堪えたハジメは、渋々名前を言った。本当は聞かれたくないキラキラ姓&名前である自身の名前を。


「……ハジメ・タナカ」

「あっは! 珍しい名前だね! まるであの人……ほら、えーと、イセカイテンセイ? してきた勇者みたいな名前じゃん!」

「まぁね……」


 それは父だ、とはどうしても言いたくなかった。父は『勇者』と言われているが、実際は運よく勇者になれただけのただのクズ。その親の威光で生きている自分もクズだ。

そう考えると、今までの自分が一気に嫌になった。今までは職に就くなんてバカらしいと思っていたが、あの父の威光にすがって生きていくのはもっと嫌だ。


「ムリーク、俺今職探してるんだけど、どんな仕事が一番儲かる?」

「え……」


 腕を組むと、ハジメはキラリと目を光らせてムリークにたずねた。どんな仕事が『一番儲かるか』とたずねている時点で、やはり親子。クズの血は争えない。


「そうだなぁ~、やっぱ武器屋じゃない? 戦いに使う物って、すぐ壊れちゃうし、

壊れないようなものだと高値になるからねぇ~」

「よし、武器屋になろう」

「え!? ちょ……え~っ!?」


 ハジメは立ち上がるとカフェから近くの武器屋へ向かおうとした。しかし、それをムリークが止めた。


「待って! お会計っ!」

「ああ」


父と一緒だとどこも『勇者様~!』と崇め奉るので無料だけど、ハジメひとりじゃただの客だ。金を払わなきゃいけないことを知る。

ハジメは金を持っていないことに今気づいた。これはまずい。かといって、ムリークに払わせるわけにもいかない。そこまでしたら、クズどころか人としてどうかと思われる。


「しょうがない、ここはツケにしてもらおう」

「は!? きかないよ? ツケなんて。もしかしてハジメ、お金持ってないんじゃ……」


 ムリークに懐事情がバレたハジメは、真っ赤になってうつむく。それでもムリークは意外にもいいやつで、伝票を持つとハジメの分も払ってくれた。


「感想を聞かせてもらったお礼だよ!」


いや、ひとことも感想なんて言ってないんだけど。

 内心そう思いつつも、金がないことには変わらない。ここはムリークの好意に甘えておくべきだ。それしか道はない。ハジメはプライドをかなぐり捨てて、頭を下げた。


「ありがとう、ムリーク」

「ううん、その代わり、定期的に僕のサクラになってくれない?」

「サクラ?」


 ムリークが言うには、誰も演奏を聴いてくれていないときよりも、ひとりでも座って曲を聴いてくれている人がいるほうが儲かるらしい。ハジメはなるほど、と納得する。人はひとりが投げ銭を入れると、次から次へと金を入れていく。集団心理とかなんとか。昔母が言っていたのを思い出す。『偉い人間ひとりマインドコントロールしちゃえばこっちのもんよ』と。それと同じか。


「いいけど、武器屋になったらね」

「……はい、これ。僕の家までの地図。この街に住んでるから、店の場所決まったら教えて。お祝いに店の前で歌ってあげるよ!」


 それは遠慮したいと思ったが、ムリークに悪気はなさそうだし、この謎の吟遊詩人は何かしら使えそうだとハジメは感じた。

城下町にひとりくらい知り合いがいれば、情報がもらえる。その代わりに自分がサクラをやってやる。ギブ・アンド・テイクな関係というやつだ。ちなみにこの言葉は父から習ったものだ。自分がパイを焼く代わり、父が上等な茶を淹れる。しかし結局その茶を淹れていたのが父の旅仲間のエルフだと知ったときは、母がブチ切れてまたこの世界は危機に陥りそうになった。最終的には父の生き血を母に飲ませ、家族そろってパイを食べることで収まったが、もうあの惨事は二度と起こらないでほしいとハジメはふたりの子どもとして、心配していた。


ムリークと別れたハジメは、とりあえず一番儲かっていそうな武器屋を探した。どうせ仕事をするなら、今の生活と変わらない感じで楽にやりたい。今のハジメの生活は、朝……というか昼頃起きて、使用人の用意した食事をすませ、趣味の菓子作りに興じる。それを食べながら、拾ってきたりして手に入れた本を読み、適度に両親の相手をし、夕食のあとに風呂、就寝というほぼ親族以外の他人と接触しない暮らしだ。

