第4話 18きっぷの出どころ 3

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 列車は米子に到着した。ホームの駅そばに何人か群がる。車内に持ち帰って食べる人もいる。かの3人組もそばの屋台に並び、天ぷら入りのそばを買って車内に持ち帰ることにするが、その前に近くの自動販売機で思い思いの飲み物も買って、ポケットに入れて車内に持ち帰る。これで軽く朝食と相成る。

 そばの湯気が、車内に幾分味わいを添える。


「マニア君に1枚だけ渡して、あとで私に残りの1枚をくれたのは?」

 陽子女史の昨晩からの疑問に、実質夫の男性が答える。

「何かあっても福知山からはこれで山陰号に乗れるし、別の手も打てる。最悪何とか乗継いでいけば出雲大社は無理でも玉造温泉の旅館には来れるからね。だからあえて0時以降に使える1枚だけ、陽子ちゃんに渡してもらうようにマニア君に頼んだわけよ。でも無事に福知山で会えたから、残りの1枚を渡したわけ。もう1枚はまた来月どこかに日帰りでもできるでしょ」

「そうね。それはいいけど、それを企画したのはまさかマニア君?」

 さすがのマニア君がそこまで意図していたとは、ちょっと考えられない。しかし陽子女史への作家氏の答えは、こうだった。

「いずれにせよ陽子ちゃんに2枚渡すのなら、そうしたほうが面白いかなと思ったわけよ。そうしようと思ったのは確かにぼくには違いない。ただ、せっかくならそうしたほうがいいと発案したのは、実のところあのマニア君だ。彼はかねて松本清張の「点と線」も読んだらしく、それを読んだら西村京太郎の作品が軽く感じられるほどだと、まあ、素人の中学生が生意気なことだとは思うが、確かにそれは一応この世界にいる私でも、まっとうな感想かな、という気はする。もちろん西村さんの作品が悪いと言っているわけじゃないけどね」


 そろそろ発車時刻が近づいてきた。ほどなく、前方から汽笛が聞こえる。客車列車は少し音を立てて動き始めた。文鎮型機関車の力が、自動連結器を介して次々と後ろの車両へと伝わっていく。静かだった車内に、再び走行音が入る。

 次は、安来。ここから鳥取県を出て島根県に入る。


 普段なら汁を残すこともある3人だが、寒さと空腹への対処とばかり、このときは皆飲み干した。プラスチックの容器を灰皿とテーブルのある場所の床の下に置いて、栓抜きのついたテーブルの上にそれぞれの飲み物を置いてときに手を出す。

 話は、さらに18きっぷの意図について。


「マニア君の意図っていうのは、天候の急変や列車の運行状況を意識してのものっていうことになる、まさか?」

「ノブちゃんの指摘通りや。あの少年、名前が松本清張さんの本名と同じだ。あとは元西鉄の関口選手もそうだけど。読み方も、正式には彼と同じね」

「あの少年も、随分いい名前をいただいているのね」

 そう答えるのは、陽子女史。かの少年とは、中学受験に合格して後の祝いで鉄研の先輩に連れられてきたときにさかのぼる。何でも、彼女の実家兼喫茶店のある近くについ数年前まであった養護施設にいたことがあるとのこと。移転を機に父方の親族に引取られて引続き近くの店舗付の借家に住んでいる。彼の叔父は学習塾を経営しているが、彼自身は親族に頼らず基本的には一人で勉強していた。


 列車は安来に到着。ここでいくらかの乗降がある。その後も荒島、揖屋、東松江と停車し、定刻に松江着。ここでかなりの降車客が出る。その代わり、地元客と思しき人たちが何人か乗車してくる。ここでは18分停車。時刻はすでに8時30分を過ぎている。車外に出ていた若者の何人かが戻ってきた。どうやら入場券やスタンプを求めて高架下の駅に行っていた模様である。何か買い物をしようと思えばできないわけでもないが、あと1時間もすれば出雲市に着くから、そこでもいい。米子ですでに軽くそばも食べているし、飲み物も買っているので、ここではホームの外に出ず、3人の男女はいろいろ話しながら停車時間を過ごした。


 列車はやがて松江を出発し、右手に宍道湖を見ながら出雲市へと進む。乃木の次は玉造温泉。今日は出雲大社に参拝した後、ここまで戻って来る。作家氏にとっての酒池肉林を待つのは、まさにこの地である。

 さらに宍道湖を横目に西へと進み、出雲市には9時48分、定刻に到着した。

 ここからさらに大社線に乗換えて十数分先の終点大社駅まで行き、そこから歩いて出雲大社に向かうことになっている。西村氏の小説では新婚夫婦がここに来る前に列車内の寝台で夫が殺害される羽目になったが、こちらの中年夫婦らにはそんなことなど起こるはずもなく、無事に仲良く3人で紙のおひざ元まで来られた。

 まだ昼前なので特に飲み食いもせぬまま、彼らは大社線の列車に乗換し、無事に退社駅に到着。定刻で10時29分。

 これから歩いて行くと、昼前のちょうどいい頃合ではある。

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