家族と義妹のプレリュード
家族と義妹のプレリュード
どいつもこいつも脳みそがちんこでできているらしい。
高校二年の夏休みが明けた九月初日の教室ではいきがった男子生徒の武勇伝が飛び交う。やれ、彼女が出来ただの、やれ、初めてセックスをしただのそんなくだらない話ばかりだ。
「よう、折田。お前夏休みはどうだったんだよ」
「別に、なにもないよ。ほとんどバイトばかりしていたからな」
クラスメイトの山岸が声を掛けてきた。別に仲がいいわけでもない。ただ単に自分の自慢話がしたくて、十分にマウントが取れそうな相手である俺を選んだだけだ。
「――でさ、それで由奈にフェラしてもらってさ」
聞いてもいない話をしてくる。隣のクラスの西崎由奈は清楚な雰囲気でちょっとだけ好意を抱いてはいたのだが、夏休み前に山岸と付き合うようになったと聞いて嫌いになった。煩悩にまみれて自制できないような奴に魅力は感じない。
山岸に自慢話に興味がないことを悟ってもらいたくてあえて視線をそらす。たまたまそこにいたたいして美人でもないけど結構モテる河野がいた。少しばかり肉付きが良い日焼けあとの残る腕を遠くの誰かに向けて手を振っている。その袖口から覗く腋と水色のブラに一瞬だけ反応して慌てて視線を逸らす。
山岸は気づいたらしい。耳元に顔を近づけて「いいよなあ。河野、後ろからガンガンつきてえよ」とつぶやく。
その言葉のせいで少し河野のことが嫌いになった。ちんこでものごとを考えるのは嫌だ。
チャイムが鳴り、教室に担任が入って来る。この瞬間に夏休みは完全に終わる。
「お前ら、夏休みは真面目に過ごしたか?」
担任の須藤は二十代の後半で社会教師。夏休みは趣味で化石の発掘をしているらしく真っ黒に日焼けした姿で教壇に立つ。若い男性教師というだけで意味なく女子からモテるのだが俺はこの担任が嫌いではない。いくら女子生徒からモテようとも一切それになびくことなく自分の趣味に打ち込んでいるからだ。
「それじゃあ、まあ、ホームルームを始める前に大事な話がある」
教室中がざわざわと騒ぎ立てる。予想がつかないわけでもない。夏休み明け、教室の一番後ろの俺の席の隣には、夏休み前まではなかったはずの机と椅子がある。
「はいはいはい。静かに。いいか、男子ども。あまり大きな声を出すんじゃないぞ。女子もな。嫉妬していじめたりするんじゃないぞ。よーし、中西。入ってきていいぞ」
教室前面のドアが開く。一人の転校生が入って来た。柔らかい黒髪が一歩歩くごとにさらさらと揺れる。
普通、大きな声で騒ぎそうなものだが教室の誰もが言葉を失ったように黙り込んだ。
「中西茉莉です。よろしくお願いします」
彼女の容姿を言葉で説明するのはきっとむつかしいだろう。整いすぎている顔というものはかえって表現が難しい。強いて言うならばやや大きめの涙袋と大きな口の上がった口角から覗く歯並びが整いすぎているうえに真っ白だという印象だ。
「じゃあ中西は一番後ろの、あの空いている席な」担任の指さした俺の隣の席に中西茉莉は歩いた。「ん、都合がいいな。じゃあ隣の折田はいろいろと教えてやるんだぞ」
何の都合がいいというのだろうか? 教室中の視線が俺に集まる。いや、それは違う。視線が注目しているのは俺の隣の席、中西茉莉だ。俺を含め例外なく注視するその場で彼女は言った。
「あなたが折田蒼君ね。優しそうな人でよかった。これからよろしくね」
屈託のない笑顔に息が詰まる。近くで見ると彼女の首筋には、縦に二つ並んだほくろが見えた。中西茉莉の整いすぎた外見の中で、一番印象的に差別化できる特徴だと言える。
中西茉莉は初対面の俺に対し、折田蒼という姓名のすべてを口にした。
「え、どうして俺の名前……」
「え、もしかして何も聞いていない?」
「……」
「じゃあ、いい。おしえてあげない」
口角を上げ、まるで見せびらかすような白い前歯が印象的だった。
くやしいけれど、わき腹を挟み込んで圧迫されるような感覚を覚えた。
脈打つ慟哭に理性を失い、喉が渇いて嗚咽しそうにさえなる。
自分の息を嗅がれ、嫌悪されることを怖いと思った。
ずっと見つめていたいと思ったはずなのに、怖くて目を合わせることなんてできなかった。
回りくどい言い方を避けるならば、俺は中西茉莉に恋をした。
一目惚れをしたのだ。
それはとても理性的な判断なんかではなく、もっと本能的で、動物的な恋だ。
いわば、ちんこで恋をしたといってもいいかもしれない。
「おはよう。蒼君」
翌朝一番に彼女、中西茉莉は挨拶をしてきた。はにかみ、白い歯を見せつけるようにだ。
別に朝だから「おはよう」で間違ってはいない。だけど、俺たちはまだ知り合ったばかりで互いのことなんてよく知らない。それなのにいきなり『蒼君』などと呼んでくるのだ。俺は彼女にその名を名乗ったこともない。俺だって彼女の名前が『中西茉莉』であることを知っているのは、昨日その名前が堂々と教室の黒板に書かれていたからだ。
俺はべつにコミュ障というほどではないにしても、よく知らない相手にはせいぜい
「お、おはよう。な、中西さん……」と少しばかりどもりながら返すのが精いっぱいだった。
「蒼君、その、中西さんっていうのはやめてもらえないかな」
「あ、いや、その……ごめん。な、なんて呼べば……」
「ふつうに茉莉でいいよ。中西で呼ばれるのはちょっと困るのよね」
――何が普通なもんか、普通はよくも知らない女子に向かって下の名前を呼び捨てになんてしない。コイツ、コミュ力モンスターかよ。
中西茉莉は、まあ言ってしまえば容姿端麗で社交的な性格。おそらくこれまでの人生で何不自由なく生きてきたことだろう。だから自分に自信があり、不安を持たないからそういうふうに堂々と自分のペースで会話ができるのだろう。まあいいさ。そういうことであれば、俺だってどうにか、それにくらいついて行く覚悟くらいはあるさ。
「じゃあ、あらためて……おはよう、ま、茉莉さん……」
それだけで緊張した。なのに、中西茉莉はそれでもなお不満そうに俺の眼をじっと見つめる。
「えっと……何か……」
「ねえ、蒼君」
「はい」
「あなた、誕生日はいつ?」
「えっと……七(なな)月、七(なな)月の十七(じゅうなな)日」
「ふふ、なななななななって、なんだかどもっているみたいね」
「ごめん」
「いや、そうではなくて……こちらこそごめんなさい。わたしはね、誕生日は十二月なの。だからまだ、十六歳。蒼君はもう十七歳でしょ?」
「あ、まあ……うん」
「それじゃあ、やっぱり蒼君のほうがお兄さんなんだもの、茉莉さん、というのはおかしいわ。茉莉と、呼び捨ててくれた方がやりやすい」
――俺としてはやりくい。まあいいさ。
「わ、わかったよ……ま、茉莉……」
その言葉を聞いて、彼女は納得したように白い歯を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます