第4話 間上翔也と中間課題
「翔也おはよ!中間課題やった?」
「ん。おはよう村瀬。…やってない。」
「じゃあさ、一緒にやろうよ!」
「俺らもう別れてるんだけどな。」
「卒業まではいいんだもんね?」
「…15時喫茶店でいいよな。」
「やった!またあとでねー!」
本当に何で好きにしろなんて言ってしまったのか。こんな事になると思わなかった。つか村瀬は付き合ってるときにここまで底抜けに明るいイメージは無かったな。
「翔也おはよ。村瀬さんと随分仲良いな。」
「おはよ。見てたなら言ってくれよ柊。もう勘弁してほしいけどな。」
「そうだな。勘弁してほしいかもな。」
「その含みある言い方ハマってんの?」
「今度また話聞かせてよ。翔也聞かないと話してくれないじゃん。」
「話す必要がないだけな。今度服買いに行く予定の時にでも話す。」
「おっけー。」
最近は村瀬の件そうだし来月のもやし生活を確実に回避するためにバイト漬けの日々を送っていたからな。完全に忘れていた。俺とした事が。
とっとと課題を終わらせて帰るとしよう。
ーーーーーー
喫茶店に着くと村瀬はまた俺より早く来ていた。課題に真剣に取り組んでいるようだ。時刻は14時半を回ったところ。一体何時に来てるんだこいつは。
「悪い、待たせたか。」
「私もさっき来たとこだよ!」
声のトーンが一回目の時と若干違うな。これは嘘だ。もう気にする必要もないが。
いつも通りアメリカンを注文して煙草に火をつける。課題エンジンをかける為の大事な一本だ。
別に俺から話す事はない。余計なエネルギーを使いたくないしな。
火をつけた直後に村瀬が話を振ってきた。
「課題やらないの?」
「この煙草吸い切ったらやるよ。」
「この後何かあるの?」
これは確実にないと言えばどこかに連れて行かれる。ここは回避するために嘘をつく。
「柊と飯だな。」
「…柊くん今日バイトって言ってたよ?」
野郎やりやがったな。終わった。
「嘘をついたんですね?これは頑張ってる女の子に対してとても!失礼な行為だと思いませんか?」
ぐうの音も出ない。正論すぎる。
「俺が悪かった。何をしたらいい。」
「私と夜ご飯に行ってくれたら許してあげましょう。」
どの道こうなる定めだったのか。今日から仏教徒にでもなって神様を味方に付けるか。
「…いいよ。」
「やった!どこ行こっか?」
声色が上がった。嬉しいんだろう。
いちいち相手の様子を伺う必要もないのに付き合ってた時のまだ癖が抜けない。
「おすすめは?」
「んー。普通に飲み?」
「無難だな。居酒屋行くか。」
「うん!」
結局課題エンジンは付かなかった。付いてないが、やるしかない。
ーーーーーー
課題をなんとか終えた。ご褒美の一服の時間だ。
「ねえ。」
「ん?」
「煙草吸いすぎじゃない?」
灰皿を見た。数えるのは三本目でやめた。
「気のせいだな。」
「程々にしときなよ?ガンとかなったらどうするの。」
「俺みたいな奴は絶対に長生きして老衰で死ぬんだよ。」
「出たそれ。どっからくるのその自信。」
「余計なお世話だ。」
「あ、いま笑った!」
不覚を取った。笑わないように意識していた筈なのに。何故別れてからの村瀬の前ではことごとく上手く出来ないんだ。しかし俺なら平然は装える。
村瀬は俺の隣に居てはいけない。元通りなれるなんて期待はさせない。あくまで村瀬に付きやってやってるだけなのだから。
「俺だって人間だぞ。笑うだろそりゃ。」
「翔也なら笑わないで期待させないようにとか考えてるのかなって思ってさ。」
「考えすぎだ。俺はそんなとこまで見えない。」
「そっか。気にしすぎか!」
なんとか隠し切ったか。
「そろそろ飲み行こっか!」
「そうだな。時間も良い頃合いだしな。」
そう言って俺たちは居酒屋に向かった。こんなに鬱な飲みは未だかつて知らない。こういうものもあるのだといういい経験か。
ご褒美は一口しか無かった。
ーーーーーー
「この店付き合ってる時来たっけ?」
「覚えてないな。」
「私も思い出せないや、まいっか!」
「考えてもしょうがないからな。早く入ろう。」
「そうだね!混んでないといいけど。」
ここは三回目のデートの後に来ている。村瀬がどうしても俺と飲みに行きたいと言ってたので俺から誘った店だ。
「19:00で予約してた間上です。」
「間上様ですね。こちらのお席はどうぞ。灰皿はご利用ですか?」
「お願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
席に座って間髪入れずに村瀬から
「いつ予約してたの?!」
「さあ、いつだろうな。」
「ありがとう!翔也のそういうとこめっちゃ格好いいよね。」
「お気に召して頂けたのなら何より。これで嘘をついた分は帳消しだな。」
「まちがいないね。私も許します!」
「助かります。」
ちなみに店はトイレで席を外した際に予約した。誠意を見せないとどうなるか考えたくもない。
ーーーーーー
「かんぱーい!」
「乾杯。」
二人とも生ビールと唐揚げと枝豆を注文して灰皿も到着した。お酒に煙草に美味い飯。最高だ。
大学生セットすぎて恥ずかしいがこういうのが一番美味い。
「美味しいねここ!」
「ああ、美味いな。」
「また行こーよ!」
「前向きに検討しておこう。」
「それ絶対行かないじゃん!たまには頑張ったご褒美が欲しいかも?」
「…たまになら、な。」
「やった!嬉しい!ありがと!」
嬉しそうだ。安心する。元気な村瀬を見ると今の時間は無駄ではないのかと思える。
いや違う。無駄でしかないのだ。このままでは村瀬の時間を奪うだけだ。俺は何をやっているんだ。これじゃ振った意味が無い。
その後盛り上がった場面は多々あったが俺はどこか上の空だった。自分で自分に絶望するだけだった。
ーーーーーー
「ありがとう!また明日大学でね!」
「おう。また明日。」
そうして俺たちは21時15分に解散した。3回目のデートの時と時刻は全く同じだった。覚えている自分が気持ち悪い。
このままでは駄目だ。これなら別れない方がまだマシだった。見て見ぬフリをする現状維持では意味がない。村瀬は幸せになるべき女の子だ。このままでは苦しい時間を続けてしまう。下手したらずっと続くかもしれない。
優しい嘘を付くことは好きだ。相手を傷付けなくて済むから。しかし時には真実を突きつける事も重要だ。これは理解している。
俺は一度突きつけたはずなのに。
何故村瀬は俺に固執する?
分からない。理解出来ない。
どうすれば村瀬優は幸せになれる?
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