第4話 神秘の空を飛ぶ比翼の鳥
「ユリシスちゃん。ゼロから紹介があったけど、アタシはジェイ。ジェイ=クララ・ベラ。風の妖精一族の跡取り息子。〈放蕩息子〉だとか〈麗しのクララ・ベラ〉とか呼ばれているわ。そしてこの家の大家よ。この意味がわかる?」
「分かるわ。貴方は今、ゼロと、この家と、そしてあの妖精達の身を守るために、私をジャッジしようとしてるのね。素敵なことだわ。是非、協力したい。でもごめんなさい。敵対しなくても大丈夫と、そう思った理由を今の私は上手く答えられないの。でもひとつは簡単よ。貴方達が私を助けてくれて、そして私を傷つける意図がないと理解しているから。ナイフを向けた理由はもっと簡単。起き抜けで頭が混乱してたの。死にかけてる時って記憶が混濁しちゃうの。だからごめんなさい」
説明できない。
ユリシスの言っていることは正しい。なにせこれは感覚的な問題だ。ゼロが今、ユリシスに対して根拠の無い信頼を感じているように、彼女もまたゼロに対して同じことを感じているのだろう。
まるで百年来の友人と話しているかのような錯覚に陥る。勿論、ゼロの交友関係は激狭なのでそんな存在いないわけだが。
だがいなくても感覚としてわかる。過ごしてきた時間を超越する関係性がここにあるのだ。ゼロは、それが何かを知っている。よく知っている。そしてユリシスがそれを知覚できていない理由も簡単だ。
「……ジェイ。少し待て。ユリシスの傷は大きすぎる。まだ完全に彼女自身が機能していない」
「待てって言うけど、それって待つだけで解決できる問題なのかしら、ゼロの坊ちゃん」
「ああ」
ジェイは少し考えると、ムスッてした顔で譲ってくれた。ユリシスを脅すような真似をしているが彼は基本的に心優しい妖精だ。そうしてくれると分かっていた。
「ユリシス」
名を呼ぶ。
ピンクサファイアの瞳がこちらに視線をなげかける。恐怖心と警戒心がまだ残っている。本当にゼロのことを認識していればそんな感情を向けられないはずだ。それこそがユリシスに残る傷跡そのものに等しい。
ゼロは手を伸ばした。
「何をすればいいのかしら」
「俺の手に触ればいい。握手じゃなくて、手のひらを合わせるようにしてくれ」
ユリシスの手が、恐る恐るゼロの手に触れた。小さくて、傷だらけで、カサついた手のひらがぴったりとあわさる。その手を握り締めると、彼女の表情が和らいだ。
「……あったかい……それになんなのかしら、すごく、満たされる」
「俺とお前は比翼だからだ」
「ひ、よく? さっきから言ってるそれ、何なのかしら」
「比翼は運命を分かち合う魂の半身のことだ」
人々は歴史にあるありとあらゆる出来事を物語にして残してきた。その中の一つに比翼にまつわるものがある。
はじまりの魔女と呼ばれる女がいた。彼女は悪魔と契約を交わし、神々の力である魔法を手にした。魔法は強力で万能の力だ。使い方を誤れば破滅しかない。世界をひとつ創造するのを指先一つで行えるのが魔法の力だ。
神々は焦った。それはもう慌てて、魔女の前に現れ、その力を使わないでくれと懇願した。魔女はこう言った。
「『使わないということは無理だ。これほど便利な力を独占しようなんて懐が狭すぎる』」
「神々相手に啖呵をきったのね」
「かっこいいわ!」
「『でも使い方を考えることはできる。だから私と契約を結びましょう』」
魔女はそうして神々と契約を交わしたとされる。
魔法使いの一生は運命に縛られる。比翼と呼ばれる半身がいなければ魔法使いは力の全てを発揮することができず、比翼を失えば魔法使いは永遠の苦痛に苛まれることになる。その力の全ては人類のために使われなければならず、比翼こそが守るべき人類の、その最も近しい存在になる。
