後悔と失楽のハーモニー2
呼び出しを受けて、部屋を探す。
あたしが仕事を受ける職場のシステムでは、最近ホテルを使わなくなった。ワンルームの賃貸アパートを会社が所有していて、会社の管理システムで空いている部屋をさがす。ホテル代がかからないだけで料金も安くなるから不況でもお客さんを確保しやすいというわけだ。
待ち合わせ場所にいたのは見覚えのある顔。
「なーおーと君。ひさしぶり!」
驚かしやろうと声を掛け、一方直人君のほうは「も、もしかして芹香?」と不安そうに言った。
「久しぶりだねー。なんか、ずいぶんと雰囲気変わったよね」
「そりゃあ、変りもするよ。もう僕だって四十を過ぎているんだ」
「あら、偶然。実はあたしももう四十過ぎなのよ」
「当たり前だよ。僕たちは同級生なんだ。いつまでたっても年は変わらないよ。でも……芹香は昔からあまり変わっていないな。同級生とは思えないよ」
「そりゃあまあ、それなりに努力はしているけどね」
他愛もない会話をしながらも、どこか直人君は落ち着かない様子。
「ねえ、もしかして誰かと待ち合わせ?」
「え、えっと……そうなんだ。ごめん。せっかく積もる話もあるんだけど……」
「そうやって悪くもないのにすぐ謝る癖、相変わらずよね」
「ご、ごめん……」
「ほら、また……。ねえ、待ち合わせの相手ってデリヘル?」
「え、あ、いや……」
「相変わらず分かりやすい。残念だけど、待ち合わせならもう到着しているわよ」
「え?」
直人君はキョロキョロと挙動不審にあたりを見渡す。
「んもう、そうじゃなくて」
両手で直人君の頬を挟み、固定して自分に向ける。
「え、もしかして……」
「今ならまだキャンセルできるよ……直人君。あたしとできる?」
直人君は逡巡した。少しだけうろたえながらに言う。
「でも、そうしたら芹香の収入がなくなるんじゃないか?」
「なによそれ。少し頭に来るんだけど? あたしがほかに仕事なんてもらえないみたいなやつみたいな?」
「ごめん。そういう意味で言ったんじゃないんだ。その……せっかくだし、積もる話
でもしないか? こうして再会したわけだしね。その……支払いのことなら気にしなくてもいいよ。話をするだけでも、ちゃんと正規の支払いはするつもりだ」
「わお、気前がいいのね。もしかして今や一流企業のエリートサラリーマン?」
「そんなたいしたものじゃないよ。今はその、フリーランスで雑誌のコラムとかを書いているんだ。それと、時々小説書いているからその取材を兼ねていてね。その、デリヘルを呼んだのも取材の一環というか……」
「いいのよ。そういう言い訳じみた見栄なんて。男なんてみんなそう。所詮はちんこ
でものごとを考える生き物なんだって、この年まで生きていればそんなことくらい解っているから」
「ち、ちんこで物事を考えるとか……」
「それよりさ、場所を変えましょうよ。昔話をするにしても往来の場所よりはね」
到着したのは待ち合わせの場所から少し離れたところにあるマンションの一室だ。一階には広くてきれいなエントランスがついていて、オートロックになっている。一見ではこのあたりでもあまり引けを取らないようなマンションだ。
本当はもっと近くに使える部屋もあったのだけれど、相手が直人君だとわかって急いで違う場所を探した。それほど離れていない場所で最も高級感のある部屋。
正直に言えば、アタシだって直人君には少しばかり見栄を張りたかったのだ。
「へえ、こんな感じになっているんだ。知らなかったな」
デリヘル用の賃貸アパートについた直人君は緊張した様子を残しながらも白々しくもまだ、取材という立場を取り繕っている。ベッドわきの小さなテーブルにコンビニで買ってきたお酒とおつまみを並べる。一番聞きたかったことをはじめに質問する。
「ねえ、あれから有希とはどうなったの?」
有希というのはあたしの親友。学生時代に直人君と交際していた女性だ。
「どうしたもこうしたもないよ。大学に入ってからすぐに別れたし」
「へえ、それで結婚は?」
「したよ。もう離婚したけどね」
直人君は偶然にも、あたしと同い年の子供がいた。結婚した奥さんは育児放棄で子供をも置いていなくなったらしい。そして男手一つで息子を育ててきたという話。それは、あたしの境遇ともに通っていて、久しぶりの会話にも花が咲いた。そして……
「実は僕、学生時代のころから芹香のことが好きだったんだ……」
「それは嘘ね。どう見たって直人君は有希とラブラブだったじゃない」
「それは、芹香が相手をしてくれなかったから……」
「今更卑怯だわ。あたしだって、有希が直人君のことが好きで、協力してほしいなんて言われたから……」
「ああ、あれは……あとになって有希は白状したんだけどね、彼女ははじめからそのつもりで芹香に近づいたらしい」
「どういうこと?」
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