家族と義妹のプレリュード2

 中西茉莉の周りには休み時間ごとに多くの女子生徒が集まっていた。転校してきたばかりで物珍しいというのもあるだろうが、やはり何と言ってもその整った容姿だ。クラスの中でもカーストの高いグループのいくつかが休みの時間ことにやってきて、彼女を自分たちのグループに引き込もうと必死なのだ。


 そして男子生徒の幾人かも遠巻きながら彼女のことを気にしている。我先に彼女と親交を深めたいとは思いながらも取り巻く女子生徒も多くてなかなかに近づきがたくなっているようだ。


 そんな彼女は俺の隣の席。取り巻きのカーストの高い女子たちと会話をしながら隣にいる俺にも話を振ってくるのだ。


「休みの日は何してる?」「どんな音楽聞くの?」「好きな食べ物は?」そして「ねえ、好きな女の子のタイプは?」


 もちろん俺は取り巻きのカースト上位の女子たちと仲がいいわけではない。だが、中西茉莉はまるで俺がその輪の中に入っているかのように話しかけてくる。


「ねえ、もしかして茉莉ちゃんって。折田君のことがタイプなの?」


 クラスのカースト上位者でもある、斎藤美和がそう言った。クラスの男子の数人が俺の方に攻撃的な視線を向ける。


「タイプ、と聞かれるとそういうわけじゃないよ。でも――」


「でも?」


「蒼君はちょっと特別かな」


 教室の空気は凍り付く。そして斎藤さんは言った。


「折田君はさ、すごくいいやつだよー。ね、いっそのこと付き合っちゃえば?」


 なんて無責任な話だ。斎藤さんは俺のことなんてほとんど知りもしないだろう。だけど、彼女が俺との仲を応援したいというのはわからなくもない。


 中西茉莉がその気になれば、きっとおそらくほとんどの男子生徒を手中に収めることだってできるだろう。それは、その他女子にとってはつまらない状況だ。だが、俺のような眼中にない相手に好意を向けたうえで、自分たちのグループに引き込めばグループの格も上がり、その上無害という都合のいい存在になる。


 いや、正直に言えばそんなことはどうでもいいのだ。もしここで中西茉莉が「そうだね、付き合っちゃおうか」なんて言い出した時、俺はどういうふうに反応すればいいのだろうかという思考の渦に飲まれてしまっていた。


 だがそれも、つまらない杞憂だった。


「はは、さすがに付き合うのは無理かな」


 そんな中西茉莉の言葉に「だよねー」と斎藤さんは言った。それで凍り付いた教室の空気は緩和した。


 そして俺はそんな彼女の言葉にいちいち落ち込むほど身の程知らずではない。


 昼休み。俺は大体教室の隅で買ってきた菓子パンをかじっている。なるべくでかくて安いやつをチョイスする。高校生の体格を思えばそれなりにカロリーは必要だが量を増やして小遣いが減るのもまた困る。そんな俺の昼食を見て中西茉莉は言った。


「蒼君、結構質素なもの食べてるのね。栄養、偏っちゃうよ」


「栄養価よりもカロリーだよ」


「あ、よかったらわたし、お弁当作ってきてあげようか?」


「いや、それはマズイだろ」


「失礼ね。まずいわけないじゃない。わたしこう見えて、結構料理上手なのよ」


「いや……」


「嫌なのう?」


「いや、あー、いやいやそういう意味じゃなく、嫌じゃないんだけどマズイだろ。いや、マズくはなくてうまいんだろうけどさ」


「ねー、茉莉ちゃん。お昼一緒しよーよ」


 斎藤美和がやってくる。クラスでも最もカーストの高い位置にいる彼女は、いつ約束や同意を得たわけでもないにもかかわらず、中西茉莉を自分のグループの一員だと決めているようだ。無論、中西がそのグループにふさわしくないというわけではないだろう。強いていうなれば役不足だと思えるくらいだ。中西茉莉のためにはもっと上のグループがあってしかるべきだろうが、そんなものを期待すれば彼女は校内で孤立してしまうだろうけれど。


「あ、蒼も一緒にどう?」


 中西は突然俺の腕を掴んでいた。俺はぎょっとした。どうして、俺が中西たちと一緒に行かなくてはならないというのだ。


「え、なんで?」


 そう言った俺は間違っていないはずだ。


「あたしはいーよ。茉莉がそういうんなら」


 斎藤美和もまた、そのことに異を唱えない。茉莉を味方に引き込むなら俺が邪魔することくらい我慢できるということなのだろう。あるいは皆が斎藤を無視して中西に注目することを避けるにはちょうど都合がいいのかもしれなかった。


 それは、たぶん魅力的な誘いなのだろう。中西が別格であることは抜きにしても、斎藤はクラスでもトップカーストに位置する。彼女たちの輪の中に入るということは、俺自身が認められているという形はなるだろう。


 だが、俺はそんな身の程知らずでもなく、とてもじゃないがそんな真似ができるはずもない。


「いや、俺はいいよ」


 かぶりを振る俺に対し、中西は「そうか……」と、少し残念そうにつぶやき、斎藤が中西を連れて行く。


どうにか難を逃れ、いつものように窓の外を眺めながらうまくもないでかいだけのパンにかじりつく。中西茉莉の考えていることは俺にはどうにもつかめない。


 

「そうだ、蒼。この週末、予定あるか?」


 家に帰ると、父が夕食の準備をしながら聞いてきた。


「日曜日はバイトだけど、土曜なら空いてる」


「じゃあ、その日。食事に出かけよう」


 外食の提案なんてひさしぶりのことだった。子供のころはよく二人で出かけていたが、高校に入り、俺がバイトをするようになってからはほとんど一緒の外食はおろか、一緒に外出することもなくなった。それなのに急な誘いなものだからどこか照れくさい気持ちもあった。


 別に特別変なことでもないだろう。むしろ俺達親子は仲が良すぎるくらいだと思っている。

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