第二話

 今日は日曜日。多くの会社や学校が休みなので、通りは人間でごった返している。


 三神修一に扮した俺は、天海綾香との待ち合わせ場所に向かって歩き続けていた。そんな俺を、すれ違う人間たちがガン見していた。特に女の視線が集中している。


 これは今に始まったことではなく、毎度のことだった。

 最初はその理由がわからなかったが、によると、俺がイケメンだからじろじろと見られるらしい。

 その辺の美的感覚は、魔族の俺にはよくわからなかった。


「あっ、三神くん」

 公園の噴水前に立っていた女が、俺に向かって手を振っている。


 この子の名は、天海綾香。この子とデートするのは今日で三回目だが、まだ彼女ではない。友達以上、恋人未満という関係。俺が潜入している高校のクラスメイトでもある。

 今日いい雰囲気でデートを終えられたら、告白してみようかなと思っていた。

 

「ごめん。待たせた?」

 俺は爽やかな笑顔を浮かべて歩み寄る。


「ううん。私も今きたところ」

「女を待たせる男はダメだよね。嫌われてないといいけど」

「そんなので嫌いにならないよ。ほんとに、今きたとこだから」

「良かった。それじゃ、行こうか」


 俺たちは並んで歩き始める。向かう先は、ゲームセンター。


 魔王が人間の女とデートしているなんて、妄想が好きな人間でも、誰一人として想像できないことだろう。


 もしこの事実を魔族や人間が知ったら、なぜデートなんてしているのだろうと首を傾げるはず。そして多くの者が、こう思うはずだ。そんなまどろっこしいことをしないで、さっさとやっちまえばいいのに、と。


 もうね、そういう発想が下品なのよ。

 俺が求めているのは、身体の繋がりではない。

 俺は、心と心の会話である、恋愛がしたいのだ。


 魔界に生まれ落ちた時から、こんな考え方だったわけではない。子供の頃は、極悪非道の限りを尽くしていた。魔王である父親が『もう少し思い遣りの心を持て』とたしなめるほど、俺は極悪だった。


 そんな俺が恋愛に興味を持ったきっかけは、人間界で作られた恋愛ドラマのビデオだった。

 ある日、父親が人間界から持ち帰った戦利品を漁っていたら、たくさんのディスクを見つけた。その中に入っていたのが恋愛ドラマだったのだが、何気なく観続けていたら、いつの間にかハマっていた。


 恋愛感情というものを、魔族は持っていない。だから惹かれたのだと思う。


 なぜ、全てを捨て去ってまで一緒にいたいと思う?

 なぜ、命を懸けてまで愛を伝えようとする?

 なぜ、相手のことを愛しているのに別れようとする?


 そんな何ひとつ共感できない想いが、恋愛ドラマの中では多く描かれていた。


 しかし数多くの恋愛ドラマを観続けるうちに、少しずつそういった気持ちや感情が理解できるようになっていった。

 俺の中にも芽生え始めていたのだ。人間が持つ喜怒哀楽のような感情が。


 気付くと、俺も恋愛してみたいと思うようになっていた。

 恋愛ドラマを観ているだけで、これだけ胸がキュンキュンするのなら、実際に恋愛をしてみたらどうなるのだろうという興味があった。


 その他にも、女心とか、心の機微とか、そういうものをもっと理解したいと思う気持ちもあった。ドラマを観ているだけでは、わからないことも多い。理解するには、実際に付き合ってみるしかないと思った。

 だから俺は時々、人間の女と恋愛をしている。


 ちなみに、俺は魔族の女とは付き合わない。

 なぜか?

