愛と幸福のセレナーデ3

 シャワールームの俺は勃起していた。


 この後起きるであろうことを想像すればそれも仕方のないことなのだろうけれど、それは同時に危惧すべき事実でもある。


 芹香さんとはそういう行為を何度となく繰り返した俺ではあったが、相変わらず一度目の射精は早い。それを彼女がどうにかして二度目の行為でようやくそれなりに持続するのだ。


 俺は考えた。今、この場で一度出しておいた方がいいのではないだろうかと。


 芹香さんに対しては何度も醜態をさらしてきたし、むしろ醜態をさらすことのほうが前提で、それはあくまでも茉莉に備えるためのレッスンだったという建前があった。


 だが、今から始まるそれはレッスンではなく、本番なのだ。醜態をさらすわけにはいかない。


 俺は自分のそれを軽く握り、前後に動かし始める。その時――

 突然風呂場のドアが開き、俺は慌てて手を離した。


 しかし、それがあまりにもいきり立っている状態だということは言うまでもない。

 振り返るとそこには、一糸まとわない茉莉の姿があった。


「な、なにを!」


「だって、ほら。いつまでも待っていられないから……」


 慌てて背を向ける俺の背中に、茉莉がぴたりと張り付く。前にも似たような状況を経験したことがあるけれど、今度は俺の方も衣服を身に着けていない。


 背中に押し付けられる柔らかなぬくもりと、少し硬くなったふたつの突起の形状がありありと背中に伝わってくる。


「蒼、大好きだよ……ずっと、こうしたかったの」


 俺は上半身をひねり、茉莉とキスをした。そのまま体全体を茉莉と向かい合わせにして、全身で茉莉を抱きしめた。


 体全身で茉莉の体温を感じる。反り返る俺の生殖器は茉莉の臍のくぼみあたりに強く押し付けられて挟まり、激しく熱を持っていた。


「背中、洗ってあげるね」


 抱きしめあったままの状態で、茉莉は俺の背中側でスポンジにボディーソープ含ませ、背中を洗ってくれた。


「はい、じゃあ今度は蒼が」


 受け取ったスポンジで、今度は俺が茉莉の背中を洗う。一通り背中を洗い終わると俺の腕の中で茉莉は一八〇度回転する。背中にたっぷりとついた泡のせいで滑るように背中を抱きしめる形となった俺は、後ろから茉莉の胸を洗う。そしてスポンジは胸から腹部へと下がっていく。それよりも下を洗うためには、身長差のせいで俺は少しかがまなければならなかった。その時、勃起したままのそれが泡のせいで茉莉の尻の谷間を滑った。思わず「あっ」と声を漏らす。


 堪らず出てしまったその声が面白かったらしく、茉莉は意地悪く笑った。そのまま風呂場の床に二人でへたり込み、入念に互いの体を洗いあった。


 シャワーで体を洗い流し、一枚のバスタオルで二人をくるむ。家には誰もいないことをいいことに、そのままの恰好で二階へ上がる。どちらの部屋に行くのか? ということで少しもめたのだが、結局茉莉のベッドを使うことになった。茉莉のベッドのシーツは、そのすべての場所から彼女の髪と同じ匂いがする。


 浴室でのこともあったせいで俺はまだ彼女とひとつになる前に一度射精してしまった。だけどそれは茉莉からすれば計画通りだったらしい。彼女の口の中で再び活力を取り戻した俺は、ついに茉莉とひとつになった。


 今まで俺は芹香さんからたくさんのレッスンを受けてきた。それはすべてこの日のためだった。だが結論から言わせてもらうならば、芹香さんとのレッスンはまったくもって無意味だったと思う。


 もちろん、そのことで俺自身、それなりの自信もついたし度胸も身に着けて、それで日常から堂々とした態度がとれるようになったと思うし、だからこそ、茉莉に好きだと言ってもらえるようになったんだと思う。


 だけど、純粋にセックスが上手いだとか下手だとか、そういう技術的なものなどは全く関係なかったのだろうと思う。手先の器用さだとか、技術的なものでは茉莉は芹香さんには遠く及ばなかったと思う。だけど、茉莉とのセックスはそのどれよりもはるかに気持ちよかったのだ。それは皮膚的な感触や性器で感じる快楽とは全く別のところで感じる快楽だ。快楽というよりは幸福感と言ったほうがいい。


 俺たちは互いに心の奥から尊重しあい、愛し合っているということを感じた。俺が自分一人でそう思い込んでいるというわけではない。茉莉もまた、同じように考えているのだということがはっきり断言できるくらいにはわかりあえていると感じた。


 愛する人同士のセックスは、心で交わすものなのだ。行為そのものは、確認の作法とでも言えばいいだろう。

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