透明な棺⑧
紙袋の中にはやはり手作りらしい数枚のクッキーと、それから直筆の手紙が入っていた。
ぬいぐるみでも入っていようものなら盗聴器を疑ったかもしれないが、疑わしいものは何もない。
迷った末、俺は手紙を一読した。女らしく線の細い、だが少しばかり癖のある丸っこい字で書かれた手紙は、佐藤さん、ごめんなさいという書き出しで始まっていた。
いわく、彼女の名は田中海凛。十歳で事故死した鈴木華凛とは双子の姉妹だが、幼い頃に親が離婚したため生き別れになっていた。
華凛が死んだことは知っていた。別れた後の華凛がどんな子供だったのかを知りたくて俺に話しかけた。
でもオーナー夫妻が心配するからそれ以上には踏み込めなかった。
オーナーはどうやら田中海凛の父親の後輩らしく、父親が頼み込んで店で雇ってもらっているらしい。
わざわざ個包装されたクッキーを取り出し、二つに割って妙なものが混ざっていないかを確認はしてみたものの、結局食べる気にはなれずにクッキーは紙袋ごとゴミ箱に収めた。
しばらくして思い直し、外装の紙袋と中身を分けて紙袋は適当に丸め、クッキーは粉々に砕いてから中身をコンビニの袋に移し、空気を抜いて口を固く結んだ。おかしなものは入っていないと言った田中海凛を信じてやりたい気はしたが、何も混入されていないとしても受け入れることはできなかった。
翌日の昼、俺がコンビニの袋から弁当を取り出したのを見ると、同僚はあからさまに落胆の声を上げた。おい、俺の菓子は? だのなんだの喚いていたから、いっそ昨晩の菓子を残しておいて押し付ければよかったかと思ったが今さらどうにもならないし、押し付けて何か問題があっても嫌だなと思い直した。
「これ、新発売のビリヤニな。真っ先に食ってみたかっただけだっつの」
昼食は外へ出るのが常だったので苦しい言い訳かもしれないと思っていたが、気のいい同僚は疑いもしなかったようだ。
田中海凛に望まれたとおり、俺は二度とその店には行かなかった。同僚は何か言い訳を見つけでもしたらしく、他の誰かを誘って店を訪れたようだ。
「菓子の彼女、いなかったぞ。休んでるってさ」
わざわざ報告されたものの俺からは特に話すべきこともなく、ふーん、と答えただけで終わった。
年明け早々、二月中か六月以降の好きなタイミングで地元の本社に戻っていいぞ、と俺は人事から告げられた。
好きなタイミングっていったいなんだと思ったが、引っ越し費用を会社が負担する都合上、俺が繁忙期を避けて戻った方が安上がりで好都合だからっていうクソしょうもない理由らしい。
そうとなれば俺はさっさと引っ越すことに決め、ますます太った同僚には飯くらい一人で悔いに行けと言い残して最終日を終えた。有給を使ってたいして多くもない荷物を詰め、会社が手配した引っ越し便を見送った後、退去時の立会い確認までの時間をどこで潰そうかと悩む。
例の定食屋を行き先から外しても特に不自由を感じない程度には、周囲にはいくつもの飲食店が集まっていた。そのうちの一つに向かう道すがら、例の定食屋の前を通りかかる。
迂回するべきかと思いはしたが、意を決して俺はそのまま店の前を通り過ぎた。
大きめに設けられた窓から通りすがりに中をのぞくと、店内にはあいかわらずそこそこの客入りがあるようで、その向こうには変わりなく働く彼女の姿が見えた。
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