 魔族の女は、俺が近くにくれば、全員服を脱いでベッドの上に横になるからだ。

 俺の誘いを断る魔族の女はいない。全ての女が俺の意のままに動く。そんなのは、恋愛ではない。だから俺は魔族の女には一切興味がなかった。


 ゲームセンターに到着した俺たちは、お気に入りであるダンスゲームに興じる。派手な音楽と光の中で、綾香は黒いロングヘアを揺らしながら軽快にステップを踏んでいる。


 俺もキレッキレのダンスを披露したかったが、本気を出すと瞬間移動みたいな動きになってしまうので、かなりスピードを落としてステップを踏んでいた。


「三神くん上手。このままじゃ私負けちゃう」

 綾香は躍りながら笑っている。


「ここまではいいけど、次の高速ステップでいつもミスっちゃうんだよね」


 その言葉どおり、俺はミスを連発して大きく減点された。もちろんわざとだ。

 結果は綾香の勝ち。

 毎回わざと負けているわけではないが、今日は何となく勝ちたくない気分だった。


「ああぁぁぁ。負けた」

 俺は両手で頭を抱えて悔しがる振りをする。


「僅差だよ。今日は私の運がよかった」

 綾香が俺の背中をぽんぽんと叩き慰める。


「次はクレーンゲームをしよう。このあいだ取れなかったぬいぐるみ、今日は取ってプレゼントするよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、また三神くんにお金を使わせるのは悪いな……」

「いいんだよ。俺が好きでやってることなんだし。俺の手で、プレゼントしたいんだ。それに、昨日こづかい貰って懐は温かいから余裕もあるよ」


 俺は財布をぽんと叩いてクレーンゲーム前に移動した。

 透明な箱の中に、黄色いクマのぬいぐるみが入っている。現在の人間界で最も人気のあるぬいぐるみのようで、綾香も欲しがっていた。


 前回同様、今回もクレーンは俺の思いどおりに動かない。そんな展開に多少イライラしていたが、隣ではしゃぐ綾香を見るのは楽しかった。

 魔界と違い、自分の思いどおりにはならないという点では、このクレーンゲームも良い味を出している。


 一発で取るつもりが、結局千二百円も使ってしまった。しかし前回取れなかったぬいぐるみを取れて、俺は満足していた。

 ぬいぐるみを渡すと、綾香は弾けんばかりの笑顔で喜んでくれた。

 うむ。いい笑顔だ。俺の胸もキュンとなった。


 それから一時間ほどゲームセンターで遊んだあと、昼食を取るために俺たちはハンバーガー店に移動した。


 料金も安価で量が多いので、俺たちと同年代の人間が店内を占めている。俺と綾香は窓際の席に座った。

 チーズバーガーを美味しそうに食べる綾香を見ていると、俺の中に二つの思いが生まれた。


 一つは、付き合えるかどうかわからない状態でのデートは楽しいなという思い。魔王の俺にとって、先の展開が読めないのは恋愛くらいのものだ。


 もう一つは、今日も恋愛ドラマのような出来事は起こらずに終わりそうだな、という思い。お互いに高校生という立場だから仕方のないことではあるが、少し寂しい気持ちにもなる。


 まだ人間との恋愛をし始めて日が浅いので、今日みたいなやり取りでも十分に楽しい。


 ただ、俺の理想とする恋愛は、『全十話の恋愛ドラマ』だった。

 十話あるドラマだと、次から次に問題が起こる。恋敵が出てきたり、ヒロインが病魔に侵されたり、周囲に付き合いを反対されたり。観ているだけでも面白いが、俺もいつかそんな展開の中に身を置きたいと思っていた。


 恋愛ドラマのような出来事は簡単には起こらない、ということが理解できる程度には、俺も人間社会を学んでいる。社会経験の乏しい高校生同士の恋愛なら、尚更。


 大人同士の恋愛であれば、少しはそういう展開に期待してもいいのだろう。

 だが、まだ俺は大人に変身する気はなかった。


 その理由は、女心を全然把握できていないから。


 大人の女ともなれば、恋愛の経験値が上がっていて、気持ちや感情の変化もより複雑になっているはず。十代の女心さえ理解できていない今の俺では、うまく付き合えないだろうと判断していた。

