愛と幸福のセレナーデ2

 家の中はまたシンと静まり返る。隣の家からかすかにジングルベルの音が聞こえた。


 テーブルに茉莉と二人きりで向かいあう。そして彼女はグラスに注がれたシャンパンに静かに口をつける。


「あ、美味しい……」


「はじめて、なのか?」


「うん、ビールなら、口をつけたくらいならあるけど、あれは全然ダメだった。苦いだけで」


「そうか」


「ねえ、蒼はどうなの?」


「俺も同じだよ。ビールなら飲んだことはある。もう、飲む気にはならないけど」


「それで、シャンパンは飲まないの?」


「まだ、未成年なんだけど?」


「でも、もう子供じゃないでしょ?」


 俺は、俺たちはもう、子供ではなかった。それが法的に悪いことだということくらい知っているし、そのことで何かあれば責任だって負う覚悟はある。それに、茉莉に子ども扱いされるのは嫌だ。


 シャンパンのグラスを手に持ち、恐る恐るに口へと流し込む。


「あ、美味い」


 それは思っていたような炭酸ジュースのようなものではなかった。口に含んだ泡がはじけて消えるジュースなんかではなく、喉の奥で小さくはじける気泡から華やかな香りが立ち、ゆっくりと鼻から抜ける。


 そして改めてグラスを手にした茉莉ともう一度乾杯をする。


「さあ、食べようぜ」


 そう言って俺たちは、茉莉の作ったクリスマスディナーを始めた。もとより美味い茉莉の料理を、シャンパンがさらにもう一ランク上のものに押し上げてくれた。

 食事をしながら、茉莉は聞いてくる。


「ねえ、蒼。直人さんは、ママのところに行った、ということでいいのよね」


「そうだな。たぶん、今日は二人でクリスマスを祝うことになると思う」


「ねえ、どんな方法を使ったの? ママと、話をしてくれたの?」


 その詳細について、茉莉にすべてを話すことは到底できないことだし、話す必要もないことだと思う。知らないほうが、幸せでいられることもあるというのは俺の詭弁なのかもしれないが、俺は芹香さんと話をして、彼女がもう浮気をしないという話と、今日芹香さんがとある場所で父のことを待っているということを茉莉に伝えた。


 多分、嘘は言っていないと思うし、それが真実でなければ困ることだってある。


「約束、守ってくれたんだ」


「多分、これで本来の理想の形になったんだと思う」


「そっか……ありがとうね。蒼」


「お礼を言われるようなことじゃない。これは全部、自分のためにやったことなんだ」


「ふふ、そうね。でもそれは、みんなのためになることのはず。蒼が約束を守ってくれたのだから、今日はわたしも約束を守らなきゃだね」


「それを実行するには、今日は最適すぎるほどの日だと思う。もちろん、それだからこそ今日のこの日に間に合わせたのだから」


「ふふ、蒼ってやっぱり……」


「なに?」


「いや、ロマンティストなんだなって」


「そ、そんなんじゃないよ」


 少し照れくさくなって、テレをはぐらかすようにシャンパンを口をつける。

 なれないガキが、少し調子に乗りすぎたのだと思う。

 俺たちは、少し酔ってしまったのだと思う。

 だけどそれは、必要なことでもあっただろう。俺と茉莉の生活はすっかりと家族であり、兄妹である生活を始めてしまっていた。その関係性を崩すためにはそれなりの勇気が必要で、その勇気を手にするには、シャンパンや、クリスマスという、わかりやすくきっかけとなる象徴が必要だった。


 俺と茉莉は以前から約束をしていた。


 セックスは、一番好きな人としかしてはいけない。

 だから、まず俺と茉莉が互いに一番好きな人以外とのセックスをしないようになり、父と芹香さんが互いに愛し合うようになった時、その時俺たちは、だれの目も、意見も気にすることなく、セックスができる関係になるはずだと話をしていた。

 そして、その時がようやく訪れたのだ。


 食事はおいしかったのだが、もう十分に食べた。何しろ四人前を用意していたんだ。残った料理はラップしておけば、明日帰ってきた父と芹香さんが食べるだろう。

 颯爽と片付けに動き出した茉莉を手伝おうとした俺に茉莉は突然キスをした。


「わたしがやるから大丈夫。蒼は、先にシャワーを浴びていて」


「いや、でも……」


「少しでも早くしたいの。もう、これ以上我慢できないから」


 そう言って再び口づけをして、絡まる舌に理性が乱れる。


「わかったよ」


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