第五話 ご機嫌な夕食と情報収集


 十月二十日午後五時。


 家の中に戻った俺は全てのカーテンを閉めて必要最低限の明かりを灯した。

 これからはゾンビの相手だけではなく、生存者との闘いも視野に入れなければならない。物資があることを悟られないためにも無人を装う必要があった。


 また、生存者に敵意がなかったとしても、匿ってくれと押しかけられては厄介だ。 

 近所に住むスピーカーのようにうるさい年寄り連中に押しかけられたらと思うと身の毛がよだつ。もっとも、彼らはとっくにゾンビの餌食になっているかもしれないが。


「さて、まずは腹ごしらえだな」


 俺は米を研いで炊飯器のスイッチを押した。そして米が炊き上がるまでの間に一品作ろうと冷蔵庫を物色した。中身を見る限り、持って残り一週間といったところだろうか。痛みやすい肉や野菜は早々に使用した方がいいだろう。


 冷蔵庫の中身を片付けたら部屋に貯蔵してある缶詰を中心とした慎ましい生活が始まる。今日ぐらい贅沢しても罰は当たらないはずだ。


 俺は野菜と肉を適当なサイズに切り、全てフライパンに投入して炒めた。後は塩コショウさえぶち撒ければどうにかなるだろう。男飯はシンプルに限る。そして同時進行で湯を沸かしてインスタントの味噌汁を作った。


「いただきます」


 出来上がった料理をテーブルに運んだ俺が合掌した。

 そしてあまり行儀はよろしくないが、情報収集がてらにテレビも点けた。

「ほぅ、日本のお偉方も中々やるじゃないか」


 ソファにふんぞり返って座った俺が評論家気取りで呟いた。


「てっきりもっと後手に回るものだと思っていたんだがな」


 ニチャア、と唾液に糸を引かせながら口角を上げて俺は笑った。


 内容を要約するとこうだ。

 今回のパンデミックを重く見た日本政府は直ちに緊急対策本部を設立。そして警察、消防、自衛隊が連携して大人数を収容できる各所の大型商業施設等を利用した即席の避難所を開設したとのこと。生き残った人々をそこに集約させているらしい。


 避難所の周辺には武装した関係者が二十四時間体制で警備にあたり、バリケードと検問所を設置。近隣住民の迅速な避難を呼びかけると共に、装甲車などで生存者の積極的な救命活動にも乗り出しているとのことだ。


「この混乱の中、短時間でよくぞここまで出来たものだ。……けどな」


 馬鹿か。人を大勢集めてどうするのだ。

 中で感染者が出てみろ。生き地獄だぞ。


 俺は可笑しくてたまらなくなりソファに転がった。

 笑いすぎて涙が出そうだった。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひぃ…………グッ!?」


 そして笑いすぎてむせ返った俺が呼吸困難に陥った。

 慌てて水を飲んで冷静さを取り戻す。

 こんなくだらないことで死んだら悔やんでも悔やみきれない。


 さて……。もっと有益な情報はないのか。


「これだ! こういうのが見たかったんだ!」


 俺は思わず拍手しそうになっていた。

 チャンネルを変えると、ゾンビへの対処法を事細かに紹介した番組があったのだ。

今回の騒動でテレビの報道は数局に減っていたのだが、その中でもこの番組は実用的

だった。


「皆さん頭を狙ってください! 頭を!」


 リポーターが必死の形相で叫んでいる。リポーターを警護している制服を着た男が拳銃でゾンビの頭を撃つと、ゾンビは力なく崩れ落ちた。


「このように感染者は頭を潰すと無力化できます!」


 ご丁寧に番組テロップには『暴力的な映像が流れますのでご注意ください』と書かれている。こんな異常事態にも関わらずこういうところは日本らしいなと微笑ましくなった。


 そしてこの番組ではゾンビの性質や噛まれた際の感染時間についても言及していた。世界再建などありえないが、この俺が寄付をしたいという衝動に駆られたほどだ。


 番組によると、ゾンビは光や音に反応して生者を襲うそうだ。目も見えているらしく、生前の視力に依存するのではないかと説明していた。


 なるほど。さっき壁の上で戦ったゾンビも明らかに俺を視認して襲おうとしたものな。目が見えているのは確かだろう。


 次に感染経路だが、現時点ではゾンビに噛まれる以外での発症は確認できていないとのこと。

 噛まれてゾンビ化するまでの時間は傷の程度にもよるが、数分から一時間。ゾンビに噛まれて死亡した人間は例外なくゾンビになるらしい。そりゃそうだ。これでマウスを捕獲してリスクを冒してまで実験する必要はなくなったか。


 そして次のコーナーにはとてもがっかりさせられたのだが、カメラがスタジオに戻るとスーツを着た評論家らしき男がゴミのような持論を展開し始めた。


「えー、私はですね、こうなってしまったのは全て人間の業だと思うのです。思い上がった人間の業! 人間が今まで理不尽に奪ってきた命の数々が牙を剥いたのですよ。次はお前たちの番だとね」


 誰がこんな的外れな奴を連れてきたのだろうか。明らかに人選ミスだった。

 コミュニケーション力に難のある俺でさえもう少しまともな話ができそうだ。というか俺を出せ。力説してやるぞ。匿名かつ電話でのやり取りになるが。


 十月二十日午後十時。


 情報収集を終えた俺は、明日に備えて早々に眠りに就くことにした。

 普段は昼夜逆転の生活を送っている俺だが、明日は外が明るいうちにやっておきたいことが山ほどあった。


 それにしても静かな夜だ。車の音や悲鳴も聞こえない。この家だけ世界から切り離されているような気さえした。戯れに監視カメラで外の様子を見ても何も通りかからない。


 今夜はさぞ良い夢が見られそうだと思ったが、待っていたのは悪夢だった。

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