しかし、店を営むとなると、どうしても朝起きなくてはいけない。それに人付き合いもそれなりに……。城で暮すこともできなくなるか。だとしたらひとりで食事も作らなくてはいけない。だが、趣味である菓子作りの時間は絶対に欠かせない……。


「結構大変なんだな、職に就くって」


 色々考えながら街をうろついていたら、一番儲けているように見える武器屋を見つけた。入口の像が金でできている。このくらい財があれば、今の生活とあまり変わりなく暮らせるのではないだろうか。

 だが、今の自分には金がない。両親を頼れば金の工面はしてくれるだろうか? それも難しい。国から食料や人手をもらって不自由のない生活をしているが、それは金という概念がなくても生活できているということなのだ。金銭感覚なんてもの、生まれて一度も持ったことはない。

 とりあえずハジメは武器屋に入ってみる。中には重装備をしたヒゲの剣士や、若い格闘家、

聖騎士などが大勢いた。


「すみません、これはいくらかな?」

「6000ギガだよ」

「案外安いな」


ギガが金のこの国の単位か。6000は安いほうだと心に留める。

お客と店員の話しを聞きながら、店の品を眺める。なかなか重そうな武器や鎧が多いと思ったら、反対のコーナーには軽いものも売っている。

 重い武器のほうが高いものだと思っていたが、案外軽いほうが高くてハジメは驚く。

素材がいいからかと思ったが、武器の前に置いてある札に目が行く。それには『有名剣士・ゼータさん愛用!』と書かれていた。誰か有名な人間が使っているものにはプレミアが付く……。そう理解したハジメは、さっそくいい考えを思いつく。


「よし、とりあえずこれで商売してみるか。ダメだったら、またなんか適当に考えよう」


 親の七光りという言葉が一番嫌いだったが、本性クズでも世間的には英雄である親の威光を、ここで使わずしていつ使う。死ぬほど嫌だった父と母の名前と力。嫌なものでも金に換えることはできる。それならやるしかない。ハジメはそう強く思っていた。


 城に帰ると、とりあえず武器になりそうなものを探す。とはいえ、母が魔王ということもあり、武器庫にあるものは威力が弱いものばかりだ。


「竹やりにこん棒、石……。あとは鉄の盾か。ろくなもんがないな」


 だが、この正直自分でも作れそうな武器でも、『国を救った英雄・タナカ・ユタカ愛用!』と書くだけでポンポン売れるだろう。いや、武器だけじゃない。この割れた皿も売ってしまおう。『魔王・フェリアが勇者ユタカに投げつけた皿!』と打てば、それも呪いのアイテムとして売れるかもしれない。

 ハジメは自室に武器や石、使えなくなった食器などを持ち込むと、すべてに煽り文をつけた。

「これでよし。商品はそろった。あとはどこに店を出すかだな」


 今日、街の入口で配っていた、旅行者用の地図を広げてみる。武器屋は城の近くに集中しているような気がする。

城でモンスターやドラゴンの討伐を頼まれてからすぐ買えるように、この辺に集中してるのだ。


「だったら俺は……」


 自分の直感を信じて、決めた場所に赤い鉛筆で丸をつける。


「明日からここで武器屋開店だ」


 気合いを入れていると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。こんな夜更けに来るのは、大体決まっている。……父だ。


「なに」

「眠れないから、話に付き合ってくれ」

「断る。ハーレムでも行けば」

「母さんがなぁ……」

「また怒られたの?」


 ハジメの質問に、情けなくうなずく父・豊。結局魔王を倒したと言っても、単なるかかあ殿下になっただけなんじゃないかとたまに思うことがある。それでも自分には関係ない。

もし、母がキレてしまい、父の力で母を収められなくなったら……。多分だが、国王がうちの城に兵を寄越すだろう。父がいくら英雄として崇め奉られていても、それは母との仲がうまくいっているうちだけだ。実際『離婚だ!』とでもなったら、天変地異が起き、この世界ごとなくなるかもしれない。しかし、ハジメはそのことについてまったくもって無頓着だった。世界がなくなったところでどうなる。自分の存在がなくなる。死ぬかもしれない。でも、ここの世界の全員が死んだら、生きている意味もなくなるだろう。

