第3話 間上翔也のバイト先
もやし生活を続けて一週間が経過した。
死にそうだ。もう食い飽きたよもやし。もやし生活もこれで何度目だと言うほどやってきたが今回のは村瀬の件もあってしんどさが尋常ではない。明日はバイトがあるし、店長に飯でも奢ってもらうとしよう。
ーーーーー
俺は古着屋でバイトをしている。初めの方はしんどかったが今では楽しくやれている。今日は新しい人が入ってくる日らしいので楽しみだ。人員不足だからなここ。もっと来い新人。
「おはざーす。」
「おはよう翔也、この子が新人の白井さんね。」
「初めまして!白井美陽(しらいみはる)です!よろしくお願いします!」
「初めまして、間上翔也です。間上でも翔也でも好きに呼んでくれ。よろしく。」
「では翔也先輩とお呼びしますね!」
翔也先輩、いい響きだ。この店は少し小さい事もあり店長と俺しかいない。後輩なんてもう無理だと諦めていた、が。遂に後輩ができた。それも敬語も使えて愛嬌も良いときた。最高だ。文句なし。
「今は大学生?」
「はい!恵応大学の一年です!」
「まじか、俺も恵応なんだよね。いま経済学部の二年。」
「私も!私も経済です!」
「こんな偶然あるんだなぁ。」
「私もびっくりです!てか経済難しすぎませんか?!」
「わかる。まじで舐めてたよな。」
とんでもない偶然だ。確かに恵応大学は都内にあるしここの古着屋も都内なので居てもおかしくはない。でも学部まで一緒なのは驚きだ。話が弾みそうで安心。ありがとう恵応。
「じゃあ翔也色々教えてやってよ。初めての後輩だけど上手い事やれよー?」
「任せてください。この俺ですからね。」
「その自信どっからきてんだ。じゃ、頼んだぞ。」
ーーーーーー
その後白井に色々教えながらバイトをこなすとあっという間に退勤時間だ。
「お疲れ。今日はこの辺で帰ろっか。」
「お疲れ様でした!翔也先輩大学で見かけたら声かけますね!」
「おう。俺も見かけたら声かけるわ。」
「お待ちしてます!」
そうして白井が退勤し店には俺と店長の二人。ここはプライドを捨てて店長に土下座の一択だ。
「店長、飯行きましょう?」
「…お前なに買ったの?」
流石は店長。お見通しであったか。
「…バレンシアガ、を。」
「頭イカれてんのかお前は。」
そう言われ頭にチョップを喰らった。かなり痛いんだよこれ。もう慣れたけど。慣れたくないけど。
「全くお前ってやつは。まぁいいよ。飯行くか。」
「ありがたい…!」
「桐谷でいいよな?」
「桐谷の気分でした。」
「調子良すぎるなお前。」
桐谷とはこの店の近くにある中華屋だ。席で煙草も吸えるし何より安くて量があって美味い。俺たち金欠学生の味方である。
ちなみに店長も勿論喫煙者だ。古着屋の店長なんて大体吸ってるってのはガチ。マルボロの使い手である。
ーーーーーー
店に入ると中華の良い匂いがした。現在もやし生活の俺には久々のもやし以外の飯の匂いに感動した。限界すぎる。
「いらっしゃい!いつもありがとね。」
「ここ美味いので。」
「嬉しい事言ってくれんじゃん。何にする?」
店長はメニューを見ずに、
「天津飯一つ、翔也は?」
「炒飯と餃子一つずつお願いします。」
「ちょっと待っててね。」
勿論俺も見ない。カッコつけたいじゃん。常連感出したいじゃん。
ここは老夫婦の二人が営む店だ。夫が料理、妻が接客という担当らしい。もうすっかり常連なのでいつも良くしてくれる。嬉しい限りだ。
「つか、お前別れたろ。」
「…何で分かるんですか。」
間髪入れずにその言葉が飛んできて驚いた。店長は察しが良すぎる。俺も良い方だと思うが店長には勝てない。
「顔と声のトーンに出てる。」
「もうすごい通り越して気持ち悪いですわ。」
俺は付き合った時も店長にバレた。言うつもりは毛頭無かったがこの人に隠し事は出来ないと気付いた辺りからもう気付かれたら大人しく言うことにした。
「で、振ったんだ。」
「…そうですね。また振っちゃいました。」
「写真見たけどめっちゃ可愛かったよね?しかも勉強も出来て。何やってんだお前は。」
「…やむを得ないってやつですかね。」
話をしている内に我らの晩ご飯様がやってきた。
「天津飯と炒飯と餃子ね、よく食べるんだよ!」
「ありがとうございます。いただきます。」
もうお腹は空いたの域を超えている。死にかけている。炒飯を口いっぱいに頬張った。米の素晴らしさを痛感した。美味すぎる。
「美味すぎる…!」
「またもやし生活してんのか。デザイナーズ好きだよなほんと。」
「飯は食わなくても死にません。デザイナーズを買わないのは死にます。」
「普通それ逆な。」
雑談をして笑いながら食べる。いや、喰らう。
もやし生活、やめたい。
ーーーーーー
そうして気づいた時にはもう食べ終わっていた。
食後は勿論一服だ。そうして煙草に火を付ける。
「翔也はさ、恋愛してる時、苦しそうだよな。」
「何ですか急に。別にそれなりに楽しくやってると思ってますよ。」
嘘を付いた。微塵も楽しくない。つかなんで彼女どこ行ったとか喧嘩したとか話してないのに全部筒抜けなんだよ。やっぱこの人には敵わない。
「ならもうちょい楽しそうな顔をしろ。翔也は自分に厳しすぎるんだよ。もうちょい自分に甘くてもいいと思うけどな、それに、」
「それじゃ俺が俺でなくなるんです。」
「…そうか。」
店長に苦しそうな顔をさせてしまった。
俺は完璧でありたい。だから勉強も頑張って良い大学にも入った。筋トレもして引き締まった身体も維持してる。服はもう完全に趣味だが初めは興味も全く無かった。それでもお洒落になる為の努力も惜しまなかった。これが出来ない俺に価値はない。
俺は人より恋愛も上手く出来ないし、感情的に話す事も出来ないし、気を抜いたら何もしなくなる。
だから良くできる所は良くするし、悪い所は相手にとって悪く写さないようにしてきた。これで完璧の完成だ。
「…まああんまり気負うなよ。またなんかあったら飯連れてってやるから。」
「その気持ちが嬉しいです。ありがとうございます。」
ーーーーーー
そう言って会計を済まし帰路についた。
俺はこれからも完璧でないといけない。
完璧でない俺に価値はないから。
頭が良くて身体も良くてお洒落で。それでいて面白くて周りをよく見てて。友人達の異変にも気付いて助ける。これが出来ない自分なんて要らない。許せない。
だから、もう彼女は作らない。
俺は人よりずば抜けて恋愛が下手くそだから。上手くやる方法もこれを改善する方法も分からないから。
これ以上、相手を嫌いになりたくないから。
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