家族四人のシンフォニー

家族四人のシンフォニー


 

 バイト代が入ったのでコンビニで少し高いアイスクリームを買った。芹香さんは抹茶味が好きだと言っていたので、抹茶と自分用にストロベリーのフレーバーを買った。


 待ち合わせをしていたアパートに入るなり玄関口ですぐに濃厚なキスをする。もうこれはいつもの習慣だ。そしてそのまま二人でリビングに行く。


「蒼君も早くシャワー浴びてきなよ」


 と芹香さんが言う。彼女はムードを盛り上げるとか、そういうことはほとんどしない。ほとんど野性的にといっていいほどに一刻も早く肉の交わりを始めたがるのだ。

 俺がアパートに到着するときにはいつも彼女からは石鹸のにおいが漂っていて、俺にも早く汗を流してこいと促すのだ。


 そうして早く始めようと言ってくる。


「すぐにシャワー浴びてくるから、これ、食べて待っていてよ」


 そう言って芹香さん用の抹茶のアイスクリームを取り出してテーブルの上に置く。


「わあ、これ高いやつじゃん。蒼君ありがとー」


 そう言って蓋を開け、コンビニでもらってきたプラスティックのスプーンを突き立てる。


「やだあ、これかったーい」


 と言いながらツンツンとアイスクリームの表面をたたく芹香さんを傍目に残りのアイスを冷凍庫に入れ、シャワーを浴びる。


 シャワールームからリビングへと移動すると芹香さんはアイスクリームを食べながら口を開けて舌を出す。


「ねえ、みてみて。舌がみどりいろ!」


 そんな無邪気な姿はなんとも愛おしく感じる。まだ髪の毛が渇いていないのだが、ドライヤーをゆっくりと充てるほど几帳面な性格なんかではなく、乾いたタオルを頭の上においてごしごしと短い髪の毛の水分を拭う。あらかた乾いたら自分もストロベリー味のアイスを食べようと考えていたのだが、半分とちょっとの抹茶アイスを食べた芹香さんが「ねえ、蒼君も食べる?」と、スプーンにたっぷりとすくいあげて差し出す。


 俺は無言で口を開けて近づくが、芹香さんはスプーンの向きをくるっと自分のほうへ向けて自らの口に放り込む。


「ちぇ」


 俺がその言葉を放つとほぼ同時に彼女は俺の上に乗りかかるように押し倒す。

 マウスtoマウスで抹茶アイスを俺の口の中に放りこむ。抹茶の苦い香りと冷たいアイスが口の中に広がり、その奥から生暖かい芹香さんの舌が絡んでくる。


 俺たちはそのままベッドの上に移動してセックスを始める。


 俺も最近ではセックスになれてきたので積極的にいろんな行動を超すことができるようになってきた。


 だからと言って、そう簡単に持続力が養われるわけでもなく、「ちょ、ちょっと待って」と促す俺の言葉を聞くこともなく、芹香さんは巧みに腰を動かし、相変わらずすぐに一度目の射精をしてしまう。


 出せるだけ出し切ってしまったはずのコンドームをはずし、それをゴミ箱の中へ放り込む。休む暇もなく芹香さんはそれを口に含み舌を這わせる。そうしている間に俺のそれはまたいつの間にか硬くなっていく。


 ふと気づいた。気づいてしまった。


 言ってしまえば俺は芹香さんに、ほぼ一方的に奉仕をしてもらっていることがほとんどだ。


 一応名目的には、茉莉を寝取るために芹香さんからレッスンを受けているということなのに、これでは単に自分たちの欲のままに互いの肉体を求めあっているだけなのではないかと。


 本来の目的をはき違えて、俺は芹香さんとの蜜月を楽しんでいるだけなのではないかと。


 しかし、頭の中ではそれはよくないと考えつつも、具体的にどうすればいいのかは思いつかない。いやむしろ、考えることを避けているのだ。


 俺の頭の中はすでにちんこで支配されてしまっていて、その欲を満たすこと以外に機能しなくなってしまっている。


 これでは、ダメだ。


 だが、そんなことはどうでもいい……



 いつの間にかセックスに夢中になり、俺はもうひとつのストロベリーのアイスクリームを食べそこなった。芹香さんの抹茶のアイスも残っていた所領が溶けてどろどろの液状になっていた。


