第4話

「神崎さんこっちです」

 部下の佐竹に従い神崎は取り調べ室へ向かう。

「頭がおかしいんですかね。ちょっと言動が変なんですよ。朝から山岡が頑張ってるんですが」

「ふん」

 佐竹が取り調べ室の扉を開ける。机を挟んで手前の椅子には部下の山岡、その向かいには男が座っていた。

 神崎はその顔に見覚えがあった。

「五人目の失踪者、小田原大智おだわらたいちです」

 佐竹がそう言うと、小田原はピクリと反応した。

 早朝、商店街を夢遊病者のように彷徨っているのを保護されたという。

「どうだ山岡」

 佐竹が訊くと山岡は駄目ですね、と言った。

「さっきからずっと同じ調子だ。ぼーっとしてクジラだの雲だの訳わからんことばっか言ってやがる」

 クジラ? 雲? 神崎はその言葉にただならぬものを感じ取っていた。

「ちょっと代わってくれ」

 山岡は立ち上がり、神崎に席を空ける。

「小田原さん。あんたここまでどうやって来たか覚えてるかい?」

 小田原はこっくり頷く。

「白と黒のクジラに乗って」

「またそれだ、おいおっさん警察官からかってると痛い目見るぞ! それともなんだ、薬でもやってんのか? てめー留置所にぶち込むぞ!」

「山岡」

 神崎は部下を制した。朝から同じ話を何度も聞かされてイライラしているようだ。しかし薬の検査はもうやったという。結果は陰性だったと聞いている。

「小田原さん、あんたは商店街を彷徨っているところを保護された。わかるかな?」

 小田原は一瞬考えて曖昧に頷く。

「酒でも飲んでたのか?」

「私は……」

 小田原がまともなことを言おうとしている。山岡は意外なものを見るような目をしていた。

「酒は飲まんです」

「そうか」

「酒は飲まないし、煙草も吸わない。女遊びなんてもってのほかです。上司からも認められず部下からも慕われてないつまらん人間です。真面目にやってきたのに、まるで生きてる価値がない」

「それで? クジラだの雲だの言ってたそうだね?」

「はい、クジラ雲に乗ってクジラの国に行きました。とっても楽しい夢の国でした。でもある時、仕事のことが頭ん中チラついて。なんでだろう、あの国であんなこと考えなくていいのに。でもあのふわふわした感じが最近は感じなくなってて。俺いつまでもこんなことしてていいのかなぁって。そしたら」

「ん? そしたら?」

「あの人が……なんだったっけ。松井さんとか呼ばれてた。そんなの嘘だと思って。そしたらゲートが開いてるの気付いたんです。で私は帰ってきたのかな」

 支離滅裂だ。しかしこの男の話に失踪事件のヒントが隠されているような気がした。

「小田原さん、その松井ってのは何なんだ? 下の名前は?」

「クジラの国の住人です。カズヤとかそんなでした。でも私が聞いてたのはそんな名前じゃない。もう私は何も信じられなくなった」

「ゲートとか言ってたな? どこにあるんだ?」

「H町の外れまでクジラに乗って行きました。そっからはわかりません。ごめんなさい。私は生きてる価値がないから」

 それ以降小田原はすっかり口を閉ざしてしまった。


 *


 クジラ雲、H町、マツイカズヤ。

 神崎達は手帳のメモを見返した。

「H町といえば空き家の見本市みたいなもんですね」

 佐竹が言う。

「ああ、どうやらここに何かあるようだな。それに小田原は割としっかり話をするようになったようだな」

「ええ、俺の時はもうずっとうわ言でしたから。なんすかね、酔いが覚めたのかな」

 酔いが覚めた? 神崎に閃きが降りる。

「おい、佐竹。マツイカズヤ調べられるか?」

「ええ、まあやれるだけやりますよ」

「頼む。それと山岡、お前にも一つ頼みがある」

「何ですか?」

「ちょっと危ない橋を渡って欲しいんだ」

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