いち家庭の事情が国家……いや、世界レベルで危なくなろうが自分にはどうしようもないことだ。家族の不和なんてどこにでもある話だし、それをどうにかしようとしてできるものでもないと、誰でもわかっていることだから。


 ハジメは使用人にブランデー入りのホットミルクを頼むと、仕方なくといった感じで

ベッドに座る。父はいつもハジメが使っているイスに腰かけた。


「あのさぁ、なんで眠れないときがあるの」

「お前にはわからんかもしれないがな、俺はこの世界にいきなり飛ばされてきたんだぞ?

異世界にひとりっきり。しかも言葉も通じないし、変なモンスターもドラゴンもいる」

「それが?」


 ハジメが鼻をほじりだしたところで、父はがっくりと肩を落とした。


「少しくらい人の気持ちがわかる人間に育てたつもりだったんだけどなぁ……。こんなクズになるとは」

「それ、そのまま返す。クズの息子だからクズなんだって」


 また父がため息をついたとき、ちょうどホットミルクが運ばれてきた。猫舌の父は、すぐにカップへ口はつけない。ただ手にすると、神経を落ち着かせようとミルクの蒸気に顔を当てる。


「……まぁ、父さんはクズだけどさ、クズなりに頑張ったんでしょ。だから英雄にもなれたし、ハーレムだって作れたんじゃん。しかも魔王が妻。城にも住んでいて不自由はない。

他に何が望みなの」

「これは……俺の妄言だと思ってくれていい。ただ、たまに……元の世界に帰りたいと思うことがある」

「へぇ、どんな世界か興味もないけど、父さん、そこでニートってやつだったんでしょ」


 興味ないといつつも、ニートについては色々な本を読んでいて、ハジメはある程度理解していた。学校を卒業したあと、働ける状況にも関わらず、働かない、精神的に働けない状態。父の場合は『働かない』部類だったらしい。毎日のようにてれびというやつやぱそこんという道具で遊んでいたとか。

 でも、遊び人ではないらしい。今のうちは城だけど、もっと小さい家に住んでいて、自分の部屋から出ずに一日を過ごしていたと聞く。食事は親が部屋の前まで運んできてくれたらしい。トイレなんかは人がいないときを見計らっていくとか。

 ハジメも似たような暮らしをしているが、父親の話を聞く限り自分と何が違うのかあまりよくわからなかった。父がニートだったんだから、自分もニートでいいと思っている。自分自身はそれでいいと思うのに、父はなぜか息子である自分をニートにさせたがらない。

 それなのに、ニートだったもとの世界に戻りたい? 英雄でいられるこの世界を捨てて?


「やっぱ父さんのこと、俺まったく理解できない」

「世代間というより世界間の違いか」

「はいはい、ミルク飲んだ? 飲んだら部屋戻ってよ」

「ちょっと待てよ。もうちょっと俺と話してくれよ!」

「はぁ……?」


 父のカップに入ったミルクはまだ減っていない。仕方ないと、ハジメは今日の話をすることにした。どちらにせよ、先に親には了解を取っておいた方がいい。……あとあと面倒くさくなっても大変だから。


