第2話


真赤の炎が鳴りを潜めたのは、陽が昇った後の事だった。小さいながらも立派だった社は黒く焦げ落ち、触れるとボロボロと崩れていく。

 

 大切に、大切に守ってきた。どれくらいかはもう忘れてしまったが、おそらく数百年は経っていただろう。今はもう居ない人間たちとの思い出が詰まった唯一の居場所だった。


「真っ黒になっちまったねぇ。さて、どうしたものか...」


 いつまでもここに居たって仕方がない。無くなってしまったものは仕方がない。

 ……仕方が、ない。そう、仕方がないのだ。どれだけ落ち込んでも何も状況は変わらない。だから、前に進むしかない。


「まずはここから離れるかぁ...。西へ行くか、東へ行くか。北か南か。」


 こういう時こそ棒を倒して決めるに限る。その方がこう……導きがあるように感じる。

 手近にある程々の太さと長さの棒を探し、地面に立てる。少し回転させながら手を離すと、棒は北を指した。


 北には何があっただろうか。まぁ行けばわかるか。名残惜しいが、いつまでもここで佇んでいる訳にはいかない。黒く焦げた鳥居をひと撫でし、背を向け歩き出す。気分は暗く沈んでいるのに、空は随分と快晴だ。


 ―――――――――――――――――――――――――


 ふらふらと歩き始めてしばらく経った。日が昇り、また沈み、何度繰り返しただろうか。北へ進みながらも好奇心に任せ、西へ東へ時折南へ……。進みつつたまに戻りを繰り返しているうちに、ふと人の気配を感じた。ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。近くに甘味処でもあるのだろうか……?こんな森の中に?

 

 不思議に思いながら草を掻き分け前へ進む。目の前が急に開けるとそこには弱りきった人間たちが転がっていた。誰も彼も顔は痩け、手足は骨と皮しかないように見える。甘い匂いはここから来ていたのかと納得した。


 これだけの惨状だ。死体を片付ける暇はないだろう。死体だと認識した途端、ほのかに甘かった匂いは悪臭へと変貌した。生き残りは居ないのか?この村はもう死んでしまったのだろうか。


「……た……すけて……」

 

 微かに聞こえた。まだ生存者がいる。声の聞こえる方へ走る。そこには小さな子供がいた。他の村人と同じようにやせ細り顔は痩けている。


「息はあるな。嬢ちゃん水飲めるか?ゆっくりでいい、飲んでくれ」

 こくりこくりと水を飲み干していく。その様に安堵した。まだこの子供は生きたがっているのだと、そう感じた。まずは食べ物を与えなければ。でなければ、この子供は死んでしまう。目の前で命が尽きる瞬間は見たくなかった。


 持ってきていた荷物から少量の米を出す。少ないが雑炊にすれば胃に負担もかからないだろうと踏んだ。薪を集め、火を起こし、ご飯を炊く。

 その間に村人たちの生存確認をしていく。この村には60人ほどが住んでいたようだ。おそらく何かしらの原因で飢饉が起こったのだろう。畑が全滅していたので、洪水の被害にあったのやもしれない。詳しいことは彼らから聞こう。


 息があったのは半数以下の20人だけだった。遺体を片付けてやりたいが、まずは生存者の回復を優先させるべきだろう。

 雑炊ができあがり、生き残った20人へ振る舞う。こちらを警戒しているようだったが、1口食べると、1口、もう1口と食事を平らげた。


「そろそろ聞いてもいいかい?一体この村は何があった?」


「……2ヶ月ほど前の洪水で畑が全滅したんだ。備蓄も無くなっちまって……。あぁこれで死んじまうんだなぁって時にアンタが来たんだ」


「なぁるほど。そうだったか、気の毒になぁ」


「アンタには返しても返しきれねぇ程の恩ができた! なんでも言ってくれ、俺たちはあんたに従うよ」


「おやいいのかぃ?ならそうだねぇ。俺は最近家を燃やされちまってね。この村に住まわせちゃあくれないかい?」


「村に住む?そんなことでいいのか?」


「帰る場所がなくてなぁ……。一時でも置いてくれると助かるんだが」


「いつまでいてくれたって構わんさ!アンタは俺たちの恩人だ。」


 青年が答える。俺はこの村の救世主とやらになったらしい。そんなつもりはなかったんだがなぁ。まぁ、仮住まいとしてはいいだろう。前と同じ閑散とした場所で日当たりも悪くない。うん、ピッタリだ。しばらくはここで力を蓄えるとしよう。

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