第2話

 捜査一課の刑事、神崎慎也かんざきしんやはデカ部屋で腕を組んでいた。

 また一人失踪した。今度はOLだ。

 神崎が担当する地域では今年に入り失踪事件が相次いでいる。今回失踪したOLで十五人目となる。神崎は歯痒い思いに囚われていた。

 短期間にこれだけの人数が行方不明となっている。神崎は短くない刑事生活の経験から組織的な犯行だと見当を付けていた。もちろん全員がそうだとは思っていない。中には自分の意思で行方をくらませた者もいるだろう。

 神崎の考えに対し他の刑事は懐疑的だった。

 現在日本では年間八万人以上が行方不明となっているという。年々増加傾向にあるし、身元不明の自殺体も少なくない。きっと失踪した彼らはその中にいる。そのうち無言の帰還を果たすだろうと諦め半分の見解を示す同僚もいた。

 そんな体たらくを目の当たりにし神崎は憤り、この失踪事件の捜査に躍起になっていた。

 彼を突き動かすのはそんな職場の現状だけではない。行方不明者の共通点に神崎は注目していた。

 今回失踪したOLについて聞き込んでみたところ、見事なほど手がかりはなかった。

 一人暮らしで部屋にこもっていることが多いのか隣近所からはめぼしい証言は出なかった。淡々と仕事をこなしており、真面目な人と皆が証言していたがそれ以上の情報は得られなかった。無断欠勤などはなく、トラブルの類は一切起こさない目立つことのない人。それほど印象が薄い人物だったようだ。しかし考えてみればそんなことは誰にだって言えることだ。オフィスにいた人間は全員同じような者ばかりだった。皆、没個性的なクローンの戦士のごとく仕事に精を出すだけだ。

 その前に失踪した会社員の男もそうだった。そしてその前は就職活動中の学生だった。遡ってみれば皆、判を押したように似たり寄ったりな境遇なのだ。名もなきクローン達が次々と姿を消している。いや、行方不明届が出るから名もなきということはないだろう。名前という記号だけを与えられた量産型の人間達。

 自分もそうかも知れんな、と神崎は思う。

 刑事として真面目にやってきたがそんなのは皆、同じことだ。

 皆と同じだけ努力し、時には人一倍苦労しながら仕事をこなしても誰も労ってはくれない。家族でもいれば違うのだろうが、仕事だけが生き甲斐だった。いや違う。それしかやることがなかった。それ以外に何をすればいいのかわからなかった。刑事という仕事にやり甲斐を感じることはあるが、犯罪を撲滅したい——そうできたなら、どれほどいいだろう——といった志があるわけではない。かつては持っているつもりでいたが、今は怪しい。

 同僚達も同じような事実に気付いたらしく、彼らはいつの間にか皆所帯を持ち、仕事の目標を家族を食わせるため、というものにシフトチェンジした。

 神崎は孤独を感じた。最近はろくに親にも会っていない。不仲ということはないのだが、三十代も半ばに差しかかり、独身であることを親は世間体が悪いと思っているようで、電話をすれば早く孫の顔が見たいと小言を言われるからだ。

 自分と似た失踪人達。君達はどこに行ったんだ。それが気になり神崎はアパートに帰らず、聞き込みに廻るか、署に詰めていた。彼らを見つけてどうするというのか。そんなことを考えてはいない。個人的な興味と、建前上の正義感で神崎は動いていた。

 ふと、窓の外を見る。いい天気だ。空には一際大きな雲が浮かんでいる。

「クジラ雲っすね」

 いつの間にいたのか、部下の佐竹が言う。

「何だそれ?」

「え、神崎さん知らないんですか?」

 仕方なく佐竹は神崎に小学校の国語の教科書に載っていたクジラ雲の話をした。

「で、小学生達はクジラの背中に乗って町の空を飛ぶとかそんな内容ですよ」

「ふうん」

 聞いたことのない話だった。いや、もしかしたら神崎も習ったのかもしれないが覚えていない。そんな夢の話は自分とはほど遠いものだ。

 空に浮かぶクジラ雲を見て神崎は思う。もしかしたら、失踪した人々はあの雲の背中に乗って空を悠々飛んでいるのではないか。

 まさかな。柄にもなくそんな空想に耽る。神崎は自嘲気味に笑うと捜査資料に再び目を通した。

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