「あのさ、職に就けって話だけど、俺、武器屋になるわ」

「武器屋? お前、武器の知識とかあるのか?」

「ない」

「売る武器はどこから調達する?」

「うちの城にあるやつを売る。父さん愛用! とか母さんが壊した! とか打って」

「……お前、バカか? そしたらどうやって城を守るんだ!」

「別に守る必要ってないでしょ。この世界のラスボスは?」

「……魔王……母さんだ」

「つまり、父さんと母さんがケンカしなければ武器はいらない」


 ハジメが言い切ると、父は先ほどよりも大きなため息をついた。


「それって俺次第じゃないか……」


 うなだれる父を見ても、息子は何も言わない。魔王を妻に娶ったんだから、そのくらいの覚悟はしてくれ、というのがハジメの本音だ。

 ハジメはもう一度カップを確認する。ミルクは冷めたようで、父はそれを一気に飲み干した。


「はい、落ち着いた? 落ち着いたらさっさと部屋に戻ってね」

「息子のくせに冷たい……」


 ぶつぶつ言っていたが、ハジメは容赦なく父を追い出して部屋のドアを閉める。そして、今度は自分がイスに座り、ノートに新しく日記をつけ始めた。


 ――翌日。持てるだけの武器や食器を持って、街に来た。店を開く場所は街の入口だ。ハジメは店を出す前に、この間もらったメモを見てその場所を訪れていた。


ドアをノックすると、寝ぼけた金髪の男が出てくる。


「ムリーク、店出すことに決まったから」

「……えっと、ハジメさぁ~……今まだ朝方だよ? 大丈夫?」

「やるからには早い方がいいだろ。店が開くのも早ければ早いほど、客は便利だと感じる……と思う」

「でも、よく一日で店を開くほどの武器を見つけたよね。ま、約束だから、店の前で歌うよ」

「悪いな」


ムリークと約束すると、さっそく開店の準備だ。


石や割れた皿。この辺は『安い』と言われていた通り6000ギガに設定した。その次にお値打ちなのは、ナイフとフォークだ。これだって立派な武器になりうる。実際ハジメの母は、これを武器に父と争ったときに使った。それに木のスプーン。これで殴られると結構痛い。ハジメも母に血が出るほど殴られた。これらは7000ギガ。6000、7000ギガのものは、セール品のようなものだ。メインは竹やりとこん棒、そして鉄の盾。この3つの商品は、すべて20000ギガにした。それでも売れるに違いない。ただの竹やり、こん棒、鉄の盾じゃない。『勇者ユタカが初めて手にした武器の竹やり』、『勇者ユタカが初めて敵から奪ったこん棒』。そして『勇者ユタカが魔王フェリアの火の攻撃から身を守った鉄の盾』だ。これだけ煽り文をつけたら絶対売れる……そう安直にハジメは思っていた。


「ハジメ、準備できた~? ……って、何この金額」

「いや、立ち寄った武器屋がこのくらいで売っていたから」

「もしかして、立ち寄った武器屋って……入口に金の像があった?」

「うん」

「ダメだよ! あそこの金額に合わせちゃ!」

「え……?」


 ムリークはハジメのぽかんとした表情を見て、余計に焦った。説明はするまでもない。ハジメは一番儲けていそうな店に入った。そしてそこの店の値段で売り出そうとしていた。ハジメ自身に金銭感覚は皆無。定価なんて最初からわかっちゃいなかったのだ。煽り文などついていなくても、よい武器はよいもの。それにブランドものだって置かれていた。それと石や食器のようなどこにでもあるものに6000ギガ払うバカは、いくら田舎者でもいやしない。ムリークはため息をつくと、ハジメに値札を書き換えるように言った。


「値段を書き換える? なんで? これ、ほとんど勇者ユタカが使ったものとか、魔王フェリアが手にしたものだよ? レアでしょ」

「それが万が一本当だとしても、誰も本気にはしないよ。っていうか、落ちてる石に値段つけるなんて、バカなの!?」

「じゃあ、武器なんて手に入らないじゃん。武器屋ってどうやって武器を仕入れてるの」

「……何もわからないで武器屋開こうとしてたの!?」

「うん」


 頭を抱えるムリークを、ハジメはきょとんとした顔で見つめる。世間のことを何も知らないニート・ハジメを見て、心底心配になるムリーク。


「はぁ……じゃあともかく、僕の知ってる範囲で武器をどうやって手に入れるか、教えてあげるから」

「いいの? でもこれ、本物なんだけどなぁ。本当に勇者と魔王が……」

「本当にどこから手に入れたのかはしれないけど、このままじゃ店なんて開けないから!

ひとまず、僕の言うこと聞いて! なんかわからないけど、マジで心配すぎる!」


吟遊詩人に心配される自分って……よっぽどなのか?

自身のことすら理解できていないハジメは、仕方なくムリークに教えを乞うことにした。

……というか、乞うしかなかった。

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