透明な棺③

 サンズイの海にニスイの凛で「海凛」、読みは「まりん」、それがあたしの名前。

 家族はパパとママと十二歳差の弟。パパとママは再婚で、あたしはパパの連れ子だった。

 あたしは実の母を覚えていない。パパが離婚したのはあたしが三歳になった頃だったって聞いてる。

 二十歳の誕生日にパパから聞いたことによればあたしは双子で、姉の華凛は母に引き取られたそうだ。


 華凛を含めて四人家族だった頃の記憶はほとんどない。あたしにそっくりな名前も知らない女の子の記憶だけはぼんやりと残っていて、夢や思考の片隅に時折現れるその子のことをあたしはイマジナリーフレンドだと思っていた。あたしだけが知ってるその子については誰にも話したことはなかった。

 その子があたしの空想上の友達なんかじゃなく生き別れた実の姉の記憶だったと知ったのは二十歳の時。

 その日は誕生日だっていうのにパパとママはなんだか様子がおかしくて、普段より豪勢な食事もケーキも美味しいはずなのに二人とも箸が進まないみたいだった。

 僕らが再婚なのは海凛も知ってるとおりだけど、とパパが話し始めたのは、弟が寝付いてしばらく経ってから。

 いわく、あたしは双子で、パパが離婚した時に一人ずつを引き取ることになった。

 あたしの──あたしたちの実母はパパが再婚するよりも早く再婚したけど、その数年後に亡くなった。運転を誤って埠頭から転落したせいで、車には華凛も同乗していたけれど、華凛はすぐには見つからなかったんだそう。

 何ヶ月も経って見つかった白骨化した遺体が華凛だと分かった後、パパは旅行と偽ってお悔やみに行った。行き先は生前の華凛が暮らしていた家じゃなく、あたしたちの実母の故郷だった。

 あの田舎行きはそういうことだったのか、ってあたしが納得したのは言うまでもない。

 同時にあたしは、あたしだけが存在を知ってるあの子が実在したあたしの姉だったことを知った。


 華凛は十歳で亡くなっているはずなのにあたしの脳裏に現れる時はあたしと同い年で、同じ中学校の制服を着ていたし、高校では保健室登校をしていた。

 あたしと瓜二つのその顔は、二十歳の誕生日を境に別人のように見えるようになった。時には誰のものともしれない白骨と入れ替わることもあった。

 海に奪われる前の華凛の顔写真は残っていなかったそうで、仏壇にはもともと祖母宅にあった写真が置かれていた。

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