第2話 間上翔也のもう一度

 振って二週間ほどが経った。俺は大学に週四回行っているがその四回で村瀬に話しかけられない日は無かった。全て当たり障りのない雑談だ。俺が振ったことに何も言及してこないのが理解出来ない上、未だに話しかけてくる理由が分からない。

 さすがに振った女の子に何度も話しかけられるのはストレスだ。今日もどうせ会うので会った時に時間を貰って聞いてみる事にする。

 さて、今日も憂鬱な大学に行くとするか。


ーーーーーー 


 大学の門に入ってすぐ村瀬と鉢合わせた。いつもは憂鬱でしかないが今回は丁度いい。


 「おはよ!」

 「よ。」

 「翔也また服買ったでしょ。」

 「買った。」

 「次はなに。また高いやつ?」

 「内緒。つか、今日放課後なんかある?」

 「ないよ!」

 「なら時間くれ。話したい事がある。」

 「いいよーあの喫茶店に十七時でいいよね?』

 「話が早くて助かる。」

 「またあとでね!」


 今日話が出来るのは助かるな。これで憂鬱な大学生活も終わる。


ーーーーーー


 喫茶店に行くと村瀬は既に着いていた。遅刻癖のある俺にしてはかなり余裕を持って来た。まだ夕方の四時半だぞ。

 席に座っていつものアメリカンを注文して煙草に火をつけた。

 「悪い。待たせたか。」

 「私も今来たとこだよ!話って?」

 「俺は村瀬を振った。かなりしんどかったはずだ。なのに何故まだ俺に話しかけてくる?意味がわからない。何がしたいんだ。友達ごっこならするつもりはない。前も伝えたけど俺は村瀬をもう必要とはしてない。だからここで本当に終わりにしよう。」

 また傷付けてしまったなと思っていた矢先、

 「私さ、翔也の事まだ好きなんだ。だから大学行く度に話しかけてたんだよ。私の事、もっと考えて欲しくて。」

 「…は?」

 初めて言われた。傷つけて振った相手にそんな事言われると思っていなかった。

 「理由は。」

 「付き合う前も付き合ってた時も翔也は私にとって理想の男の子だった。優しくてお洒落でなんでも分かってくれて。欲しい言葉も沢山言ってくれた。でも翔也は私に何も話してくれなかったでしょ。力になりたいとか頼ってよって伝えても「俺は何の問題もない」の一点張りだし。きっと翔也は最後もわざと言ってるんだなって思った。あの翔也だもん。私の未来を考えて言ってくれたんだよね。気持ちはすごい嬉しい。でも、私は納得出来ない。もう一度好きにさせてみせる。やめてとか必要ないって言われてもやめてあげない。翔也の全てを見たい。全部知りたいの。あの優しさが偽物だとしても。好きが全部嘘だとしても。私はやめない。その偽物に私は救われたから。」

 俺が意図して言ってる事に全部気付かれてた?

 そんな訳ないだろ。最高も最低も演じる事には自信がある。なのにこの俺がボロを出してたのか。信じられないあり得ない。火を付けた煙草は一度しか吸えずに燃え切っていたのでもう一度新しい煙草に火を付ける。

 「何でそう思う?」

 「…翔也は優しいから。かな。」

 「優しかったらあんな振り方しないけどな。」

 「翔也は先が見え過ぎてるよ。こうしたらこうなるが分かりすぎてるから。付き合ってる時もずっと思ってた。そこまで考えられるのすごいなって。」

 こいつはどこまで俺が見えてるんだ。こんな女の子には初めて出会った。

 「…わざと言ったのは認めるよ。全部考えて言ってた事も。でも俺の全てを知ったら、必ず嫌いになる。それこそ絶望すると思う。こんな奴好きにならなきゃ良かったって。」

 「それは見なきゃ分からないでしょ。私を信じてよ。」

 俺は今まで彼女を心から信頼できた事がない。

いつか終わると思っているからなのか信じるに値しないと見限っているのか信じたところで変わらないと諦めているのか俺にも分からない。

 それは出来ない、終わりにしようと言おうとした矢先村瀬から言葉が飛んできた。

 「って言っても翔也捻くれてるから無理とか終わりにしようって言うでしょ。だから条件付きでどう?」

 彼女に俺の考えてる事をことごとく当てられたのは初めてだ。手玉に取られているようで少し腹が立つ。

 「…その条件ってのは?」

 「大学卒業までに私は必ず翔也の全部を知りにいく。もし卒業するまでに見切れなかったら、翔也の事は諦める。約束する。だから大学卒業するまでは私の頑張る時間が欲しい。どうかな。」

 別に俺は今出会いもないし何よりどうせ見せる訳がない。卒業で諦めるって言質は取った。

 「卒業で諦めるって言葉、忘れるなよ?」

 「もちろん!でも全部知れると思ってるよ。」

 「そうか。いいよ、卒業までは好きにしてくれ。頑張るのも他の人好きになるのも自由だ。」

 「やった!嬉しいな!絶対に私が翔也を変えてみせるから。」

 やはり村瀬は眩しすぎる。俺のような恋愛が下手くそな人間ではなくもっと良い男を捕まえるべきだと思うが、確実に諦めてくれるというならそっちを取る。

 「今日はもう帰ろう。もう店も閉まる時間だ。」

 「そうだね。また明日ね!」

 会計を済ませた後お互い帰路についた。

 とんでもない事になってしまったなとも思いつつ、今回の俺なら変われるのかなと少し期待している自分とどうせ変わらないと悲観してる自分もいた。

 煙草も結局三回しか口に含めなかったな。あの店でこんなのは初めてだ。

 こっからの生活は大変だろうな。

 自分の機嫌は自分で取らねば。そういえばバレンシアガのプライベートセールのお知らせが来ていたことを思い出した。今日は5月14日。財布には85円とクレジットカードがある。バイトの給料日は10日なので、ここで服を買えば間違いなく次の給料まで文字通りのもやし生活である。もやしか、バレンシアガか。

 「行くしかない。一生物は何個あってもいい。もやしマスターに俺はなる」

 そう自分に言い聞かせ俺はバレンシアガを買った。

 もやし生活と引き換えに。


 

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