狐の手で織る物語

緑町坂白

第1話


「あぇ……?うっそだろ……?」

 

 目の前にはゴウゴウと真っ赤に燃え盛る自身の社。閑散とした夜の森に紅が映し出され、ガラガラと木造の社が崩れ落ちる。

 地面に膝をつき、とある狐は途方に暮れていた。

―――――――――――――――――――――――


1週間前

 

「あれまぁ……」

 

 大雨で起きた崖崩れの現場に、社の主である葛菲かつひは居た。岩で塞がれたこの道は旅人が少なからず往来するため、なくてはならない道である。

 この森を守護している葛菲かつひにとって、道路の整備も仕事の1つに数えられる。

 

「よぅし、やるか!」

 

 目を閉じ、目の前の岩たちを退かすことに意識を集中させる。じわじわと指先が温かくなり熱を帯びる。

 目を開き指を動かすと、それと同時に大岩も動き始めた。ひょいひょいと大岩を退かし5分の1程までいった頃。

 

「……だぁ!一旦休憩!」

 

 息を切らし、ドカりとその場に座り込む。

 この森の周辺には人は住んでおらず、社に参拝する人は居ない。極たまに旅人が近くを通るだけだ。人に忘れられ、祀られなくなったため葛菲かつひの神としての力は弱まっていた。


「やっぱり前よりも力弱まってるなぁ……。まぁ、人が来ないからな、仕方がないことか」


 神は信仰によって力を増す。信仰されなければ力は弱まり、いずれ消えていく。参拝者がいれば、それは信仰とカウントされ力の維持に繋がる。しかし葛菲かつひの祀られている社にはここ数十年人が寄り付いていない状況にあった。


「信仰はいずれ消えゆく。人がいなければ神は存在できないからなぁ。まぁ、これも運命ってことで」


 葛菲かつひはそれを受け入れていた。最初の数年はどうにかしようと躍起になっていたが、それももう諦めてしまった。人がいない。ならば信仰は生まれない。

 

「考えてても仕方ない。今日はもう無理!だからまた明日にしよーっと」


 5日後

 

「あぁー!ようやく終わったぁー!」

 

 ぐぅーっと腕を伸ばしながら呟く。前ならば1日や2日で終わったものがここまでかかるとは。力の弱まりをありありと感じながら、綺麗になった道を眺める。


「うん。やっぱり綺麗なほうがいいな。よし、終わったしちょっと休憩してから帰るか〜」


 近くの木陰に座り、持ってきていた水筒に口をつける。冷えた川水が疲れた体にしみ渡る。


「これで甘味でもあれば最高なんだがねぇ」


 人里離れたこの場所では近くに甘味処などないため、無理がある。ご褒美なしに疲れた体に鞭を打つことは躊躇われる。


「まぁいいか。一眠りしてそれから帰り支度をするとしよう」


 大木の幹に頭を預け目を瞑る。そよそよと吹く風が心地よい。これはよく眠れそうだ……。


 ――――――――――――――――――――――――

 

 目を覚ましたのは2日後。崖崩れの道路整備へ来てからちょうど1週間後の事だった。


「あれま、ちと寝すぎたな。社を1週間も空けちまったからなぁ、早く帰らんと」


 帰る頃には夜になっているだろう。うん、やっぱり寝すぎた。荷物を背負い、綺麗になった道路をもう一度眺める。綺麗にするのは気持ちがいい。にんまりと笑ってその場を後にした。


 社の近くまで来た時、焼けた匂いが鼻を擽った。何かが燃えている匂い。おそらく木材だろう。山火事か?だとしたら大変だ。早く消火に向かわなくては。


 目の前に飛び込んできたのは、ゴウゴウと燃え盛る自身の社。バキバキと音を立てながら社が壊れていく。


「あぇ……?うっそだろ……」


 素っ頓狂な声を上げ、その場に崩れ落ちる。数百年守り続けてきた社が、森が、人間たちとの思い出が燃えていく。全てなかったかのように無に帰していく。この社は葛菲かつひの唯一残った宝物だった。

 

 これからどこへ帰ればいいのか。どこへ行けばいいのか。葛菲かつひは途方に暮れた。火を消そうにも、力の弱まった自分では到底消せそうにもないほど勢いを増している。


「これからどうすっかなぁ……」


 燃え盛る赤を眺めながら諦めたように呟いた。


 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る