 俺はまだ、恋愛の経験値が足りない。


「三神くん、口にケチャップついてるよ」

 綾香が笑いながら俺の口元をティッシュで拭った。


 考え事をしながら食べていたせいで、恥ずかしいところを見せてしまった。


「恥ずかしいところ見せちゃったな」

「三神くんだと、ケチャップを口につけてるのも様になってるけどね」

「ほんと? ずっとケチャップがついてても?」

「ふふふ。それだと話が変わってくるけど」

 

 恋愛に惹かれている俺だが、その相手は誰でもいいというわけではない。俺にも女の好みはある。


 少しぼんやりした言い方になるかもしれないが、言葉を交わした時に何か感じるものがあるか。それが惹かれるポイントだった。


 綾香は、初めて言葉を交わした時に感じるものがあった。きっとこの子とは気が合う。そう思った俺の直感に間違いはなく、綾香とはいい関係を築けつつあった。


 昼食を済ませた俺たちは店を出て、街ブラすることにした。お喋りを楽しみながら、どこまでも歩き続ける。その合間にウィンドウショッピングをしたり、雑貨屋で買い物をしたり、高校生らしい清らかなデートを楽しんだ。


 午後五時になると、デートを止めて綾香を家まで送ることにした。

 本当はまだ一緒にいたいが、人間界にいる時間が長いと部下たちに勘付かれる恐れがあるので仕方がない。


 綾香の自宅がある最寄り駅で降り、一緒に歩く。

 隣を歩く綾香の顔は、明るい。その笑顔は、今日のデートが成功したことを物語っている。


 告白すればОKが貰えそうな雰囲気が漂っていた。俺の目に狂いがなければ、綾香は俺に好意を持っているはずだ。


 ここで告白してみようか……。

 それとも万全を期して次のデートまで待つか……。


 魔王の俺が、迷っている。

 勇者との戦いなら、僅かばかりも逡巡する局面なんてないのだが。

 それだけ恋愛は難しいということである。


 次の角を曲がれば綾香の自宅が見えるというところまできた時、その角からふっと男が出てきた。見たことのない男で、年齢は俺たちと同じくらい。


「綾香」

 男は思い詰めたような顔をしている。


「ケ、ケンジ。何でここに」

 驚いた表情の綾香。


 ケンジと呼ばれた男は、俺をちらりと見て、

「この人、誰? 彼氏?」

「ううん。まだ、そこまではいってない」


「この人、誰?」

 と、俺は綾香に訊ねた。


「……元カレ」

 綾香は伏し目がちに答えた。


 も、元カレ?

 それって、恋愛ドラマを面白くする要素の一つじゃないか。


 元カレのケンジは、綾香との距離を一歩縮めた。

「綾香、俺が悪かった。頼む。許してくれ」

「今更そんなこと言われても……」


 おいおい。

 こういう展開、恋愛ドラマでよくあるよな。一人の女を巡っての、熱い戦い。

 これ、今そういう状況になってる?

 俺は少し動揺している。


「俺、気づいたんだ。俺には綾香が必要だって」

「……気づくのが、遅いよ」

「頼む! 俺にできることなら何でもする! だから一度だけチャンスをくれ!」

「…………」


 俯き、黙る綾香。

 するとケンジは俺を鋭く睨んだ。


「あんた、綾香の何なんだよ?」

「……今はまだ友達だけど、天海さんのことは好きだよ。付き合いたいと思ってる」

「ダメだっ! あんたに綾香は渡さないっ!」


 おおおおおおっ!

 きたきたきたああああああ!


 惚れた女を奪い合う展開!

 まさか高校生の恋愛でこれを体験できるとは!

 俺の身体は興奮で震えていた。

 勇者との戦い以外で身体が震えるのは、これが初めてだった。


                          ♦最終話につづく♦

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