後悔と失楽のハーモニー3

 直人君の話によると、有希ははじめから直人君に近づく目的であたしの友達になったのだそうだ。直人君がいつもあたしのことを見ていて、あたしが直人君のことを見ているのに気付いた彼女はその関係を利用して間に介入してきた。あたしに協力してほしいと持ちかけることであたしが直人君に告白することを牽制し、その間に直人君を誘惑したのだという。


 たしかにそういわれれば納得のいく部分は確かにある。だけど、そのことを言われることで、学生時代唯一だった友達の有希は友達なんかではなく、ただの性悪女だったことになってしまうし、できればそんな話は聞きたくなかった。


 あるいは直人君自身が有希にフラれたことをいまだに根に持っていて、そういうことにしてしまっただけなのかもしれない。今の直人君は小説を書いているといっていたし、作り話をするのは得意だともいえる。


 なんにしても、今のあたしにとってはどうでもいいことだ。過去を変えることなんてできないんだから。


「あの時僕らは、何かを読み間違えてしまったのかもしれないね」


 そんな言葉で自分に都合よく話を持って行こうとしているけれど、そんな本心はすべてお見通しだ。所詮男の頭の中はちんこでできている。だから、ちんこを満足させるためにくだらない嘘や見栄で虚勢を張るのだ。


「違うわよ、直人君。それは単に今の直人君が、あたしとセックスをするための口実として、そういうことにしているだけなんでしょ? ねえ、正直に答えて。直人君は今日、セックスがしたくてあたしをここに呼んだんでしょ?」


「な、何もそんな言い方はしなくても……」


「いいのよ、べつに遠慮なんてしなくても……もう、ここまで来ちゃったからには、直人君はセックスしてもしなくてもあたしにお金を払わなくちゃいけないの。払わないにしてもその半分の料金をあたしは上に支払わなくちゃいけないしね。だから、直人君は今日、すでにあたしとセックスする権利はちゃんと持っているんだよ」


 きっと直人君はまだあたしに遠慮しているところがあるのだと思う。だからあたしはその遠慮を取り払うために直人君にキスをした。


 いや違う。そういう理由をこじつけて、ずっと好きだった直人君とそうしたくて、互いに納得できるいいわけを探した結果に過ぎないんだ。

 男はキスさえすればすぐにその気になる。いくら誠実を気取って善人ぶろうとしていても、舌を絡ませればもうそれだけでちんこが脳を支配してしまうのだ。


 あたしは、時間分きっかりと仕事をこなし、直人君と愛し合った。

 

 そしてそれからも、直人君はあたしを指名して、あたしはそれに応えるように仕事をこなした。


 直人君はあたしに「本気なんだ」と言ってくれた。「結婚を考えている」と。

 だから仕事で直人君と会うのをやめた。それからは、プライベートな時間で直人君と会って、セックスをした。


 茉莉を生んだ時に結婚なんてと割り切ったあたしだけど、本当はずっとそうしたかったのかもしれない。ただ、人生の中で直人君を超える人と出会うことはなくて、結婚したいと思うことすらなかっただけだ。


 幸い茉莉も直人君のことを気に入ってくれたようだし、直人君も茉莉のことを実の娘のようにかわいがってくれた。


 あたしは結婚する。それが手の届く未来としてすぐそこまで訪れていた。直人君はあたしに仕事をやめるようにと言ってきた。


 それは確かにそうだろうと思う。自分の妻が娼婦だなんて、さすがにそれはどうかと思う。


 あたしは今の仕事を辞めると直人君に伝え、替わりに居酒屋で普通の仕事をすると伝えたのだ。確かに直人君の稼ぎだけで生活ができないということはないと思う。だけど、あたしは美容整形で手に入れたこの体を維持しないといけなくて、やはりそれにはそれなりにお金がかかってしまうのだ。そのお金を直人君にすべて出せとはさすがに言えない。


 だけど、居酒屋の仕事はそんなに甘いものではなかった。過酷な重労働にもかかわらず時間も長い。そのくせ収入のほうは心もとない。仕事は休みがちになり、不足している収入を確保するために少しだけデリヘルの仕事を受けるようになっていた。

 クリスマスの日。直人さんと茉莉の三人で食事をする約束だった。だけどその日にはデリへルの仕事が入った。相手は太い客だった。追加料金を望めるということもあって断るわけにはいかなかった。


 あたしにはわかる。その日から、茉莉が直人さんとの関係を持ち始めたのだということが。


その関係は世間で認められるようなものではないだろう。でも、我が娘ながら茉莉の体は魅力的だ。直人君は決してそれを手放すことなどないだろう。どんなキレイゴトを並べたところで、所詮直人君の頭の中はちんこでできている。それは昔から全く変わっていないのだ。学生時代、直人君はあたしのことが好きだったといいながら、なぜ有希の誘惑を断らなかったのか。あの時直人君が有希の告白をことわって、あたしのことを好きだと言ってくれたら迷わず直人君に体を捧げただろう。


解っている。直人君は、あの時好きという感情よりも、手っ取り早く確実にセックスができる相手がほしかったのだ。それは決して悪い事なんかじゃない。うぶな女子校生ならいざ知らず、あたし位の年になれば世の男なんてみんなそうで、頭の中はちんこに支配されているんだってことを知っている。


直人君はあたしを捨てて茉莉と結婚するつもりだろうか?

いや、そんなことはないだろう。直人君だってそれなりに大人になっているのだ。そんなことは世間が認めないということを十分に理解しているだろうし、若い茉莉がいつまでも直人君のところにとどまっているわけもなく、直にいなくなってしまうことだってわかっているだろう。


だから、茉莉の体を手元に置いておくためにはその関係を正当化するための手段としてあたしとの結婚が必要だ。 


新しい妻の連れ子だから、一緒に養う義務があるという言い訳。

 

 別にそれならそれで構わない。あたしだって今、新しい恋をしているのだから。


 直人さんとの結婚の話が進む中で顔合わせをした直人君の息子の蒼君。

 彼はあの頃の直人君の生き写しだった。あたしが恋した青春時代の折田直人。もう年を取ってしまってヨレヨレになっていない、青春時代に恋をした折田直人。もう、絶対に手に入れることができないと思っていた彼の代用品。


 折田蒼は、中西茉莉に恋をしている。そしてまた、直人君との関係にも気づいているらしかった。きっとあの頃のあたしのように、茉莉のことが欲しくてたまらないのに、それは身近な別のひとのもであるという悲壮。その気持ちは痛いほどによくわかる。


 だからそこには付け入る隙があるのだ。もう、指をくわえて眺めることしかできない純情な娘ではない。



――お願い、蒼君。茉莉を、直人さんから寝とってほしいの。


――茉莉はそれなりに経験を積んでいるわ。蒼君はどうかしら? 茉莉を寝取ろうとしたところで、蒼君のテクニックで満足できるかしら?

 

――だいじょうぶ。誰だって初めから上手にできるわけじゃないわ。安心して、あたしがちゃんと教えてあげるから。

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