俺、異世界転生しても古美術鑑定しかやりたくないんですが〜魔法は使えませんが、審美眼だけは誰にも負けません〜

青月 巓(あおつき てん)

1 狂人の異世界転生的クリシェ

 王都の中に小さな古物商の店があることは、誰しもが知ることだ。

 なぜなら、先代の爺さんから受け継いだ店を切り盛りする少女と、魔法も使えない、ただ鑑定眼だけは鋭い男が、様々なものを正確に鑑定していくから。

 まあ、俺、平賀ひらが勇利ゆうりがこの鑑定眼が鋭い男であり、そんな痛い自己紹介をしている事に少し恥ずかしさもあるのだが。


「百ゴールドだね。紙の古さとインクの古さが見合ってない。それに、物品の魔素含有量もそこまで良くはないね……」


 目の前でうなだれる男もまた、俺の腕を聞きつけて来た者なのだろう。ここまで信頼されるほど鑑定士として仕事ができるのもまた面はゆい限りである。

 そして、俺には誰も知らないの秘密がある。俺は、この世界の住民ではない。端的に言えば転生者である。

 さて、前置きはこのあたりにして、俺がなぜ異世界に飛ばされてしまったか、そしてなんでこんなことをしているのか、そこから説明していかなければならない。

 まずは、この世界に始めて来た時のことから説明していこうか。


・・・


 見渡す限りの草原。地平線まで山はなく、ただ緑がゆっくりと広がっていく。

 草原を駆ける動物たちは地球ではみたことがないような造形をしており、空では真っ赤な翼のドラゴンが悠々と我が物顔で飛んでいた。

 きらきらと照る光はその赤い鱗を反射して、見たこともないような見事な光景をうつしていた。

 俺はそんな光景を原付を脇に止めながら眺めていた。荷台にくくりつけたボックスの中には、緩衝材と一緒にティーカップが一つ、入っている。


「さて、どこに行くかねぇ」


 風で揺らめく草花の中で、俺は一人つぶやいた。なんでこんな状況になってしまったかと問われれば、少しだけ時間を遡って語るしかない。

 とはいっても簡単なことだが。


・・・


 古美術買い取り業者、なんて職業を知っているだろうか。まあ名前のとおりなので知っていなくても構わないのだが。

 俺はその末端の席に座っていた。

 とはいっても、アコギな商売をしていたわけじゃない。基本は買い取りなんかせずに、どこぞの家に呼ばれて、依頼料をもらってモノの真贋を鑑定するだけが多い。

 まあつまりは、テレビでよくある、一、十、百、千と金額が増えていくあの番組のようなことをするだけだ。

 実力も……自分で言うほどではないだろうが、天才だと自負している。過去には自分が書いた本がン万部売れたこともあるほどだ。テレビにも何度か出たことがある。

 ただ……落ちぶれた、が頭につくのは、あの『事件』があったせいだが。


「というわけで、まあ……偽物ですね」

「そんな、そんなわけがないだろ! これは! これは百八十万で買った……!」

「詐欺られましたねぇ。残念です」


 目の前に座った男性は顔を赤くしながら唇を噛んでいる。


「ただ、俺も完璧じゃないんで、別のもっと高名な先生のもとに持っていけばもしかすると贋作じゃない可能性もあります。まあ……お金を無駄にするかもしれませんが、まだチャンスはありますよ」

「いや、もういい」

「あ、俺の書いた本もありますけど、買ってかれます?」

「いらん!」


 男性は財布から鑑定料をこちらに渡すと、掛け軸を入れた箱を片手に大股で店を出ていってしまった。


「はぁ、やんなっちゃうねぇ。ま、あんだけ言っても諦められなかったらそれでも良いでしょ。つーか、あの画家の本物なんて出てくるわきゃねえのよ。全部俺がんだから」


 俺はそんなことをつぶやきながら店の暖簾を外す。そろそろ気温が低くなってきた時期ということもあり、今晩は鍋にしようと決めていたのだ。

 早くスーパーに行かねば、鮮度のいい白菜が売り切れてしまう。

 そんなことを思いながら原付に乗った俺は、急いでいたせいか大通りに出たタイミングを見誤ってしまった。

 横から浴びせられる強烈な光が、トラックのライトだと知ったときには、すでにバンパーに己の身が打ち付けられたことを感じた瞬間だった。


・・・


「で、転生システムの話なんだけども」


 気がつくと、俺は石造りの神殿に立っていた。目の前には、数メートルはあろう巨大な背格好の男が座っていた。若い男だが、その荘厳さはどんな絵画にも匹敵するほどのものだ。

 神の遣い、とその男は名乗った。

 受け入れられた訳では無いが、俺は死んだらしい。その上で、今は審判の刻とやらだそうだ。

 混乱の時間は終わり、もうすでに俺の心はこの状況を受け入れてしまっていた。


「転生?」

「あーもうめんどくさいからお前らの想像するようなもんでいいよ。輪廻転生。ブッディストでしょ? あんたら日本人は。まあそれは良いとして、転生ランクの話なんだけど」


 男は手に持った本をめくる。


「転生ランク……?」

「説明もするから、黙ってな。死後の転生ってのは、生前に所持していた『価値あるオブジェ』によって決まるわけ。その『価値』ってのは単なる金銭的価値とかじゃなくてさ、精神的だったり歴史的だったり、あるいは象徴的な意味合いを含むってこと。ほら、棺桶に入れるもので地獄の待遇が変わる、みたいな話お前らするでしょ? あれよあれ」


