魔王だってキュンキュンする恋愛がしたい

世捨て人

第一話

 モニターの中の男女が、涙を流しながら激しい言葉のやりとりをしている。


 俺が一番好きな恋愛ドラマのクライマックス。

 もう数え切れないくらい視聴しているが、何度観ても感動的な場面だ。 


 愛する女に想いを伝えるために、男がこちらに向かって走ってくるトラックの前に飛び出し両手を広げた。そして想いを叫ぶ。

「僕は死に――」


 その瞬間だった――。

「魔王様! 大変です!」


 部屋のドアが乱暴に開かれ、誰かが入ってきた。


 誰かがドアを開けたと認識した瞬間、俺はモニターの電源を切っていた。

 時間にして、 0.1秒の早業。魔王の俺だからできる芸当だった。


「おいっ! 入ってくる時はノックくらいしろっ! 俺にもプライベートがあるんだぞっ!」

 俺が怒鳴ると、そいつは恐縮したような表情になった。


「も、申し訳ございません」

 そう言って頭を下げたのは、側近のダグラスだった。


 ダグラスは、先代の魔王、つまり俺の父親が玉座に就いていた時から側近として働いていた有能な男だった。

 ダグラスの顔を見る限り、俺が恋愛ドラマを観ていたのはバレていないようだ。一安心である。


 魔王の俺が、人間界で作られた恋愛ドラマを観るのが趣味なんてバレてみろ。魔界じゅうがパニックになる。

 だから誰にもこの秘密を知られるわけにはいかない。


 俺は咳払いをして、

「それで、いったい何が大変なんだ?」


「はい。実は、勇者一味が、魔界に入り込んだという情報が入りました。現在、警備隊が捜索中です」

「勇者って言っても、今じゃ何十人もいて、いまいち緊迫感に欠けるよな。バイトで勇者募集してんのかよってくらい増えてるぞ」


「それが、魔王様。その勇者一味を目撃した者の話では、先代の魔王様を倒した勇者に酷似していたとのことです」

「チッ。羽田の野郎か……」

「はい。まだ確定したわけではございませんが」


 今から十年前、俺の父親である先代の魔王は、最強の勇者の呼び声が高い羽田という男に殺された。

 以来、俺が魔界の王として君臨している。


「魔王様、出撃の準備をお願いいたします」

「えっ? いや、今日は無理だ」

「無理? なぜでございますか?」

「用事があるんだよ」


「用事でございますか? どんな?」

「デート……」

「デート?」

「いや、ほら、北の大地に、デーなんとかって竜がいるだろ」


「ああ、デードビーですか」

「ああ、それ。そいつが暴れてるらしくてな。村に被害が出てるみたいだから、ちょっと俺が調教してくるわ」

「はあ……。勇者よりも、デードビーの調教の方が大切ですか?」

「勇者がどこにいるか、まだ特定はできてないんだろ? 村の方は、かなり被害が出てるんだぞ」


 俺が強い口調で言うと、ダグラスは納得したような表情で頷いた。


「確かに、デードビーを大人しくさせられる者は、そうはいませんな」

「だろ? 被害が出てる方を優先して助ける。魔王として当然のことだ。勇者の方は、部隊長を何人か連れていけばいい。仮にその勇者が羽田でも、そう簡単には負けんだろ」

「仰せのままに。それでは私も向かいます」

「ああ。頼んだぞ」


 ダグラスが出て行ったのを見届けてから、俺は腕時計を見る。

 魔界ではなく、人間界の時間に合わせてある時計。

 時刻は午前九時五分。そろそろ天海あまみ綾香とデートの時間だった。


 俺は部屋を出て部下にデードビーの調教を命じたあと、最果ての地へと飛んだ。


 十分ほどで最果ての地へ着く。

 ここには沸き立つ溶岩しかない。どんな生物も生存不可能な地で、俺以外は一分も立っていられない場所だ。

 溶岩の隙間から覗く下界は、人間界。

 ここからなら、一瞬で互いの地を行き来できる。


 周囲を窺い、誰もいないことを確認してから、俺は変身の魔法を唱えて人間の姿になった。


 十七歳の高校生という設定で、名前は三神修一。

 魔王の俺が、神の文字を苗字に入れているのが面白ポイントだ。


 準備が整った俺は、遥か下に広がる人間界へと飛び降りた――。


                          ♦第二話に続く♦

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