 俺は帰りの身支度をしながら芹香さんに言う。


「ストロベリーのアイス、冷凍庫に入れておくので食べてください」


 芹香さんは上半身裸のままでベッドに座り、汗に濡れた長い髪をかき上げながら言う。


「ああ、それはダメよ。蒼君が帰ったら、すぐここは次のひとに明け渡すから、アイスを食べる暇はないわ。それ、茉莉に持って帰ってあげて」


 そういうシステムなのか。と何かに納得しながら渋々アイスを買い物袋に入れてアパートを出る。


 芹香さんはすぐにこの場所を離れるとは言っていたが、帰ってくるのは大体明け方になってからだ。それまでの時間、何をしているのかが気にならないということはない。


 だけど、それはあまり深く考えてはいけないことなのだと、それだけはわかっていた。


 家に帰ると、茉莉がキッチンに立っていた。ストロベリーのアイスを買ってきたからと茉莉に渡す。


「えっ、ちょっとこれ、高いやつじゃない」


「うん、アルバイト代入ったから買ってきた。よかったら食べて」


「え、いいの?」


「そのために買ってきたから」


 ――それは少し嘘だけど。


「マジか、蒼大好き」


 その言葉に少しだけにやける。茉莉の作ってくれた八宝菜を食べていると、キッチ

ンの作業をあらかた片づけた茉莉がアイスクリームを持って嬉しそうに向かいに座る。


 ふたを開けてスプーンでアイスの上をつつくが


「なにこれかたーい」


 と言いながらスプーンで表面をたたき、今度はスプーンを置いてカップを両手で包むように持った。手の体温で少しでも早く食べやすい硬さになるようにしたのだろう。


 しばらくして手が冷たくなってしまった茉莉は「えいっ」と言いながらちょうど食事を終えた俺の両頬に冷たくなった手を当てる。


「つめたっ!」


 その言葉に茉莉は反応してひひひと笑う。


「ねえ、蒼も一緒に食べようよ」


「いや、俺はいいよ」


「え、なに? アイス嫌いなの?」


「嫌いじゃないよ」


「じゃあ一緒に食べよう。こんな高いアイス、ひとりでたべるなんて罪悪感がすごいよ」


「うん、そういうことなら」


 俺はもうひとつスプーンを持ち出し、ストロベリーのアイスクリームを二人ですくって食べた。


 時々見える、茉莉の赤い舌の上を転がるアイスクリームに自分の舌を絡ませるとどんな味になるだろうと想像し、罪悪感を覚える。


 俺は本当に茉莉のことが好きなのだろうか。それとも芹香さんが好きなのか。

 あるいは、単に下半身の煩悩に従うだけの中身のない人間なのかもしれない。



 懊悩の日々は続くが、それでも俺は芹香さんとは何度も時間を見ては繰り返しレッスンを行った。


 俺のアルバイトが終わるころの時間を見計らって芹香さんは連絡をよこしてくる。


『今日これからレッスンをしないか』というメッセージ。時間の許す限り俺はそれを断らない。時にはこちらから『レッスンをしてほしい』とメールをすることもあった。


 芹香さんは時間の許す限りそれには答えてくれる。


 俺は今でも茉莉のことが好きだ。女性として好きだと言えるのはおそらく茉莉だけだと思う。決して芹香さんのことが女性として好きなわけではない。


 もちろん、きらいなどでは決してないのだが、正直に言えば芹香さんの体が、セックスが好きなのだ。学校で少しくらい嫌なことがあっても、アルバイト先でちょっとくらい怒られても、セックスさえしていれば大体のことは忘れられる。濁った精液と一緒に不平不満はコンドームの中にぶちまけて口を結び、ごみ箱の中へ捨てれば平和に過ごせることを俺は知った。


 そうだ。俺の頭の中はちんこに支配されているのだ。

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