「神秘の空を飛ぶための欠けた片翼。連理の枝。それが比翼だ。魔法使は往々にして自らの願いを叶えたいという苦痛に苛まれるが、比翼が隣にいる時だけは仮初とは言えど安寧を得ることができる。運命の苦痛から開放される。だからお前は俺といると安心するし、安堵できる。それにこうして魔力を介して触れてる時、お前の魂に刻まれた傷もまた安らぐようにできてるんだ」
「へえ、そうなのね……だから暖かくて、幸せなのね」
要は比翼というのは運命の相手ということだ。自らを満たす唯一の存在。
「ちなみにこの話にはオチがある」
「童話なのにオチがあるの?」
「ああ……神々と契約した魔女は比翼を得て安寧を無事、手にする。そのことを喜んだ魔女に、別の魔法使いが問い掛けるんだ。何故喜ぶのかと。魔法使いはそのせいで永遠の契約に囚われることになったというのに。すると魔女は満面の笑みで答えた」
ジェイとユリシスは身を乗り出してゼロの次の言葉を待っている。
「魔女は答えた。『ええ、そうね。でも私、結婚するのに失敗したくなかったのよ。ほら、結婚って人生の墓場って言うじゃない? でも、本当なら神々しか知らない運命の相手……魂の半身、運命の共犯者だってわかってる相手なら結婚するのも怖くないでしょ?』とな」
「……神々はいいように利用されたってワケね。その魔女、とんでもない性悪と見たわ」
「とても賢い魔女だったのね。私、その話好きよ! ペナルティさえも利用してみせるその根性。まさに魔女と呼ぶにふさわしいわ!」
ジェイとユリシスの反応はそれぞれ違った。ちなみにゼロはユリシスと同じ考えだ。この魔女は非常に機転がきく女性だったのだろう。それに結果的に力を取り上げられずに我がものにしているのだから大したものだ。
「話を戻そう。だからユリシスと俺は相手がいるとこうして安定するんだ。そもそも魂と半身である比翼を傷つけようという考えは滅多に生まれない。ジェイ。これで彼女がこちらを傷つけない証明になるだろう」
「……そうね。問題があるとすればアタシには全く理解できない感覚だってことだわ」
「そればっかりは仕方ないな。妖精は単体で独立した存在だ。他者の存在なんて必要ない。それ単体で安定してるのがお前達だ。だがそもそも必要ないだろう。ジェイなら最高の結婚相手をこんなものに頼らなくても見つけることができる。お前の美しさは本物だからな」
「アラ〜!! 嬉しいこと言ってくれるじゃない! 全くゼロったら最高にイイオトコ! アンタの期待に答えて最高に可愛い女のコを捕まえてみせるわ! アンタのことは側室にしてやってもいいわよ!」
力強くハグされた。ムチムチの筋肉に抱擁されたゼロの表情は無に等しい。そもそも女の子とか言っているが妖精は無性だろうが。彼の腕を解きながら首を横に振る。
「謹んでお断りしよう。俺みたいなのがお前の側室にいたらお前の格が下がる」
「そうかもしれないわね! でもそんなこと気にしなくてもいいのよ!」
……無性にイラッとしたがゼロは悪くないと思う。
さて。それよりもだ。
ゼロはさっきからずっと気になっていることがある。それはユリシスの事だ。ゼロが知る限り、〈編纂者〉の残した予言はこの星の知性ある生命であれば皆知っているものだ。だと言うのにユリシスの傷は酷く深く、まるで虐げられてきたみたいだ。
ゼロが俗世との縁を絶ってからかなりの時間が経過している。大体五十年くらいか。五十年あればゼロの知る世間と相違が生まれているのはさほど不思議なことでは無い。不思議なことでは無いが……。
「ユリシス」
不意に小屋の扉が叩かれた。
「? お客様かしら」
「いや……」
それは有り得ない。なにせここは妖精の住処にして妖精達の森だ。来客が来るなんておかしい。ユリシスのように意識不明で迷い込むならともかく、そうでないのなら……。
ノックの音が響く。拳で扉を叩く乱暴な音に対して、ゼロは扉に近づいた。
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