 なるほど。理解できない話だが、理解できない存在が言っているからか真実に聞こえてくる。


「あんたは事故だから……花もないし少なくて助かるんだけ……ど…………」


 男の手が止まった。

 そして、俺の方に本を向けてくる。そこには、原付の荷台に詰めていたティーカップの写真がはられていた。


「なあ、あんた。このカップはどこで手に入れたんだ?」

「どこって……それは譲らんぞ」


 俺の言葉を無視するように目の前の男は焦りの表情で頭を搔いた。


「それは俺も見たことがない名品なんだ。どこのだれのものか判明するまでは手放さないぞ」

「ふ、ふむ……そうか。なら、手渡す代わりにお前は転生ランクSSSにしてやるってのはどうだ?」

「……まずは、その何の変哲もないはずのティーカップにあんたら変な存在がそこまで固執する理由に関して聞かせてもらってから、かな」


 男は本をパラパラとめくりながらも、俺に目を向けることはない。


「面倒だな。お前みたいな人間が一番嫌いだ。……はぁ、このティーカップはな、聖杯なのだよ」


 男が指を振ると、俺が買い取ったティーカップがそこに現れた。男の手のサイズにあったものではないが、器用に男は手の中でそれを弄ぶ。


「我々の上司が昔失くして、そのまま隠蔽したものなのだよ、これは。いわば厄ネタ。正直お前ひとり程度どうとでもした方がマシなくらいにはな」


 なるほど。どおりで美術的価値が高いと感じる割には見たことがないものだ。合点がいった。

 これまで見てきたどんなものよりも美しいと感じたそれは、実際に超常的存在が作り上げたものだったというわけなのだろう。

 

「いや、関係ない。すまんな、こっちの話だ。とりあえず、お前は転生ランクSSS。日本に生まれ変わるか、あるいは……そうだな。最近はやりの異世界転生でもしてみるか」


 その言葉には、魔力があった。

 すべての美術品を見てきたわけではないが、正直鑑定士という仕事に飽きてきたことも事実である。事件もあり、名前も落ちた。ここらでたたもうと思っていたところだったのだ。

 だが、俺の中にある審美眼がまだ炎を持っていることは変わりない。

 異世界に行き、新しい美術品が見てみたい。そして、俺の手で値をつけてみたい。

 その思いが、俺の中にふつふつと湧き出てきていた。


「じゃあ、異世界転生の方にしようかな」

「ほう、珍しいことを言う。ではそうしてやろう。ああ、SSSということだ。適当にいろいろと最初からつけてやるから、安心しろよ」


 男の言葉の直後、俺の視界が真っ白な光で覆われていく。


「あ、それと! このティーカップは預からせてもらう! その代わり、同じようなものを入れとくから、それ使ってくれ」


 男の声がうっすらと聞こえる中で、俺の視界は光で埋め尽くされた。


・・・

 

 というわけで、死んだはずの俺は、しかしその体に不調をきたすことなくこの世界にいつの間にか来てしまっていたというわけだ。

 手荷物は財布とスマホ。改造した原付から伸びたコードで充電はできるものの、いわゆるラノベみたいに異世界でも通信がつながる……なんてことはない。せいぜいライトとストップウォッチくらいにしか使えないものだろう。

 あとは前述した通り、前の仕事の時に残したティーカップ。老舗陶器ブランドの本物だが、カップ一つだけということで五万円ほどで買い取ったものを、そのまま突っ込んでしまっていたものだ。

 そして、何よりも原付である。

 軽く走らせてみたのだが、ガソリンの残量を示す計器は動かなかった。

 この世界に来てしまった時からしばらく走らせているのだが、メモリが減ることはない。それどころか、ガソリンタンクを覗いてみれば空になっているはずなのに動き続けている。

 そして何よりも、キーを抜いてしまえば腕輪に早変わりしてしまうのだ。究極の防犯機能といえば聞こえは良いが、その変形がいちいち一瞬だけ発光するものだからやたらと眩しくて仕方がない。

 死んだはずの自分が、まったく違う世界にいる。それ以外にも理屈では理解できないことがたくさんある。

 頭の中は混乱し、恐怖と好奇心が入り混じっている。でも、鑑定士としての職業的な冷静さが、この状況を客観的に観察することを可能にしていた。

 そして何よりも、自分の知らない古美術が、芸術品が、コレクターアイテムがある世界に来たことが、何よりも嬉しかった。


「さて、どうするのが正解なのかねぇ」


 この手の異世界転生モノはあまり興味がなくて触れたことがなかったのだが、異国への旅行と同じものだと考えてもよいのだろうか。


「ま、なんとかなるか。それよりも……」


 そんな不安感はあったものの、俺は持ち前の適当さを悪い意味で発揮しながら頭を掻いた。

 むしろ、今の俺の中にあったのは期待だけとも言えるかもしれない。

 異世界の美術や文化なんて、人生で知るよしもなかったのだ。そんな常識であり、非常識な世界において、俺の審美眼が作用するのか。そして、この世界における人々の感じる美が何なのか、それを知れるだけでお釣りが来る。

 俺は原付にまたがると、草原の中央を突っ切っていった。道中に佇む動物……? 達は、得体のしれない音に怖気付いたのか、全く近寄ってこなかったのだけが安心材料だった。

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